振られた。初めて出来た彼氏に振られた。私は何番目かの彼女だったらしい。何番目かは知らない。彼の家に行ったら、他の女の人がいて、問い詰めたら開き直られた。幸せの絶頂だった私は絶望のどん底へ突き落とされたのだった。
そんな事があってから少ししたある休日、やる事もなくて、でも一人になりたくなくて街をフラフラ歩いていると、FREE HUGSとプラカードを持った男の人が立っていた。服装がちょっとファンキーな感じの人。誰も立ち止まらずスルーしていく。きっといつもの私なら同じようにスルーだ。だけど今日は人肌が恋しくて、誰かの温もりが恋しくて、立ち止まった。
「…いいですか?」
「えっ!あ、ああ!ももも勿論!」
声をかければ男の人は、ちょっとうろたえてから若干恥ずかしそうに両手を広げた。恥ずかしがるぐらいならやらなきゃいいのに。度胸試しか何かかしら。そうは思ってみても私は遠慮なくその腕の中に飛び込んだ。
「お、おおおおお」
ギュッと抱き付くと男の人は、私を抱き締め返す訳でもなく、そのまま固まってしまった。何だか申し訳なく思う反面、彼は温かくて、安心した。その温もりが優しくて、不覚にも私は泣いてしまった。
「うっ、うえっ、うえーん」
「え?え?えええええ?」
「うわーん」
「どどどどうしたんだい?ガール?」
「ふらっ、ふらぁえーん」
説明もままならない私の背中をポンポンと叩いて彼はここじゃあれだから、と言って手を引いた。そして行き付けだという居酒屋へ連れてきてくれた。
「落ち着いたかい?ガール」
「…あい。ずみまぜん」
その人は松野カラ松さんと言うそうだ。六つ子の次男らしく自己紹介がてら兄弟達の話をしてくれた。だからこんなに安心感があったんだろうか。
「俺で良ければ話してくれないか。聞く事しか出来ないがそれで楽になる事もあるだろう」
「でも初対面のカラ松さんにそこまでご迷惑をかける訳には」
「迷惑なんかじゃないさ」
だから、と話す事を促したカラ松さんに甘えて、最近振られた話を聞いてもらった。カラ松さんはうんうん、と相槌を打って話を聞いてくれた。肯定するでも否定するでもなくただ聞いてくれた。話しながら酒も進み、私はすっかり出来あがってしまった。
「好きだったんですっ。嬉しかったんですよぉ」
「そうか」
「一夫多妻制だったら文句は言いませんけどぉ!違うじゃないですかぁ!」
「そうだな」
「男の人ってみんなそうなんですか!?一人じゃダメなんですか!カラ松さんっ」
「えっ?俺?俺は、もし恋人が出来たら、精一杯幸せにしたいと思うが」
そう言ってカラ松さんはヘラッと笑った。いきなり振られた話にも丁寧に答えてくれて文句一つ言わず付き合ってくれている。なんて良い人なんだろう。世の中にはこんな人もいるのに、過去の男にこだわっていつまでも落ち込んでても仕方がない。
「今日はもう飲みましょう!飲んで忘れます!」
「おう!その意気だ!」
カラ松さんはたくさん面白い話をしてくれた。あんなに泣いていたのが嘘みたいにたくさん笑った。なんて楽しい一日なんだろう。このまま終わってしまうのは勿体ないと、せっかくの出会いだと、そう思って。
「カラ松さん、連絡先交換しませんか?」
「え?あ、ああ、生憎携帯電話は持っていないんだ。すまない」
「あ、そうなんですか。珍しいですね。じゃあ、お家に連絡してもいいですか?またこうやって飲みたいです」
「勿論さ!」
カラ松さんは快く家の電話番号を教えてくれた。そして色々な話をしながら飲んで、日が暮れた頃、カラ松さんは完全に潰れてしまった。こんなに早く電話する事になるとは思わなかったけれど、家の番号聞いといて良かった。カラ松さんを迎えに来てもらうように電話をかけた所、電話の後ろが騒がしかったけれど、すぐに行きますと言われて電話が切れた。
「カラ松さん、お迎え来てくれるそうです」
「んー、あー」
テーブルに突っ伏しているカラ松さんに声をかければ辛うじて返事があるが恐らく夢の中だ。寝顔可愛い。
しばらくするとカラ松さんと同じ顔をした二人が現れた。本当にそっくり。六つ子って話は嘘じゃなかったんだ。二人しかいないし、別に疑ってた訳じゃないけどね。
「カラ松さんのご兄弟ですか」
「えっ、あ、はい。ちょちょ長男です」
「六男のトド松でーす」
「すみません。ちょっと飲み過ぎちゃって」
「あーあ。こんなになっちゃって。あんま飲めないくせに」
「え、そうなんですか…」
「あ、気にしないで下さい。きっと楽しかったんですよカラ松兄さん」
車で来てくれたらしく、二人はカラ松さんを車の後部座席へ無造作に乗せた。扱いが雑だけど、カラ松さん大丈夫だろうか。
「ありがとうございました。ではこれで」
「良かったら乗せていきますけど」
「いえ、酔い覚ましに歩いて帰るので大丈夫です」
「えー、残念」
「あはは。カラ松さんに無理させてごめんなさいって伝えてもらってもいいですか」
「無理はしてないと思いますけど、伝えておきまーす」
帰り道、私はすっかり元彼が過去になっていた。悲しみなんてちっとも感じない。むしろ今日の出会いを嬉しく思っていた。
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20160412
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