思い出話をするのは嫌い。口に出したら私の中からなくなってしまう気がするから。大切な大切な私の思い出。私はそれに縋って美化して、立ち止まって後ろばかりを見ながら生きている。


「……い、おいっ!苗字!」

「えっ、はいっ!」

「おおー、良い返事じゃねぇか。戻ったらボーっとしてっから具合でも悪いのかと思ったぜ」

「あはは、ごめんごめん!ちょっと考え事してた」


てへっ、と舌を出してみたけど見事にスルーされた。ちょっと悲しい。そんな私を知ってか知らずか銀八は「よっこらせ」なんて親父臭いセリフを吐きながら腰を下ろす。相変わらずマイペースだな。
私は今、銀八と酒盛りの最中だ。まさかこんな日が来るとは思ってもみなかったけど、何が起こるか分からないね、全く。銀八がトイレに行ってる間にボーっとしてしまった。どうも一人になると色々考えてしまっていけない。特に今日は、楽しくて。銀八がたくさん話をしてくれるから。私の知らない話を、私の中にはない思い出を銀八が話してくれるから。
銀八がどんな話をしても、そんな事もあったね、そうなんだ知らなかった、と相槌だけを打つ。色鮮やかに場景が浮かんで、浮かんでは消えて。ああ、何だかなぁ。苦しいなぁ。


「あのさ」

「ん?」


顔を上げたら目が合った。ちょっと真剣な顔にドキッとした。ときめいたとかそういう意味じゃなくて。この人には全て見透かされているんだろうなぁ、って。


「悩みあるなら聞くけど?先生が」

「先生ねぇ…」

「あ?何だその訝しげな顔はよォ」

「だって銀八だしぃ」

「泣くよ?俺」


そう言ってグイッと酒を呷った銀八に笑みがこぼれる。あの頃はこんなかけ合いで、毎日笑って、笑い合って。嫌な事があっても忘れるくらい毎日楽しかった。私の方が泣いちゃいそうだよ。


「誰にも言わねえからよ」

「言われてたまるかっての」

「無理すんなよ」


鼻の奥がツンっとした。


「嫌なら嫌でいいんだって。辞めたっていいんだぜ」

「…うん」

「お前の人生だろ?好きにしろよ」

「…うんっうんっ」

「悩め若者よーっても言うけどな」


ゆっくり、穏やかで、心に沁みるような温かな声で銀八は言った。ボロボロと私の中の感情が溢れて言葉にならなかった。


「一人じゃねェんだからよ」


銀八は優しく笑っていた。あの時と、ミンナと笑い合っていたあの頃と同じ、優しい顔。
きっと学生時代毎日が楽しかったのは銀八が居てくれたからなのかもしれない。こうやって優しく見守ってくれていたから、ただただ安心して私達は笑ってられたのかもしれない。


「ありがと、せんせ」

「おう、もっと敬え」

「うっさいバカ」

「おい」

「あはは」


あの頃には戻れないけれど、変わってしまった事もたくさんあるけれど、あの頃と変わらない事も確かにあって。


「そうやって笑ってりゃいいんだよお前は」

「何それセクハラ」

「ひでェなおい」


先生が先生で良かった。出会えて良かった。本人には絶対に言わないけど。
私きっと、明日からも頑張れる。前を向いて歩いて行ける。ありがと、先生。





20131120

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