「…今、何と、おっしゃったの、ですか」

「遠くに行きます。貴女の知らない、遠い処へ。ですから、もう、会えません」


聞き間違いではなかった。ゆっくり言い聞かすように紡がれた言葉は先程と同じ内容だった。
もう、会えない。その言葉に今度こそ血の気が引いた。いつか告げられるのではないかと思っていた。でもまさかそれが今日だなんて。改めて告げられるその衝撃は思った以上だった。


「何処に行かれるのですか」

「貴女の知らない処ですよ」


にこり、と笑った光秀さまは私の髪を梳いた。私の知らない処、とは何処なのか。教えてくれてもいいのに。聞いたところできっと私には分からない。だって知っている処よりも知らない処の方が多いもの。
未だ私の髪を弄っている光秀さまは大層この行為がお気に入りのようだ。そういえば、初めて会った日もこんな風に光秀さまは私の髪を梳いていた。「とても綺麗ですね」と言われて恥ずかしい思いをしたのを覚えている。だって風になびく光秀さまの髪の方がとても綺麗だったのだから。
真っ赤になっている私の髪を梳きながら「少し話をしましょう」という光秀さまのお誘いで私達は始まった。本当であれば気軽にお話など出来るはずのないお相手なのに。私と光秀さまはよく会って話をするようになった。私にとって光秀さまは魅力的で、光秀さまにとって私は気兼ねなく暇を潰せる相手だったのだろう。


「今日が、最後です」


そう言うと、髪を梳いていた手が今度は頬を撫でた。冷たい手。思わず体がはねた。


「光秀さま、」


込み上げてきたものが零れ落ちそうで思わず口を閉じる。最後だなんて。もともと私達は交わる事のない存在だったのに、最初も最後もそんなものなかったはずなのに。
いつの間にこんなにも深く私の中に光秀さまが刻み込まれてしまったのだろう。


「…私は、いつの間にか貴女を愛おしく思っていました」

「っ……」

「楽しい時間をありがとう」

「み、つひで、さま、わたしも、お慕い、して」


ずるいお人だ。光秀さまは。最後にそんな事を言うなんて。自分ばっかり、ずるい。ずるい。私だって。


「いやっ、みつ、ひっ、行かないで、置いて、行かっないで」

「おやおや」

「いい子にします、からっ、何でも、しますからっだから。連れて、行ってっ」

「…わがままはいけませんよ」

「うわあああああああん」


光秀さまはあやすように私を抱きしめた。よしよし、と背中を優しく撫でる。止めて。優しくしないで。またそうやって私に貴方を刻み込んでいくなんて。どこまでもずるいお人。


「さようなら、愛しい人。どうか幸せに」

「みつ、ひでさま」


そっと額に口付けて光秀さまは私を離した。そして笑った。今まで見た中で一番優しい笑顔だった。


「待って、みつひでさま」


呼びかけた背中は馬と共にどんどん遠のいて行って、振り返る事はなかった。追いかけても追いつく事など出来なくて。私はまた泣いた。



この“いつか”はきっと必要とされていない

お題:告別
20121106

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