※動乱編、もし伊東が一命を取り留めていたらのお話。
倒れた伊東さんはそれはそれは満足そうな顔をしていた。何でこんな事になってしまったんだろう。と、ずっと泣いてしまいそうだった。伊東さんが何故こんな事をしたのか理解出来なかった。でも、こんな伊東さんを見たら、これで良かったのかもしれないと、少しだけ、そう思った。
「もう少しで救急車来ますからね」
「…あぁ」
「喋らなくていいですよ。むしろ喋らないで下さい」
「冷たい…な、君は」
苦笑いを浮かべる伊東さんは、私の膝に頭を預け横になっている。いつも綺麗にしている身なりはボロボロ。血だらけ。こんな姿を誰が予想出来ただろうか。ボロボロになるのは私達下っ端の仕事なのに。それに、伊東さんを膝枕する日が来るとは。
「心配して言ってるんですよ」
「君が、生き伸びていて、良かったよ」
「…当たり前じゃないですか。私はしぶといですから」
「そう、だったな」
明らんできた空を見つめている顔は穏やかだ。きっと彼の中の何かが吹っ切れたのだろう。以前の彼はこんな柔らかな表情を見せなかった。いや、した事すらなかったんじゃないかな。
私は伊東さんが心に大きな大きな闇を抱えていたなんて知らなかった。だって彼はそれを私に話してはくれなかったから。こうなる前にもっと解り合えていたら、こうやって話が出来ていたら。
「……身軽に、なっちゃいましたね」
こんなに大きな代償を払わなくて済んだのに。
考えていたら口から出てしまった。鼻の奥がツンとした。言わなきゃ良かった。
「…安いものだろう」
「ズッ、これから、どうなるんでしょうね」
「良くて、除隊、だろうな」
「伊東さんが、除隊になったら、グズッ、私も、辞めます」
「…辞めてどうする」
「伊東さんの左腕に、なります。右腕じゃなくて」
「面白くないぞ」
伊東さんは笑っている。ゆらゆら揺れていてどの程度かは分からないけれど。
「私、伊東さんを一人にはしません、から」
「…俯くな。鼻水が垂れる」
上を向いて、ズズッと鼻をすする。はしたないったらありゃしない。もうこれを機に二人の間に秘め事は止めましょうよ。私は恥を曝け出したんですから伊東さんも曝け出して下さいよ。何でも話して下さいよ。離れたりしませんから。
「とりあえず、伊東さんと呼ぶのを、止めたまえ」
「はい、鴨太郎さんっ」
「…さて、どうしたものかな」
「これからの事は、二人でゆっくり考えましょう」
「…そう、だな」
笑った拍子に、ぽたっと鴨太郎さんの顔に水滴が落ちた。即座に「汚い」と聞こえる。言っときますけど、鼻水じゃないですから。汚くないです。それに罵声を浴びせながら、笑わないで下さいよ。笑いながら涙を零さないで下さいよ。これからはそうやって色んな表情を見せて下さいよ。笑い合って過ごしていきましょうね。
二人暮しでも始めましょうか
お題:hakusei
20120927
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