こういう生活が私には合わないだろうと分かってはいた。分かっては、いたのだ。


「ねぇ小十郎様?」


彼に会うのは何日振りだろうか。戦から帰った彼は再会の挨拶もそこそこに、私の側で書き物に没頭し始めた。私の側に居てくれるのは彼なりの気遣いなのだろうか。背中に呼びかければ少し間があって返事をしてくれた。振り向いたその顔は訝しげな表情を浮かべている。


「最近、戦が増えましたわね」

「あぁ、そうだな」

「お陰でどこの軍も兵力不足だとか」

「そりゃぁ戦が続けばそうなる」

「その兵力不足を補っておられるのでしょうか。近頃では前田のまつ様や浅井のお市様、奥方様が戦に参戦していらっしゃるとお聞きしますわ」

「…何が言いてぇんだ」

「私も戦に」
「駄目だ」


全てを言い終える前にぴしゃりと言った小十郎様は呆れた表情を浮かべて溜め息を吐いた。声をかけられた時点で、私が何を言うか察しは付いていたのだろう。いつもと違って甘えた感じでいってみたし、嫌な予感が的中した、というところだろうか。


「いつか言い出すと思ってたが、お前はもう忍じゃねぇんだ」


そう。小十郎様と夫婦になる以前、私は忍として伊達家に仕えていた。諜報活動をしたり、戦に出た事もあった。一応、死線は潜り抜けてきている。それがいつしか、小十郎様と恋仲になり夫婦になった訳だ。夫婦になる際、忍を辞めて欲しいと言われ、恋は盲目とはよく言ったもので、小十郎様がそうおっしゃるならば喜んで!と私は快諾した。しかしながら、時間が経つにつれて私は飽きてしまった。屋内だけで生活するような状況に。


「小十郎様のケチ」


私だったら絶対戦力になれる。小十郎様の力になれるのに。まつ様やお市様だって、軍の為、殿の為にって戦場に出ているはずだ。私だってそうしたい。それに一見か弱そうなお市様でさえ戦場に出ているというのに何で私は駄目なんだ。


「お前が何を言っても駄目なものは駄目だ」

「何故ですか!もう現役じゃないし足手まといになると思ってるんですか!」

「…そうじゃねぇ」

「じゃあ何故です!私だって小十郎様の役に立ちたいです!」


眉間に力を込め小十郎様を見る。酷く困ったような小十郎様と目が合っている。少しばかり、昔の血が騒ぐとか此処から出たいとかそんな気持ちもあるけれど、小十郎様の役に立ちたいという気持ちにも偽りはない。足手まといになると思っていないのだったら何だっていうの。


「俺が、何故お前に忍を辞めるように言ったか分かるか」

「えっ?え、えーと」

「お前を危険から遠ざけたかったからだ」

「……」

「お前の実力は承知してる。足手まといになるなんざ思ってねぇ。現役を離れた今だって連れていきゃ戦力になってくれると思ってる。…ただ」

「ただ、何です」

「俺が嫌なんだ。お前を、危険な目に合わせるのが。それに、此処でお前が待ってくれていると思うと、絶対に帰らなきゃなんねぇって気持ちで臨む事が出来るんだ」


分かってくれ、と私を抱きしめた腕は壊れものを扱うように、とても優しかった。ああ、小十郎様の温もりはどれ程振りだろうか。心地良い。安心する。ずるい、お人だ。


「…では、私は此処をお守りしております。小十郎様の帰りをお待ちしながら」

「ああ。頼んだぞ」


形はどうであれ、お役に立てるのならばこれで良いのだ。何より、小十郎様が安心してくれるのならば。こんなに大事に思ってくれているのに、我がままで困らせてはいけないもの。私は私の務めをしっかり果たしますから、また優しく優しく抱きしめて下さいね。



甘い夜の引き金になった其れ

お題:hakusei
20120708

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