隣の家の国光君は同じ年だというのに小さい頃からやけに大人びていた。礼儀は正しいし、身なりも言葉遣いもいつもきちんとしていた。
周りはくだらない事で喧嘩をして泣き喚いたり鼻を垂らして遊び回っている子ばかりだというのに、国光君はいつだって国光君だった。協調性がない訳ではない。が、周りに染まる事もなく幼いながらにしっかりと自分を持っていた。いつでも一歩先を行く、そんな感じ。
私はそんな国光君を大好きで、いつでも彼の後を付いて回った。一緒に居れば私も国光君のようになれる気がして、少しでも国光君に近付きたくて。
しかしその行動もいつしか止めてしまった。国光君との距離はどんどん離れて、一緒に居る事はおろかお隣さんだというのに話す機会さえなくなってしまった。彼を嫌いになった訳では決してない。ただ、どんなに一緒に居てもどんなに近付きたくても彼には到底追い付けないと理解しただけの話。だって彼は同じ場所を見る仲間達とどんどん前へ進んでいく。振り返る事なんてせず前だけを見て。それに、邪魔になるような事なんてしたくはなかったんだもの。


「風が強いな」

「…そうだね」


確かに、私達は何年も話をしていなかった。私から接触を試みた事も彼から接触を試みてきた事も今の今まで一度だってなかったのだ。それが、卒業を間近に控えた今、私は彼から呼び出され学校の屋上に来ている。「話がある」と。まさか彼に呼び出される日が来るなんて思ってもみなかった。驚き半分、嬉しさ半分。いや、どちらかと言うと嬉しさの方が勝っているかもしれない。
このまましばらく二人で居たいのは山々だけど、彼にはこのあと部活がある。部長というただでさえ忙しい立場の彼を無駄に引き留める訳にはいかない。話がある、と私を呼び出しておいて一向に話を切り出す素振りを見せない彼に代わって「で、話って何?」と切り出した。


「卒業したら、ドイツに行こうと思うんだ」

「そ、うなんだ」

「今日はそれを伝えたくてな」

「そっか」


実を言うと、言われなくても彼が卒業したらドイツに行く事は知っていた。家が隣なんだから本人に直接聞かなくとも親伝いで情報は耳に入ってくる。だから知っていた。
きっと彼はそれを分かっていたはずだ。わざわざ直接伝えなくとも私の耳に入る事くらい。なのに、どうして。


「もう、名前に近くで見ていてもらう事もなくなってしまうな」

「なっ…!私がいつ見てたって言うの」

「毎日。放課後、練習を見ていただろう?」

「し、知ってたの」

「あぁ。お陰で俺は頑張れた。名前が応援してくれているものだと勝手に思っていた訳だが、そのお陰でどんな時も頑張る事が出来た」


まさか彼が気付いているなんて思わなかった。彼が言うように私は毎日彼が頑張っている姿を見ていたのだ。でも気付かれないように遠くから見ていたというのに。


「コソコソした真似して、ごめん」

「いや。感謝している。それに、名前が離れたのも全て、俺への配慮だったのだと分かっている。ありがとう」

「ありがとうだなんてっ」


彼に名前を呼ばれる度、彼の言葉を聞く度、目の前が歪んでいく。
ありがとうなんて言われる筋合いはない。彼の為を思ってした事なんて一つもない。結局は、どんどん彼が離れていってしまうのが悲しかった。辛かった。嫌われるのが怖かった。ただ、それだけだったのだ。


「本当はっ、いつも近くで見ていたかった。でも、邪魔には、なりたくなくて」

「あぁ」

「遠く離れても応援してるから。国光君の事、いつも応援してるから」

「あぁ」

「国光君が帰ってきたら、今度は、その時は、一番近くで応援させてね」

「もちろんだ」

「頑張ってきてね。いってらっしゃい国光君」


「ありがとう」と微笑んだ彼につられて笑うと涙が一筋零れた。
やっぱり彼は大人だった。彼に追い付くとか彼のようになるなんてきっと私には一生叶わないだろう。
でもそれで良い。これからは誰よりも近くで彼を応援する。本当は最初からそれで良かったのだ。






20090502

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