あと数十分もすれば新しい年を迎える。今頃世間の皆様方はもうすぐ新年だと酒を飲みながらとかテレビの特番を観ながらとか何かしら楽しく過ごしているんではなかろうか。羨ましい。
私はと言えば、仕事を終え先程帰宅したばかり。とりあえずテレビを付けてソファーで項垂れている。年を越す前に帰宅出来たのは嬉しいんだけども、一年の最後の日ギリギリまで仕事ってどうよ?寂しくね?下手したら仕事しながら年越しだったとかマジ笑えないんですけど。悲し過ぎるでしょ。結果的に年越す前に帰ってこれたから良いんだけど。仕事しながら年越す事にならなくて良かった。マジで。
「…はいはーい」
ピンポーン、とインターフォンに呼ばれ玄関に体を引きずる。疲れてるんだから勘弁してほしい。しかもこんな時間に。…ってこんな日のこんな時間に誰だ。何の用だ。恐る恐るドアの覗き口に目を当てるとゆらゆらと一つの影。それは見知った男だった。
「…何の用」
「こんばんは」
「こんばんはじゃないっつーの!何してんの!」
ドアを開けると薄らと笑みを浮かべた光秀。彼は昔からの馴染みだ。腐れ縁と言うか何と言うか。それにしても、何故光秀が今目の前に居るのか不思議でならない。しかも両手に荷物をぶら下げている。何だそれは。その疑問を察したようで「お酒とお節です」と光秀は笑って見せた。
「…酒とお節を持って何しに来たのかな?君は」
「一緒に年越しを」
「何でよ!織田さん家で年越しのはずでしょ!?」
「帰蝶が今年は貴女も来ないし夫婦水入らずで年越しを過ごしたいと言いましてね」
「そ、そうなんだ」
光秀の言葉を聞いてほんの少し光秀に同情した。それは、彼女の嘘だ。帰蝶というのは彼の幼馴染で織田家の奥様。彼女とは光秀を通して知り合ったのだが、とても綺麗で優しい人だ。しかしながら幼馴染である光秀にはとても手厳しい。もしかしたら嫌っているかもしれない。本当のところは分からないけれども。織田家のご主人のご好意で光秀は毎年織田家で年越しを過ごしていたらしく、知り合ってからは私もお呼ばれするようになって今年も声が掛っていたのだけど、仕事があるから行けないと私はそれを断っていた。その話をしていた時「貴女が来れないなら光秀も呼ばないわ」と彼女が言っていたのだ。まさか本当にそうなるとは思わなかった。光秀…可哀想。
「でもさ、私仕事だって知ってたでしょ?」
「えぇ。でも他に一緒に過ごす人が居ませんでしたし、仕事が終わって一人で年越しするのは寂しいんじゃないかと思いまして」
「余計なお世話です!もしかしたら年越す前に帰ってこられなかったかもしれないんだよ?」
「そうなってたら私はコンビニで年を越す羽目になりましたね。いやぁ良かった」
「コンビニ…?」
「はい。貴女が帰って来るのをそこのコンビニでお待ちしてました。部屋の明かりが点いたので帰ってきたのだと」
「え、ちょ、何?ストーカー?」
「家の前で待っていたのですがさすがに寒くて」
「アンタ怖い」
それならそうと連絡くれたら良かったのに、とか、いつから待ってたのか、とか色々言いたい事がある訳だが、どれくらいの時間か知らないがこの男に居座られたコンビニが不憫でならなかった。きっと迷惑だった事でしょう。両手に荷物をぶら下げてゆらゆらと不気味な動きをするこの男に居座られて。
「さぁ準備に抜かりはありませんから」
「いや、アンタと一緒に過ごすくらいなら一人の方がマシな気がしてきた」
「そう言わずに、さぁ」
「ヤダ。アンタ怖い」
「褒め言葉として受け取っておきますね」
「帰れ!」
「おや?」
そう言って光秀は私の後ろを眺めた。つられて後ろを向くと、付けっ放しのテレビが賑やかな音を発していた。おめでとう!おめでとうございます!そんな言葉が聞こえてくる。…まさか。
「年…明けてしまったようですね」
「…玄関で年越したぁ…」
「初めての経験です」
「もう!アンタのせい!」
「おやおや、新年早々怒られてしまいましたねぇ」
「…はぁー。何かどうでも良くなってきた。おいで、光秀。そのお節食べよう」
「はい。お邪魔します。実は手作りなんですよお節」
「マジで!?」
どんだけ気合入ってんだ!と驚いた反面、重箱の蓋を開けて見たその中身の完成度の高さ、と言うか綺麗さに感動した。光秀にこんな才能があったなんて…。しかも三重。
「光秀凄いね。美味しいね。来年も食べたい。来年はちゃんと部屋で年越ししたいな」
「鬼に笑われてしまいますよ」
「いいのっ!」
「ふふ、分かりました」
「今年もよろしくね、光秀」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「…待っててくれてありがとね」
私の言葉に光秀はただ口元を緩めた。何だかんだ言って光秀は私の良き理解者で、素直じゃない私を良く分かってくれている。不気味だけど、意味不明な時もあるけど、何より優しいのだ。光秀は。目の前でお節をつつく光秀を見ながら、来年の今頃も光秀と一緒に過ごしているんだろうなぁ、と考えていたら頭の隅で誰かが笑ったような気がした。
全ては愛情のなせる業である
20100206
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