「暇を差し上げましょう」
思わず固まってしまった。大事な話があるから、と呼び出され何かと思っていたが、まさか暇を出されるとは思ってもみなかった。何で?どうして?今までずっと、側で誠心誠意尽くしてきたというのに。いきなり、どうして…。
私が絶望する一方で目の前の光秀様は「素敵な表情ですね」と楽しげだ。私は今どんな顔をしているのだろうか。
「何故、です」
「おや、納得いきませんか」
クスクスと笑う光秀様からは怒りを感じない。とても、穏やかだ。私が何か失態を犯し、それに怒っているという訳ではなさそうだ。だったら何故?ますます分からない。もしかして、光秀様の悪ふざけだろうか。悪ふざけにしては度が過ぎているけれど。
「貴方はもう不要なのですよ」
「光、秀様」
「今までお疲れ様でした。故郷へ帰るなり新しい主を探すなり好きにしなさい」
光秀様の言葉に目頭が熱くなった。本気だ。冗談などではない。しかし、光秀様は知っているはずだ。私に帰る故郷などない事を。戦に巻き込まれ村も両親もなくし放浪していた私を拾ったのは光秀様なのだから。
全身に血を浴び、覚束ない足取りでこちらに向かったくる光秀様に恐怖したのを覚えている。でも、私に触れた手は酷く優しかったのを覚えている。「私のところへ来なさい。もう、大丈夫ですよ」と居場所と生きる目的を与えてくれたのは、光秀様。
「帰る場所などありません。光秀様以外に仕えるつもりもありません」
「嬉しい事を言ってくれますね」
「私を不要だとおっしゃるなら斬って下さい。暇を出されるなど私にとっては死んだと同じ事。同じ死ならば、光秀様の手にかかり死にとうございます」
「随分と良い子に育ってしまいましたねぇ」
眉間に力を込め光秀様を見据える。さぁ、早く私を斬って。嬉しいでしょう?私を斬れるのですよ光秀様。戦の最中常々おっしゃっていたではありませんか。いつか私を斬りたいと。今がその時、待ちに待った時なのですよ。
しかし、光秀様は一向に斬りかかる素振りを見せない。ただ黙って私を見ているだけだった。
「私にはもう、斬る価値もないという事ですか」
「……」
「光秀様っ!」
「…誰かこの娘を連れ出しなさい。もう軍の者ではありません。外へ追い出しなさい」
「光秀さ、ま」
その時見た光秀様の顔は酷く悲しそうに見えた。今にも泣き出しそうな程。初めて見るその表情の理由を、追い出された私は知る事など出来ないのだけれど。
「私の分も生きて下さい。生きて、笑って、貴方には幸せになって欲しいのです」
光秀様が謀反を起こしたのはその数日後の事。
さよなら、世界
お題:偽ればそれが真実になります故。
20090829
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