※暗いです。ご注意を。
「私は、いつになったら死ねるのかしら」
泣きたくなった。そして叱ってしまいたかった。何故そのような悲しい事を申されるのだ、と。しかし、それを口には出さない。否、出せるはずがない。
名前殿は体が病魔に蝕まれ、部屋から出る事すら許されぬ日々を過ごしている、と知っているからだ。
そんな日々に体だけではなく、気までも病んでしまっていると、知っている。
「そう申されるな。名前殿の体は直良くなります故」
「本当に、そう思う?」
「無論。某は偽り事など申しませぬ」
そう言ったところで名前殿の表情は変わる事などなく、俯き、暗いまま。某の言葉は気休めにもならないようだった。
微笑む名前殿の傍らで稽古をしていたのはいつだったか。名前殿の笑顔を見たのはいつだったか。今ではそれらがまるで夢だったかのように感じる。それ程、名前殿の笑顔を見ていない。
出来る事ならば今すぐにでもこんな狭く暗いこの部屋から名前殿を連れ出してしまいたい。そして日輪が照らす広い世界で生きる希望を見出して欲しい。病魔などに負けぬと思って欲しい。生きたい、と言いて欲しい。そしてまた、いつかのように笑って欲しい。
しかし、名前殿の状態を考えればそう簡単に行動を起こせるはずもなく、どれだけ稽古を重ねて強くなりお館様の役には立とうとも、名前殿の前での某は無力なのだと実感する。何も、してやる事は出来ないのだ、と。
「ねぇ幸村様?一層の事、今、私を斬って下さいませんか」
聞き間違いだと思いたかった。だが俯いていた名前殿の顔はこちらを向いていてしっかりと某を見据えていた。確かにその言葉は名前殿の口から告げられたのだ。
「な、何を、申しておられるのだ名前殿!」
「幸村様に私を斬って欲しいとお願いしているのです。もう死を待ちながら苦しむのには疲れました」
「名前、殿」
「辛いのです。毎日が。このまま途方もなく同じ毎日を過ごすくらいなら今すぐ死んでしまいたい。だから、」
「出来、ませぬ。某には名前殿を斬るなど!」
「何故です。戦に出ればたくさんの人を斬っているのでしょう?私とて同じ人。何も変わりますまい」
「…名前殿は戦人ではありませぬ故」
「可笑しな話。戦人も人。結局人を斬るという事には変わりないというのに」
「それは…」
言って、グッと拳を作る。名前殿の言っている事は尤もだ。戦人とて人。名前殿と同じ人なのだ。結局は人を斬る行為。しかし、だからと言って、名前殿は斬れない。
何より、某は名前殿に生きて欲しいと思っているのだから斬れる訳がないのだ。
「嗚呼、私はいつになったら死ねるのかしら」
未来への扉はあまりにも重く
唯一名前殿にしてやれる事すら出来ない某は何と無力なのか。
結局、意気地がないだけなのではないか、と噛んだ唇からは血の味がした。
ヒロインを救いたい幸村。救えるのに救えない葛藤を書きたかった、はず。
お題:我は虫喰い
20090626
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