私はただの平隊士である。役職に就いている訳でもなければ目立って腕が良い訳でもない。ただの平隊士。
しかしながら私には私にしか任せられていない特別な任務がある。私は任務と言う程の事ではないと思うのだが、その命が副長である土方さん直々に下される為か、周りの隊士は皆口を揃えて名誉な事だと言い、羨ましがる。その割に誰一人として任務を代われと申し出てこないのは、その任務内容が原因だと思う。怖いのだ。皆。何がって。


「何やっとんじゃゴリラァァァァァァア!!」

「ギィヤァァァァァァァァア!」


もちろん姐御が。怒りの矛先が自分に向き、巻き添えになる事を恐れているのだ。ぶっちゃけ私だって怖い。同じ女なんだし大丈夫じゃね?巻き添えとかなくね?と大半の隊士共は思っているに違いない。馬鹿野郎共め。姐御を甘く見ちゃいけない。私だって真選組っていう枠で括られてるんだぞ。女だからってその違いは1ミクロン程しかない。姐御の顔に笑顔が貼り付けられているか否かの違いしかないんだぞ。


「姐御ぉ!近藤さんをお迎えにあがりましたっ!」

「あら、ちょうど良かったわ。今、近藤さんが帰られるっておっしゃったところだったの」


ね、近藤さん?と姐御はにっこり微笑んでいるがその笑顔の裏には黒いものが見え隠れしている。怖い…。近藤さんはと言えば、完全に伸されている。ボコボコだ。相変わらず姐御は容赦がないな。
ここまでで察して頂けていれば嬉しいのだが、私の特別任務とは、姐御をストーカーしに出掛けている近藤さんを見つけ屯所に連れ戻す事である。
たくさんの人が居る広い街で人探しとは一見難しそうであるが、対象がストーカーに出掛けている近藤さんな訳だから簡単だ。大体は姐御の道場に行けば見つかるのだから。本日もまた然り。もし道場に姐御が居なければ万事屋さんに行き弟である新八君に姐御のその日の予定等を聞けば良い。出掛ける予定があると聞けばその場所へ行き、何もなければ道場で姐御の帰りを待てば良い。ほら簡単。って私もストーカーみたいじゃね?


「そうでしたか!」

「ええ。さっさと帰って頂戴」

「はいっ!では失礼しますっ!また」


横たわった近藤さんの襟首を掴んでズルズルと引きずりながらそう挨拶すれば、姐御はにっこりと笑いながらゆっくりと親指を首元まで掲げてそれを真横に引いた。そして「躾はしっかりしなきゃ駄目よ名前ちゃん」の言葉。ヒィィィィィイ!!次は私の命も危ないってか!怖ぇぇぇぇぇぇえ!!
もう一度失礼しますと言って急いで道場を後にした。後ろで近藤さんがガツンゴツンと不規則な音を立てていたが気にしてる場合じゃない。ごめんなさい近藤さん。でも全部アンタのせいなんだからこれぐらい許して下さい。


「はっ、はぁ、こちら苗字、です。近藤さん確保しました。今から、戻ります」


御苦労、と聞こえて無線が切れたのを合図に一気に緊張が解けた。ふぅ、と息を吐いて思わず項垂れる。近藤さんを引きずって道場の表に停めてある車に全力疾走したせいか姐御への恐怖心のせいか心臓どころか脳内までドクドクと鳴っている。汗までびっしょりだ。主に後者のせいだろうけども。
ふと我に返って後部座席を見れば、近藤さんが不自然な形で乗っていた。そうだった。勢いで投げ込んでしまったんだっけ。


「近藤さん!生きてますか!いやこれぐらいでくたばるたまじゃないですよね!起きて下さい!起きろ近藤コノヤロー!」


起こすつもりで言葉をかけながら近藤さんを叩いていたが、ぺちぺちと言う音はいつの間にかバシバシに、言葉もいつの間にか暴言に変わっていた。土方さん居なくて良かった。居たら絶対怒られるよこれ。でもこれはあくまでも近藤さんを起こすための行為だ。アンタのせいで恐怖体験しちまったよ!次は私の命も危ないって!死を暗示されちゃったよ!どうしてくれんだコノヤロー!なんて恨み辛みを込めたものでは決してないのであしからず。
しばらくすると低い呻き声と共に近藤さんは目を覚ました。「何か顔が痛い」と呟いたが聞かなかった事にする。


「やっと起きましたね。さぁ帰りますよ」

「帰る?何を言ってるんだ!俺は任務の最中だぞ!お妙さんの身辺警、ごぉぉぉぉぉぉおっ!」

「まだ言うかコノヤロォォォォォォオ!!近藤さんを連れて帰らないと私が土方さんに怒られちゃうんですよ!勘弁して下さいよ」

「はい。ずびばぜん」


私のストレートによりついに近藤さんの顔面は原型がなくなってしまった。まぁ…しょうがない。近藤さんが悪い。一日に二度も死の恐怖を味わってたまるか。あ、いや土方さんに怒られちゃうでしょうが。
さて行きますよ、と声をかけてハンドルに向き直り車を発進させると近藤さんは「お妙さーん」と切なげな声をあげた。そんなにボコボコにされてるのによく懲りないなこの人。今回は私の手も多少加わっているのだけども。


「今日はもう諦めて下さい。また明日」

「あれ?止めないのかい?」

「止めたってどうせ行くでしょう?それ以前に止める理由が私には見つかりませんし」

「えっ。だって、ほら、名前ちゃん俺を探すなんてくだらない事に駆り出されて大変でしょ?それに、す、すすすすストーカーじゃん。犯罪じゃん」

「そうですね。ストーカーは犯罪ですね」

「だったら…」


ちらりとバックミラーを見ると目を泳がせながらもじもじしている近藤さんが映っていた。もじもじしても可愛くないですよ近藤さん。と言うか、自分で言っちゃったよこの人。そこまで分かっていて自重しないのか近藤さん。まったく。


「何言ってるんですか近藤さん」

「えっ?」

「身辺警護でしょ。市民の安全を守るのが我々真選組の務め。近藤さんは率先してそれをやってるだけなんだから止める理由なんてないですよ」

「名前ちゃんっ…」


勲、勲明日も頑張るね!と両手で顔を覆った近藤さんは泣きだしてしまった。良い歳した大人がそんな風に泣かないで下さいよ。だけど何だかんだ言ってそんな近藤さんを、そんな近藤さんだからこそ私は尊敬している。例え死の恐怖を味わおうとも、苦労をかけられようとも、誰よりも上に立ちながら誰よりも人間臭いアナタを尊敬しているのだ。お馬鹿な上司を持つと部下は大変だ。しかしそれを苦と思わない私もお馬鹿なのかもしれない。お馬鹿な上司にお馬鹿な部下。結構な事じゃないか。






お題:maria
20091117

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