はっきり言って私は料理が出来ない。料理と言うか、家事全般が出来ない。何故なら小さい頃から、ここは侍の国だから刀の扱い方だけ覚えれば良い、と言われて育ってきたからだ。お陰でそこらの軟弱な男共より腕っ節の強い女に育った訳だけど、女の子に対する教えとしては野蛮過ぎやしないだろうか?と、今になって思う。まぁ本当今更な話だけど。
腕っ節だけが取り柄の私ではあるが、所詮女である。好きな人に対しては乙女心というものを持ち合わせてしまうらしく、今日の為に雑誌や本を買い漁ってチョコレートを手作りした。料理が出来ないのだから既に出来上がって綺麗に包装された既製品を買って渡せば何の心配も失敗もないというのに、なんて乙女なんだろうか。ちなみに包装まで自分で施してみた。不格好ではあるが私なりに一生懸命気持ちを込めて作ったのだ。
そして、いよいよそれを渡す時がきた。緊張しないと言ったら嘘になる。だけど女は度胸。せっかく作ったのだから渡さない訳にもいかないじゃないか。


「か、桂さん、あげます」

「ん?何だ?」

「チョコです。今日、バレンタインですから」

「あぁ、そうだったか。すまない」


興味がなさそうに桂さんは私の手からチョコを受け取った。あれ?おかしいな。ここは喜ぶべきところじゃないのか。だってバレンタインにチョコを貰ったんですよ。はっきりと義理だと告げられていないのだから相手が自分に好意を寄せているんじゃないかと勘違いして照れるところじゃないんですか。私の場合は本命だけど。


「ほら、エリザベス」

「えっ…!ちょ、桂さんっ!」


桂さんにあげたチョコは何故かそのままエリザベスの手に。エリザベスは「ありがとうございます」なんてプラカードを掲げてやがる。ありがとうございますって何?私は桂さんにあげたんですけど。


「桂さん。何でエリザベスに渡すんですか」

「ん?あぁ。生憎甘い物は好かないのでな。エリザベスに食べてもらっている」


それはあんまりだ。実際、桂さんにあげた時点で桂さんの物になった訳だからどうしようが桂さんの勝手だけど。貰ってすぐに本人が居る目の前で渡さなくても良いじゃないか。しかも聞かれたからって素直に理由を述べなくったって良いじゃないか。桂さんが乙女心の欠片も分からない人だったなんて。


「桂さん」

「どうした?」

「私、料理出来ないんですよ」

「そうなのか」

「だからそのチョコは本見ながら一生懸命作ったんです」

「…そ、そうだったのか」

「桂さんの為に作ったんですっ!桂さんに食べて欲しくて!」


それなのに、と、ここまで言って私の涙腺は限界を迎えた。グッと下唇を噛んでみてもボロボロと涙が溢れてしまう。
悔しい。せっかく作ったのに食べてもらえないなんて。好きじゃなくても一口くらい食べてくれたって良いじゃないか。こんな事になるなら手作りなんてしなければ良かった。慣れない事はするもんじゃないって言うけど本当そうだ。もう絶対料理なんかするもんか。


「いや、あのーあれだ。あの、すまない」

「良いです。別に」

「あのー甘い物はあれなんだが、俺は蕎麦が好きだ」


私が泣いてしまった事で狼狽えているのだろう。桂さんはかなり挙動不審だ。だからと言って別に好きな物を宣言しなくても良いんじゃないだろうか。と言うか知ってるし。…もしかして蕎麦を作れと?チョコを作るのにも苦労した私が蕎麦なんて作れる訳がない。むしろ蕎麦なんてそう簡単に作れる訳ないだろーが。それ以前に私はもう料理をしないと決めたからね。さっき。


「桂さんが蕎麦好きなのは知ってますよ」

「う、うむ。そ、蕎麦じゃなくてもだな飯なら何だって食うぞ」

「…だから?」

「俺の為に飯を作ってくれ」

「はっ?」

「お前はもう刀を捨て俺の為に飯だけを作ってくれれば良い」


何だその亭主関白宣言的なのは。でもあれだ。うん。嬉しい。前言を撤回しよう。明日、いや、今日すぐにでも料理本を買ってこよう。刀を捨てるんだから料理を極めよう。うん。そうしよう。
「嫌か?」と不安げに桂さんは問う。嫌なもんですか。さっきの出来事で桂さんが少し嫌になってしまったけど私は声を大にして答える。


「よ、喜んでっ!」


この時の安堵したような桂さんの笑顔は一生忘れないだろう。

後日エリザベスに聞いたのだけど、私以外からのチョコはエリザベスにあげたのではなく、甘い物は食べないから、と受け取る事すらしなかったようであの行動は桂さんなりの照れ隠しだったらしい。






20090214

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