「苗字さん、ちょっと」
そう言って私を手招きした隊士はなかなか険しい表情を浮かべていた。何かあったんですか?と問えば、付いてきて。とただそれだけを言って歩き始めた。何があったんだろう。私何かしたっけ。と疑問を抱えながら前を歩く隊士の背中を見つめる。嫌な予感しかしない。
「さぁ入って」
誘導されるまま辿り着いたのは会議などで使われる広間だった。今日は会議だったけ?と考えている最中、襖を開けられて驚愕する。部屋には局長と副長をはじめ、たくさんの隊士が集まっていた。おまけに皆険しい表情を浮かべている。私をここまで連れてきた隊士と同じように。一体何があったんだ。
「待ってたよ名前ちゃん。そこに座って」
「あ、はい」
局長に指され、部屋に入ってすぐのところに腰を下ろす。おかしい。場所がおかしい。他の隊士は局長と副長に向かい合って座っているのに何で私だけその側、局長達の横顔を見る形で座らされるのだろうか。やっぱり私が何かをやらかしてしまったんだろうか。これは公開処刑的なあれか。
ビクつく私を他所にゴホン、と咳払いをした局長は口を開いた。
「名前ちゃん」
「はいっ」
「今はいつだい?」
「……は?」
相変わらず険しい表情で投げられた意味不明な質問に疑問符が浮かんだ。今はいつ?何それ?いつって何?どういう意味ですかそれ。と聞き返すと、いつだって聞いてんだよ。と副長に睨まれてしまった。えー…意味分かんないんですけど。
「三月…になりましたね」
「そうだね。三月になっちゃったよね」
「…ですね」
「何か忘れてないかい?」
何が?と言いたいのをグッと堪える。言ってしまったらまた副長に睨まれるに決まってる。だがしかし何も思い当たらない。納期を過ぎてしまった仕事でもあっただろうか。仮にあったとして、その件で呼ばれたとしてもこの状況はなんだ。局長と副長以外関係なくね?それとも何か?ここに居る隊士達にも私は何か迷惑をかけるような、険しい顔をさせるような何かをしでかしてしまったのか。えー…分からない。
「すみません分かりません」
「お前それ本気で言ってるのか」
「ひいっ!ちょ!副長っ」
「トシ、落ち着け」
刀を抜きかけた副長を局長がなだめる。お陰で斬られずに済んだ訳だが、何?何なの!たたき斬られるような事を私はしたって言うんですか。知らないけど。心当たりないけど。副長目が本気だったわ。まぁいつも瞳孔かっ開いてるけど。副長は。
「えー、では俺から言わせてもらう」
「は、はい」
何だ。何が告げられるんだ。局長の一言で下手したら私の一生は終わりを迎えてしまうような気がするのは気のせいじゃないと思う。手汗がやばい。
ゴホン、と咳払いをした局長に皆注目している。隊士達の目がこう、何か期待に満ちていると言うか、そういう風に見えるのは何でだ。
「バレンタイン」
「え?………え?バレ…何ですか?」
「だからバレンタインだっつってんだろうがァァァァァァァァァア!!!!」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいい!副長っ刀をしまって下さい!」
「トシ止めろ!落ち着け!」
「止めてくれるな近藤さん!」
「だから副長刀をしまえコラァァァァァァァァア!」
「お前がチョコを配らなかったせいで隊士の士気がダダ下がりだコラァ!」
「知るか!」
何この言いがかり。何このヤクザ。隊士からはそーだ!そーだ!副長いいぞー!等の歓声が上がっている。おいこらふざけんな。何だこいつら。局長に羽交い絞めされている副長は半ばやけくそのように見える。
「皆名前ちゃんからのチョコを待ってたんだよ。バレンタインは過ぎてしまったけど、凄い数だし前日、当日は時間がなかったのかもと二月一杯待ってたんだ。俺はまだいつかお妙さんにもらえるから良いんだけど、でも、もう三月に」
「知るかァァァァァァァァァア」
思わず局長の言葉を遮って叫ぶ。刀を振り回したいのは私ですよ副長。
つまり、私が、屯所で唯一の女である私が、バレンタインに皆にチョコを渡さなかったからいけないと。二月一杯待ってたけどもらえなかったと。で、士気が下がったから副長がお怒りになっていると。そういう話ですか。そうですか。
「勝手に期待されて、裏切られたからとかで怒られても困るんですけど。チョコあげるとかあげないとか私の自由じゃないですか。つーか、隊士分とかどんだけだよ!」
「そこを何とか!」
「いやいや!何とか!じゃねーし。それに近藤さん、お妙さんからはチョコもらえないと思いますよ。自分はまだくれる人居るから大丈夫的なニュアンスでしたけど」
「そんな事無いもん!もらえるもん!これはお妙さんの焦らしという一種の愛の形なんだもん!」
「おい名前、そこは言ってやるな」
今度は副長が局長をなだめている。というか、慰めている。泣かなくてもいいじゃないですか局長。
えー、これチョコあげなきゃいけない流れじゃないの。隊士達はチョーコ!チョーコ!とコールしている。うるせぇなこいつら。
「嫌ですよ私。義理チョコとかそういう概念ないんで。だからと言って本命も居ませんよ。言っときますけど」
「誰も聞いてねぇよ。よし、じゃぁこれは副長命令だ。隊士共にチョコを渡せ」
「嫌です。めんどくさい」
「切腹」
「えー…何この人、職権乱用じゃないんですかそれ。パワハラ?」
「うっ、名前ぢゃんお願い、ヂョゴぐだぱい」
「……局長、顔、やばいです」
その後、話し合いの結果、材料費は経費で落とす、製作の為の休みを取らせる、との条件でチョコを作る事になった。経費なんだから既製品で良いじゃん。と思ったのだが、隊士共が既製品断固反対!とか言いやがった。あいつら本当うるさい。いつかシメる。
可哀想なので局長の分も作る事にした。本人はお妙さんのだけがあれば良いからと言っていたけど。もう突っ込むのは止めた。副長のにはマヨネーズを大量に投入する事にする。文句を付けた奴は切腹。さて、どんなチョコを作ろうか。
呪いチョコ
「来年も期待してるね!」
チョコを手にした隊士のその一言でこれが今年だけじゃ済まない事に気付いた。泣きたい。
20120303
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