これの跡部side。と、ちょっと続き。






久しぶりに、偶然会った名前は、あの頃よりもまた少し綺麗になっていた。偶然再会した嬉しさと、見惚れてしまって、気付いてから、声をかけるのに間があったのは俺だけの秘密だ。


「名前」


久しぶりに呼んだその名前は、何か特別な言葉のように感じた。しかし、すっ、とごく自然に、当たり前のように、口を出た。呼び起こされるのは、あの頃の記憶。俺達の思い出。


「っ景吾…」


一瞬、驚いた表情を見せた名前は、俺を呼んで優しく、笑った。変わらない笑顔。俺を呼ぶ、声。まるで、あの頃に戻ったような、ずっと同じ時間を過ごしてきたかのような錯覚。
きっとこんな偶然はもうない。もっと話をしたい。もっと一緒に居たい。そう考えているうちに、名前を食事に誘っていた。名前は、いいよ。と誘いを断る事はしなかった。断ったところで、俺が強引にでも連れていくと思ったのだろう。名前は俺を良く知っているから。


「今日はご馳走様。景吾」

「あぁ」


食事中は他愛もない話をした。当たり障りもない、話を。穏やかに時間は過ぎ、ほんの一時だけでも、あの頃に、あの頃の二人に戻れたような気がして心が躍っていた。あの頃、あの頃、と俺は柄にもなく、酷く執着しているような気がする。
店を出て、車の助手席に名前を導く。ありがと、と助手席に乗った名前からふわりと香った香水。どくり、と胸が鳴った。知らない香り。知らない、名前。もう、あの頃と同じ名前ではないのだ。これが現実だと、一瞬にして引き戻されてしまった。俺達が一緒に過ごしていたのは今ではもう昔の話だと。


「四年振りか…」

「そうね」


名前の自宅まで車を走らせながら口に出して改めて思ったが、俺達が会うのは四年振りで、四年間の空白の時間が俺達にはあるのだ。
四年間、名前は何をしていた?どう過ごしていた?今の俺に、そんな事を聞く権利はない。四年前までは恋人だった。時間を共有して一緒に過ごして、言いたい事を言い合った。だが今は違う。
名前は俺としたように他の誰かと笑い合い、愛し合い、もしかしたら俺の知らない名前を見せているのか。考えただけで、反吐が出そうだ。聞かずには、いられない。


「お前は…その、彼氏は居るのか?」

「…居ないよ」


その答えを聞いて、酷く、酷く、安堵した。良かった。本当に良かった。何て都合が良いのだろう。離れていった名前を無理に引き止めようともせず、別れてから一度だって、連絡も交わさずにいた癖に。良かった、なんて。名前はいつか、絶対俺の元に戻ってくる。そう高を括っていたから。自分から戻って来てくれ。なんてプライドが許さなかったから。自分で手を離した馬鹿な、俺。


「けい、ご?」


路肩に車を止め、名前に向き直る。困ったような、不安げな、そんな表情の名前。プライドとか、意地とか、そんな事はもうどうでも良い。他の奴に名前を渡してやるものか。俺は、名前を愛している。ずっとずっと。あの頃から、気持ちは変わらない。別れてからだって、気持ちは変わっていない。これは錯覚でも何でもない、本当の気持ち。


「俺と結婚しろ。名前」

「な、に言ってるの」

「俺はお前を愛してる。昔と変わらずに今も」

「嘘!や、止めてよ!そんな事言うの」

「嘘じゃねぇよ」


抱きしめたい。だが、ここは車の中で、思い切り抱きしめる事が出来ない。だから変わりに手を握る。この気持ちが伝わればいい。そう思いを込めて。
名前は、今にも泣きそうな顔をしながら、俺の顔と握られた手を交互に見ていた。次第に、名前の手にも力が籠もった。少し、震えている。


「だって、ゆび、わ。なん、で、止め、てよ」

「名前…」

「あの時の、人でしょう?そんな人が、居るのに。だから、私…」

「こんなの形だけなんだよ。分かるだろ」

「でもっ私っ」

「名前、俺を見ろ」


言って、俯いていた顔をこちらに向かせた。俺を見つめた瞳には涙が溜まっていた。今にも零れ落ちそうで、そんな名前を綺麗だと思った。もう離さない。俺だけの名前でいて欲しい。


「俺の事、好きか」

「っ…」

「俺は名前が好きだ」

「…す、好きよっ、ずっと、好きっ景吾のばかぁ」


溜まっていた涙は一気に零れ落ちて、溢れ出した。わんわんと声をあげて泣く名前が何だか可笑しくて少し笑ってしまった。笑うな!と言って俯いた名前は、握っていた手に一層力を籠めた。


「こんな指輪今すぐ捨ててやるよ」

「た、高いんでしょ!止めなさいよ!」

「アーン?何が高いって?」

「…景吾に言う言葉じゃなかったね」


泣きながら、少し笑って、でもありがとう。と名前は言った。最初からこうしていれば良かったのだ。こんなに時が経つ前に、こうしていれば良かったのだ。名前の前では、意地もプライドも意味を持たない。惚れた弱みという奴だろうか。


「でも…大丈夫なの?」

「お前が気にする事じゃねぇよ。とりあえず俺の家に行こうぜ」

「えっあのっ」

「四年分、たっぷり愛してやんよ」

「っ馬鹿!」


ははっ、と笑って車を走らせる。空白の時間はゆっくり埋めていけば良い。そしてまた、愛を育もうじゃねぇか。二人で。


「もうずっと側に居てやるんだから。覚悟しなさいよ」

「上等だ」


あぁ、幸せだ。





お題:ひよこ屋
20111218

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