ささやかな日常に潜む膨大なツイート


『仲道家の日常』 >> more

 カーテンを通しても伝わる夏の朝日。肩に感じるずしりとした重さに目を開けた。

「ねぇイチくん。賭けようか」

 俺の名前は仲道一(なかみち はじめ)。この名前を“イチ”と呼ぶのは妻の瑞菜(みずな)だけだ。横を向くと髪の毛が頬に刺さる。
 いつの間にこっちのベッドに入ってきたのか。もはや腐れ縁ともいうべき彼女は寝起きのぼさぼさ頭で俺の肩に頭をのせていた。
瑞菜の体はホコホコに暖かい。邪魔するやつが起きてくる前に堪能するのもアリかもしれない。


「おはよ、瑞菜。朝から何?」


手を伸ばして腕枕をし、折り返した手で頭を撫でると、瑞菜は楽しそうにくすくす笑った。

「今日は結婚記念日です。ちなみに去年の賭けは私の勝ちでーす。今日はイチくんのおごりね」

ああ、そうか。結婚記念日。

最初に生まれてくる子供は男か女かで賭けたのが始まりで、俺たちは毎年結婚記念日に何かしらの賭けをしている。
去年は、“果たして店長は今年中に結婚するか”だった。
その時点では店長はフリーだったので、俺の方に分があると思っていただけに、なんだか裏切られた気分だ。

「ね。今年は何で賭ける?」

キラキラした目で覗き込んでくる瑞菜の頭を捕まえて、キスをした。そのままもぞもぞとパジャマの中に手を入れて背中を這わせる。

「先にこっちだろ。もう六年か」

「イチくんのエッチ」

「寝込みを襲いに来たのは瑞菜の方だろ」

同い年の俺たちは、そろって三十九歳。決していちゃつくような歳でもない。
とはいえ、くりっとした丸目、丸顔の童顔なこいつは二十代で通用するほど見た目は若い。

そして俺は、このいつまでも子供みたいな妻に今でもぞっこんなのだ。

「くすぐったいよ、イチくん」

そんな余裕のある発言、いつまで言えるかな。
瑞菜を抱きしめたまま体を反転させる。ベッドにひざを立て、上から彼女を覗き込む。
丸っこい鼻、小さくてふにゃふにゃした体、その割には大きな胸。可愛いと思うところを順になぞってく。

「あはは、んっ、もうっ」

声のトーンが変わっていく。朝の瑞菜から夜の彼女を引っ張りだす時の、俺にしか見せない表情が大好きだ。
朝な夕なに、彼女を追い込んだ新婚時代をふっと思い出す。

「やだ、イチくん」

「嫌よ嫌よも好きにうち……」

ってやつだろ、と続けようとしたところで、開けたままにしているドアからいつもの邪魔者たちがやってきた。

「ママぁ。お腹空いたぁ」

腕に熊のぬいぐるみ、もう片方に弟の手を引いた六歳の長女、百(もも)だ。二歳下の弟である千利(せんり)が目をこすったままついてきている。ふたりは隣の部屋で寝ているのだが、寝る直前まで瑞菜が傍についている。そして、朝起きていないのを確認すると必ずこの部屋にやってくるのだ。

「わあ、ももちゃん、早起き。まだ早いよ。お布団入る?」

イケない場面を見られているというのに、瑞菜は平気な顔で布団に招き入れる。

「うん」

もぞもぞ入り込んでくる子供たちも、瑞菜にぞっこんだ。ふたりとも競うように彼女の隣を奪い合う。

「せんちゃん、ママの隣」

「やだ。ももだよ」

「おーいパパは空いてるぞ」

「パパじゃやーだ。あ、パパよけてよ」

ひっついていた俺たちの間に入り込み、ふたりは瑞菜の両脇をキープして満足そうだ。
ふたりを片手ずつで平等に抱きしめながら、顔は俺の方に傾ける。

「この間のお店の子。馬場くんだよね。今年は馬場くんの恋が成就するかを賭けようか」

「へ?」

「さっきの続き。まだ進展なしなんでしょ? 私は上手くいく方に賭ける」

「あ、ずりぃ。俺もそっちなのに」

「譲ってよイチくん」

「前回もお前の勝ちじゃん。譲るのはそっちだろ」

強気でそう言ってみたら、差すような視線が三か所から注がれる。

「なんだよ」

「パパぁ、ママお願いだって」

「千利、これはな?」

「パパ冷たい。もものお願いも聞いてくれないんだ」

「いや、そういう話じゃない」

「いいのよ。もも、千利、ママが我慢すればいいんだから」

「ママぁ」

殊勝にぽそりとつぶやく瑞菜のせいで、子供たちのなかですっかり悪者なのは俺らしい。
さっきから冷たい視線が痛くて寝てられない。

「分かったよ! もう」

「わあい、じゃあご飯作ろうっと。ももちゃん、せんちゃん、パパとゴロンってしてる?」

「もも、ママと行く」

「せんちゃんも!」

ぬくもりが、次々と俺のそばから離れていく。
子供たちは瑞菜が大好きだ。構ってもらえないと分かっていて彼女についていく。
俺はいつだって彼女の格下。

「……畜生。ふられろ、馬場」

せめて賭けには勝ちたいと、縁起でもないことを願いながら俺は二度寝につく。


【Fin.】


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