僕の目は段々と光を映せなくなっている。昔から弱視ではあったが最近はそれが顕著にでているようだ。
「ミナキ君、僕のモンスターボール取ってくれない?」
「それならお前の手元に…ぁ。すまない、ほら」
「ありがとう」
ミナキ君の温度が僕の手のひらに乗っかって、モンスターボールの冷たい感触が代わりに置かれた。
「…ペン」
手探りで机を見つけ、その上にモンスターボールを置く。それから机の上をまさぐったがペンに指が辿り着かない。どうしたものかと戸惑う。
「ゲンガー、ちょっと僕のペン取ってくれないかな」
ポンとボールから飛び出した黒のような紫の塊に声をかけた。わずかに赤い色が見えた。悪戯に笑うゲンガーの瞳の色。
「ゲンッ」
「ごめんね、ありがとう」
ゲンガーをボールには戻さないで、紙の上に慎重に文字を書く。一字一句に時間をかけた。
ホウオウについてのこと。それから千里眼。
「…僕の目は、」
「マツバ?」
紙を強く睨んでいたせいで(僅かだけど見やすくなる気がする)しぱしぱする目をミナキ君がいるであろう方向に合わせる。が、だいぶ違ったようで横から手が伸びてぐいと引っ張られた。「私はこっちだ」
「ん、わかった」
続きを促すかのようにミナキ君のきれいな指が僕の頬を滑った。
「ほとんど光を映さない。…千里眼も効かないんだ」
「…あぁ。続けてくれ」
「千里眼は、僕が小さい頃に偶然授かった力だ」
マツバは小さい頃、忍び込んだ鈴の塔でホウオウを見た。優雅で華麗で、何とも形容し難いホウオウの美しく強烈な光はマツバの瞳を焼いた。その後一時失明し、再び光が戻ったときの産物だ。
「あまり好きな力じゃないけど、役にはたつよ…。嫌いにはなれない」
「…そうか」
指は髪の毛をいじっている。
「視力がなくなるぐらいならいい。でも、でもね、千里眼まで亡くしてしまったら僕はっ、ただの人間になってしまうっ!存在意義が!理由がっ!何もかもなくなってしまうんだよ…っ」
悲痛な叫びはマツバの本心。誰よりも他人を嫌うのに、誰よりも他人に嫌われたくないマツバの、本心だ。
「普通の人間になんか誰も関心を寄せない!僕は物語の主人公ではなくなってしまうんだよ!!」
ぐらぐらと不安定な感情が、次々と口から出される。ミナキはただ背中を撫でるだけ。励ましも、慰めもしない。きっとそれが最善の策だと知っているのだろう。
「どうしょう、どうしょうミナキ君、僕、は、誰からも必、要とされない人間に、なってしまうの?やだよ、そんなの、やだよ…」
ぐすぐすと泣きながら話し、最後なんかは聞き取りずらい言葉の羅列になってしまった。それでもミナキ君は何も言わない。嫌われてしまうかもしれないけれど、彼にしか話せないのだ。
「マツバ」
「、ひっく…ふっ、なに…っぅ…」
「私にはその、なんだ…?目を、失いという感覚はよくわからない」
「…わかんなくて、いいよ…」
ふいに抱き寄せられて、頭がふらつく感覚がした。
「だが、失いたくないという気持ちはわかる」
ぎゅう、と抱き寄せられたら背中に力強いミナキ君の腕。外に出て世界に触れるその指が、腕が。
「私も、自分を失うのはなんら苦ではない。だがマツバが居なくなるというのはとても耐え難い」
「なに、それ」
おかしな間合い。この地域特有の静かで弛む空気。
「…好きということだよ、マツバ」
「…ミナキ、くん」
柔らかく笑うミナキ君の顔を、僕はこの瞳に焼き付ける。
君をなくさないかぎり、僕は生きていける。






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