青に罪はないのだ


少年はまだ依存しているのだ。
この世界に。
彼のいるこの世界に。
そして自分が存在しているこの場所に。
その空気に。
少年はこの世界のすべてに依存して、また溺れていく。

「おーい静雄、もうあがっていいぞー」
池袋の片隅のことさらさびれた通りに平和島静雄は立っていた。
静雄は缶コーヒーを片手にたばこをふかしてその言葉がかかるのを待っていた。
「あ、お疲れさまでした」
彼が言葉を紡ぐとぼんやりと白い煙が彼の口から漏れ出る。
カンカン、と若干錆びた鉄製の階段を下りてくる音に静雄は階段下のスペースから頭をだしてその様子を盗み見る。
階段を下りる人物―田中トムからすれば静雄のその行動はまるで小学生のように見えて思わず苦笑を洩らす。
「なぁ静雄、お前それすげぇ面白いな」
くつくつと口を片手で押えなおも笑うトム。
トムはまだ階段から下りていないので静雄も階段下から頭をだす格好でトムが下りてくるのを待つ。
「はぁ・・・?」
笑われた意味と「面白い」と言われた意味も静雄はまだ理解していない。
出た言葉も自然と語尾があがり疑問形になる。
「どういう意味っすかトムさん」
「いーやなんもねぇべ」
いまだくつくつと喉をならしてトムは階段を下りる。
トムがカンカンと小気味よい音を鳴らし終えて地面に足をつけた。
「うーし、もう帰っか」
「そっすね」
静雄は銜えていたたばこを地面に押し付け紅い火を消す。
安全のためにもう一度靴でたばこをもみ消そうとしたとき。
「静雄さん!!」
後ろから呼ばれると同時に軽い衝撃が体に走る。
「なんだ、正臣か」
「なんだとはなんですか!俺怒っちゃいますよ!!」
そうういいつつも静雄に抱きついた小柄な少年、紀田正臣はぐりぐりと頭を静雄の背中にこすりつける。
正臣に言わせればこれは一種の愛情表現らしい。
「あっトムさんじゃないっすか!!お久しぶりです!」
「おー正臣、元気だったか?」
「この通り元気っすよ、つーか先週あったばっかじゃないっすか」
正臣は静雄の背中にしがみついたままトムにあいさつを交わす。
どことなく沈んだ空間に光がさしたようだった。
「じゃあトムさん俺はこれで・・・」
「また今度!」
「へいへい、気をつけろよ」
静雄は正臣を背中におぶりながらトムの反対方向に歩きだした。

「ねぇ静雄さん・・・?」
「ん、どした?」
いつもなら静雄がうなずくのもまたないで話を繰り出す正臣だが今日は言葉に詰まりがちでとうとう一言もしゃべらなくなった。
こういうときは必ず、何か正臣が”闇”を抱えているときだ、と静雄の勘が彼に告げた。
「俺・・・・」
そういうときの正臣の話には何も言わないし言葉もはさまない。
なぜなら正臣の抱えている闇の大抵の理由が静雄のこの世で一番大嫌いな人物の折原臨也がかかわっているからである。
以前慰めようとしたのだが正臣の口から何度も何度も「臨也」といわれるとどうしようもない気持ちになり挙句自分が暴走して正臣を困らせるだけなのだ。
ならば何にも口をださず、ずっとじっとまって正臣が結論を出したら臨也を殴りに行こう――これが静雄のだした、今のところの最善策である。
「俺・・・・・・っ」
かたかたと静雄の背中で小さなぬくもりが震えだす。
「・・・またっ・・・臨也さんにっ・・・」
はぁはぁと正臣の呼吸が荒くなる。
それに比例するかのように体の震えもひどくなりだす。
静雄はただそんな正臣の体(正確には押えている足だが)を強く強く抱きしめることしかできない。
静雄は自分の非力さを恨み、またすべての原因の折原臨也を恨んだ。
見上げた空はいつもよりも青くて、どことなく悲しみさえ覚えるようなそんな抜けるような青さだった。

―――8年前
「俺はさ、静ちゃん・・・静ちゃんの存在が気に入らないんだ」
「何当たり前のようなこと言ってやがるノミ虫よぉ・・・」
8年前、すべての始まりの日、平和島静雄はすべてが相容れない折原臨也という存在に出会った。
偶然といえば偶然で必然といえば必然であるその出会い。
静雄は確信した。
この男はへたすれば人を殺すこともためらわない、そんな男である、と。
「ねぇ静ちゃん、俺は静ちゃんが見る世界も気に入らない」
「つまり静ちゃんがいきているこの世界が気に入らないんだよ」
「わかるかな、静ちゃんは」
臨也は特注のナイフを片手に淡々と静雄に話しかける。
力では勝る静雄でも頭脳戦に持ち込まれれば勝利する確率は低くなる。
それを踏まえて折原臨也は静雄に『ケンカ』を仕掛ける。
――平和島静雄に勝つために。
「それでね静ちゃん、俺さ、考えたんだ」
ざりり、と臨也が足元の砂を踏むにじる音が狭い路地に響いた。
「静ちゃんがこの先生きていくときにとても大切な人を見つけるとしよう」
一歩、臨也が足を踏み出す。
「そうして見つけた大切な人を俺は」
「洗脳してあげる」
「静ちゃんは好きだけど俺がいないと生きていけない子」
「そんなかわいそうな子にしてあげる」
「ほら、これで静ちゃんはこの先ずぅっと俺のことで悩んで、憎んで、その子のことに人生費やして」
そこで声がいったん途切れた。
臨也は苦々しそうに顔を歪めて下を向いた。

「しぬんだよ」
ぽつりと臨也が呟いた。
それは本当に小さな声で、あまりの小ささに静雄は臨也が何を言ったのかが聞き取れないほど。
「・・・おいノミ虫・・・今なんてい」
「じゃーね、静ちゃん、覚えておいてね」
「俺が静ちゃんを殺すんだからさ」


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