「人間は自分の所有物に名前を書くと兄上に教わりました」

「はぁ…」


また唐突に今度は何の話が始まるのだろうかと私は隣に座る彼を見上げた。何にしてもいやな予感しかしないと思っていたらやはり悪い予感ほど的中するもので。


「ですからあなたにも僕の名前を書いておかないといけない」


今なんて、と思ったときには時すでに遅し。私の腕は長くて鋭利な爪を持った手にがっちりと掴まれていた。これからどんな展開になるのか嫌でも予想がつく。


「あなたは僕のお嫁さんだから名前を書いておかないと」




ほら、やっぱり。



「えぇっいや、ちょっと待って!」


爪が皮膚を突き破る前にそれだけは避けなければと必死の思いで抵抗するとアマイモンさんは少しムッとした顔で不満そうに呟いた。


「何ですか、あなたは僕のものでしょう。僕は自分のものを人に盗られるのが大嫌いなんです」

「えーっと、だから…その…」


どうしよう、ここで何か良い言葉が浮かばなければ流血騒ぎは避けられそうもない。


「ふっ…夫婦同士にはもっと特別な表し方があるんだよ…!」

「…特別?」

「うん!夫婦であることを示すものなんだけど…」


言葉途中にエンゲージリングってわかるのかな、とふと考えているとアマイモンさんは突然スッと立ち上がりそんなものがあるなんて知らなかった…すぐに兄上に聞いてこなければ、と独り言のように呟きながらその場から居なくなった。


(……助かった?)


ひとまずは難を逃れられたことに私はほっと胸をなで下ろしたのであった。

後日、首筋にかみつかれぬよう逃げまどうはめになるとは全く知る由もなく。




(兄上に恋仲の相手にはキスマークをつけておくことが所有の印だと教わりました)

(…!!?)





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