○ フブキ様と妹の休日



「コガラシちゃんデートしましょう」

 背中からコガラシに覆い被さって、フブキは断られるなど想定まったくゼロの晴れやかなスマイル。黒マニキュアにラインストーンのネイルは換装ほやほやの新品で、壁掛けカレンダーの赤い日付を撫でる。

「なにかしたい? じき冬だしコートでも仕立てに行きましょうか。コガラシちゃんはどこに行きたい? ヴィト○? プラ○?」
「あの、お姉ちゃん」

 抱きしめたコガラシが振り返る。まつげが絡む距離で、キスでもしそうな距離で、コガラシの眉毛が申し訳なさそうに下がっているのがよくわかる距離。
 一瞬だけ、どこか気恥ずかしげな間。
 それから、

「私、お姉ちゃんと一緒にお出かけできるなら、どこでも……」

 ぎゆううううううううううううっ。

「お姉ちゃんっ、くっ、くるし……」

 思いっきり抱きしめたコガラシがうめくように声を上げた。でも、フブキはまだ腕を離さない。

「……もうちょっとだけ」






 鬼気迫る勢いでの試着が幾度と無く繰り返される。照れや臆しが残ったかたい表情のコガラシはフブキを見やる。タグ付きワンピースに身を包んだコガラシをあらゆる角度から真剣に見つめ、大きくうんとうなずくフブキは直後満面の笑みで、

「これもいいわ」

 試着室の鏡は、ずっと無視されっぱなしだ。



 見送りされて背中から何人者ありがとうございましたを贈られて、店外へ出たフブキはサングラスをスチャッとかけて上機嫌に、

「さあ次は」
「お姉ちゃんもう十分ですよ!?」
「いい女は遠慮しないのよ」

 コガラシの手を握り颯爽と歩き出すフブキの背後、よろめく人影が二つある。

「いえ、マツゲさんとヤマザルさんが大変なことになっています」

 前などおよそ見えてはいまい。
 円柱や四角やその他沢山の箱はつむじを大きく越えて、腕に下げた大量の紙袋が広がってけったいな怪人じみている。

「いい女は遠慮しないの」

 さすがフブキは慣れっこだけれど。

「我々のことはお気になさらずー!」

 そもそも気になんかかけちゃいないフブキにぐいぐい引っ張られるコガラシからすれば、気にするなという方が無茶だ。

「せめて自分の分だけでも」

 立ち止まった。邪魔なサングラスを頭にずらして、フブキはどこかすねたような顔で、

「そうしたら手がつなげないじゃない」

 つなぎっこの手のひらを催促するように揺さぶって、フブキはだまりこくるコガラシの眉間のしわをじっと見つめる。
 きゅっと、

「それは……たしかに困りますが」

 恋人つなぎの絡めた指を甘ったれた握力で握り返されて、フブキはほほえむ。コガラシの顔にはまだでもそれとこれとはという困った色が丸出しで、とても、とてもかわいいと思ったからだ。



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