シチュー、八宝菜、ハンバーグ、シュウマイと春巻き、鯖の味噌煮。その他たくさん。いちいち覚えたりしていない。
烏間君に食べられることはなかった、たくさんのメニュー。
「肉だ」
バットの豚肉をのぞき込んだ烏間君は、心持ちはしゃいだ声だ。
「烏間君は肉が好きだね」
見た目通りだ。やっぱり筋肉むきむきな男の人は肉とプロテインを愛しているらしい。
不摂生をとがめたつもりではないけれど烏間君はなんだかちょっとむっとした様子で、
「野菜だって好きだ」
ボウルの中で半殺しにされたジャガイモをつまみ食いした。
「ポテトサラダは野菜にカウントされないし行儀が悪い」
「うまい」
つまみ食いの終わりが見えない。菜箸がひょいひょい動く。
「まだ味付け終わってないから、全滅させないでね」
「ん」
聞いているのかいないのか。
「おなか、そんなにすいてるの?」
「ああ」
「すぐ作るから」
でないとジャガイモがいなくなりそうだ。
すったタマネギとショウガと酒と砂糖と醤油につけておいた豚肉を、熱くしたフライパンに一枚ずつ敷く。熱に油がはじける音、ピンクの肉が身を縮こませて色を変えた。
「メニュー」
「白いご飯。味噌汁は茄子。ショウガ焼きとつけあわせの千切りキャベツとポテトサラダと豆腐とわかめのサラダ」
「野菜、多いな」
当たり前だ。放っておくと烏間君はコンビニ弁当とハンバーガーで呼吸をしている。
「お箸とコップと冷蔵庫の麦茶」
「ビール飲んでもいいか」
「お好きに」
「お前は?」
「飲む」
つまみ食い隊長殿はロング缶を二本取り出してテーブルへ行った。よし仕上げに入ろう。
塩こしょうはしておいたジャガイモからはあら熱が取れていたので顆粒コンソメにマヨネーズ、んでもって隠し味に砂糖と酢。これがいけるんだ。ハチミツとマスタードでもおいしいけど今日は和系だからまた次回。混ぜてキュウリとハム足してもっかい混ぜて、ほい一品。烏間君は、マヨネーズ少な目でちょっとこふきいもっぽいのにするとよく食べる。
「できたか」
そんなにはしゃいで。
「ポテトサラダ好きだっけ?」
烏間君は少しだけ考えて、
「……食べ応えがある」
ほう。
まあ烏間君の食事はあくまで燃料補給の意味合いが強いので、その評価は上々なんだろう。
豚に火が通った。みりんを回してすぐ、焼きすぎにはならないぎりぎりのラインで引き上げて、千切りキャベツに肉汁かけた上から焼きたての肉をかぶせた。これで多分キャベツの食べるだろう。全部よそってテーブルに並べて、
「じゃあ、いただきま」
着信音は烏間君の尻ポケットから響いた。
「……」
「……」
毎度のことながら若干緊張が走る。
ディスプレイを確認して、烏間君が横目でこっちを見た。怒らないよ。大丈夫だから。
唇に「すまない」と形を作って、仕事の呼び出しに決まっているスマートフォンを耳に当てた。
さてじゃあ準備を手伝いましょうか。スーツの上着どこにほっぽったんだよ烏間君。
「烏間だ。……ああ。……なにをしてるんだ。わかったすぐに向かう」
三十秒もなかっただろう通話は紛れもなく「おあずけ」の別形態だ。
申し訳なさそうに眉を下げた烏間君が、ちょっとだけ、いつもと比べればほんのちょこっとだけ情けない声で、
「すまない」
ソファーにネクタイと一緒にひっかかっていたスーツジャケットを軽く払ってほこりを飛ばす。ほいと渡すと烏間君はやっぱろほんのちょこっとばかりしょんぼりとした表情をしていた。
「行ってらっしゃい」
「……帰ったら食べる」
肩を軽くつかまれたので目を閉じたまま上を向いた。落とされるような触れるだけのキスを一つすると特に名残惜しげもなく烏間君はジャケットを羽織って車のキーとスマホだけを確認してさっさと出て行った。
扉がばたんと閉まる。
あの慌てっぷり。三日は拘束されるだろうな。
ポテトサラダはそんなに保たない。
またも烏間君の帰ってきたら食べるはかなわないわけだ。
できたての料理が上げる湯気さえちょっと寂しい。ご飯と味噌汁とビール二本は先に戻しちゃおう。さめたらとじるためにラップをテーブルに出して、一人でいただきますと呟いた。
別に、一人暮らしも長かったですし。
今さら寂しいとかだだこねるほど若くもありませんし。
キャベツと一緒に肉をばくっと放り込んだ。
ただ私は、烏間君に温かいちょっと栄養のことも考えた、食べ応えのあるご飯を食べて欲しかっただけなんです。
残念なのはそれくらいなんです。
烏間君が今おなかを空かせているという事実だけが気がかりだった。少し時間が合ったらお弁当にして持たせてあげられたんだけど、烏間君にかかってくる電話って緊急だし急行を要される事態だし。
どこかでちょっとおいしいものでも食べられればいいんだけれど。
甘いしょっぱい酸っぱいのバランスだって考えた本日のメニューはとりわけ味気ない。テレビのリモコンを手に取った。
暗殺