▼もしもし主とブルーファイアと茶碗が割れた


 呼ぶ声を確かに聞いたと思う。
 りんこ、と。
 気の緩まった手から載せていた茶碗が零れ落ちた。声を上げるよりも台所の床に叩きつけられる方が早い。


「あっ!」


 音を立てて真っ二つ、破片が白と青の粉になる。
 もう一度、りんこと今度は強く呼ばれた気がする。
 声の主の顔が、いくつもの表情がりんこの脳裏を駆け抜けていった。


「……ブルー、ファイア」


 棚の中、おそろい柄の赤だけが静かに鎮座している。横はなにも残っていない。
 あるのは、りんこの茶碗だけ。
 胸に渦巻く予感は、いい予感ではなかった。
 このままでは夕飯の仕度もできない。しゃがみこんで、手を伸ばして破片を拾い集める。
「つっ!」気をつけていたのに。
 反射でひっこめた指先に盛り上がった血は、表面張力を瞬く間に崩して床へこぼれた。
 青く、ばらばらになった茶碗の上。
 青と白と、赤のコントラスト。
 ブルーファイア、


「まさか…ね」




 まさかだ。


 ブルーファイアが困惑している。目の前で巻き起こった茶番にどう声をかけていいのかわからない。

 全部見てた。
 最初から同じ部屋にいた。
 なにやってんだこいつ。

「……そろそろ絆創膏巻いていいか?」


 声をかけるとりんこは素直に顔を上げてうなずいた。
 普通の顔だった。
 今まで、「愛用食器が割れたけどあの人になにか…?」ごっこをやっていたとは思えないごくごく普通の顔だった。


「ごめん、また割りました」
「早く傷を洗え!」
「はい」

一撃

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