▼フブキさま大好き【男主】

※男主
※失恋





「フブキさまー愛してますー! ぶべらっ」

 ビンタ。
 ハグ希望で両腕広げて突撃したら超能力でぶたれた。見えない巨大な手にほっぺたの肉全部持ってかれそうな一撃を貰った。

「うるさいわよ」
「しゅみまぜん」

 背中を蹴られた。犯人はわかってる、フブキ組の三下仲間だ。
 そいつだってほかの奴らだってフブキちゃんのこと大好きだ。んでもって臆面もなく好きだ愛してると言える俺のことをうらやんでるわけだ。

「けっ。好きなら好きと素直に言えばいいんだよバカどもめが!」
「次くだらないことを言ったら服ひんむいて逆さに吊るすわよ」
「スミマセンフブキさま」

 だって仕方ないじゃん。
 俺はフブキちゃんの幼なじみで昔からずっと好きだ愛してる結婚しようって言ってるんだから。もう何年になる? 十年強ぐらいのライフワーク。
 ちなみにフブキちゃんが「私も」とか「うん」とか言ってくれなくなったのは小学校の低学年からです。女の子の方が成熟早いってのは本当だな!






 最近ハゲが目に付く。

 B級にあがったばっかのくせにフブキ組でもないくせにフブキちゃんと随分仲良くして貰ってるらしい。フブキちゃん俺んちにも遊びに来なよ! マカロンでもパンケーキでも作ってあげるよ!? え、鍋!? 土鍋買わなきゃ!

「フブキ様俺もお供します」
「いらないわ」
「でも」
「うるさいわよ言うこと聞かないと毛根死滅させるわよ」

 ひええ。








 フブキちゃんはあのハゲのことが好きなのかもしれない。
 最近とみに冷たいのはそのせいかもしれない。以前に比べてもかまって貰えなくなった。フブキちゃんは気がつくとあのハゲの所にいる。
 くそさみしいんですけど。

「フブキ様」
「なによ」
「好きです」

 フブキちゃんはいつも通り俺を睨んだ。

「うるさい」

 新緑を映したような目は俺が知る限り世界で一番きれいな色だ。
 すっげえ好きだ。
 好きだった。

「くだらないことを言ってるとフブキ組をやめて貰うわよ」
「フブキ様、俺」
「愛してるとか言ったら地獄を見せるわよ」
「ヒーローやめることにしました」
「……え?」









 ケバくて軽くてノリがいい姉ちゃんは俺のおごったカシスウーロンをかぱかぱ飲んでキャハハと笑った。

「お兄さんそんなことでやめちゃったの?」
「しょうがないじゃん。ヒーローやってたのは一から十までフブキちゃんのためだもん。フブキちゃんが俺を見てくれないならやってる意味ないじゃん」
「ふうん。再就職は?」
「ハロワ通い」
「彼女は?」
「募集中」
「はーいあたし立候補ー」
「よっしゃじゃあホテル行っちゃおうぜー!」









 三対一位の人数差になるとまあ喧嘩ってあんま勝てない。でもまあ、こんな腑抜けた拳じゃ一対一でも勝てねえよなあ。
 というわけで負けた。
 ゴミ捨て場にポイされた。パンツ以外全部持ってかれた。くそ、フブキ組の頃に奮発してオーダーメイドで買ったスーツが!

 ちゃんねーは美人局だった。
 見事かかったよ。

「自暴自棄はよくないですよ」
「……うるさいなあ。放っといてくれよ」
「裸に剥かれて一文無しでゴミ捨て場にほっぽらかされた人放っておけません。家どこですか?」
「……君んち行きたい」
「……」
「あだっ!」

 ゴミ出しで通りかかった女の子にビンタされた。
 その平手の感じがちょっとフブキちゃんに似てて思わず笑ってしまった。自分でもびっくりするくらいの未練が気持ち悪かった。それもまた笑える。






 ボスは苛立っているし、それでなくてもフブキ組には落ち着かない雰囲気がべったりこびりついていた。原因なんて分かりきっていた。

 フブキは組んだ長い足を苛立たしげに揺すって、熱いローズヒップティーに手もつけない。不機嫌を隠そうともしない唇が、つんととがっている。

 あのバカは今どうしているのかしら。
 絶対に戻ってくると思ったのに。
 ……なによ、本当に居なくなるなんてどうかしてるんじゃないの。

 いすを蹴って立ち上がる。様子を見に行くことに決めた。
 しかたない。どこぞの路地裏でのたれ死んでいるかもしれない。

 幼なじみだもの、心配なんかして当たり前よ。
 誰になにを言われたわけでもないのに、頭の中で言い訳している。







 出勤途中ですれ違ったのはゴミ捨て場の一件以来ずいぶんと世話になった女の子だ。

「時が癒すってのは本当ですね」
「さーね」
「初めてあったときはすっぽんぽんだった人が今じゃスーツで会社通いですもん」
「あれは間が悪かっただけ」

 どうだか、という顔をしてくすくすと笑う。

「私がいるから大丈夫です」

 それから、彼女は真剣な顔をした。

「私はあなたのことが好きです」

 告白された。
 そういえば、好きだの愛してるだの言い続けて十年強だった。
 言われたのは初めてだ。

「……ありがとう」






 間が悪い。出て行くタイミングを逃してフブキは告白を出歯亀する形になった。陰った路地裏に身をかくして、深刻な面もちで聞き耳を立てている。

 誰よ、それ。
 あれだけしつこく私のことが好きだだの愛しているだの言っておいて。
 誰よ。





「好きって言われるのってこんなに嬉しいのか……そうか。誰かが自分を好きでいてくれるって、ホッとするんだね」

 なんだかものすごく満ち足りた心地がする。鼻から長くため息が抜けた。

「今、俺すっごい救われた」
「本当ですか?」
「もちろん。…知らなかったな、この感覚」





 フブキは知っていた。

 あまりに言われすぎたから感覚がすっかり麻痺していたが、にくからず思ってはいる相手からの好きという肯定はむずがゆくて嬉しい。
 それをあいつは知ってしまった。

 その子になんて返す気なの。
 その、心地よさを与えられたあなたは、その子の事を、
 もう私のことは、






「ありがとう、本当に嬉しいよ」
「あの、では……」
「僕もね、昔、君と同じように好きな人に好きだって言ったんだ。こういう気持ちだったのかな、フブキちゃんも」

 そうだったらいいな、と、含みなしに思う。

「だから、僕が一番欲しかった言葉はあげられないから、せめて二番目を言うね」

 覚悟が必要だった。
 これを言えばすれ違いざまに声をかけてくれなくなるかもしれない。笑いかけてくれなくなるかもしれない。
 しかし言うべきだ。
 自分にも必要だった言葉を。

「君のことは好きだ。気持ちはすごく嬉しい。でも、付き合えない。ごめん」

 見る間に彼女の顔が曇る。こぼれるだろうと予想はついていたけれど、案の定すぐに涙があふれ出した。

「……どうして?」
「僕には好きな人がいるんだ。ずっとその人の事が好きだ。今までもこれからも。君のことはその子への気持ちとは違うけど大切だ。ひどいことはできないよ」





 ひどいこと、とあいつは言った。

 もはやフブキに身動きをする術なんてない。





「恋じゃないけど好きだったよ」





 今、あいつはフブキでありあの女はあいつだ。
 あいつのことは好きだった。
 でも、恋ではなかった。




「さよなら」






 それは自分が言うべきさよならだったのだと、フブキは思う。

 あいつは私から動けない。
 でも、私は応えることができない。

 もっと早くに離してやるべきだったのだ。もう遅いけれど。

一撃

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