「約束しろよ、銀時」


こいつは、小さい頃から不気味なくらい白かった。小学男子みてーに太陽の下で馬鹿騒ぎしまくるくせに何故だか日焼けせず、今だって曇った薄暗い闇の中に佇んでいるというのに、そこにぽつんと顔だけ浮き上がるかのように白い。負傷した際の出血のせいもあって、今は普段と比べてもそれ以上に彼女は色素を失っていた。真っ白だ。頬に一筋つけられた傷から滲みだした真っ赤な血がやけに非現実的な相反色だった。


舞い上がる火の粉、銃機器の爆音、途絶える事のない悲鳴…そんなものがまるで絵本の中の出来事みたいに別世界に感じられる程、彼女の周囲の空気は異様に静寂だった。俺はぐっと拳を握りしめる。割れた爪が掌に強く食い込んで、痛い。痛みを感じれば人は人は険しい表情をする。それが生きている証しだ。目の前の彼女は、安らかに微笑んでいた。



「お前は、この戦争を生き延びる。這いつくばってでも生き延びる。」



もう見えていないのだろう。強気なまなざしは伏せられて見えない。俺は何故だかこいつの真っ黒な川の中の小石みたいに輝く瞳に憧れてた。なんせ自分のがアレなもんだから。大量な自然に埋もれた中で俺だけが見つけた宝物みたいに、こいつのまっすぐな目が好きだった。そこに映ることが好きだった。大好きだった。


(視点がまるで別の場所にあるみたいだ。第三者の視点がテレビか漫画みたいに何処か空中から二人を見下ろしていた。白い衣装を凝固した黒で染めた男と、溢れ出て止まらない鮮血に身を濡らす死にかけの女。オチは誰にだって見えていた。俺も既に心の片隅で理解していた。どこか冷静な自分が、急激な感情移入を恐れていた。)



「攘夷出来ても出来なくても。生き延びる。そんで未来を見る。」


「いい嫁さん見つけて結婚して子供産んで、ちゃんと働いて稼いで養ってやる。」


「甘いもんの食い過ぎには気をつけて、まぁ後悔しない程度にパフェ食って、そんで百歳ぐらいで死ね。」



「幸せになるんだ。」



遠い昔、幼いころに話したみたいな夢物語。俺はぎゅっと彼女に手を伸ばして抱きしめた。げほ、と彼女が血を吐いて、それが肩に掛かった。あたたかかった。なのに彼女の体は冷たいというのはいったいどんな事態なのだろう。これが最近女子の間で流行ってる冷え性ってやつか?とりあえずお前こそ健康的に動き回ってガングロ目指しとけっていう話だ。


(だというのにもう一人の冷静な自分が話しかけるんだ、さぁ、ちゃんとこいつの息遣いを覚えておけよ、と。ぬくもりも表情もちゃんと心に刻み込んでおけよ、と。これが最後の別れになるんだからな、と。)







「…なぁ銀時。嘘でもいいから、約束しておくれよ、」







彼女が震える声で囁く。だんだんと衰えていく心音。止まる事のない血。

俺は無言で彼女を抱きしめる。


掛け替えることの出来ない幼馴染を、戦友を、ただ一人の愛した女を。


















という夢を見た。


(あァまじ胸糞悪ぃ…またこんな夢か、あいつが死んでから十年も経ってやがるのに今さら何回こんな悪夢みたいな妄想見なきゃならないんですかコノヤロー)



約束しておけばよかったな、と思うのはつまり、俺が彼女の死に目に会うことが出来なかったからだ。あの日高らかに行ってくる、と宣言した彼女はそのまま帰らぬ人となり、ぼろぼろになった死体の瞼を閉じた頭部のみをかろうじてゴミ溜めみたいに変わり果てた戦地で発見することができた。その表情は苦痛に塗れて生前のあいつの優しい笑顔なんかとは似つかなくって悲しくなったからすぐに埋めた。もうあの身体にあいつの魂はいないのだな、と確信した。



(だいたいなんでお前は夢にまで出てくるのかねぇ。どんだけ暇なんですかっつーの。そうやって銀さんに無理矢理承諾させようとしたって無駄ですからねー難しい事言って丸めこんでおいて後で弁護士に…なんてパータンお見通しなんですからねーそんな詐欺引っ掛からないからねー)


いつも手段を変えては彼女は俺の夢の中に現れる。それはきっと、あいつをもう一度拝みたいという俺の願いと、最後を看取ってやれなかったという後悔と、あとは現在の俺を更生させたいあいつのお節介が集合した結果の出来事なのだろう。あいつはいつも死に際に、俺が守れなかった最後に、俺に約束を強いる。無理難題を掛けて、そして頷かせようとする。最後の情に流されてイエスと言ってしまいそうになるけれど、いつだって、俺は躊躇して何も言わずに彼女は死んでいく。そんな夢を今まで何度も見て来た。



(今お前の目に映る俺ってばそんなに不甲斐ない?これでも結構楽しくやってるつもりなんだけどなー…ま、まっとうかどうかは別として。)



あなたの存在しない未来でも、地球は周り人々は生活し自分は呼吸を繰り返す。それなりの幸せを享受しながら必死こいて生きている。

それが現実で、そしてそれがとてつもなく非現実的な真実。



夢の中の自分は、いったいどうすればよかったのかな。嘘でもいいから肯定してやれたら良かったのかな。



だけれども。



(お前のいない未来は、たまにときおり、とてつもなく寂しいんだ。)



窓の向こうでゆっくりと、朝日がまた顔を出そうとしていた。あ、そういえば今日はジャンプの発売日だ。


秩序と背信と金星人



100901 meari
最後の恋様に提出