I'm home!!(mk様へ3000HITフリリク)


「君、どっかに腰を落ち着けたらどう?」

夕飯の最中の、話の流れの一つに、ミナキは箸を取り落とす程に動揺した。
「…え?」
聞き直す声は、可笑しいくらいに震えている。その震えは幸か不幸かマツバに伝わっていないようで、マツバは続けた。
「何処か、他の街にでもさ。態々エンジュに戻ってくるのって大変じゃない?」
ミナキのライフワークであるスイクン捜索は、それこそ地方を又にかけるが如し動きを見せる。そんな広大な範囲を移動するのに、拠点としてと言うかミナキが帰ってくる場所として選んでいるエンジュシティは、贔屓目に考えても適した場所とは言えない。寧ろ帰ってくるのにやけに手間がかかる、
それならばもっと便のいい場所に拠点を構えた方がいいのではと、マツバなりにミナキの事を思っての発言だったが、ミナキに後半部分は聞こえていたのかどうか…取り落とした箸を拾いもせず、茶碗を握り締めた儘ミナキは力なく項垂れた。

「君かなり疲れ果てて帰ってくる事もあるんだし……ミナキ君」
「………く」
「?」
「迷惑、だった か?」
絞り出す様な声とこの世の終わりの様な、泣きそうな顔で窺って来るミナキに、マツバは今年一番の驚きを覚え、取り敢えず慰めなきゃ改めなきゃと必死に言葉を繰り出した。
「い、いやいや!迷惑とかじゃないって、そんな深刻にならないでよミナキ君!ほら、おかわりあるからおかずもっと食べなよ!!」
ほらお箸もって、と箸を握らせ食事を勧めてもご飯やおかずを眺めた儘鼻を啜りつつミナキはぼそぼそと話し続ける。
「迷惑だったら 考える ぜ…」
「だから迷惑じゃないから!君が移動大変じゃないかなと思っただけだから!」
「…確かに距離としては大分行き来するけれど、私はそんなに苦じゃないぞ?」
「でも君、中継地点にするにはエンジュって中途半端に遠いじゃない?タマムシシティに帰るならまだしもさ、タマムシシティの方が交通の便もいいだろ?」
到頭マツバ迄もが箸を置いて、話に集中し始めた。おかずが冷めてしまうが手をつけようとしないミナキを放っておいて食べ進める訳にはいかないだろう。とまともに判断したからだが…
未だ鼻を啜りながら、でも先程よりは明るいトーンで
「タマムシか…帰りづらいんだよなぁ」
と明後日の方向を見上げながら、手袋をつけていない手で、綺麗にセットされた髪に手を突っ込んで頭を掻いた。
「なんで?君の実家じゃない」
普通の家庭って実家に両親が住んでて迎えてくれたりするんでしょ?と、訳ありの人生を送っているマツバは世間一般的な家庭論をミナキに問う。それはそうなんだけどと、煮え切らない返事をしながらミナキは言葉を選んで話し続ける。
「両親が、私がスイクンを追いかけたりここらの歴史を調べている事をあまりよく思っていないから…かな?」
「そうなの?初めて聞いたけど」
「両親は私を学者にしたくないらしい、家を継がせたかったと言うのだよ」
因みにミナキの両親は実業家で、ミナキ君は所謂お坊ちゃんだ。確かに所作やマナーの類いは立派で洗練されているし、社交も弁えている。どっかの企業に勤めてもやっていけるような人間ではあるだろうが、そんなミナキの姿はマツバには想像が付かなかった。

「そもそも私がスイクンに魅了されているのは祖父の影響だし、その祖父の研究を引き継ぎたいと思うのも当時からの行動を準えれば当然の成り行きだった訳でさ」
「まぁ、僕と古馴染みになる程の付き合いだしね」
ミナキが祖父についてエンジュに訪れたのは、それこそポケモンを扱えないくらい幼い頃だったしその頃から暇さえあればエンジュとタマムシを言ったり来たりして、スイクンやジョウトの歴史を調べたりマツバと遊んでいたのだ。この時点で両親の跡を継ぐと言う選択肢はミナキの中に無かったのだろう。
「だから家には帰りづらい、顔を合わせれば跡を継げって煩いからな…それに」
「それに?」
「実家に帰っても、誰かいるとは思えないからな」
実業家である両親は、一年をサイクルとして考えてもあまり家にはいない。それはミナキが子供の頃から変わらず、ミナキは祖父母が健在の間は祖父母と暮らしていたし、季節の折に触れエンジュで暮らしていた事もあった。だからエンジュでマツバと過ごした時間の方が、下手したら両親と居るより長いのだ。
「ポケモンだって実家にはいないし…正直あそこあまり思い入れないんだ。後、」
「まだあるの?君もうタマムシに帰る理由すらない感じだよねそれ」
「一番の問題があるんだ!…お見合いが嫌なんだよ」
「っげぶ!お、お見合いなんか今時あるの?」
この時代にお見合いだと?エンジュでもなかなか聞かない単語がミナキの口から出て、マツバは驚きのあまり口に含んだお茶を違うところに飲み込んでしまいそうになった。
「あるんだよ!今時お見合いなんかしないっていってるのに、タマムシに帰ればもう毎日毎日違う女性に会わされて!」
しかもポケモン嫌いな人だっているんだ、駄目だ、ポケモンがいない人生なんて…スイクンがいない人生なんて…人生の半分を奪われたも同然じゃないか!!
頭を抱えて頭を振るミナキの苦悩にマツバも同調した。自分に例えればホウオウとポケモンがいない人生だ、とんでもない!

「それはキツイ…、僕ならぶぶ漬けぶん投げるよ、」
「だから帰りたくないんだよ!…マツバに甘えてるってのは解ってるんだ…でも、帰ってきたんだって思える場所はエンジュでさ」
寧ろエンジュを目指して帰ってきてしまうのだ、習慣と言うのは恐いものでどんなにエンジュから離れてもエンジュを目指して進路を取ってしまうのだ。
「君が迷惑だっていうんなら、頑張って他所に行くけれどさ…でも、慣れる迄は絶対エンジュに帰ってきちゃうし……」
ちらちらと、乱れた前髪の隙間から見上げてくる上目遣いの眼差しは、子供の頃から見慣れたばつの悪い時のもの。此処で此方が是と言えば、彼は本当に別のところに拠点をかまえてしまうだろう。彼が本当にそうしたいと言うのなら止めはしない、しかし、此方の都合を考えてそうすると言うのならまた話は変わってくる。
何故なら、今更他所に帰られても、此方が気になるのだ。
「…ま、君にとっての第二の故郷って事だよね?」
「へ?」
もう、ミナキがエンジュにマツバの家に「帰ってくる」と言うのはマツバにとっても日常のサイクルに組み込まれた事であって、今更他所に行かれたら落ち着かないだろう。そう考えてしまう程にマツバはミナキの来訪を許しているし許容している。
「それに僕も満更じゃないしね」
「マツバっ!」
「家に一人ぼっちより、誰かいたほうが楽しいものね」
マツバの思い出の家の中は、常にポケモンとミナキがいる。そこからミナキを切り離す事は、もうマツバには出来ない。
「そ、それじゃあ」
「出来れば事前に連絡してくれると有り難いんだけどね?」
「う、善処いたします…」
「ミナキ君、善処と余分なぶぶ漬けは無い方が良いんだよ?」
「が…頑張るぜ!ます!」
「はいはい、期待しないで君の努力を見守るよ。さ、続き食べちゃおうか、冷め切っちゃうよ」
「む…悪かったな、食事を止めてしまって」
「もうこの話はいっぺん終了。食べるよ」
素早く箸を取り茶碗を持ったミナキはちらり、とマツバの表情を窺いながら、マツバの穏やかな顔をみとめると小さな溜息を口の中で殺しながらおかずの炒め物を口に押し込んだ―

*

ああ、良かった。これでまだマツバの傍に居れる。布団の上に腰を下ろしながらミナキは胸を撫で下ろした。

言い訳のようだけれど実家に思い入れが無いのは事実だしエンジュに帰ってきてしまうのも事実だしお見合いが嫌なのも…本当だ

でも…私がエンジュに、マツバの家に帰ってくるのは……別の理由もある。

初めてお見合いをした時、この人と結婚して夫婦になって事業を継いで…と両親に並べられた時に、相手へ凄まじい嫌悪感と怖気と恐怖が自分を襲ったのだ。
何故?初めて会った、育ちが良くて人並みの感想だけれど綺麗で穏やかで、ポケモンにだって優しいし自分の行動にも理解を示してくれた。良い事尽くめの相手を恋人にして、行く行くは妻として愛していく、と思った時の感覚はとてもじゃないけれど忘れられない。

その時に初めて気付いたんだ、自分は女性を恋愛対象としてみる事の出来ない、特殊な人間だったと言う事に。

気付けば今迄の他人との付き合い方にも納得が出来た。あまり女性との接触は得意じゃなかったし、極力距離を開けていた。勿論レディ・ファーストやマナーとして触れる事はあったり、緊急時には率先して性別の有無関係無しに手を差し伸べたりもする。
妊婦さんには手を貸すし、お年寄りや幼い子の手を引くのも平気だ。でも、恋愛対象として女性を見る事はどうしても出来なかった。義務感として頑張ろうとした時もあったが直ぐに挫けた、挫けて別の人を想った。

なんで自分はこの人を口説こうとしているんだろうか、そもそも誰かを口説きたいとは思わない。
逆に言われたいよ、隣にいて欲しいと言われたい、手を取ってもらいたい、抱き締めて貰いたい、

嗚呼、何で隣が


マツバじゃないんだろう…


流れるような思考の帰結にミナキは愕然とした。
この想いは、マツバに抱いているのは友情だけじゃないのだと…自分で結論付けて、理解して…ミナキは泣いた。唯只管、旅の途中のテントの中で泣いて泣いて泣き暮れた。

これは絶対叶ってはいけない想いなのだ、この想いを伝えれば叶えれば、自分は帰る故郷も唯一無二の親友をも失うのだ、そんな恐ろしい事なんて出来っこない。
しかし、自覚した想いを胸に抱き続けるのもミナキは恐ろしかった。それに自分が耐えられるのかが正直解らなかった。もし口走ってしまったら…と考えただけで治まりかけた涙がまた溢れ始める。

その負の考えのループの中で、ミナキに天啓が下った。
でも、口に出さなければ態度に出さなければ、この「友情」は続くのだ、と―…

確かに恐ろしく切なく苦しい、手の付けられない感情で衝動だ、でもうまく押さえ込めばマツバは…親友は傍にいてくれるのだ。
そんな苦しさに喘いでる方が苦痛な実家への思いに悩むよりも親友に離れていかれるよりも、何十倍も何百倍もましじゃないか。

そしてその日から、自分は決意したのだ

マツバの前では決して友人以上の感情を出さないし、決して口走らないように言葉にも気を使う事を―
「で、明日はどうするの?」
「っおお!すまん、考え事をしていたあ!」
「わ、ビックリした!声が大きいよミナキ君」
「すまん、マツバが近くてビックリしたんだ!」
なんで隣に布団ひいてるんだよ君は!近い、近い近いよ君!ドキドキしちゃうだろうが!
「何を今更、客間なんか君に勿体無いから何時も一緒の部屋で寝てるじゃないか」
「勿体無いって…」
「君はお客さんじゃないからね、そもそもお客さんにご飯の支度の手伝いや掃除やゴミ出しさせるような外道じゃないからね僕」
「はい、宿代の代わりに働かせていただきます…」
ええ、そうでした。一人で旅をする様になってからそういうライフスタイルでしたね、自分の考えにトリップしていてすっかり忘れていました。
「宜しい、君との仲もそろそろ腐れ縁だよね、益々お客さん扱い出来ないね」
「うぅ…」
腐れ縁と言ってくれるほど私を親しんでくれるのは嬉しいけれど、自分の本心からしてみれば今まさに針の莚だぜ…罪悪感も手伝って胸がチクチク痛む…
「ま、いいか。僕君の事結構好きだし」
「っ!?」
ああ!あの日誓った筈なのになんて現金な奴なんだ私は!ちょっと勘違いしそうな表現されただけでチクチク痛んでいた胸はドキドキとときめいて、顔にも熱が……ってヤバイだろ!ミナキ、思考をずらすんだ!
「そ、そうか!なんか面と向かわれると照れるぞ!明日は論文纏めるから部屋貸し欲しいんだぜ!じ、じゃあお休みマツバ!」
「…?お休み」
頭から布団を被りながら、ときめきとは正反対の悪いドキドキに冷や汗を大量に流して息を整える…うぅ、怪訝に思われたか?変すぎたか?テンション高すぎたか?悶々と考えている間に電気は消され、隣で眠るマツバの気配は静かに穏やかに眠りに包まれていく……マツバ、ごめん。

本当は勘違いしないで私も君が好きだぜ!と臆面も無く返事が出来たら一番良かったのに、こんな簡単な親愛表現すらまともに返せず、枕を布団を並べて眠る意気地なしの私は今日も暗がりの中、彼の背中に唯唯、好きだとごめんを心の中で繰り返し呟くのみだった。






mk様から頂いたリクエスト、ノンケなマツバとホモなミナキです。珍しくマツ←ミナ風で何だか片思いで…なこれじゃないかもに仕上がりましたがmk様、お待たせ致しました!何かありましたらご連絡下さいませ!
ミナキ君は知り合いはいても友達と認定した人は多くなくて、更にマツバは特別でそれなのに何で俺ホモなんだー!と旅に出てる間ずっと悶々とするんだけどマツバの前に出たらそんなのおくびにも出さないんだぜって言う意地を張ったらいいと思ったらこうなりました。

14/4/30





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