朝凪を待つ(デンオ)AO汰さん誕生日プレゼント)


ナギサの冬はシンオウとしては平均的な積雪量と、何物にも阻まれる事なく街に吹き付ける身を切るような海風潮風に毎年曝される。
そんなのは毎年の事で当たり前だ。子供のうちに疾うに慣れた事だ、今更何を思う訳じゃない。唯、海が荒れ、風を強まり気温が下がりついに雪が降るようになると何時も思うのはほぼ一年中夏みたいな格好をしている腐れ縁の奴の事だ。
存在自体は暑苦しい事この上ないが、その格好は如何せん夏向き以外の何者でもない。
寒々しいと何時も言ってるのに、俺は寒くないの一点張りでギリギリまでサンダル半袖と言う狂気の沙汰の格好を押し通そうとするのだ。何は風邪を引かない、とはよく言うが彼奴は馬鹿でも風邪を引くタイプの馬鹿なんだ。昔っからそうだ、無茶ばっかしやがる。
同じ様に毎年毎年思っていた。この先もずっと、ずっと同じ様に思い続けていくものだと思っていた。でも、神様なんてもんいやしねえけどさ、これは無いんじゃないのかって言うくらいでっかい落とし穴に自分は落ちてしまったのだと、デンジはここ数年頭を抱えている。

端的に言えば、俺は腐れ縁の男、暑苦しい男、俺の唯一の親友であるオーバに並々ならぬ感情を抱いてしまったのだ。否、気付いたのだ。
己の抱いていた、胸の奥底に潜み長い時間を掛けゆっくりと育まれていた感情に、ふとした瞬間思い至ってしまった。ああ、俺はコイツを唯のダチとは思ってないんだ、もっと先のものなんだなあって。
思いついた瞬間、唐突に泣きたくなった。オーバが目の前にいなかったら本当に泣いていただろう。それと同時に自分を軽蔑すらした。何で俺はマブダチの儘で満足できなかったんだ、こいつは俺の事をダチだと思ってくれている筈なのになんで、なんで……

汲めども汲めども溢れ尽きぬ後悔、しかしそれと同じ程寧ろ上回る程にオーバへの想いは湧き続ける。それは些細な瞬間に胸の中の至る所で音を立てて湧き水の様に噴き出すのだ。

例えばポケモンバトルをしている時、オーバの全てを心を体現するかの如きその名の通り熱いバトルには俺も巻き込まれ、つい熱くなり痺れる。まるで熱に浮かされた夢の様な時間に浮かび上がるオーバの姿に、世界の音が消えたように釘付けになった。ああ、なんて輝いて見えるんだろうかと。
例えば買い物をした帰り道、荷物を持つ手が掠れたり肩が擦れたり、その度に触んなよとかもうちょっと離れろよなんて何時も通りの憎まれ口を利くけどその時一瞬だけ伝わってきた彼奴の手の温度とか気配とかそう言うので頭の芯が燃えて顔もオクタンみたいに真っ赤に染まってしまうんじゃないかと思ったからだ。
例えば二人で眺めた冬のナギサの海、冬の海は春の様に落ち着き払いもしていないし夏の様にきらめきもしないし秋の様に穏やかでも無い。黒く澱み白波泡立つ荒れ模様ばかりだ。それを何となく眺めようなんて普通の奴はしないし理解できないだろう。でも俺は四季の海を、特に冬の海を眺めずにはいられない、あのとぐろ巻く渦に白波に自分のドロドロした胸の内を自分を投げ込みたくなるんだ。そんな時、大概隣にはオーバがいて何も言わないししないけど一緒に海を眺める。ふと横目をやった時に見えたオーバの横顔が、有り得ないくらいに…綺麗に見えて。
例えばふと目を覚ました真夜中、そう言えば酔っ払ってそのまま寝たな。なんて思いながら体を起こすと何だかベッドが狭くて、慣れない暗闇に目を凝らして見下ろす先には口を開けて眠ってるオーバがいて。吃驚すると同時に今迄何度も何度も見てきた寝顔に釘付けになって、その無防備な顔と、ん…と漏らした寝息で体の芯に怖気が走った。この感覚を知らないなんてガキじゃない、一番嫌な所に気付き落ちてしまった。

もう重症だ、我ながら気色悪い…だが、気付いてしまった此れに蓋が出来ない。荒れ狂う波の様に押し寄せて押し寄せて、引く事を知らない嵐だ。
だが口に出すのは憚られる。恐ろしい…絶対言葉になんか出来ない。若しばれたら?考えた時一気に波は引き、何も無い無音の砂浜に取り残された俺は次の瞬間世界を飲み込む真っ黒な大波に攫われ溺れる幻想に囚われる。
全てを失うんだ、親友を、腐れ縁を、家族よりも大切だと言っても過言ではない男を。その男が与えてくれるきらめきを眩さを、世界の全てを俺は…天秤になんか掛けられない。

そうやって鬱々と胸の内に溜め込んだ感情をジムの改造やポケモンバトルやメカの組み立てにぶつけ晴らせども、腹の底には澱のような何か…残骸の様なものが溜まっていく。最近は積もりに積もったそれをどうにかしなければヘマをしそうだと言う危機感に教われる始末。
どうしようどうしよう、解決策に頭を悩ませていたその時、テーブルの上のカレンダーが目に入った。日付をなんと無しに目で追い……デンジは頭を抱えていた難題を解決する方法を閃いて―


*


「おーっすデンジ!」

思い悩んだ日から数日後、仕事帰りだと言うオーバがデンジの家を訪ねてきた。朝に連絡を貰っていたから、デンジは何時もより早く目を覚まし、ちゃんと仕事に行き、ちゃんとジムの戸締りをして帰ってきて何となく部屋を片付けオーバを待っていた。
「ちゃんと飯くって仕事してたかー」
「お前は俺の母ちゃんか、仕事位してる」
そうかそうか…って飯は!とテンションの高いツッコミを入れてくるオーバは流石に靴を履いてきたしパーカーを羽織ってきたがそれでもそのパーカーは薄手のぺらぺら。相変わらず季節感と他人の目とTPOを気にしない男だ。
そんな俺の感想や心境など知りもしないアフロの暑苦しい男は定番の挨拶、飯食ったか?を繰り出してくる。
此方も定番の返事であるまだ、を繰り出せば何か作るから台所借りるぞーと流れるようにオーバが台所に入っていく。そして此処からが何時も通りじゃない事にオーバは台所に入って早々に気付いた。
何時もは本当に何も用意されてない、使われた痕跡のないコンロやシンクに鍋やフライパン、つん。と鼻の奥を通る冷えた空気を湛えているデンジの家の台所が、ほんのりと温かい空気と何かを調理した匂いが漂っていた。その証拠にコンロの上にはオーバが使う事の方が多い鍋が置いてある。
「え?お前なんか作ってたの?」
そう言いながらオーバが鍋の蓋を取るとふわ、っと湯気が上がり鼻の奥から胸の中まで独特の甘い匂いに満たされる。
「…スープ?」
振り返りながらオーバが尋ねるとデンジは何時も通りのはっきりしない態度で答える。
「…蓮根と人参と大根キャベツと葱と牛蒡と生姜の酒粕入り味噌仕立て?っぽいなんか?」
はっきりしろよなー、と言いながらもその口調と顔付きは全く合っていない。オーバはデンジが自炊できると言う事を知ってる、しかもそれなりに上手く作れると言う事も。鍋から漂う匂いで味の是非を判断したオーバがそれならなにか、饂飩か焼きそばでも作るか、と戸棚に手をかけた時、此方も日頃活動の機会の殆んどない炊飯器が米が炊けた事を報せる軽快な、ライラ〜イと言う場違いな音を出す。デンジ君、炊飯器まで改造したの?炊飯器からライチュウの鳴き声したよ?ねえ
「…米、炊いたの?」
「炊いた…炊き込みご飯」
え、なにそのリッチなご飯!と若干浮き足立つオーバに更に追い打ちをかけるようにデンジはのそのそと動きながら冷蔵庫を扉に手をかけラップの掛かった器をテーブルに出していく。
「…お惣菜は買ってきてある、あっためたら飯食える」
「ちょ…お前なんか今日すげえ手際よくないか?」
「し、」
「し?!」
まだあるの!と大袈裟に驚くオーバに冷蔵庫をゆっくり閉めながらデンジは更にこう続けた。

ビールもあるし限定のモーモーミルクプリンも買ってある…

想像にするにほぼ完璧な夕餉の支度が整っている滅多無い状況に、オーバはただただ疑問を頭上に浮かばせていく。そしてほんの数分で導き出した答えはオーバ自身若干残念な顔になる結論だったらしい。なんとも言えない、申し訳なさそうな顔でオーバはもしかしてさあ、と口を開く。
「デンジお前、もしかして今日他の奴と予て」
最後迄言わせずに、デンジは何時の間にか手に持っていた大き目の紙袋をオーバの顔の前に突き出して、ん。と、鼻を鳴らした。
「なんだよこれ」
それに対して返事はせず、ん、と鼻をもう一度鳴らしたデンジはオーバに無理繰り紙袋を押し付けるとさも開けてみろよと言わんばかりにオーバの顔を黙って見つめた。
「開けろってか、つか喋れよ」
何だよもー、と言いながらオーバは紙袋の中から、簡単に包まれた袋を取り出しその袋をびりびり、と破いて中を取り出した。
包みの中には薄くて軽い、でも温かそうな黄色いダウンジャケットが入っていた。それを広げようともせず、全く意味が解らない、と言う顔でオーバはデンジを見る。

「これ…何?」
「服」
「いやそれは解る、だからなんでいきなりこのダウンを俺に渡そうって事に」
「おめでとう」
「え?」
突然の祝いの言葉に益々解らんと目を白黒させているオーバに、デンジは肝心の言葉を漸く口にする。
「誕生日、だろ?」
誕生日だから、お前にやるよ。誕生日プレゼント。
そう言えば、流石に合点がいったのだろう。オーバの頬がじわじわと丸を描く様にどんどんと赤くなっていき目が急速に潤んでいく。止めろって、幾つだお前。もういい歳した大人だろうが。何で誕生日プレゼント如きで泣きそうになってるんだよ?止めろその顔、本当に止めてオーバ。俺をマブダチでいさせてくれ、本当にお願いだから!
俺の心の焦りを感じ取った訳ではないだろうが、オーバは鼻を啜りながら、急だなお前。俺の誕生日、覚えてたのかよと俯きながら聞いてくる。
「お前自分で俺んちのカレンダーに印つけてっただろ?勝手に書いてったのに忘れてたのかよ」
「いや、だって、お前こうやって祝ってくれるのって今迄なかったから…そう言うのあんまお前好きじゃないほうだし………だから、今日も普通にしてようって…思って、っ」
「泣くなって、たかが誕生日プレゼントだろ?」
「たかがじゃねーよ!お前が、デンジが俺にわざわざ用意してくれたプレゼントだ!すげえ事に決まってる!!」
顔を上げたオーバは鼻をたらす寸前の涙が頬を転がり落ちてるなんともみっともない顔をしている。おいおい…そんな喜ぶなって、本当俺の心に波風立たせないでくれよ…
「お前は俺を目から凍死させる気だと気付いたから、自分の身は自分で守ろうと思っただけだ」
「目から凍死ってデンジ君?!どうやって?どうやってそんな事出来るの、ねえ!」
「視界のレイプだ。真冬のナギサであんな格好されたら誰でも目から体が凍える」
「例えが悪い!オーバさんだって寒さを感じたら長袖着るわ!唯周りより寒さに強いんだよ!」
「周りに合わせろ!お前が寒くなくても周りは、特に俺が寒いんだよ!!オーバさん、デンジさんは寒いの我慢するのもう飽きました!だから明日からでもそれを着てくださいって事なんだよ!!解るかオーバ?!」
俺の為なんだよオーバ、腹の奥底に溜まったこの澱みを消化する術がこれしか思い浮かばない。お前に何かしてやりたい、お前の為にお前を喜ばせてやりたい。
お前の綻ぶ顔で、お前のその嬉しそうな笑みで動作でお前に何かしてやれて報われると思いたいんだ。そう思えたら、この胸のざわめきも何時か制御出来る。そう考えた、そう考えたいんだ。
そう考えたら自然とお前へのプレゼントを探し始めていた。今迄照れ臭くておめでとうも言えなかった誕生日をどうにか祝ってやりたいと計画していた。それだけだ、それだけなんだ。

だからオーバ、泣くなって。大事にする、本当に大事にするってジャケットを抱き締めて泣いたりなんかしないでくれ、笑ってくれよ。
泣かれたら慰めたくなるだろ?抱き締めて、子供をあやすように揺さぶってお前を安心させて…なんてダチじゃ考えられない事したいって思っちまうじゃねーか。

心よ、冬の浜辺の、心許無い朝焼けの海の様に、一瞬でも良い、凪げ、凪いでくれ。

俺は、お前を、オーバを今の儘失いたくないんだ……頼む………

そんなデンジの思いが通じたのか偶々か、オーバが涙を拭いながら恥ずかしそうに顔を上げて
「………悪い、すっげー感動しちまってさ」
と歯を見せて笑う。ああ、それだ、それだよオーバ。その顔でいてくれ、俺を引き上げ俺を明るいところに連れて言ってくれるその顔で、俺の前にいてくれ。
「感動しすぎ。ホラ、飯食おうぜ」
「ん…今、これ寄せてから、ちょっと顔洗ってくるわ」
「本当お前単純だよな、今顔ブッ細工でマジうける」
うっせー!とテンションを上げながら洗面台に向かっていくオーバを目で見送りながら、デンジは胸の内を落ち着けようと何度も胸元を撫でる。大丈夫、何時も通りだ。何時も通りの俺だ。

このまま凪いで、明日を迎えてくれるだろうか…不安と祈りに似た想いを抱えたままデンジはガスの元栓を捻るとコンロに火をつけ鍋の蓋を開け中身を見つめる。
このスープの様に、不安も期待も祈りも全て溶け出して、無くなってくれれば良いのに。なんて有りもしないことを願いながら、デンジは心の波が静かになっていくのを頭の隅で感じ取っていた。







15/2/16





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