言祝ひ日記 (ミオ組)なまたまさん誕生日プレゼント)


○月×日 (水) てんき:はれ

今日もボクはお父さんといっしょに、こうてつじまにポケモンのトレーニングにいきました。こうてつじまにつくと、ゲンさんが出むかえてくれました。
さいしょは三人でトレーニングをしたあと、お父さんは石のさいくつのために一人でこうてつじまのおくにいきました。ボクはゲンさんといっしょにお話したりしてまつことにしました。
今日ゲンさんとお話したことはきのうのクロガネシティのことと今朝のごはんとトレーナーズスクールのことと―

「そう言えばね、きのうお友だちのたんじょう日だったんだ」
そう言うヒョウタにゲンは首を傾げながら不思議そうに
「たんじょうびってなに?ヒョウタ君」
と尋ねた。ヒョウタはゲンが一般常識を携えていない事実には何の疑いも持たず
「たんじょうびはね、その人が生まれた日だよ」
そう簡潔に述べるがゲンは首を傾げたまま理解に行き届いていないと言った顔をしてる。幼いヒョウタを見つめる青い瞳は何処までも澄み、底が見えない程の深さを湛えているがヒョウタはそんな事構いつけない。
「お母さんがね、ボクを産んでくれた日なんだよ。その日はお父さん、仕事がおわったらすぐびょういんに来てくれたんだって、お母さんが前いってたんだ」
「……ああ、そう言う日なんだね」
おめでとう、とゲンがぎこちなく言祝ぐとボクのは今日じゃないよう、と言いながらもヒョウタは嬉しそうにはにかんでゲンに尋ねる。
「ゲンさんはたんじょう日いつなの?お父さんと一緒にお祝いしてあげる」
だが、ゲンは曖昧に笑いながら解らないな。と答えた、流石にその答えにはヒョウタも驚きを隠さなかった。
「しらないの?!」
「うん、覚えてないし」
「そりゃ覚えてないよ、赤ちゃんだもん!」
「まあ、幼かったに代わりは無いけれど」
「ゲンさんのお母さんとお父さんは?お祝いしてくれなかったの?」
「……どうだろう、あまり長く一緒に居なかったからね」
でも寂しいとは思わないよ?ルカリオやポケモンもいるし、今はヒョウタ君とトウガンさんが居るから。そう言いながらゲンがヒョウタの頭をヘルメット越しに撫でると僅か目尻に雫の滲んだヒョウタはゲンを見上げながらゲンさん、とゲンを呼ぶ。
「いつかゲンさんのたんじょう日わかったら、きっとお祝いしようね」
たんじょう日にお祝いしてもらえるのはすごくうれしいことなんだって、ゲンさんにも知ってほしいんだボク。
ヒョウタの混じりけの無い優しい言葉にゲンは僅か違う感情を乗せたような、柔らかな声で約束をした。

「うん、何時か解った時は屹度、君とトウガンさんに伝える。ありがとう、ヒョウタ君」


*


△月◇日 (日) 天気:雨

今日の挑戦者は5名、申し訳ないけれど全員に再挑戦してもらう事にした。1人はなかなか筋の良い挑戦者だったけれどもう少しポケモンの事を勉強してから来て欲しいと思い勝たせてもらった。
炭鉱は順調、野生のポケモンとも共存できているし鉱脈を嵐に来る輩も今月は見掛けていない。
父さんは元気だし、ゲンさんは相変わらず鋼鉄島とミオシティよりは出てこないけれど僕が子供の時よりはずっと親しくなれた気がする。父さんはゲンが他人に馴染んできたんだろうって言うけれど、他人と言うより僕達親子に馴染んできた気がするのは僕だけなのだろうか?

僕は数日前、誕生日を迎えた。ジムの皆やジムリーダー達、コウキ君達もお祝いしてくれたし勿論父さんやゲンさんもジムの皆とは別に、態々クロガネシティに来て夜に何時もより豪華な食事と恥ずかしいけれどケーキでお祝いをした。何よりも僕はゲンさんが僕の為にクロガネシティに来てくれたことに吃驚して、同時にとても嬉しかった。
何も特別な事をして上げられなくてごめんね?なんてゲンさんは言ったけれどあのゲンさんが鋼鉄島から出てきてくれる事が特別じゃないとは思ってもいないし僕の住む家をとても居心地が良いと褒めてくれた。咄嗟に堪えたけれど、その言葉が涙が出るくらい嬉しい贈り物だった。

僕は昔家族三人で暮らした家に今一人で住んでいる。単に引っ越すのが面倒って言うのもあったけれど、父さんがミオに旅立った後寂しくなかったと言えば嘘だった、だからこそこの家から離れがたかったし手離す事も出来なかった。
この家には楽しい思い出も悲しい思い出も沢山詰まっている、そして父さんの帰ってくるもう一つの家でもあり、ゲンさんを招く事の出来るもう一つの居場所にしてもいいんだと。そう思えたから、僕はクロガネジムのジムリーダーでクロガネ炭鉱の責任者いる限りこの家に住みたいと思ってる。
ああそうだ、誕生日の朝、何となく子供の頃の日記を読んで思い出した事があるんだ―


「父さん飲みすぎだよ、父さん」
「んー、私はねておらん…」
「完全に寝てるから」
「昨日挑戦者が多かったらしいから、少し疲れてるんじゃないのかな?」
此の儘寝かせておこう、そう言いながらゲンさんは父さんを軽々と担ぎ上げるとソファーに横たえる。僕は流れで父さんに布団をかけながら昔からのゲンさんの力持ちぶりに尊敬する。子供の頃は大人になればああなるものだと思っていたのが妙に気恥ずかしく微笑ましい思い出だ。
「父さん重くない?ゲンさん」
「特に?」
悩みもせずに即答するゲンさんは、僕を片腕で肩に担ぎ上げ、じゃれついてくるボーマンダに仰け反りもしない。しかも出会ってから10年近く経っているのに顔も変わらないし父さんが鋼鉄島に行く日は何時の間にか居なくなり、何時の間にか帰ってくる。
相も変らず不思議だらけの人だ、ゲンさんは。
「…ゲンさん」
「ん?眠いのヒョウタ君?」
違うよ、とゲンの気遣いを返しながらヒョウタは朝に読んだ日記の内容を目蓋の裏で追う。
「誕生日、思い出した?」
んー、と。良いそうな感じで天井を見上げるゲンさんはそれでもほぼ悩まずに
「まだかな」
なんて言うんだ、思い出す気が無いんだろうかこの人。
「何かヒントはないの?ヒント」
「食いつくねヒョウタ君」
「僕も父さんも、ゲンさんの誕生日を祝ってあげたいんだもん。なのにゲンさんちっとも思い出さないし、」
「僕は二人と一緒に居れたなら何時でも嬉しいけれど?」
「特別に嬉しい日が一年に一度あるともっと嬉しいんだよ、ゲンさん」
「…特別な日か、君に初めて出会った日の事は良く覚えているよ」
「あんな日を特別な日にしなくていいよ、僕が人生で二番目に泣き騒いだ日じゃないか」
あの日のヒョウタ君、凄い顔していたもんね。とゲンさんがからかうように僕に言う、恥ずかしいよ思い出させないでとゲンさんに視線を向けるとゲンさんは窓の外を眺めていた。
父さんが眠っているからと一段階落とした灯りで、窓際の暗さと室内の境界が滲むように曖昧になっていてつられて見上げる空は満点の星空。
ヒョウタは窓辺に膝行ると窓を開けた。すう、、と入り込んでくる風は僅か花の匂いや夜の冷えた空気のにおいを運んでくるがそれよりも久し振りに見上げた夜空の眩い星の瞬きにヒョウタは目を奪われ、子供のときの様に口許を綻ばせて見上げていた。

あれがレックウ座、あっちはガブリアス座で真上にあるのが北極星、金色が金星で赤いのがドラピオン座の胸の星…まだ母さんが居た頃母さんが教えてくれた星座を口の中で唱えていると何時の間にか背後に居たゲンさんが、まるで夢の中の様に呟いた。

「屹度……こんな日だったかもしれない」
「え?」
「私の生まれた日は、空一面の星が瞬いて…仄かに花の香る風が頬を掠める、そんな夜だった気がする」
「ゲンさん?」
赤ん坊の頃の記憶を持ってる人はそんなにいない。でも、ゲンさんなら有り得そうだよなとゲンさんを別格視している自分の思考回路は放って置いてゲンさんの話の続きを待つ。
「寒いとは…思わなかったな、それよりも初めて見たキラキラした世界に釘付けでそんな事感じていなかったかもしれない。色とりどりの瞬きと眩さに見とれていた、そんな気がする」
「…」
「山の端が宵闇に融け、初めて吹いた突風は私の頬に花弁を数片零していった………」
そんな気がするよ、と、昔見た今見上げる夜空の様に深い深い、底の見えない青く澄んだ瞳はそれでも昔よりは何倍も柔らかで暖かだ。
その目が昔からずっと好きだよゲンさん、それがもっと優しい眼差しになって嬉しい、ゲンさん、父さんを見つめる時もそうやって優しく見てくれて有り難う。小さい時から僕を一人の人として見てくれて有り難う、僕の手を父さんと引いて、僕の背を二人で押してくれて有り難う。他にも沢山の有り難うが胸の奥から溢れてきて、一緒に涙も溢れて零れそうで。それを見せたくないから鼻の頭に思いっきり力を込めて空を仰ぎながら
「…じゃあ、星座調べなきゃ。星の沢山上がってそんなに寒くない日だから屹度初春か春、初夏だよ」
ゲンさん、解ったら誕生日しようね。とまるで子供の頃に戻った時の様な口約束をした。
それに対してゲンさんはあの頃よりうんと優しく、それで温かな眼差しと感情を込めた声で僕との約束を結ぶ。


「解った時は屹度、君とトウガンさんに伝える。ありがとう、ヒョウタ君、トウガンさん」

僕等の背後で、父さんがあからさまな寝返りを打っていた。






15/1/29





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