暗澹たる三日間(かむとさんへ誕生日祝いネジクロ)


何時も通り、盛況な時と暇な時の差が激しいバトルフロンティア。己の持ち場に詰めていなくてはならない、と言う雇用条件も無いのでブレーン達は空いてる時間は思い思いに過ごす事にしていた。クロツグも生憎の天気故、挑戦者は殆んど訪れないだろうと言う事を経験則で判断し、通路に置かれたソファーに腰を下ろし、ぼんやりと空を見上げていた。
空はどんよりとした思い灰色の雲に覆われ、なんとも先行きが悪い。また降るんだろうな、雪。と通路の隅、窓の隙間からにじり寄る冷気を肌で感じながら天気の先を想像していると、目の端に見慣れた靴が映り、鼻先に通路先の自販機のものだろう紙コップがずいっと突きつけられ中の黒い液体が揺れ温かな湯気を棚引かせた。目線を紙コップの先へと滑らせて行けば誰と確認する程ボケちゃ無い、同僚のネジキが立っていてコーヒーを差し出してくれている。
ネジキも暇なのか?と紙コップを受け取りながら尋ねれば、ダリアさんはとケイトさんも暇らしいですよとフロンティアの閑古鳥ぶりをアピールされ、仕方ないよなー天気悪いもん。と開き直りコーヒーを口に運ぶ。隣いいですか?と声をかけてくるネジキにどうぞ、とソファーの座面を軽く叩いて促せばネジキも紙コップに口をつけ傾けている。
暫し中身の無い、なんでもない会話を続けながらそう言えばといった感じでネジキがこう切り出した。

「僕、明後日誕生日なんです」
そうか、それはめでたいな、おめでとう。と、普通に返事をすると、ネジキは私の顔を見上げながら言葉は重ねていく。
「だからクロツグさん」
その時は思いもしなかった。
その重ねられた言葉の先から、自分にとって忘れられない三日間が始まるなんて。

「僕にクロツグさんを下さい」

「………はい?」


・暗澹たる三日間


一分、否三分、いやいや五分はたっぷり沈黙しただろう、クロツグは見ているようで見ていなかったネジキの顔を改めて見ながら確認するように名前を呼んだ。

「ネジキ…」
「はい」
「ネジキは頭いいから解ってると思うけど、私は物じゃない」
「はい、クロツグさんは人です。物品では有りません」
「うん、そこちゃんと解ってくれててクロツグ嬉しい、しかも私は妻帯者で子供もいる。だからその―」
「以前から告げていることなので言葉を濁していただかなくても結構ですよ、妻帯者で子供もいる二周り近く歳の離れた貴方を、僕が好きだと言う事は紛れも無い事実ですので」
「………」
これだ、これなんだよ。努めて頭の中から追い出し、日頃は忘れていた事だけれどこの少年は私の事をどう言う訳かえらく気に入り、あろう事か好きだ惚れたはれた等と時折思い出したように口にするようになったのだ。出会った頃から何を考えているか解らないところはあったが、まさかこんな冗談を言うとは…と思うようにしていたのだけれど……
「ネジキは相変わらず冗談が下手」
「冗談ではないと、何度もお伝えしましたよ?僕は本気です、と」
うん、そうだ、ネジキは間違えていない。過去に三度、否五度言われてる。冗談でもからかってるわけでも、ふざけているわけでもない、本気で好きだ。と―
どの様な好意感情かは、何故か恐怖感が勝り尋ねていないがもう聞かなくても解る、解っちゃったんだよ私!だってネジキの顔に書いてあった、ネジキの眼が訴えていた。どんな意味の好きか、語らずとも察せ、じゃなきゃ口に出してしまうぞって言ってるんだ。言われたら確実に狼狽えるし仕事を僅かでもギスギスさせてしまう自信がある。タワータイクーンはポケモンに関しては敵無し!なんて自分で言えるくらい自信があるがこんな真剣且つ真摯な感情の前で無敵だ!何てホラを吹ける図太い精神は持ってないのだ。

「そんなネジキなら解るだろ?私は家庭がありその家庭に対しての責任がある」
だから
「君の物になると言う事は…不可能だ」
「それも解ってます」
アレ?其処まで解ってるの?なのに何でまだ私にその…好意を向けてるの?そう口に出そうと頭の中で紡いだ言葉をまるで読んだ様にネジキは続ける。
「貴方が、自分は家庭を持っていて更に子供が居ながらもちゃんとした父親足ると言う自信が無い事も、その責任の取り方が解らないと言う情けない事を考えている大人だと言う事もそれでいて僕に向けられる感情をばっさり切り捨てられない優柔不断さがある人だと言う事も皆知っています」
「ちょ、……事実だけど其処まで言うなよぉ」
ネジキの澱みない考察に頭を抱えたくなりながらも、温くなったコーヒーを勢いよく呷るだけに留めたクロツグにネジキは
「なので、貴方に代わる、貴方の何かをいただけませんか?」
とクロツグにも都合の良いだろう提案をしてきた。確かにいい代案である、問題を先送りにする感はあるが今を乗り切る事が出来る、でも…
「急に何かって言われても…」
給料のある程度は家に送っているし、残りが食費やポケモンの為の出費に消えていく為クロツグは日頃からあまり余分な金銭を持っていない。そんな懐事情でネジキの欲しい物を入手する事が出来るだろうか?
「特にお金のかかるものは要りません、貴方に関係するものを下さればいいだけです」
「お、おれいや私に?」
そうですね、例えば―
「もみあげ一束とか、パンツとか」
もみあげ?パンツ!?
「手袋とかシャツとか―」
手袋??シャツぅう!?!?
提案される品々に背筋を冷たいものが走り、何処かを隠したくて何故かクロツグはもみあげをそれぞれの手で握り締めた。それを見たネジキが全部じゃなくて一房でいいですよと言い直してくるが、やっぱり此れが欲しいんじゃないか!とクロツグは叫んだ。
「もみあげは嫌ですか?」
「これがないと私の頭と顔のバランスが取れない気がする!駄目駄目、これは上げられないよ。切ったらバランスが悪くなる」
「なら使用済みパンツで手を打ちましょう」
「なにそのブルセラで女子高生の使用済み下着を買うおじさんみたいな会話!止めてよネジキ」
「今時ブルセラって言わないですよクロツグさん…コスプレショップです」
「店の名称の是非を問うてるんじゃないよネジキ?何でパンツなんだよ、なんでおっさんのパンツが欲しいとか言うの君!?」
「パンツが嫌なら手袋やシャツで構いません、下さい」
「だから何で着衣に拘るのネジキ」
「好きな人が身に纏ったものを欲しがるのは基本的な代替行為の一つです。クロツグさんをまだ手に入れられないなら、その代わりにクロツグさんが身に纏ったものが欲しくなると言うのは当然の心境変化です」
「ま、真面目に言ってるけど唯おっさんの着てるものを欲しがる変な子になっちゃってるぞネジキ!」
落ち着いてよネジキ、なんてクロツグが俄かに慌てながら言うと僕はいたって冷静ですよと紙コップに残った何かを呷りながら
「それじゃあ盗撮じゃない生写真でいいです」
なんてけろりと言い放ってきたネジキにクロツグは俄か所か本気で混乱し始めた。

「盗撮じゃないってどう言う事ネジキ?ねえ何時盗撮したの?何で盗撮したの??」
「秘密です、喋ったら盗撮の意味がありません。何でかは貴方が好きだからです、これ以上の説明をお求めならレポート提出とプレゼンをして差し上げます、多分三日ほど続きますが納得したいのならお付き合いの程よろしくお願いします」
「ごめんムリ。会議死ぬ程苦手なのに三日間もプレゼン聞くのは絶対無理」
「なら最初に戻ってしまいますよクロツグさん、クロツグさんのもみあげかパンツかシャツか服かコートか手袋か、生写真か動画か…どれかを下さるなら話は別ですが」
品目増えてるー頭を抱えようとして直ぐに、革新的な疑問が頭の中に擡げてくる。そもそもさ、
「…何に使うのネジキ?」
「何ってナニに決まってるじゃないですか、」
これですよこれ、と股間の前で手を棒を握るように丸め前後させるネジキにストップストップ!と腕をバタバタさせながら顔を赤くしたクロツグは叫ぶ。
「ネジキ露骨過ぎる、ネジキにはまだそんなの早いよ!」
「別に早くありません、僕だってもう17ですから」
「そうか17歳かってええええ!?ネジキもう17歳だったの??」
「幾つだと思ってたんですか?」
背が低いから14〜5だと…なんては怖くて言えず、もう少し若いかと…と濁しながら咳払いをして
「うん、でも私のその…盗撮写真でその様な事を」
パシャ!
「ちょ、ネジキ今の無し、渡しなさい!」
「嫌です、貴重な照れ顔赤面、シャッターを切らずして如何しろと言うんです」
なにそのポケモンの事を話してる時みたいなキラキラした目で言ってんの!
カメラ寄越しなさい!とネジキを押さえようと立ち上がったクロツグだったがネジキはするり、とクロツグの長い脚の間を潜り抜けその際ぺろん、とクロツグの尻を撫でてまたシャッターを一つ。
「わーお、絶景」
一瞬の間をおいて、尻を撫でられたと解ったクロツグは遅ればせながら変な悲鳴を上げる。
「にゃぎゃっ!」
「可愛い悲鳴ご馳走様です」
「にゃ、にゃ、な、なんな」
「取り敢えず、何か考えておいて下さい。では、明後日楽しみにしてます」
そう言いカメラを腰のバックにしまいながらネジキはゴミ箱に紙コップを捨てるとクロツグの前から去っていった。時間にして30分も無いやり取りだったのに、まるで一日が過ぎてしまったような疲弊感を感じながらクロツグはゆっくりと床にへたり込んだ。
まさか、こんなに大胆な行動をされるなんて思いもしなかったと今更の様に撫でられた尻を擦りながら如何したものかと漸く頭を抱えた。







翌日、元気が取り得!と言わんばかりに溌剌と仕事場にやってくるのが常なクロツグは些か疲れたような表情でバトルフロンティアにやってきた。

考えた、

考えに考えて、もうポケモンの事以外でこんなに頭使った事ないくらい頭を振り絞って考え出したネジキへの誕生日プレゼントの提案を胸にバトルファクトリーへと足を進めた。

「ネジキ」
「お早うございますクロツグさん、どうかされましたか?」
持ち場に既にスタンバイしていたネジキにお早うと挨拶をしながらも昨日の…誕生日プレゼントの話なんだけどなと切り出せば、僅かながらに期待を滲ませた声音でネジキがはい、と返事をしてきた。
屹度、いや絶対気に入ってもらえる案だと確信しながらクロツグはこう切り出した。

「ネジキ、私とバトルしよう!それなら私との思い出にもなるし、私とネジキの為にもなる!」

そもそも興味があったのだ、自分の息子とほぼ変わらない歳で己と同じ様にブレーンを任された少年の、レンタルではない自前のポケモンをどの様にバトルでアピールしてくるのか。だから、食いつくに違いない!と若干胸を張っていたクロツグに、落胆したような声が無常な現実を突きつけてきた。
「素敵な申し出なんですが却下です」
「何で!」
「クロツグさん、忘れたんですか?フロンティアブレーン同士はバトル禁止です、雇用条件として提示されています。凄く魅力的で本当に出来るものならしたいんですが駄目です。どちらかがブレーンを辞めるか休日に野外で非公式に行うかの二択しかないです」
「じ、じゃあ今度の休みにで………駄目だ、」
「今度の休みが遠すぎます、とても明日には出来ませんし明日は平日です。僕の誕生日に間に合わないので……本当に惜しい申し出なんですが」
駄目だった…凄くいい案だと思ったのに、ネジキと戦ってみたかったのにな。がっくりと肩を落としたクロツグは同じ様にがっくりと肩を落とすネジキに
「その遠い休みの日じゃ…駄目?」
と駄目押しをしてみるが
「誕生日のプレゼントは誕生日にもらえるのが嬉しいんですよ?息子さんに怒られた事ないんですか?」
うう、よくある…と自分の息子を例えに出されて益々項垂れた。そうだよね、当日じゃなきゃ意味無いのはもう何度も経験して解ってる。何度ダディなんて大っ嫌い!と息子に泣かれたか解らない…
頭を抱えて蹲ったクロツグにネジキが思いついたような声をかける。
「そうだクロツグさん」

バトルの申し出でしたら
「僕は布団の中のポケモンバトルでも構いませんよ?」
挑戦者が来ましたので、失礼します。とさっさとフィールドに向かっていくネジキを見送りながらクロツグは言われた言葉を反芻する。
布団の中のポケモンバトルって………ネジキ、それって…………?


う、うわーーーーーーーーーーー!!!!!!!






ここはミオシティのミオジム、挑戦者をジムの最奥で待ち構えているトウガンにジムのトレーナーが、トウガンさんにお電話来てますよと声をかけてきた。
こんな時に誰だ、と思いながらも緊急のものなら困るなと事務所に向かい、保留になった電話機から受話器を取り上げ通話ボタンを押したトウガンは鼓膜が裂けんばかりの大きな声に顔を顰めた。
『もしもしトウガン?俺俺クロツグ!』
「仕事中にかけてくるな、お前失礼だな」
『ごもっともです、ごもっともだけど助けて!大変なんだ!』
「は?」
その儘、クロツグは前日からの話をトウガンに掻い摘んで説明し、先程のネジキとのやり取りも説明して、如何したらいいかもう解らない。何とかしてくれとトウガンに泣きついた。
何だかんだと友人関係の長いトウガンなら何か策を講じてくれるかと思っていたクロツグの耳に、はあーーーーーーーー、と長ーい溜息の後にトウガンが呆れ返った声で
『ないわー、全部お前が悪いだろ。自分の尻拭いくらい自分でしろ』
とクロツグを一刀両断した。
「お前友達だろ?助けろよ!」
『私は忙しい、今日は定時で上がって家に帰るんだ。お前に構っていられんわ』
「なんで!残業上等、化石掘りに行ったら何日も帰ってこないお前が、定時に上がるなんて如何したんだ?明日槍でも降るのか?」
『そんなもん降るか馬鹿野郎!今日はヒョウタとゲンが家中華の用意をして待ってくれてると言うんだ!餃子や焼売、蟹玉エビチリ麻婆豆腐にチンジャオロース…全部手作りして待ってくれてると言うのに残業なんかしてられるか!』
「家族サービスなの?お前が家族サービスなんて世も末だぞトウガン!」
『やかましい!家族サービスを試みた事も無い男に何言われようが痛くも痒くも無いわ!!』
うう、ごもっともデス…お前みたいに嫁さん大好き子供命、の男じゃなかったからな俺…と半泣きで己を省みるクロツグにトウガンは投げ遣りに一応解決策を講じてやった。付き合いの長い友人だ、助け舟の一艘くらいは流してやると言うトウガンの温情だった。

『犬に噛まれたと思って、お前ネジキ君に一回くらい尻貸してやればいいんじゃないか?』
「お前この前のポッキーの件まだ恨んでるだろ?謝ったじゃないか!」
『謝って済んだらジョーイさんと国際警察とポケモンレンジャーはいらんのじゃボケ!アホ!!』
そりゃごもっともだ!と何度目か解らないごもっともを連呼しながら
「なんで俺が尻を貸す方向になってんの!年齢とか体格的に考えても」
『話の流れだとネジキ君はお前の尻を借りたい様に聞こえるが?』
「う……でも俺にもプライドがあるもん!」
『ネジキ君にも勿論あるだろう、お前が今やってるのは何だ?ネジキ君のプライドの上に胡坐掻いてだらしなく事態を先延ばししているだけだろが、この駄目人間め』
ポケモン以外の事で偶にはがつんと責任取ってみろ!挑戦者が来そうだから切るぞ!この件でもうかけてくんな、かけてきたらメタルバーストじゃ済まさんぞ!!

がっちゃん!!!!

投げつけられたような受話器の悲鳴に咄嗟に耳を離し、クロツグは深い溜息を吐いた。そうだよな…俺って本当駄目な男だ、ポケモンのこと以外自分で向き合った事なんて嫁さんとの結婚くらいだ。他は全部他人に任せたりなあなあで済ませてきた。それで済んでたんだもん、今度もそうしようと思ったのは俺の悪い癖。でもこれ以上如何したらいいのかなんて俺には全く思いつかない。
頭を押さえうんうん唸り、うろうろと熊の様にぐるぐると歩き回るクロツグはふと、両掌で自分の尻を押さえながら本当に一度貸せば後腐れないのかしらん?と一瞬世迷い事を考えたがトウガンとの話を思い出し頭を勢いよくブルブルと振る。
駄目だ、そんな考えネジキに失礼だ!第一あの子が欲しいのはそんな一時しのぎの事じゃない、そう…もっと深い……嗚呼、本当どうして俺なんだよネジキ。もっと花みたいに可憐で華奢な女の子にそんな想いを抱いていれば君だってこんなにまどろっこしい事しなくて済んだんじゃないのか?
根源の問題を掻き立てても解決はしない。クロツグは自分の筋張った手で目を覆いながら深い溜息を吐いてしゃがみ込んだ。どうすればいいか、全く思いつかない儘二日目はただ漠然と過ぎて行った………









早朝のバトルフロンティアは寒々として、吐く息が白く曇り、空に溶けるように消えていく。しかし天気はよかった、久し振りに青空を眺めるななんて感慨深く思いながら背後から雪を踏む音を耳にしクロツグは体ごと後ろを向く。
其処には呼び出したネジキが寒そうに体を揺すりながら立っていた。耳も鼻の頭もその白い肌に冴えるように赤く染まっていて、自分の息子を一瞬だけ重ねるとその幻想を振り切りお早う、とネジキに声をかけた。
「お早うございます、早起きできたんですね」
「お…私だって早起きくらい出来る、あの、だな」
「無理しなくていいですよ」
「え?」
「貴方は優しい、屹度僕の事でこの三日間随分思い悩まれた事でしょう」
それで許してあげますよ、貴方が答えを出せ無い事に。
「貴方が僕のねだったプレゼントの代案を用意できない事を」
自分を見上げて、はっきりと告げてくる青年に目の裏がチカチカ、眩しく明滅した。
目の前の自分の半分も生きていない青年が、己の想いを押し殺して自分への助け舟を出している現実に、助かった。なんて日頃なら思ってしまうだろうに、そんな保身を一瞬でも頭の中を過ぎらせてしまう自分の情けなさに打ちのめされて、踵を返そうと踵を上げた青年を、初めて何も考えずクロツグは縋る様に抱き締めた。
「っクロツグさん?」
慌てた様な上擦った声を上げるネジキに、胸の中がざわざわと五月蝿く騒いでいる。狡い大人の考えなんか全く浮かばず、でも何処か狡い言葉で彼を言祝いだ。

「ネジキ………おめでとう。君と出会えてよかった…君の気持ちを嬉しく思う」
でも今は……答えられない。だから………

僅か腕の力を緩め音も立てず額に触れた唇が離れ視界に映るネジキの顔に、クロツグの胸はとても痛んだ。ネジキにとってはとても理不尽な痛みだろう。

「……ずるいですね、クロツグさん」
ああ、そうだ。嗚呼そうだよネジキ、俺は今凄くずるい事をしたよ、でも、これ以上の事俺には考え付かない。それでも、ネジキ、俺はちゃんとお前に向き合うと今決めたよ。
「…すまん」
「貴方らしいと言えば貴方らしいです、ポケモンの事には優秀で偉大で誰よりも真摯で勇猛果敢なのに、他の事は冴えず優柔不断でおっちょこちょいで、こんな僕を突き放す事も出来ない程に優しい…酷い人です」

なので、
「手袋とパンツと服と寝顔写真と生着替え画像は有り難く頂戴しますので、今回はこれとそれで我慢します」
………はい?

真面目な空気はあっと言う間に霧散して、ネジキへの慈しみと悲しみの気持ちは疑惑と羞恥心に切り替わる。
「何時の間に盗ったの?不法侵入なのネジキ!何時の間に撮ったの!?」
「風で飛ばされていた貴方の洗濯物を拾って、懐に押し込んだだけです。拾得物は報酬として1割貰えますのでその割合の範囲内です。画像はまあ…………知らないほうがいい事もこの世には有りますよ?」
「そうかなら仕方…なくないなくない!返してネジキ、特にパンツはなんかやだから返して!!」
「なら引き換えに何か下さい、貴方が他に出せるものは?」
「う」
「まだ、何も出せないと先に言ったのはクロツグさん、貴方ですよ?」
まだ、なんて期待を持たせるんなら。ねえ。
「間を持たせるものを渡すのが賢いやり方でしょう?」
ちゅ、と音を立てて一瞬重なった唇に、え?と判断出来ないクロツグに相変わらず鈍くもあるんですね、なんて呆れたような声が耳元でしてその後、視界の端を深い緑が過ぎる。
「誕生日プレゼント、有り難うございます。嬉しかったです」
僕のファーストキスです、お返しにどうぞ。

そう言って踵を返したネジキの、初めて見た柔らかい笑みにクロツグの突き刺さる様な痛みと何か温かいものが胸に広がるのを感じて、無意識に胸を掻き毟った。






また、押し付けました…

14/12/18





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