アルフェロアに傅いて(ミスミソウ様へ)


「ねーねー、ギーマー、レンブー」


「ふたりはこいびと同士なの?」

こんな無邪気な子供の質問で、午後の憩いの一時は瓦解した。



・アルフェロアに傅いて



ブッハァアア!!!

げっほえほえほげほ、オヴェッぐえ!!

それによって、勿体無い事に紅茶が私とレンブ、各自一杯分ずつ炸裂してしまった様だ。大変下品な音を立てながら噎せている私達だが、正にa box on the ear.つまり横っ面への一撃、カントウやシンオウの諺で言うと寝耳に水、藪から棒、窓から槍という状態だ。大層虚を突かれ、私達は暫く嘔吐するのに耐えつつ咳き込むと言う器用な目に遭わなければならなかった。

「…何故そうなるんだ!」

一足先に、噎せるのから開放されたレンブがアイリスの質問に噛み付く。先程背中を擦って速めに回復させてやったのが功を奏した様だ。なのでお返しに擦られているが此方はもう少し時間がかかりそうだ、だって違うところ入ったもん。明らかに食道じゃないところに紅茶入ってちゃったよ…あー苦しい!

「だって二人共とってもなかよしに見えるんだもん!それによのなかには男の人同士や女の人同士のカップルもいるってアイリス聞いたんだよ!」
「…誰にかな?アイリス」
何だその下世話な知識は。この可憐で愛らしく、素直で子供特有の空気の読めなさと理不尽さと我儘を振り撒くアイリスに似つかわしくない知識を、誰だ植え付けたのは!

「んとねー、シキミちゃん!」
味方が、敵であった様だ。噎せ続ける地獄から復活した私は、全く以ってレンブと同タイミングで敵の名を叫んだ。

「「シキミーーー!」」
「ご、ごめんなさい!話の序でで出ちゃったんですよ〜」
「どんな話の序でだよソレ…」
知りたくない、何だか心が穢れそうだ…とっくに穢れきった大人だけれども!そんな事をギーマが考えているとは露程も知らず、アイリスは素直に見た事聞いた事を勝手に話し続けてくれる。

「あとねシキミちゃんのお部屋にね、男の人同士が仲良くする漫画があってね!絵が綺麗なの!」
「シキミ、君職場に私物を持ち込むのは止めたまえよ!不慮の事故というものもこの世には起こりうるんだぜ?」
開けなくても良い未知の扉、まだ登る必要の無い大人の階段、知らなくてもいい知識、不用意に口を開けている禍々しい扉はありとあらゆる所にある。寧ろもう不慮の事故は起こってしまった後だ様だが、責め立てずにはいられない。
「資料です、執筆活動の資料ですよ!」
「何故子供の手の届く所に、そんな如何わしい疑いのある物を置いておいたんだお前は!」
世の中は子供の為に、そう言う物は一応ワンクッション置くと言う暗黙の了解があるじゃないか…レンタルショップの隔離コーナー、本屋の奥まった所、繁華街の奥の路地裏抜ければ大人のワンダーランド、基い社交場。
ネットの世界も鍵がかけられパスワードを請求したり何やらかにやらとしっかりごちゃごちゃしている。なのに、君のその杜撰さ。相変わらず改善されていないようだね!と言及してやればちゃんと整理整頓してるもん!と的外れな言い訳をしてくる。
「それに、何時かは知る事じゃないですか二人共。それが少し早まっただけで…」
「その何時かは今じゃないと思うぜシキミ?」
「その時期をコントロールするのは大人の仕事だぞ…」
しかも知らずに済む人生だってあるぜ?と囁いてやればうぅ〜と睨みつけてくる。本気で睨んでやろうか?レンブがだけれど。
等と追撃してやろうかと考えていた矢先、レンブが溜息混じりに一言言い放った。

「…解った、致し方あるまい。知ってしまった事を無かった事にしろと言っても難しいだろう」
そうですよね!と同調しようとするシキミに、でもレンブは優しい訳ではなかったのだ。
「俺がシャガさんへメールしておくからシキミが念入りに謝罪しておくように」
「そっ!?其処でシャガさん出てくるんですか!と言うか私が謝るんですかー!」
「原因はお前だ、シキミ」
「アイリスの精神汚染の原因は君の所蔵物だからね、シャガ市長からアイリスを頼むって直々にお願いされたんだから、その期待を裏切ったのは罪は重い…」
「事を重くしないで下さい!まだ何とかなりますって!」
「何とかなるって言うんなら君に頼むよシキミ。率先して何とかしてくれるよね?」
「…うわーん!カトレアちゃん、二人がイジメる〜」
レンブとギーマの大人の対応に耐えられずカトレアに泣きついたシキミだったが、しかし、カトレアも一筋縄ではいかなかった。
「じごうじとく、だと思うわ…がんばってねシキミ…あたくし、かげながらに応援してますわ」
「カトレアちゃんも結構厳しい!」
「あたくし、甘いだけの女じゃなくってよ?」
「なんかかっこいい!カトレアちゃんスゴイ!」
アイリスが変な感動でキラキラした羨望の眼差しをカトレアに送っている最中、想像のシャガの恐怖に身を竦めていたシキミがでもでも、と考えを持ち直す。
「でも二人共、最初の仕事を一緒にし始めた頃に比べたらすっごく仲良くなりましたよね?今だってお互いの背中擦ってあげてるし」
目敏いな、眼鏡のくせに…二人で同じ事を考えただろう。同じ様に渋い様な、面倒だな〜と言う顔でシキミを見つめてしまった。そして話長くなりそうだなー、とも思ってしまう

「そうなんですの?」
そしてこの視線に気付かず、興味を持ったカトレアがシキミへ問う、カトレアの記憶の中の二人の男は、別段険悪な関係ではなかったからだ。
「カトレアちゃん、一番最後に四天王入りしてたから、二人が結構落ち着いた頃の状態しか見てないと思うんですけど本っ当!凄かったんですよ!?仲が悪すぎて!!」
その言葉が、場に響き渡った様な感じで広がり、空間に消える。それに誰も答えず突っ込まず、暫くしてからふむ、と頷く声が二種類生まれ次いで言葉が飛び出し
「確かに悲惨だったな…多分師匠とシキミが」
「殺意あったもんねお互いに、確実に」
過去を肯定した。


*


兎に角、相性が悪かったのだ。


顔を合わせても挨拶はしない。書類も連絡もシキミやアデクを介して渡し目も合わせない。偶に口を開けば喧嘩。ポケモン勝負も本気、その内生身での諍いをし始め、始末書を書きまくり医者には顔を覚えられ組織の上の方から注意や勧告を出される始末。確かに…激しかったなぁ

「それがどうやって今みたいになかよくなったの?」
「あれですよね、ガチで喧嘩して最後腹を割って話し合いをしたんですよね?」
「シキミ、昔懐かしい青春ドラマじゃないんだから」
「じゃあ何があったの?今ケンカも殆どしないんだよね?それともアイリスが知らないうちにケンカするの?」
ケンカはダメだよ?なかよくしようね?と首を傾げるアイリスにギーマは笑いながらアイリスの頭をなぜる。

「大丈夫、もう仲が悪くないし喧嘩もしないよ。ね、レンブ?」
「ああ、別にアイリスに隠れて喧嘩している訳ではない。そもそも、もう喧嘩はしないんだ」
「どうやって仲直りしたの?毎日ケンカするくらいなかが悪かったんだよね?」
其れに対しレンブが一言、はっきりと告げる。
「飽きたんだ」
その言葉の意味が解らなかったのかシキミがレンブを見上げながら問う。
「飽きたって…何にですか?」
「いがみ合うのも諍いを起こすのも無視するのも、怪我をするのも徒な勝負も、全部飽きたんだ。俺が先に」
「れ、レンブさんが飽きたんですか?!」
「ああ、思いっきり飽きた」
飽きる、なんて感情であの過激で苛烈で、凶悪な人間関係が終結・修復出来るのだろうか?普通の感覚なら無理、でも相手はギーマさんとレンブさん。普通で括っちゃ駄目かもしれない。

「そっからは速かったよね、殴ってくると思って警戒してたら話をしないか?何て言ってくるんだもん君」
「お前だってその時同時に、火炎瓶投げてくると思ったら缶コーヒーで、ちょっと話、いいかな?って言ってきたじゃないか」
物騒な思い出話を口にしながら、レンブはその頃の心境を頭の隅で思い出していた、そう、あの時飽きたんだ。

飽きた、と言うより疲れたといった方が正しいのかもしれない。人付き合いが苦手なのに、何故こうも争いを続けなければならないのか。

何故目の前の男に怪我をさせ、させられ無駄に互いのポケモンを傷つけなければならないのか、そもそも他人だ。相容れないのは当たり前じゃないのか?なのに何故目の前の男だけそう割り切れないのだろうか?疑問は次々と湧き出し、疲弊したレンブの精神を更に追い込んだ。そしてその追い込まれた先が…対話と言う結論だった。

其処からは速かった、和解するのも、同僚になるのも友人になるのも。
「じゃあ、お友だちになったの?」
「なったよ、最初は挨拶したり仕事の帰りに食事に行ったり暇な時ポケモンバトルしたりしたくらいだったけど」
「ぎこちなかったな、」
「ほんと酷かったよね〜笑えるくらいに」
歩み寄り始めた頃を思い出し、お互い苦笑いを零す。まるで演技じゃないかと言わんばかりのがっちがちの態度だった、挨拶一つにも肩に力が入り、その馬鹿さ加減に笑い合いもした。
「一緒に買い物行ったり、食事したり、酒飲んで其の儘家泊まったり一緒にDVD借りて映画見たり」
「そうそう、そんな事したした。態々やったよね」
一通り、友人がするという行動をテンプレートをなぞる様に行い、その白々しさにまた笑いを繰り返した、今となっては良い思い出だ。今は態としないでも普通に付き合う事が出来るのだ、普通万歳。

「そっかあ、レンブとギーマは何時もいっしょでなかよしなんだね!…でもそれってやっぱり、なんか…こいびと同士みた〜い!」
上手く纏めようと思ったのに此処で話を蒸し返すのかよ…アイリスの思いつき発言に、また二人でつっこむ。
「おいおいシキミ、君の所為でアイリスの思考回路がパターン化しちゃったじゃないか。少女漫画でも大量に読ませたんじゃないんだろうね?」
「人間が並んで立っていれば恋人同士、だなんて言う考えは偏見の始まりだぞアイリス…」
「何で私の所為になるんですか!女の子の頭の中は少女漫画の主人公なんですよ!」
「アイリス、まんがばかり読んでいてはいけないわ…そしてそればかり読ませてもいけないわ、シキミ…」
「わーん、カトレアちゃんの裏切り者〜!!ギーマさんもレンブさんもそんな恐い顔しないで下さいよー!た、確かに部屋にある漫画読んでもいいよ、っては言いましたけど」
シキミの言うとおり、ギーマとレンブの顔は普段の数割り増し厳しい表情をしていた。連帯責任が恐いんじゃない、アイリスの未来がかかっている。この儘天真爛漫に育ちポケモンを愛し世界を愛する素晴らしい女性になるか、世に穢れ、情報に塗れなんとも言えない加減の女性になるか…かなり重要な事だ。

しかし、その面の下では若干一名程が冷や汗と脂汗びっしょりであった。何故なら実はお付き合いしてますとも!な関係なのだ、本当は。

本当に速かったのだ、急速に仲を深めてく二人の距離は殆んどゼロでそして…その関係性を踏み越えるのも本当に本当に、あっと言う間だった。ホップステップジャ〜ンプ!所かダッシュ高飛びカンフーキーック!くらいの変化球だった。

そんな若干一名の凄まじい焦りと残り一名のある程度の余裕と僅かな懸念など露知らず、アイリスは読んだ書物から入手した知識を惜しげもなく披露してくれる。
「アイリスはわかんないけど、こいびとって手をつないだりギューってしあったりその…キスしたりするんでしょ?ほっぺのじゃなくて、大人のキス!」
「そうですよアイリスちゃん、二人の世界にはもう二人しか存在しない…二人の目と目が見つめあい、そして二人の距離はどんどん近くなり遂には―!!」
「なんだか…はずかしいよぅシキミちゃん」
「そんな世界に二人は住んでるんじゃないかと私は思うわけですよ!どうですか?」
「子供の前で破廉恥な!」
「シキミ、笑えない冗談は言うもんじゃないよ…」
爆発的妄想力でギーマとレンブの関係を捏造するシキミを、二人は高速で一刀両断する。しかし悲しいかな、現実は大体シキミの想像通りだったりする。

ええ、確かにあんな事やそんな事、人様の前では言うに憚られる事をしている様な仲ですよ俺達は?!


*


もう、色々してしまったのだ、手を繋いで抱き締めあって、キスをして他にも色々してベッドで裸であーんな事やそーんな事更にこんな事迄?!なんて事も両手じゃ数えられないくらいしているんだ。

しかし、それを人様に言う事は決して無い。この関係はなるべく、と言うよりどうやってでも隠し続けなければならないのだ。私個人の意見としては探られようがバレようがなにをしようが吹聴されようが痛くも痒くもないし、どうだっていいのだがレンブの為には隠しておく必要がある。レンブは私と違うのだ。
レンブはバレたら失う物の方が多すぎて、眩暈がしてくるだろう。まず手始めにぶっ倒れるだろう、現に今青くなり始めているし…速い所話を逸らさなければ

「じゃあアイリス、逆に聞くよ?」
「なぁにギーマ?」
「例えだけれどカミツレとフウロはとても仲の良い友達同士だ、休みの日が重なれば毎回と言っていい程一緒に居るし家に泊まりあう。本人達がそう言い切るくらいにあの二人は仲良しなんだ」
「そうなの?アイリスしらなかった」
「でもよく考えて?あの二人はよくはしゃいで抱き締めあうし手を繋いでる事もある、映画もショッピングも双子みたいにくっついて歩いてる。これは、恋人同士に見えるかな?」
「ん〜…すっごく仲のいいお友だち!」

彼女達はジムリーダーになる前から繋がりがあり、歳も近い事から直ぐに意気投合したそうだ。お互い一人っ子と言う似た環境も手伝ってかまるで姉妹の様な感覚でいると自分達で言うのだ。それは他のジムリーダー達も認識している、距離が家族程に近い友達だと。
「だよね?そしたら私とレンブは?」
「えー、とぉ。カミツレちゃんとフウロちゃんは手をつなぐけどお友だちで、でもギーマとレンブはいっつも二人でいるけど…あれ?くっついてないね」
「うん、確かに買い物はよく一緒に行くし互いの家も行き来する。お泊りだってするし時々私の職場に迎えに来てくれる事もある。けれど、私達は抱き締めあったりしないし手も繋がないし、くっついて歩きもしない。一見すればカミツレとフウロの方が怪しく見える、でも二人はすっごく仲の良い友達だ。なら、私とレンブは?」
「うーん、じゃーあ〜、ギーマとレンブはこいびとじゃなくて、」
「かなり仲のいい友達、と言うところだよね?」
「あ、本当だぁ〜」
だって手もつながないし、あいさつのハグはするけど他にぎゅってしないし。それにレンブがギーマをカジノにむかえに行くのは、ギーマが帰れなくなる事があってレンブがそれはかわいそうだからって言ってたからだって、アデクおじいちゃんが言ってたからへんな事じゃないし。レンブは本当はやさしいから、ギーマを見捨てられないんだってアデクおじいちゃんもシャガおじいちゃんも言ってたし。

等とアイリスが納得しかけた矢先、
「本当にそうなんですか〜?私偏見無いですから正直なところ、オフレコでギーマさん、」
物書きの性か本人の資質か、意外なしつこさでシキミがまだ食い下がってくるがこちらもおいそれと負けてやれない。何たって私は勝負師、素人に負けては私のプライドに関わるからね!
「偏見ではなく過大な好奇心と興味を持っているようだねシキミ、けれどね。君が喜びそうなネタは本当に無いんだよ?」
「私が喜びそうかどうかは私が判断しますので!さあギーマさん、洗い浚い喋っちゃってください!!」
「やれやれ、知識欲の塊には頭が下がるね、君物書き辞めてジャーナリストにでもなったらどうだい?」
ちくちく嫌味を言ってやるが目の前の極上のネタと思わしきものの威力か付き合いの長さか、あまりシキミに効き目はないようで。業とらしく肩を竦めやれやれと大袈裟なジェスチャーをしながらギーマは口を開く。
「私達は、」
「二人は?」
固唾を呑んで言葉を待つシキミに勿体ぶって言った一言は、とても場が白け拍子抜けする一言だった。

「お互い以外に友達がいないんだ」

…………

「…お友だちいないの?ギーマとレンブ」
白けると言うか唖然とし誰も口を開けない、その沈黙を破ったのはアイリスで、おそるおそると言ったふうに聞いてくる彼女に「うん、私はいない」「確かに、いないな。友達」と二人で続ける。その言葉にアイリスは凄い衝撃を受けたようだ。大きくて丸い目を更に見開き、わなわなと肩を震わせる、おい、大丈夫かアイリス!
「…二人っきりのお友だちなの?」
「ああ、そう言われればそうだ」
「だからかな〜自然と一緒に行動してしまうんだよねー」
「お前は外に敵ばっかりだしな、」
「君はそろそろ人間卒業しそうだもんね、」
こうやって茶々を入れあい軽口を叩き合う相手がお互いしかいない、その事実にアイリスは何度も瞬きをし顔を伏せ気味にし、悲しそうな表情をしだす。その仕種にギーマ達は心配になる、泣くな、泣いてくれるなアイリス。別に俺達は其れを悲しいともなんとも思っていないから!
「…あたしソウリュウシティに来た頃お友達いなくて、ずっとキバゴといっしょだった。なれてたけど、さびしかった、おじいちゃんはお仕事でいそがしかったし、かていきょうしのお姉さんはお仕事が終わると直ぐ家に帰っちゃうし」
ぷらぷらと、足をサンダルを揺らしながら、カップの中の、紅茶の揺らぎを見つめてアイリスは続ける。
「でもその後ね、お友だちもしりあいもいっぱいできてアイリスうれしかった!だから…初めて声をかけてくれた人の事、今でも少し特別なお友だちだと思ってるの」
しかし顔を上げた時、にこっ、と擬音でも飛び出しそうな笑顔で思い出を〆るアイリスに四人で胸を撫で下ろす、ああ良かった、泣いてくれないで本当に良かった。
「私達もそんな感じかな?」
「ああ、だから少し、人とは違う友達に見えるかもしれないけどな」
「うう…なんか申し訳ない気になってきました、俄然茫然自失、寸前です」
アイリスの過去に触れる話に、自分の好奇心を削がれ良心の呵責に苛まれ始めるシキミの隙を見逃さず、ギーマはトドメの一言を放つ。

「そもそも私の好みじゃないもの、レンブって。大体女性とのお付き合いならいざ知らず、男と付き合うなんて冗談じゃないよ」
「…偏見はないつもりだが、そう言う性癖はないしそもそも俺だってお前なんか好みじゃない」
「そ…そう言えば、ギーマさんって自称伊達男でしたもんね。そもそも彼女の入れ替わり激しいし」
「自称じゃないの、伊達男なの。別に入れ替わり激しくもない、」
「身から出た錆だな、自省しろ」
「…それに私の隣にこんなごっついのが恋人として歩いていても似合わないじゃないか!口煩いし」
「その言葉そっくりお返ししてやろうかギーマ!お前みたいな尻の軽い男と付き合う女性の気持ちが知れんぞ!」
「尻が軽いんじゃない、フットワークが軽いのさ!君みたいに尻に根が生えてる男とは違うんだよ」
「俺ほど腰の軽い男もいないと思うが?!」

………………

「これはケンカじゃないの?カトレアちゃん」
二人の怒涛の言い合いに、アイリスが紅茶の残るカップをゆらゆらさせながら、落ち着き払って紅茶を嗜むカトレアに質問する。恐い雰囲気は無いが、まだ人生の経験の浅いアイリスには喧嘩も茶化しあいも言い争いも区別がつかない。

「二人共すなおじゃないからああやってじゃれあっているだけよ…これはね、あの二人流のスキンシップですわ……まえからよくやりますのよ?」
「そうなんだ!お友だちっていろんな形があるんだね!で、だておとこってなぁに?」
「……もう少しレディに近づいたら、おしえてあげるわ。すこしふくざつな、お話になるから…」
「そうなんだ〜、早くたんじょう日こないかな〜」
「アイリスちゃんの誕生日は何時ですか?折角同じ職場にいるんですから、お祝いしましょう!」
二人の言い合いとアイリスの誕生会の話題に花が咲きながら、ポケモンリーグの午後のティータームは無事に過ぎそして一日が暮れる頃…


*


「疲れた…暫く世間話したくない、喋りたくない」
「お疲れ様、まぁ、取り敢えず上手く行ったね。良かったよ」
「………そうだな」
ロッカールームでぐったりしてロッカーに頭を押し付けて立っているレンブにギーマは慰めの言葉を掛ける。日頃使わない方向に精神を使いレンブは心身ともにくたくただった。
そんなレンブを労う為か元々その様な心算があったのか、ギーマは明日の天気の話でもする様にレンブを誘う。
「今日泊まってく?」
「断る」
何時も通り誘いに乗ると思ってた、しかし、矢継ぎ早に返ってきた予想外の四文字に珍しいと思いながら、ギーマは恋人として当たり前の疑問を口に出す。
「どうしたの?何か用事でもあった?」
「無い。だが、気分ではない」
気分じゃない…機嫌は悪くなかった筈なのに?朝は普通だった、昼も普通、お茶の時間に…ははあ、得心した。と言わんばかりに薄ら笑い、ギーマは試しに問いかける。
「おや……、もしかしてさっきので拗ねてるのかい?」

「…………」
沈黙は肯定だと、解っているのに俺の口は何かを紡ごうとしない。

唯の友人、あの場を凌ぐのに最適な言葉で、ギーマが説明をした方が確実に話の矛先を他へ向けられるのも解っている。でも、このもやもやは別だ。
俺は確かに拗ねているのだ、本当の関係をはぐらかされた事が、関係自体を否定されたんじゃないかと思ってしまえる程あの理由や話は真に迫り納得のいくものだったのだから。

この関係はどうしてもデメリットの方が多い、バレた時のリスクだって大きいし愛で何とかなる、何て夢を見ていられる程お互い若くも、子供でも純粋でも初心でも無かった。俺は唯々その時に脅えこっそりとギーマとの関係を続け、想いを育んだ。なのに…ああ言われればその想いは千路に乱れ腹の中を掻き回す。其れを出さない様堪えているとくつくつと喉の奥で笑う様な音を出しながらギーマが意地の悪い笑みで俺を見ていた。
「相も変わらず、可愛いな。私の恋人は」
「茶化すな」
咄嗟に口をついた言葉は冷たい響きを孕んでいた、それでもギーマは怯みも気圧されもせず俺を甘やかす様な柔らかな声で囁く。

「本気じゃないよ、さっきの言葉なんて」
それでも、傷付いたと言う程ではないが少し胸に刺さったのだ。常日頃そう思っている節はあったから、口を吐くのはその胸に刺さる言葉を押し出そうとする棘のある言葉ばかりだ。
「そう言いながらお前の本音じゃないのか?」
「ごめんね、やっぱり傷付いた?」
「うるさい、」
釣り合いじゃない、似合う似合わないの話は本当に気にしていたのに…こいつ、知っててやりやがったな。益々胸の中の痛みは増し、吐き出す言葉は棘に塗れていく。
「拗ねないで?謝るよ、ごめん。でもあれくらい言わないとシキミもアイリスも納得してくれないから」
「解ってる、でもお前の言い分だって確かだ、こんな男より俺の前に付き合っていた女性の方がお前だって隣に居て嬉しいんじゃないのか?」
「ああ、今日のイレギュラーに胸が歓喜で締め付けられそうだ!こんなに素直な君はそうそうお目にかかれない、」
「芝居がかったふりは止せ、不愉快だ」
「芝居でも何でもしてみせるさ、君の為ならね?」
故にあのような芝居を打った。それは解っている、解っているが…今日に限っては全く得心出来ない、
「三文芝居も甚だしいな、御伽噺でもする気か?」
「御伽噺のお姫様への様に、君に傅いて告白して君がご機嫌になるのならね?私の愛しの君」
そう言って恭しく手を取り気障ったらしい台詞と大袈裟な動作で指先に音を立ててキスしてくる。畜生、相変わらず絵の如く様になってるが今は腹ばっかり立ってて全くうっとりも惚れ惚れもしない。
「子供騙しだな」
「ふふ、今日の恋人は情熱的だな、もっと話し合いが必要みたいだね…ベッドの中ででも」
「ほざけ、友達はそんな事しないだろ?」
「そりゃね、でも恋人同士はそうやって仲直りするものだよ?君にだってそう教えたじゃないか」
「………いっその事」
「?」
「いっその事、本当に友達に戻るか?」
「冗談、君と恋人になるのにどれだけ大変だった事か」
此処で初めて、ギーマが焦った様に絡めた指に力を込める。その力は思いの外強い、日頃の優男の顔とは裏腹に手に食い込む指は真剣で必死だ。
「知ってる、主にお前がな」
「そうだよ、難攻不落の深窓の令嬢よりまだオチやしなかった君を、形振り構わず口説いて口説いて……」
「ギーマ?」
表情を硬くし、思案し始めるギーマに、レンブは唯名前を呼びかける事しか思いつかない。
「そうだね……きみがどうしても、と言うんなら」
「ギーマ、何を…」
「仕切りなおそうか?」

友達に戻ろう?

その言葉にざぁっと、背筋に冷たいものが走り一瞬理解が出来なかったが、僅かな時間の間にやわやわと理解は追いつき、嗚呼やっぱりなと絶望が喉奥でへばり付く。恐れていた心変わりは、存外速く訪れてしまったようだ。でも、仕方が無い。仕方が無いんだ、そう言い聞かせ言わなければならない事を頭で考えて音に出そうとする。
「お…まえが」
お前がそうしたいなら、

そう言おうとした唇は動かない。堪えていた感情と感傷が胸に湧き上がり競り上がる。じんじんと目尻が痺れ、熱を持つ。視界が端から歪み始めその原因を無意識に抑えようと僅か顎を上に向けた瞬間、耳に全てを覆す一言が響いた。

「ま、戻ったとしても瞬き程の時間しか無いけれどね」
「………は?」
「だって私は直ぐに君を口説くもの」
「な―」
驚きのあまりギーマに視線を合わせようと顎を引き下げた俺の、涙の零れそうだった目尻を音を立てて啄ばみながらこいつは
「レンブ、君が好きなんだ。君さえ良ければ俺と恋人にならないかい?」
とさっそく口説き始めた、しかも直球に。俺の涙を掬いながら、ぺたぺたとやらしい手付きで体に触れてくる。何と言うか…展開の緩急甚だしさと感情のアップダウンに着いていけない。溜息も出ず、出るのはぼんやりとした疑問のみ。
「…俺がそれを断ったらどうする気だ、お前」
其れは勿論!と大袈裟に残りの腕を振り上げ、熱の籠る声とは正反対の静かに、愛しさと何かの悲しみに満ちた視線で俺を見つめるギーマは宣った。

「また口説くよ、」

「何度でも、」
諦めない

「何度でも」
諦めるものか

「何度でも君を口説いて、何度でも君の愛を勝ち得るよ」
もう失うのは懲り懲りだ

俺の真っ暗な世界を彩る綺羅星は君だけだと、幾度も囁いた声がまた愛を呟き、世迷い事の様な耳障りの好い口説き文句を嘯く。
「君の涙も、寂しさも深い絶望も全部掬って、愛と喜びと希望に代えてあげるから。だから其れを一緒に見においで、俺と一緒に居て?一緒に居ないと何もしてあげられないじゃないか、どれだけ君の事を想っているかも、その量も重さも深さも何もかも教えられない、傍に居てくれなきゃ愛も恋も何も嘯けやしない」
だから放さない、この手も解かない、絡まった縁を千切る等以ての外だその縁を他の輩と繋ぐなんて許さない。君は俺の恋人だ、俺の恋人は君だけだ、誰にも渡さない

日頃の巫山戯た口調でも声音でもなく、切々とした声で語調で懇願の様な宣誓の様などうしようもない独占欲を真面目に振り翳すギーマに、レンブがやおら思い出したのは自分と付き合う迄のギーマの執念深さだった。

「おまえのしつこさは…本物だったな」
「君への愛も、と付け加えてよ。ね?本当に仕切り直したい?」
そうさせる気も無いくせに、試す様にギーマは聞いてくる。するり、と腰に背に回ってくる腕から逃げる事もせずされるがままの俺にはさっきみたいに強がる余裕はもう無い、唯素直に、何も考えず告げる。

「まさか、それこそ冗談じゃない」
俺にだって欲はあるし愛も恋もある。嫉妬もするしそれこそ拗ねたりだってする、そうする程の執着をお前に持っていると、お前なら理解出来るだろ?だってお前が何時も言うじゃないか

「俺の恋人はお前だけだろ?」
額に触れるだけのキスをして、情けない顔を見られたくなくて其の儘ギーマの頭の脇へ頬を寄せる。鼻を掠める整髪料の匂い、フレグランスの匂いに混じる汗の匂い…ああ、なんだ、お前も緊張していたんじゃないか。

「っレンブ……大好きだ」

愛してる、
腕に力を込め距離をゼロにする様に抱き締めるギーマは首元で囁く、それを許容しながらその背に腕を回し若干低い位置の肩へ額を押し付ける。少し窮屈だが、愛おしかった、今迄で一番、この男を手離したくないと思っている。
何時迄もこう出来たらいいのに、と日頃素直な物言いをしない口が弱音を吐いてそれに何かを思ったのかギーマが応える様に更にきつく抱き締めてくる。其れは苦しかった、でも心地好かった。
悪くない、なんてまた素直じゃない事を思いながら暗くなるロッカールームで一頻り抱擁をし続けた。






「月へは行けない飛び立てない」のミスミソウ様との相互リクエスト品で「ギマレン+アイリスのほのぼの」と言うリクエストだったのですが…何処がほのぼのだい?しかも長いよ、ウェアーイズほのぼの?そして何故かレンブがデレました、
ミスミ様お待たせしました、これじゃない、ございましたら遠慮無く申し上げて下さい。

レンブは正直でも素直じゃない。ギーマは嘘吐きで根性も性根も曲がってるけど自分に世界にとても素直。アイリスは可愛い、カトレアは俯瞰で物を見てそしてシキミは少しこちらの世界の人…こんなのでいいのかイッシュリーグ


14/3/28





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