まどろみはべりて(えんぴつさんへ、誕生日祝いデンオ)


子供じゃないから誕生日が特別だとかはしゃぐと言う事はもうない。ただ日常にほんの少し色合いの違う出来事が混ざり、過ぎていくだけだ。
大体、俺は自分の誕生日を特別視も重要視もしていない。だが、俺の親友の考えはそうではないらしく、毎年大袈裟ではないにしろ何かしら誕生日と言う記念日を祝ってくれようとしてくれる。
今年の今日もそうだった。
平日だった為俺も彼奴も仕事だったが、今日はお前の誕生日だから一緒に買いものすんぞ!と朝一でオーバはメールをしてきた。俺の予定を勝手に決めるな、と減らず口を叩きながら時間を尋ねるメールを返しているあたり俺も満更ではないのだ。
ジムを閉めた後待ち合わせのショッピングモールでそれなりの人の量と喧騒の中でも目立つ赤いフワフワ頭と、よく通る声が俺の名を呼ぶ。
お前はガキか、声がでかい。と変に目立ってしまった事による羞恥心をオーバに所為にしながら、何時もより少し豪華な夕食にするぜ!と張り切るオーバに並んで買い物に向かう。
何時も通りで構わないと毎年の常套句を繰り出す俺に、お前の誕生日だから祝いの気持ちでちょっと豪華にするだけだ!とオーバも毎年同じ返事をしてくる。実際そんなに過激な変化が食卓にある訳じゃない。俺の好きなものを作る食材が少し上等になり、日頃のビールが発泡酒じゃなくなって、これまた恥ずかしい事に、ちゃんとした店で小さなケーキを買う等と言う程度の些細な変化だ。
でも、その些細な変化を毎年継続してくれる行為に感謝や喜びがない訳ではないから、この謙遜や飽きに似た常套句は照れ隠しによるものだと自分で気付いているし多分馬鹿な彼奴だって気付いてる筈だ。

下らない事を喋りながら買い物を済ませ、俺の家に帰り二人で何やかにや言いつつ食事の用意をしテレビを見ながら食事をする。だらだらと夕飯を済ませ、オーバが食器を下げながら冷蔵庫からケーキを取り出してきたが、俺のにだけ買った時にはなかった歪なプレートが刺さっているのを見て可笑しさと恥ずかしさから瞬間的に爆笑してしまった。相変わらずオーバの絵のセンスは画伯級の笑いを俺にくれる。やばい、戻しそうなくらい笑いが止まらない。
「笑うな!オーバさん特製のお誕生日プレートだぞ!」
「ちょ、なにこの生き物、生き物か?ヤバイだろ?ヤバイべや!?」
「どう見たってサンダースとライチュウだろ!!」
「サンダースとライチュウにあや、あや、あやま……ひっひっひ、腹痛ぇえー」
「ちょ、前転しそうなポーズ取るくらい笑うなよ!俺を泣かせる気かよ、そんなに変か?!」
「おまえ……バクにもやってねーよ、な?」
「毎年やってる!バクは笑ってくれたぞ!!」
「それ……絶対、愛想わらっとぶふぉ!」
笑うな!やめろ!とどやされようが俺の腹筋は痙攣をやめない。復活に暫く時間を要し、件のプレートをまじまじと見つめて甦る笑いを堪えながらオーバによるお誕生日の歌の熱唱を聞きつつ実にいい食後の運動を果たしてくれたオーバのサプライズを話の種にしながら、ビールを開けて互いの近況に花を咲かせることに話がシフトしていく。
なんだかんだと都合をつけては会っていたにも関わらず、話を始めれば話は尽きず、時間と共に酒も進んでいけば特段弱い訳でもない俺もオーバもほろ酔いを超えるか超えないかの微妙な状態になっていた。

ほろりほろり、と心地好い酩酊感で目蓋に熱を灯らせていると机を挟んだ向かいに腰を下ろしていたオーバと目が合った。
オーバは頬をうっすらと染めながら酔いにほどけた様な口調で俺の顔に手を伸ばすと、デンジ、と前置きして俺の睫毛を指先で撫でて

「お前、睫毛も金色なんだな。きれーだな」
と何が嬉しいのか楽しいのか顔を綻ばせ、その綺麗な灰色の瞳を細めた。

その灰色の瞳を彩る赤みを帯びた睫毛が、長いとはお世辞にも言えないそれでも一本一本が太い、印象の強い睫毛がまばたく度に

まるでオーバの手持ちのポケモンを表しているかの如く、火の粉舞うように燐が飛ぶ。

此れは屹度幻想だ、幻覚だ、酔っている所為だ。色んな可能性が頭に花火の様に閃いては消えていくがそれらの常識を消し去るほどに痛烈に、強く思ったのは全く違う事だった。

綺麗だ、と思った。オーバを始めて綺麗だと思って、それが切欠だったのか今迄蓋をしていた遠回しに伝えてきていたものが全部胸の中に込み上げて…もう抑えられなかった。
常々抱いていたものが壊れた蛇口の様に堰を切って俺の今迄の我慢と言う堤防が決壊して、全身を浸蝕していき俺の理性の言う事を聞かなくなった。
お前が好きだ、と一度だけ伝えてその後まるでないようにされていた現実に、宙ぶらりんの答えに手を伸ばしたくなって、まるきり衝動的に
俺は腰を上げ、上半身を前に突き出すと細めたままの灰色の瞳に自分の残像が映るのを見ながら…目を伏せた。



かそけき音を立てて離れた唇に、夢のようだった時間と空間が音もなく崩れ落ちた気になって、心地好かった酔いも一瞬で醒め罪悪感に似た居心地の悪いものが何処からともなく滲み出してくる。
ああ、ああ、やってしまった。一時の夢に、全てを壊してしまった……居心地の悪い気分の後から止め処なく湧き出るのは後悔と、楽しかった十数年の思い出。その全てにオーバがいた。

オーバと出会った後は楽しい事ばかりだった。喧嘩もしたし気まずくなった事だってあるがそれらを覆い尽くすくらい胸踊る楽しい思い出で溢れ返っていた、これからも続く筈だったそれを自分で手放したのだ。
恐ろしい事をしてしまった、尽きぬ後悔を抱けどもう…終わりだ。

「……わりぃ」
やっとの事で口から出たのは何へかも解らない謝罪の言葉。弱弱しく漏れ出たがもう遅い、もう戻れない。今、してしまった事の前にはもう…戻れない。
ごめん、勢いで…なんて言えばまだ取り返せるだろうか?まだ間に合うのか?情けないくらいに混乱していて全く判断がつかず、綯い交ぜもいい所の頭の中はパンク寸前で何を選べば最良かそもそも選択肢があるのかすらも解らない儘ぐらぐら、ぐるぐると眩暈がしてきた。
「…ジ、デンジ」
しかも都合のいい幻聴まで聞こえてきた…なんて俺は利己主義なんだ。……泣きそうだ「デンジ、おい大丈夫か?」

………?

「―オ、…バ」
幻聴に返事をして如何するとかそう言うのが過ぎったけれどあまりにも鮮明に聞こえたオーバの声に顔を上げると俯いた俺を心配そうに見下ろすオーバの顔が、滲んで視界に映る。

「おいおい、泣くなって」
そう言われて、下睫毛を頬を転がり落ちる雫の感触に反射的に強がって否定した。
「…ないて、ない」
泣いてるっつの、とテーブルを避けて俺の方にずりずりと膝行ってくるオーバに顔を見せたくなくてまた俯いた俺の頭をオーバは仕方ない、と言わんばかりの鼻で吐く溜息の後にがしがしと撫でてくる。まるでバクや小さい子供を泣くな、と慰め宥める様に無遠慮に、でも優しげに……そんな事をされると益々涙腺が緩んでしまいかねないので深く息を吸い、鼻の奥がつん、と尖がるのを無視して詰めた息と共に聞かなきゃいけない事をぽつぽつ、零していった。

「気持ち…悪いだろ?」
「いや、まあ驚いた…けどさ」
えんりょすんなよ、と口では言えど鼻が詰まり全く様にならない。
「しょうじきに…言えって。前好きだって言ったのも…流されたし、さ」
「あれは…悪ぃ、俺の聞き間違いかなーって思って聞き直すのもなんか誤解させそうだしって、思ったらだらだら時間経っちまって…今日まで引っ張りました」
引っ張る?避けてたんじゃなく?そう口にする前にオーバがだってさ、と逆に俺を問おうとする。
「あん時はさ、なんか夕方過ぎて夜なったくらいの時間だったからお前の顔も良く見えなかったし、潮の音で声も良く聞こえなかったけどさ」
今のは、ちゃんと聞こえたぜ?
どう言う意味なんだ?もやもや、と不明瞭に口にしながら恐る恐る顔を上げるとオーバの真剣な眼差しとかち合った。どうして?俺を軽蔑したりするんじゃないのか?だって俺はお前をある意味裏切ったんだぞ?なのに何でそんな―
「お前今のもさっきのも、すっげえ真剣なんだろ?」
「っ、」
しかもさ、
「キスしたくなるくらい俺が好きなんだろ?」
それって洒落じゃなくて大マジなんだよな?そう言う意味の好きなんだろ?熱の籠る目で俺の心を問われ、混乱しきりだった俺の心は押し寄せた波の様に一気に冷静さを取り戻した。オーバ、お前は相変わらず馬鹿で真っ正直で、でもそれで俺を何時も何度も導いてくれた。だからそんなお前にだけは…俺は今ある覚悟を振り絞って応えなければならない、よな?
覚悟を決め、飾り立てる言葉も言い訳もかなぐり捨て、吐き出したデンジの言葉はどこか自嘲めいていた。

「……冗談でヤローに好きだ何て言わねーよ…きもいだろ?本気なんだぜ?」
お前に本気なんだ、何でとか他にも何て考えなんか一切出てこなかった。お前の事しか、そう思えなくなってたんだ…この告白に似た言葉の全く口から出ず、デンジはオーバの言葉を無防備に待ち受ける事にした。もう、出来る事はないんだ。と諦めにも似た気分で待ち受けたオーバの返事は…
「じゃあさ、俺も茶化したりふざけたりしないで言うけどさ」
「……ああ、」
「俺もさ…別に、な、うん」
デンジの予想だにしなかった答えだった。

「気持ち悪くなかったんだよ、お前のその―、キス」

………

「は?!」
全く想像していなかった返事に目を見開き、口をコイキングみたいにぱくぱくさせるデンジに構わずオーバは続ける。
「なんかさ、具体的な返事は今出来ないっつーかどうしたらいいか解んねーけどさ」
寧ろ言葉に出来ねーからさ、
「俺の返事、これでいいか?」

そう言うオーバは突然俺の、腿の上で固まりきっている俺の両手を取り上げると、急かすように強張りを解してそれぞれの手を自分の諸手で握り締める。何だか酷く熱っぽく湿った掌の感触が不思議で目でオーバの変化を追おうとした時、ドアップのオーバの顔が視界いっぱいに広がって、僅かに上に首を伸ばしたオーバの唇が俺の額に音も立てずに触れ、逃げるように素早く元の位置に戻っていった。
この行動の意味を瞬時に判断し損ね、再度オーバの顔を窺おうと視線を戻せば……

可哀想な位、顔を真っ赤に染めたオーバが上擦った声で奇妙にまごついた口許で、視線を一度あさっての方に背けて。それでもぎこちなくこちらに視線を戻しながらはにかんで
「これくらいは、出来るくらいにあの、お前が、うん、す、きだぜ?」
なんてほざいた。おい、言えてんじゃんかお前、等と言う突っ込みは咄嗟に出ず、頭の芯から噴き出した様な感情の濁流にも抗えず唯オーバを逃がしたくないと言う一点にのみ体が動いた。
「って俺言ってんじゃん、うわ、恥ずかし、はっず!好きとかって…!?で、デンジ?い、いででででで!」
ぎりぎりぎり…と全力でオーバの手を握り返すデンジに、オーバは悲鳴をあげながら陸に上げられたコイキングの様に仰け反り手から逃れようとする。
「ちょ、痛い痛い、痛えって!手え潰れっから!!握手じゃない、これ絶対握手じゃないよデンジ君?!ちょっと力緩めようか?逃げないから、オーバ逃げないから!!」
「オーバ、俺は」
「いだいだいだ…?」
力を緩めつつも、火傷しそうな程熱いと感じる自分の指を絡めながらデンジが万感を込めてオーバに訴える。

「握手じゃ、さっきのキスじゃ足りないんだ」
「っ―」

「キスどころじゃないことが…したい」
「デン、」
「お前にも触られたい、キスされたい、抱き締められたい、もっと……俺もしたい」
もっと、もっとと一言ごと高まって沸き起こる感情にオーバが大慌てでストップを掛けた。急激な変化に頭の先から変な汗が噴き出してきて、オーバの思考はデンジの想いに追いつかない。もう許容量の限界だった。
「ストップ!あの、ゆ、ゆっくりな!あんま急展開で来られると俺着いていけねーからな?!」
「…ああ、頑張る」
頑張るって…不安しか湧かないわその発言、と若干引き気味の言い方をするオーバの手を握り締めた儘額を胸元に押し付けると真っ赤な顔の通りオーバの鼓動はヒートアップしていて、口から飛び出しそうな程の早鐘を打ち鳴らしていた。正に自分と同じ状態だった。
それが何故か可笑しくて嬉しくて、含み笑いを零した俺に気付かずにオーバは感慨深げに言葉を漏らした。
「なんか、すっげー記念日になったな今日」
記念日と称された今し方起こった出来事を胸の中で反芻すれば先程の絶望は沸かず、じわりじわりと甘く温かな高揚感が体中に満ちていく。

「ああ、最高の誕生日だ」
潤む視界の中初めて素晴らしいと感じた誕生日は、世界は煌いて見えた。





誕生日の贈り物ならぬ押し付けもの。

14/10/22





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