夏の終わり(花茄子様1万HIT)


季節の折に触れて、と言う意識は当人にはないだろうけれど

僕の古い友人は必ずと言っていい程、季節の終わり、変わり目にエンジュにやってきては僕の家を訪れる。
今もそう、何時ものかっちりした藤色のスーツに白い外套を奇妙に生温い風に靡かせる、と言うほどでもない風にひらめかせながらその姿に不似合いな大玉のカイスの実を携えて、嬉しそうな顔をして僕に声をかけるのだ。マツバ、きたぞ!―なんてね


・夏の終わり


冷やしておいたカイスの実に齧りつき、種を庭にぷっぷと飛ばしながら縁側に腰を下ろしているミナキ君は、感慨深げにもう夏も終わりだな。なんて声の割には呑気に言い放った。
「そうだね、夏も終わる」
カイスの実は鮮やかな色も味もすこしぼやけ、水っぽかった。ああ、確かに夏は終わる。

何度この光景を見て繰り返してきただろう。
隣に腰を下ろす彼を横目で見遣り、気付かれない程度の溜息を喉奥で潜めカイスを口に運ぶ。

「今年の夏もスイクンには出会えなかったな」
「そう、」
「マツバは?ホウオウには出会えたか?」
「いや、駄目だったよ」
「…そうか、お互い残念だったな」
「別に収穫が無かった訳じゃないよ、天啓も得たし」
てんけい?と聞いた事のない単語に首を傾げるミナキ君にまぁ、お告げ?と簡単に説明しながら麦茶のグラスに口をつけた。

そうだ、天啓だよミナキ君。全てを神のお告げや第六感で片付ける、なんてナンセンスな事はしないけれど君との出会いは天啓ですら読めない、正に奇跡だったよ。
何時もそうだ、君は僕の眼の先を見て、僕の世界の先を知っては真っ先に鉄砲玉みたいに走り抜けていく。その姿に呆れると共に僅かながら憧れていた…なんて言うのちょっと恥ずかしいから言わないけれど。
そんな自由奔放で、一途で生真面目で明るいミナキ君、

君は気付いちゃないんだろう?

僕のこの胸に蟠る感情を、どす黒くなってしまった積もりに積もったある心を

「天啓か、便利だな!」
「便利なものか、時も場所も選んでくれないしタダじゃないんだよ?」
「か、金でも取られるのか?神様に」
「お金って…ミナキ君って意外と庶民的な考え方するよね、お坊ちゃんなのに」
「お、お坊ちゃん言うな恥ずかしい!でも金じゃなかったら何を取られるんだ?まさか…お前の寿命っ」
「単に負荷がかかるだけだから、ミナキ君妄想しすぎ」
負荷?よく解らないがよかった〜と胸を撫で下ろしたミナキ君は麦茶を呷りぷはー!と大袈裟な程に息を吐く。

「だってなんでもお告げで解ってもその度に命取られたら意味がないもんな!解らない事は自分で調べないとだな!」
「まあ、自分の都合のいい事なんて殆んど解らないんだけどね、僕の眼と同じさ。特にお告げなんてのは受信するだけだからね」
「随分意地悪なお告げだな、何の為に教えてくるんだ」
「さあね、よく解らないな、まあミナキ君の行方と同じだと思えば苦も無いし」
「私はスイクンの行く道を追ってるから!私の行方なんて解りやすいだろ!?」
それ本気で言ってるの?と笑って聞けば、お前の笑顔が怖い、絶対笑って言うつもり無いくせに顔だけ笑ってるだろお前!とミナキ君は腕を盾にして何かから身を護ろうとしているけれどそんなぺらっぺらの壁、僕に通じると思ってるの?
でそれともその役に立たない壁だけでも平気だと君は僕に気を許してくれているの?
なんて、ああ、なんて

なんて大それた自意識過剰!

と言った僕の心の中の過剰な卑屈にも嘆きにも気付かずに、ミナキ君は縁側でだら〜っと足を伸ばしながら
「今年も彼女も出来ずに夏が終わるな!」
とありえない事を言い始めた。え?
「え、ミナキ君彼女が欲しいなんて物欲あったの?てっきりスイクンさえいれば何もいらないと」
「マツバ!正解を言うな、確かにスイクンがいれば何もいらないかも知れないけれど私はお前の事を考えて―」
「ごめん、僕も同じ様なものだからそんな空気読んだ会話してくれなくていいよ?」
「え…やっぱり?どうするんだ、お互いこのままじゃポケモンに生涯を捧げてしまうぞ!!」
「嬉しそうに言わないの、全く昔から君は変わらないね」
「お前もだぞマツバ!やっぱりお前程打ち解けあえる友達はいないな!」
うん、そうだ。…僕たちは友達だ、

ミナキの毒も曇りも無い言葉に胸を抉られた気分になりながらもマツバは何時も通り素っ気無い反応を返す。
「そう持ち上げても何もでないよ」
「私は何かを施してもらおう何て考えた事は一度もないぞ!」
「うん、知ってる。ミナキ君らしいよ」
そう告げると何が嬉しかったのかミナキ君は照れたように頬を染め、えへ、と日頃ではあまり見せなくなった幼い笑みを零した。
どうしたの?お腹でも痛くした?と言えばお前水を注すな!と軽く叱られる。

「…私って昔からこうだろ?マイペースと言うか、向こう見ずと言うか一つの事に集中してしまうと周りが見えないと言うか」
「うん、猪突猛進のマイペースの鉄砲玉でノイズキャンセラーと遮眼完備だったのはとっくの前から知って」
「其処まで言うな!俺だって傷付くぞ!」
自分で言わなきゃいいじゃない、と素に戻ったミナキ君に言えばだから日頃の問答をするんじゃなく!と僕の会話スタイルを根本的に否定した。君こそ酷い、
「だから…あまり人と上手く行かない事が結構あってだな、その…」
もじもじ、そわそわと忙しない動作になってきたミナキに、マツバは何時もの調子でトイレ?と聞こうとして―頑張って飲み込んだ。
「なにさ、急にもじもじ、もごもごと」
「マツバ!」
「っわ、吃驚した。なにミナキく―」
「お、お前が凄く大事な、本当に親友だって言える位俺はお前がその…あの、だ…大好きなんだ、ぜ!って今……言いたかったんだ。でも口にしたら何か凄く恥ずかしいな……」
大声で叫んだ後、俄かに赤く染まった顔を擦りながらなんだかんだと言い訳をするミナキに、マツバは暫く驚いた顔をしていたが一瞬微笑んだかと思うと目を閉じ、一言一言を噛む様にじっくりと言葉を口にした。そうまるで、己に言い聞かせるように。

「……有り難う、僕も君の事が大事だ」
だって、僕の親友だもの
「ま、マツバお前…」
「さて…と、夕飯の買い物行かなきゃ。着いて来るでしょ?」
「行く!」
じゃあお皿とグラス片してきて、とお盆を押し付ければ、おう!と元気な返事でポケモンと一緒にミナキ君は台所へ向かった。気恥ずかしさから逃げたいのもあるだろう、日頃よりも足運びはかなり速い。
その後姿を眺めながら、マツバの心はあっと言う間に益々暗く沈んでいった。

身勝手な絶望を味わい、辛酸を嘗めながらそれでも心を落ち着けようと深く息を吸い、心の澱を振り出す様に溜息に似たものを吐く。

ごめんね、ミナキ君。僕、もうホウオウに生涯を捧げられなくなったんだ、僕に物欲が存在してしまった。
それは直ぐ傍にある、手を伸ばせは届く、でも、それは僕の欲した形で手に入る事は永遠にない。
屹度君は一生解らない、君には解らせない。

だってミナキ君、僕が欲しいものは…

それは君なんだ、と声に出して言えたなら。どれだけこの胸は軽くなるだろうか
でもそんな言葉は胸につかえて全く出て行く気配も無い。
どれだけこの状態が続いているだろう、自覚した日はとても暑い日だった気もするし木枯らし吹く日だったかもしれないし炬燵に二人でくるまっているなんて事無い日だったかもしれないし、春めく花吹雪の中でのことだったかもしれない。
全てが本当で、全て外れかもしれない。何度も自覚してして、その積み重ねで刷り込みされてしまったのかもしれない。それを思い出す事が出来ない程、この感情は僕の根底に深く根付いてしまっているようだ。

ふいに蝉の音も絶え、風も止まり木々の戦ぎも果てた今、この心も恋情も熱も、全て消えて、絶えて果ててしまえばいい、そう思うようになった十度目の夏はまた何事もなく終わっていくのだ。




花茄子様のリクエストで10代の頃からミナキ君に片想いしているマツバと、マツバを親友として大切に思ってるミナキでした。お待たせいたしました!
………出来てるのか?ミナキ君はマツバを大事にしているのか?
花茄子様、コレジャナイございましたらどうぞ、遠慮なく申し出下さいまし!



14/10/1





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