詰まる所


一目惚れ、とかいう小説に出てくる都市伝説のようなそれは、早々起こるものではないと、私は長年の経験から知り得ていた。
どちらかというと恋愛に関して、それほど苦労したことのない身だ。相手など文字通り腐るほど居たし、飽きたら別の女性に切り替え、時には好みでないタイプの女性にも手を出した。一般的に見て嫌悪されがちな事をしている自覚はあったが、そういう男だと知った上でそれでも良い、とこの手を握った女性も女性ではないか。

とどのつまり、私の経験した恋愛は一時的な仮初めのものばかりだった。それをお互いが了承した形で成立しているのだから、他人に横槍を入れられるのは勘弁して欲しいというものだ。それを誰が咎められよう。二人の間に利益が生じているのだから、何も悪いことではないはずだ。

私は性欲の捌け口を、女性は一時の夢を。

そう並べて見せつければ、私に食ってかかる者は大体退けられた。それは女性と以前交際していた男であったり、私に心を寄せる他の女性であったりと様々だが、相手を諭すのには慣れたものだ。ギャンブラーは話術が巧みでなければやっていけない。身に付いた技術はこういった点にも活用出来た。しかしどうだ。最近の私はというと、そういう悪行めいた恋愛に一切興味を失ってしまっていた。
これはおかしい、と行きつけのカジノやバーで、こちらへ色目を使って寄越す女性を片っ端から相手してみたが、触れるどころか会話することさえも気分を害してしまう。飽くまで飲み明かした翌日の、胃の中の物を全て吐き散らかしたくなるような、そんな嫌悪感さえ浮かぶのだ。

何故だか、理由を私は知っている。

常の私なら考えられないような真相だが、自覚してしまったのなら仕方がない。
蓋をしたくても溢れ出る想いは塞き止められることなく表へ表へ流れていくのだから、白旗を振ってそれに身を任せるしか無いじゃないか。
そう、私は己の欲に忠実なのだ。


カジノの一角に備え付けられたバーは薄暗い場所にあるのだが、淡いランプを灯してあり落ち着いた雰囲気で、案外気に入っている場所でもある。馴染みのバーテンダーは、私の顔を見ただけで決まったカクテルを出すほどで、常連振りが窺えるだろう。客の入りは上々で、そこかしこに人が群をなしゲームに興じている。その様を眺めるのは意外と悪くない。一喜一憂する人間を観察するのも、ギャンブラーとして成功するためには必要であるからだ。
「ゲームに参加されないのですか」
「あぁ……、気分が乗らなくてね」

こちらを気遣うように問いかけたバーテンダーに、視線はやらず声だけで返答する。
確かにここの所気分が乗らないとの建前を並べては、皆からの誘いを断り続けていた。しかしカジノには赴くわけだから、どうしたものか、と皆同じような表情をして見せる。
取っ替え引っ替えだった恋愛もぱたりと止めたものだから、ついに本命が出来たのか、とさえ噂されるほどであった。それほどまでにこの辺りでは有名になったということか。
しかし随分と核心を突いた噂に、返答する身としては頭を捻らせなければならず、曖昧に濁すのには飽き飽きしていた。
自分でも信じられないような感情が渦巻いて、悩み、不安になってはずきりと胸を痛めるなど、一週間前の私とは正反対ではないか。そんな経験したことのない想いに苛まれているというのに、興味本位で絡まれても鬱陶しいだけ、と最近では極力人と接することを止めていた。

私がカジノへ通う理由なんて、そんなもの単純明快だ。けれど誰にも話せない。

何故って、それは。

何度目かの嘆息を空気に溶かし、僅かに伏せていた視線を何気なくカジノの扉へ向ける。その行為は、ある種運命という名の歯車であったのかもしれない。

「……見つけた」

唐突に席を立った様子に、バーテンダーはびくりと肩を震わせこちらを見やる。しかし俺にはその無言の問いかけに答える時間も余裕も、持ち合わせてはいなかった。飲みかけのカクテルをそのままに、視線の先へ真っ直ぐ歩く。
バーテンダーには悪いが、お代は次の機会に支払うことにしよう。空気を察してか呼び止めなかった彼には、後日改めて礼を言わねばならないと思った。

混んだ店内は目的の場所へ辿り着くのも一苦労で、何人かの客にぶつかってしまったが、致し方無いと振り返るのは諦めた。今見失ってしまったら、二度と会えないかもしれないと、そう思ったから。

カジノの入り口できょろきょろと辺りを見回す、目的の人物。
誰かを捜しているのだろうか。カジノに一人でやってくるには、あまりにもそぐわない格好をしているから、もしかしなくても連れがいるように思えた。
きらびやかな服装に身を包む老若男女に紛れ、居心地が悪そうに身を縮めるその姿は、こういった場所に慣れていないように見える。それが一層、私の胸の鼓動を高鳴らせたような気がした。

ぐ、と手を伸ばす。僅かに震えた指先は、早く触れたいという焦燥感からか。それとも全身を駆け巡る歓喜のせいか。
ごくりと唾を飲み込み、自分のそれよりも幾分高い位置にある肩を掴んだ瞬間、ぞくりと何かが背筋を走った。
やっと、この手に、君が。

「ずっと待っていたんだよ!」

会いたかった、と口角を上げると、背後からの声かけに反応したらしい彼はゆっくりとこちらを振り返り、

「…………」

思い切り眉をしかめて見せた。

私の捜し求めていた相手は、身体つきのしっかりとした風貌と刈り上げられた髪、そして男らしい眉を持つ、男。
見れば見るほど、その容姿は私の興味を掻き立てた。

「俺は、あんたを知らない」
「まぁそうだろうね。私も君のことは知らないから」
「はぁ……?じゃあ一体何なんだ、俺をカモにでもする気か」
「カモ?はははっ、そんな事はしないよ。これでもギャンブラーの肩書きを背負っている身だ、フェアじゃない相手にけしかけるなんて真似はしないよ」
「そうか」

怪訝そうな表情で私を見やり、その意図を必死に汲もうと頭を巡らせる姿はなかなかそそる物がある。きっと真意を計ろうと躍起になっているのだろうが、私の言葉に裏など無かった。
職業をギャンブラーとするのは些かニュアンスがずれているとも思うが、彼のことを何一つ知らないというのも全て事実。名前はおろか顔を見たのだって今日で二回目だ。
しかも一方的にこちらが記憶していただけだから、彼が疑うのも納得できる。所謂初対面という状況なのだから。
このまま話を進めるのも、彼の困惑を深めるだけだろう。そう思い立ち、口元に手を当て記憶の糸を手繰り寄せようと必死な彼の腕を、そっと掴んだ。
想像以上に引き締まったそれに触れ、温かく引き締まった筋肉をなぞるようにすれば、下卑た笑みが自然と零れ落ちそうになる。それが表に出てしまわないようにとお得意のポーカーフェイスで抑えつつ、きょとんと瞬きをした彼を見上げた。

「君を、捜していたんだ」
「俺を……?」
「あぁ。一週間程前に、一度このカジノへ来ていただろう」
「そう、だが」
「その時に君を見かけたんだ。そして、恋に落ちた」
「はぁ。……え、」

ぎし、と軋むような音を立てて彼の身体が硬直したのが、掌を通して解った。緊張しているのだろうか、じわじわと上昇する体温と、それに反比例するように青ざめていく表情が面白い。今まで出会ってきた人間は、私からの求愛に頬を真っ赤に染め上げて嬉しがったというのに、彼はというとさっぱりな反応だ。
その新鮮さに口元が歪みそうになるのを必死で堪えれば、今にもその場を逃げ出さんとする彼の腕を握り直した。

「あの日の君は直ぐに店を出てしまったから、こうやって声を掛けることも出来なくてね。後悔したよ。だって君はあまりにも、あぁ嫌味ではないんだが、カジノという場に相応でない服装をしていたものだから、もう二度と現れないんじゃないかと思ったんだ」
自分でもよく回る舌だと思う饒舌さで、一週間分の想いをつらつらと述べる。こうやってお互いの顔を突き合わせて会話する瞬間まで、どうやって声を掛けようかと色々思案していた自分が恥ずかしい。いざその場面に立ってみれば、何て事はないじゃないか。

久しく淡い片想いをしたことがなく、一方的に愛されることに慣れてしまったからだろうか。そんな悩みを抱えるなんて思いもよらず、毎夜遠目に見た彼の姿を思い浮かべては自慰に耽っていたなんて、以前の私では考えられない事態だ。
まぁ、その事実はまだ隠しておこうとは思うのだが。

「とどのつまり私と付き合って欲しいのだけれど、今交際をしている方は居るのかい?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!全然話についていけないんだが!」

彼はぴくぴくと眉を痙攣させ、何を思ってかその短い髪を乱暴に掻き上げた。そうして私との距離が開くようにと、半歩後ずさる。
確かに話が急過ぎたのかもしれない。第一相手の名前すら知らない状況では、実る恋も成就しないだろう。
ふむ、と頷き、私は拘束の意味合いを込めていた腕から手を離した。

「そうだな、申し訳ない。私としたことが君の気持ちを考えずに想いをぶつけてしまっていた」
「いや、まぁ、そうだな」

私が身を引いたからか、彼は深く嘆息し掴まれていた箇所を擦る。そこまで力を籠めていたわけではないから、痕になってはいないだろう。
そもそも彼の腕は私のそれより一回りも太く、男らしい。私ほどの力量じゃどう足掻いても勝てそうになかった。

「つまり、もっとお互いのことを深く知りたい、ということだろう?それなら大歓迎だ。店内のバーで語り明かすも良し、ホテルへ行くも良し、何なら私の家へでも」
「誰がそんな事を言った!俺はお前なんて知りたくもないぞ!」
「それはつれないな……」
声を荒げる彼は頬を真っ赤に染めながら、眉を吊り上げてそう吐き捨てる。
きっと照れ隠しだろう。一息に告げた言葉に食って掛かった彼に対し、そう率直に思った。
私達の居る場所が入り口の傍であった事が幸いしてか辺りには人がおらず、喧嘩だと持て囃す暇人は一人もいない。
けれどこの様相だと直ぐにでも喧騒好きの人間が嗅ぎ付け、二人の逢い引きを邪魔されかねないだろう。
無理矢理にでも引き摺って、店外へ出てしまおうか。しかしこの体格差だ。骨が折れるだろうな。
そんな事を何処か上の空で考えていると、

「第一、俺がこの店に来たのは、ギーマっていうポケモントレーナーを捜す目的があるからであって……」
「ギーマ?」

思いもよらない名前に、私は目を丸くさせた。
それには聞き覚えがある。いや、身に覚えがある、と言った方が正しいか。

「それは、あくタイプを好むポケモントレーナーのことかな」
「おぅ。もしかしてお前の知り合いか?なら紹介してくれると助かるんだが」

このカジノに顔を出していると聞いて来たんだが、名前位しか知らなくてな。そう続けた彼に、私はどくりと高鳴る鼓動を抑えられずに居た。あぁ、何ということだ。

「まさか君からそんなことを言われるだなんて思いもよらなかった。私達は両想いだったんだね!」
「はぁ!?何の話だ、」

びりり、と髪の先まで通った幸福感に、私は薄ら涙さえ浮かべる。信じられない、彼は私を探しに来ていたのだ。これを運命ととらずに何と言えよう。
私は思いきり広げた両の腕でがしり、と彼に抱きついた。
鼻孔を擽る彼の香りは、太陽と風と、ポケモンの獣臭さが混じった柔らかなそれで、堪能するように頬摺りをすればひぃい!と強靱な体躯から引きつった声が上がった。

「おい、お前、」
「君が私を捜して居ただなんて……気付けずに申し訳ないことをしたね」
「……え、っと……もしかしてその、お前が、ギーマ、なのか?」
「勿論。正真正銘、あくタイプのポケモントレーナーであり、このカジノでギャンブラーをしているギーマとは、私の事だ」

想い合う相手同士じゃないか、今更とぼけるような素振りを見せるなんて、彼は恥ずかしがり屋なのかもしれない。そう考えると、会話の端々にあった棘のある言い回しにも納得できる。
好きな相手には素直になれないタイプという奴だろうか。見かけによらず、なかなか純情なようだ。
にこにこと微笑みながら心が通じ合った喜びに満たされていると、どうしてだか、彼は真っ青に顔色を変え額を掌で覆った。

「嘘だろ師匠……、こんなのを四天王に迎え入れたいだなんて……」
「どうしたんだい。あぁ、あまりの急展開に思考が追いついていないのか。恋愛に不慣れならば仕方がない、そういう事は徐々に身についていくものだから、安心して私に任せると良い」
「……こんな男を四天王に勧誘するなんて面倒くさいこと、引き受けるんじゃなかった……」

彼はぶつぶつと何かを呟きながら頬を強ばらせる。それをするりと撫でれば、まるで汚物でも見るかのような視線をこちらへ向ける様子が可愛らしい。
今直ぐにでも爪先を立たせて、その唇を奪うための距離を詰めたい所だが、如何せん場所が悪い。初めてのキスはムードを大切にしたいのだ。
私は存外ロマンチストなのかもしれない。

「まずはお互いの事をもっと知るべきだね。さぁ、此処は少々煩過ぎる。食事でも取りながらゆっくりと仲を深めようじゃないか……、えっと、」
「……レンブ、だ」
「レンブ。ふふ、良い名前だ」

何かを諦めたかのように吐き出された名前を、しっかりと心に留める。
行こうか、とカジノの外へ促すようにその背に触れれば、俺にさわるな!と相変わらず照れたような科白を投げて寄越した。


一目惚れ?あぁ、存外、そこら中に転がっているものだよ。









アマトキシンの梶様のフリリクで書いて頂いたギマレンです。許可を頂いたのでアップしました。本当に有難うございます、この場でもまたお礼言います本当、同士様少なくてっ…





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