うつせば治る(佳火様へ1万HIT)


「珍しいね、君が風邪を引くなんて」
そう声をかけながら冷えぴたを形のいい額に貼ってやると、想像以上の冷たさだったのかミナキ君は肩を竦め大袈裟に身震いした。

「何が悪かったんだ、風邪だなんて此処何年もひいた事無かったのに」
「あんなにどろどろのずぶ濡れになった人間が風邪を引かないほうが、僕は可笑しいと思うけれど?」
先日、ただいま〜と玄関を開けたミナキ君は、まぁ濡れ鼠と言うか妖怪濡れ女顔負けのどろどろのずぶずぶ。着の身着の儘風呂場に放り込んでやったけどもう手遅れだったらしく次の日の今日、今朝高い熱を上げ、全身と節々と、喉と頭の痛みを訴えてきた。どう見ても風邪だよね?誰に尋ねるでもなく自問自答し、僕は問答無用にミナキ君を医者に連れて行った。
結果は考えどおりの風邪、一週間は安静にしてて下さい。と医者に言われ点滴迄打ってもらってきたミナキ君はごにょごにょと言い訳めいた事を言っている。

「あれはスイクンがいたと思って飛び出したら足場が無くてだな…」
「いくら言い訳しても熱は下がらないからね、大人しく寝てなよミナキ君」
う…申し開きもゴザイマセン、と掛け布団の縁を掴み、すすす…と布団の中に潜っていくミナキに苦笑しながらマツバは仕方なさそうに笑い
「偶にはゆっくりしろって事なんだよ、ミナキ君。養生しようね」
と布団の中にあるであろうミナキの頭をぽんぽん、と軽く撫で叩いた。子供じゃないぞ、とそれでも減らず口を利いてくるミナキにマツバは更に子供をあやすようにぽん、ぽん、と背中を数回叩いてやると拗ねてしまったのか其の儘大福みたいに丸まって眠ってしまった。
おやおや、子供っぽいことしちゃって。自分のした事を棚に上げながら、マツバは
「後でお粥でも持ってくるからね」
とミナキに声を掛け部屋を後にした。大人しく眠ってくれるなら別に拗ねてくれようが何しようがどうでもいい。今回の事に懲りてもう少し自重してくれるといいけれど、まぁそれは期待するだけ野暮と言うものだ。
こうやって大人しくしている事自体が珍しい事で、しかも原因が風邪、益々以って珍しい。
空から槍でも降ってこなきゃいいけれど…等ど有り得ない事を考えながら、マツバは台所へと足を進めた。

*

そんな事を考えた日からあれよあれよと一週間も日が経っていた。その間ミナキの熱は上がったり下がったりの繰り返しでなかなか治ろうとしない。
随分とかかるものだ、何だかんだ言ってミナキ君も疲れが溜まっていたのかも知れないと、あくまでそんな事もあるものだと常識的に考えていたマツバだったがその考えに、奇妙な穴がある気もしていた。何か見落としていないか?頭の中でその考えが擡げているが、その何かが解らない。
そんなもやもやを抱えながらミナキの枕元で首を傾げていると、淡く熱の籠った寝息を立てていたミナキが不意に目を覚ました。

「ん…マツ、バ」
「起きた?じゃあ薬飲もうか。今用意するからね」
ん、ともうんともつかない返事をしてマツバの後姿を見ているミナキは
「早く…治したいな」
と熱に浮かされた声で呟いた。
「スイクンは逃げないよ、って言ってあげたいけど、スイクンもホウオウも移動するからね」
「……スイクンだけじゃなく、」

「折角、お前の所に来たのに…寝てばっかりじゃ、つまらん」
とやおら上体を起こしたミナキは粉薬を口に放り込みながら小声で、早口で捲くし立てるとその言葉を一緒に飲むこむ様に水を一気に流し込んだ。

「―ぅえ、まずい」
ポケモンの潰れた様な声を出しながら目尻に涙を浮かべる程の味であると顔中で訴えるミナキに
「良くなる為には欠かさず飲まなきゃね」
とあくまで正論の答えを返す。面白くないぞ…と恨みがましい声を上げるミナキの先程の言葉に僅か動揺しているマツバには、そんな面白みにかけた返事しか今は返せない。
「おまえものんでみろ…舌がしびれ、のろがやける」
遠慮しておくよ、と素っ気無く返しながら口直しにゼリーでも持ってきてあげるよとそそくさと部屋を後にし台所まで気持ち早足だったマツバは、台所に来て漸く詰めた息を吐く。
ずるい、駄目だよミナキ君。僕が意表突かれたら弱いって知ってるでしょ?とこの場に居ないミナキを窘める様な事を口走りながら朱の滲んでいく頬を、何事か漏らすか解らない口許を手で覆い一言だけマツバは漏らした。

「不意打ちなんて…ずるいじゃないか、ミナキ君」

*

「ミナキ君、ゼリー持ってきたよ」
やおら時間が経ってからマツバはミナキの部屋にゼリーを持って現れた。だが、ミナキからの返事は無い。
「寝てるの?」
そう声をかけながら机に盆を置き、ミナキの傍に膝行ればミナキは寝息を立てていた。薬が効いたのだろうなと常識的なことを考えマツバは何ぞ気なくミナキの顔に掛かっていた前髪を払う。何時もはしっかりと固めている髪が自然と下りているだけで随分と印象は幼くなる。まぁ、いくら髪形をきめてもミナキ君は顔幼いけどなと、余計な事を考えながら髪を払った指を流れのまま頬に滑らせた。
熱の籠る頬、発熱の所為で赤みを増す頬や目元には日頃見る事のない雰囲気があり、こんな状況なのに僅かに疚しい気持ちが湧いてくる。
いや、だってお預け長いし、そもそもミナキ君が根無し草だからまとまった時間と言うか定期的に逢えないのが悪い、帰ってきてもナニする訳じゃく旅立っていく事も多々ある。欲求不満とは言わないけれどそんな顔見た事だって数える程だし僕が節操無しだと言う事じゃない。寧ろ僕はよく耐えている…と、しなくてもいい言い訳をしているけれど僕だってまぁ、男で恋人のそんな顔見たらそんな気分になる訳で。
寝てるし、薬が効いているならちょっとやそっとじゃ起きないしいいよね?と誰に確認するでもなく、誰が居るでも無い室内を見回しながらゆっくりとマツバは上体を倒していき―触れる刹那、水面のような二つの水色と目が合って……

マツバは逆再生の映像の様に上体を起こし、何事もなかったかの様に机の方を向いて盆を手にとって枕元に設置した。

「ミナキ君、ゼリー持ってきたよ」
と先程の台詞を繰り返しながら甲斐甲斐しく動き始めた。勿論、ミナキと目は合わせない。
「…しないのか?」
「……起きてたんならそう言ってよ」
「しないのか?」
無い事にしようとしていた事をされそうになった本人に蒸し返され目を泳がせながらも
「………長引かせると困るでしょ?」
と何とも言えない言い訳をするが
「キスくらいしたって、長引かん…」
と此方の破廉恥を肯定しようとしてくる。止めてよ、病人にする事じゃないよと顔に出せば、中途半端が一番好かん、と眉間を顰める。
ああもう、知らないよと言葉を投げ捨てながらマツバは再度上体を倒しミナキはそっと目蓋を下ろした。この流れが一番恥ずかしいんだ、と頭の中でぼやきながらそれでもマツバはミナキの顔に自分のを寄せていく。

だが、また唇が触れるかどうかの間際。ちりり、と睫毛が焦げ付く様な些細な違和感を感じ取ったマツバは、先程までの柔らかく恥ずかし気な空気一変させその違和感の出所を探り始める。
そしてその出所を見つけると、その奥の奥、根源までを見透かすように目を見開いた。その時のマツバの目はまるで狩りをする獣の如くぎらつきそして…すぐさま日頃の穏やかさに戻ろうと目の力を抜き始めた。
これはまじない…寧ろ呪いか、よくもまぁご丁寧に解りづらくかけてくれたものだ。しかもミナキ君にかけるだなんて…忌々しい
「マツバ…どうした?怖い顔して」
宙を睨めつけていたマツバに、なかなかその時が訪れず訝しげに目を開けたミナキが問えばマツバは静かに
「ミナキ君、なんで治りにくいのか解ったよ」
と告げる。
「へぇ、そうか」
お医者さんが何か言ってたか?とぼんやり場違いに尋ねてくるミナキ君に、出来るだけ怖がらせないようにと淡々と告げる事にして、それでも言葉を選んでいく。
「単純に言うとね、半分は風邪で半分はまじない」
まじない?と聞き返されてまぁ、呪いみたいなもの?とあっさり告げた後、ヤバイ。と思ったときには既に遅く、ミナキ君の顔が若干どころか凄く白くなった。
「……私、呪いで死ぬのか?」
「んー、それ程強い干渉力はないよ。寧ろ僕にかけようとしたんだけど失敗して君にかけたんじゃない?」
失敗って…とミナキ君は言葉を失ってるがそう言うもんだ。どの世界にだってへっぽこはいる。実際僕にかかったとしても表面つるーん、のすってーんで熨斗つけて相手に倍返しだ!でオートリリースだろう。
「それ…どうにかならないのか?」
だよね?其処聞くよね?と聞くとそりゃ聞くに決まってる、と普段なら怒りながら言うところを流石に起こる体力もないのか脱力気味にミナキは尋ねてきた。もう遠慮したり遠回しに言っても仕方ないし、言ってしまおうか。と半ば開き直り気味に
「治すのは簡単だけどね、ミナキ君」

暫く視えるよ?

と一番大事なことを一番簡単に告げた。

「み…みえるってなんだ?」
「僕の能力を少し君に別けてあげるんだ、そしたら僕の力が壁になってこのまじないは解ける。でもね、それって一時的に君の体質が僕みたいになるって事なんだ」
「つ、つまり?」
「つまり伝染っちゃうんだ、僕の力」
でも暫くしたら無くなるから。とマツバの後付けの助け舟も聞こえているのやら、ミナキの目はあっちに行ったりこっちに行ったりと忙しない。が、少し時間が経った頃からか、
「……風邪、みたいなものか」
といきなり呟き始めた。
「は?」
「お前の力が伝染するのは風邪みたいなのと同じなんだろ?」
「まあ、人為的に伝染すけどそんな感じかな?大丈夫、壁もつけとくから怖い事は何も…」
「それが治る迄の間、お前が傍にいてくれるんだろ?」
なら大丈夫、早く伝染せ。

とミナキに告げられまたマツバは固まった。ミナキ君ねえ、大丈夫?っていうか言ったよね?僕は不意打ちに弱い男マツバだって。
なのに、なんでそんな可愛い事いきなりしちゃうの?僕の理性舐めてんの?なんで根元から揺さぶってくれるの?熱の所為で済ませられないじゃないの!

等と胸中と脳内を嵐にしながらも、口から深く深く溜息を吐いてマツバは
「…珍しく、甘えん坊さんだね」
と最大限押さえた言葉でミナキに語りかけた。
熱があって心細いんだ。言わせるなよ馬鹿、と力無く袖を掴んでくるミナキの手を柔く解しながら、じゃあ遠慮は要らないねとマツバは先程の続きと言わんばかりに、見上げてくるミナキの額に唐突に唇を寄せた。

音を立てて額に口付けを落とせば、一瞬擽ったさに肩を竦め首に力を込めたが直ぐに脱力しされるが儘にそれを受けいれる。
目蓋に一つ、二つと落としていくと焦れったさに焦がれた様にミナキがマツバの肩口を捕まえるが、期待していた接触はマツバの「はいお終い」の声で呆気なく打ち切られた。
「なんだ、もう終わりか」
もっと、とねだる仕種をしてくるミナキに 風邪が治ったらねと軽く音を立てて再度額に触れたマツバは最早憂い無いと言わんばかりに笑みを深くしてまた、ミナキの額に掛かる前髪を柔らかく払いながら
「早く治そうねミナキ君」
そうしたら、
「今度はお互い同棲ごっこが出来るね、ミナキ君」
と心底嬉しそうに囁いた。





佳火様のリクエストで病に伏せるミナキとそれを看病するマツバでした。お待たせいたしました!
病の理由はなんでもよいとの事でしたので、病気+αのちゃんぽんにさせていただきました。
大変お時間おかけして申し訳ありませんでした、また、以前差し上げたリクエストの続きの様なものになってしまい失礼致しました。コレジャナイ、こざいましたらどうぞご遠慮なく申し上げてくださいまし。


14/9/27





back



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -