鮮やかな心、滲み染まり咲き誇るはその胸に(ミスミソウ様へ1万HIT)


一枚目

ヒウンシティのアーティのアトリエには様々な絵が飾られている。彫刻も写真も、他の創作物もあるのだが限りなく幅を利かせているのは絵だった。飾られる、と言うよりは無造作に立てかけられ重なり気味のものも沢山ある。
好事家からしてみればなんと勿体無い!と悲鳴を上げるような扱いをしている作品もあるだろうが、アーティは別に愛情や思い入れがない訳じゃない、と言う。
「置く場所が無くなっちゃうんですよ。仕方なく重ねてみたり、シッポウシティに置いて来たりするんですけど、それでもどんどん増えちゃうし〜う〜ん」
安易に売れ、とは言えないので黙って聞いているとあーでもないこーでもないと言いながらもアーティの手は止まらない。今日も溢れ零れ、堰き止められないイマジネーションを吐き出さんが為にアーティは筆―基い木炭片手にカンバス、クロッキー帳、落書き帳に模造紙、メモ帳に壁、床、はたまた広告裏に至る迄どんどん、どんどん描き続ける。
まるで枯れる事の無い井戸のような想像力と発想力に舌を巻く事も多々あるが、この井戸は厄介なものでもある。
この現象が始まってしまうと、彼はまともな生活が送れなくなるのだ。仕事は手につかず、また食べる事も寝る事も放り出して吐き出してしまわなければ、彼は変調を来たしてしまう。まるで発作や病気だと自分で言っていたが、確かにその場に居合わせ見てしまえばその気のものと感じてしまうし考えてしまう程彼のこの行動は常識を逸している風に捉えられる。

まるきり病気の様に絵を描き続ける彼だが、困ったような顔をする事はあっても嫌な顔はした事が無かった。
大変だけれど、好きだから嫌な事ではないのだと、折角会いに来てくれたのに碌な持て成しもせずにすまないと、申し訳なさそうに私に対して口にした時も困ったように笑うだけだった。そうだ、彼は自分も発作も好意の対象に起こりうる現象として捉えているから苦しくないのだ。

つまり、何が言いたいのかと言うと、彼の衝動が想像力の塊が病のようだと例えたが、数週間前に起こった私としては大事件であった事から考えても彼の精神は矢張り病を抱えているのではないのかと深く考え、悩んだ。

風か劣化の所為か、兎に角何故か私のアイマスクが外れ顔の傷痕が露になった。慌てて顔を隠そうとした私の素顔を見たときにアーティは嫌な顔一つせず、逆に顔を綻ばせた。
私の素顔を見て、顔を歪めない等とは断じて有り得ないと言うのに!

「ハチクさん、すいませんねん。もうちょっとで終わるんで座っててもらえませんか〜?」
そう言って真っ黒になった手を動かしながらアーティは一瞬だけ私の顔を見ると、とろん、と蕩けた様な笑顔を見せた。この顔だ、ふとした弾みに外れたアイマスクの下を見た時のアーティの顔はまるでこんな表情を作っていたのだ、なんて有り得ない、有り得てはいけない事だ。
「アーティ、一つ所か山の様に訪ねたい事はあるが先ず幾つか聞きたい事がある」
「はいはい、ボクで答えられる事ならどーぞどーぞ〜ん」
全く軽い反応、何度考えても彼の思考回路を理解出来ない。ちらりとこちらを見ながらアーティの手元は加速していく、私の話を聞く為に彼は無意識にも手を速めているらしい。その動きの原動力となる感情とその名を知っている身としてはその心遣いが嬉しくもあり恥ずかしくもありまた…それが不可解でもある。
「アーティ、この国は自由でありそれ故愛も恋も何もかもが形も思想もが自由だ」
「?」
「だから私は君の恋愛観念も思想も責めないし、受け容れよう」
「??どうしたんですかいきなりですね、」
哲学タイムですか?ボク今度はちゃんとついていきます。と的外れな返答をするアーティには構わず、話の腰を折らせずに続ける。

「ならばこそ、私は君に尋ねたい」
何故君は、
「何故私にその様な言葉を投げかけるのだ?」
何故その様な顔を、私に向けるのだ?

「え?だってボクはハチクさんが好きだから」
まるきり根源的且つ普遍的な台詞で私の問いに言葉を返してくるアーティに、
「私は中年の男で見目も麗しいとは到底言えない。寧ろ醜い部類に入る男だ、それなのに何故」
と疑問を重ねるとアーティはとても不思議そうな顔をしながら
「何故?ハチクさんは変わった事を気にするんですねん」
なんて事を言う。変わってない、寧ろごく一般的な事を述べ少し世間からずれてしまっている君の意思と勘違いを正そうと努めているに過ぎない。

「君はお世辞を言わなくても容姿も優れ、才能に溢れ地位も会得している未来ある人物だ。そのような君が、私のように一度人生を閉じてしまった人間をしたい思う必要は何処にも無いと―」
「駄目ですよ、ハチクさん」
何時もゆったりと言葉を紡ぐ彼の口から矢の様に鋭く素早く、悲鳴めいた声が飛び出し、場の空気を引き裂いた。
その矢は落ちもせず何処かへ余韻を運ぶと言う事もなく唯、静謐な空気を場に齎した。
僅かな沈黙の後アーティの口から漏れた声は、泣きそうなふうに湿っていた。

「その先は言っちゃ駄目ですよん?口にされたら、ボク屹度泣いてしまう」

怒るのではなく、泣く?なのか?
「泣くのか?怒る、ではなく?」
「貴方の言葉に対して怒る前に、ボクは感情が振り切って泣いちゃいますよ?ボク、怒るの得意じゃないんです、それよりも混乱して泣いちゃうんです。悲しくて泣いちゃうんです」
悲しい?何に対してだ?アーティ、何を
「ハチクさん、貴方に未来はないと自分で思ってるんですか?」
カンバスから目を離さず、声だけを此方に寄越してくるアーティの顔は窺えないがすっ、と胸に差し込まれた言葉に僅かに息を呑みつつそれを悟らせまいと声を落とし答える。それが元役者の意地なのか年長者としての矜持なのか、どちらかのかは解らない。

「…役者としての未来を失った時から、未来があるとは思っていない」
「貴方は生きてるのに?」
「唯生きているだけだ、唯老い、唯死んでいく。アデクさんに諭されなければずっとそう思い続け考え続けていただろう。この第二の人生は奇跡の人生だ、だだ、一度擡げた考えをあっさり翻せる程私の頭は柔軟でも軽くも無い」
結局、掬い上げられ新たな道を示されたにも関わらず、まだ私は立ち止まった儘なのだ。あの時から世界は動きだしたにも関わらず心はあの暗闇の最中を彷徨っている。私は…自分で出る事を諦めている。それ程だ、それ程私は…この傷を受け容れていないのかもしれない。
そんな男を慕ってはいけない、アーティ。君は最良の選択をするべきだ、その道が光に満ち明るく照らされるよう私は望んで止まない。だから、
「私への想いは勘違いではないのか?」
そう考え直すんだ、アーティ。その方が、君の為だ。だから、だからっ

努めて冷静に、整然と言い放った言葉を聞きながらもアーティは手を止めずそれでも何か考えているのか、場には木炭のカンバスを擦る音だけが響いている。
そしてやおら、間が空いたなとハチクが思った頃ふいにアーティが声を上げた。

「ハチクさん、ボクだって歳を取ります」
………?
「確かに、そうだな」あまりにもアーティが当たり前の事を口にした為、ハチクはそのまま肯定するしか出来ずアーティの言葉を無防備に聞き続けた。
「ボクだっておっさんになるし、おじいさんになる。貴方を追いかける様にボクは老いさばらえ、衰えていく」
「でもそれは当然の事ですし、悪い事ではありません。確かに老いとは不可抗力であり、衰えでありそれは欠点の一つと数えられるかもしれない」

それでもね、ハチクさん

「ボクの心の中の色彩は、朽ちも果ても掠れくすむ事もありません」
それどころかボクの世界は

「年を追う毎に鮮やかさを増していく」

年を重ねれば重ねる程、この心に咲く色は世界は景色は大きく鮮やかに、溢れていく。
「ボクは老いを恐れていません、そりゃ体力はなくなるだろうし記憶も曖昧になってしまうかもしれないし、もしかしたら病気になってるかもしれないん?かもとかちょっとだけ考えますよ。それでもそれでもっ」
それらの事象全ては、
「ボクには貴方と共に生きていく豊かな色合いの風景の一つにしか見えません」
「っ」
ハチクが息を呑むのと、アーティが手を止めるのはほぼ同時で。ハチクは無防備に構えていた所為か先程の冷静な仮面を被る前に、アーティの視線を受けてしまい驚きに満ちた顔を取り繕う余裕がない。
そんなハチクの内包する感情に気付いているのかいないのか、アーティは悲しみと喜びの入り混じった様な目と何とも言えない微笑みを湛えながら言葉を紡ぎ続ける。

「ボク楽しみです、貴方と共に老いていくその先を。その先の景色を貴方と眺めていける未来をボクは目蓋の裏に描いています。だから悲しい事言わないで下さい、ハチクさん」
「そんなの…絵空事だよ、アーティ」
現実はそんなに美しくない、まるで夢だ。まるで泥沼のような先行きの見えない深く暗い道が人生なのだ、そう言い放ったのにこの青年は小首を傾げた程度で全く動じず
「その泥濘の色ですらボクの繰り出す色彩の一つですよ?」
と言ってのけたのだ。頼もしいやら何も解っていないのか、ああ末恐ろしいやらなにやらと、私の感情すら綯い交ぜになってきた。アーティといると、私は自分の感情を整然と制御する事が出来なくなってしまう。俯きながら目元を覆う様に顔を隠すとそれを泣くのを堪えていると思ったのか、泣かないで。と柔らかな声が直ぐ目の前からした。
「そう全てを悲観しないで下さい。ボク、貴方を嫌いになる事絶対ないんで」
ね?と肩に触れようとした手が何かに気付き躊躇い、空中をふわふわ漂っている。手の隙間から見遣るとその手は木炭で真っ黒に汚れておりきょろきょろと辺りを見回している…恐らく手を拭くものを探しているのだろうが見つけられないらしい。その後に何か擦る音がし、好い加減気が落ち着いてきたので手を目元から外すと、先程より綺麗になった腕が此方に伸びてきている所だった。
床に落としたままの視線に、細長い脚が映り、その太腿が黒く汚れているのも見える。…自分の服で拭くな、子供か君は。
恐る恐る、拙い風に触れようと腕を、指を伸ばしてくる様もその考えに拍車をかけ目の前の青年が思ったよりも子供なのかもしれないと変な納得を抱いてしまう。それか人との接触が不得手なのかもしれない、彼はその職と地位にありながら奇妙に人と触れ合わないようにしているきらいもあった。そんな彼が、全てを諦め人を突き放した人間に好意を抱き、腕を伸ばしてくる…何だか滑稽だ。
自嘲する様な笑みを口許に乗せ、おっかなびっくりと肩に頬に触れた指を感じ顔を上げればまた蕩けるような笑みが零れ、綺羅星のように輝く眼差しが私をその淡いグリーンの瞳に映している。

「ハチクさん、大丈夫。どんなに頑な種でも何時か芽は出るしその芽は何時か花を咲かせ実を結びます。その実はまた新しい芽になり花を咲かせます。貴方は屹度二回目なんですよん」
「二度目…」
「一度終わったんなら、また描きましょう?貴方の人生を、一人で描けないところは二人で、皆で描いていけばいいんです」
「……」
「貴方の人生です、でも一人っきりで世界を彩る必要はないんですよ?ハチクさん」
足りない色は、皆から別けてもらえばいいんです。全部自分で揃える必要なんかないんです、絵筆が見つからないなら僕が貴方を色付け、貴方の途を彩ります。
ペンがないならボクがペンを持って貴方の行く先をしるし、鉛筆がなくても消しゴムがなくてもボクが皆がそれぞれ手を伸べて貴方と共に描きます。
だからハチクさん

「少しだけ、ボクを信じて下さい。貴方の色彩を貴方の人生の彩を屹度貴方が驚く程に描いて見せるから、」
貴方を

「ボクに描かせて下さい」

この胸に込み上げる感情を、私はなんと呼んでいただろう。アーティ、君のその言葉に籠る熱意と優しさを、私はなんと例えればいい?この頬を優しく撫で落ちていく掌の愛おしさを、私はどう言葉にすればいい?
君のその真摯な想いに、私はなんと答えればいい?アーティ、これはなんて色なんだ?君は知っているのか?

もし、君が知っていると言うのなら、私に教えてくれないか?私のしるべに…なってくれないか?こう伝えても迷惑ではないだろうか、どうなんだ?
「………」
私が言葉を探している内にアーティはその沈黙を否定と拒絶と取ったのか、悲しくて堪らない、淋しいといった風に顔を一瞬歪めたが直ぐ様困ったように笑い
「偉そうな事言っちゃいましたね、恥ずかしいなあ」
と触れていた手を滑り落としていく。まだだ、アーティ。違う、君を拒絶してはいない。待ってくれ
「アーティ、」
まだ、君に伝えていない―

滑り落ちた手を、自分の節榑立った手が受け止め彼の想いを繋ぎ止める。ああ、良かった、間に合った、アーティ、アーティ!
「はい?」
「まだ、離れるには早い…だろう?」
そうだ、そうだなアーティ。独りじゃない、私は独りじゃなかった
「ハチクさん?」
「君がどの様な世界を描き彩るのか、興味が湧いた」
「っへ?」
「君が唱える絵空事で、私がどの様に描かれていくのか見てみたい」
名を思い出せぬ情動を、色の無い世界を失った人生をまた描き進めると言う。随分前に示されていた道を、進んでいたつもりで唯うろついていただけだった今生を、君が進めると教えてくれている。手を伸べてくれている、
その手を、私は取った。やっと、私は顔を上げて進んでいける。
「っじゃ、じゃあボク頑張らなきゃ!もっと上手くならなきゃ、貴方を描くのはとても骨が折れますもん」
「君ですら時間がかかると言うのか?」
「そりゃもう、すっごく掛かっちゃいますよ!だから…その、えーっと」
もじもじ、と今更の様に恥じらい言葉を選んでいる彼に、私の口は自然と開き言葉を零していた。先程とは打って変わって、私の心は晴れやかで軽やかだ。

「そうか…ならば、今暫く、君の傍に居てもいいだろうか?」

この言葉に潤む眼差しで歓喜に打ち震える君の隣にいる事も、弾けた様に飛び出す答えもそれに対して綻ぶ私の顔も何もかも。

私を彩る世界を、見せてくれると描いてくれると言うのなら

その色を纏って生きていくのも悪くない話だ。

*

二枚目

ギマレン

「お前歳幾つだった?」
「んー、3Xかな」
「俺より四つは年上なんだな」
「如何したのいきなり歳の話なんかしちゃって。若しかして…女性でも紹介されたの?ちょっと、ちゃんと断ってくれなきゃ困るよレンブ、ダーリンがいるって」
「なんでそんな話になるんだ馬鹿!第一なんで俺がダーリンがいるからなんて断りを入れなきゃなんないんだ!」
「君のダーリンが私だからに決まってるだろ?」
何言ってるの、と読んでいた雑誌をテーブルに放り出しながらギーマはしれっと、恥ずかしい事極まりない言葉を平然と吐き捨てる。おいおい、ガムじゃないんだぞ?なんでそうぺらぺらと簡単に吐いて捨てられるんだ。今更と行ってもいいくらい付き合いは長くなったが、何時まで経ってもギーマの老若男女関係なく赤面もの語録に慣れる気がしない。
だがレンブがそう思ってる以上に、ギーマがレンブの突拍子もない台詞集に未だに度肝を抜かれていると言う事をレンブは自覚すべきかもしれない。そう言われる程の爆弾をレンブは今さらっと口に出すのだ。

「いや…お前を最低四年は先に失うんだなと、何となく思ってしまった」
「何ソレ暗い!ちょっと待ってレンブ?!」
「否もっと早いな、お前の不摂生は目に余るものがあるからな」
「私を殺さないで、早死にさせないでよちょっと!」
「煙草は止めない酒も控えない、昼夜逆転の生活はお前の生業によるものだと理解しているが帰宅してからもだらだらしてて寝ようとしない」
こんなお前が長生きできる証拠が何処にあるんだ?真顔でそう尋ねられると、申し開きもございません…と口にした。その後も口からは懺悔と今後の目標が垂れ流しにされる。

「ごめん、煙草は頑張って止めます、アルコールも付き合いを程ほどにします、仕事も深追いせずある程度で切り上げてくるし構って欲しいからってだらだらするのもちょっとは自重するから。だからそんな悲観しないで?どうしたの突然?ねえレンブ、私に話してよ」
君そんな悲観主義じゃないでしょ?そう体の向きを変えレンブに向き合うと、視線をちらちらと左右に散らしながら決まりの悪いと言った顔をしている。ああ、これは言いづらい事を考えていて、何とか纏めようとしている顔だなとギーマにバレているのをレンブはちゃんと心得ているのであまり間を持たせずに少し声を落としてぼそぼそと言い始めた。

「……師匠が」
「アデクさんが?」
「老眼になった」
「は?」
「怪我も病気も碌にしなかった人が、老眼になったと報告してきた」
老眼って……人類の半分はなるもんだよ?君……いや、水を注さずに話を聞こう。話の腰を折ってはいけない。
「…そ、それで?」
「あの人も矢張り老いるんだと確信して、お前の事を慮り未来を想像し悲しくなり苦しくもあり、あーでもないこーでもないと考えていく内にお前の不節制かつ自堕落な生活が思いついて―」
「はいはい、君の妄想と想像力が猛々しく、豊かで逞しいのは知ってるし君の情が誰よりも深いのも十二分に知ってるから落ち着こうね?」
妄想じゃない、ちゃんと現実を加味している。と睨めつけてくるレンブを、まるで息をするみたいにあっさりと抱き締め、頭を優しく抱えたギーマはレンブの心中をあっと言う間に看破してしまう。
「私を心配してくれたんだね、有り難うレンブ」

そう言われ、自分の心情を解られていると知ったレンブは、次の句を告げられず唸るように喉を押し潰した音を出しながらギーマの服の裾を掴み、ぽつりぽつりと本音を吐露していく。

「長く、お前と共に過ごしたいと思うのは俺の我儘かもしれない。でも…それでもお前と出来るだけ、健やかに過ごしたいんだ」
だから、お前の体が…心配だ。
其処まで口にした後レンブは黙りこくり、何度か頭をギーマの胸に押しつけると裾を握っていた手をギーマの背に伸ばし、ギーマに縋る様にそれでも緩く抱きついた。
レンブは泣き声も涙も零さないが、屹度気泣きそうなのを堪えているんだろう…あーあ、あーあ、

なんでこうも可愛いのかね私の恋人は。

こんな筋肉の塊のくせに、頭の中も真面目で四角四面で融通のゆの字も無いくせにさ。
思い詰めると何処までも独りで勝手に思い詰めて、何て事のない事でも落ち込む。なんなのレンブ、思春期?長い思春期だねレンブ、もう可愛すぎる。
どれだけ私の事考えて私の居ない人生の想像して、どれだけ淋しくなっちゃったの?あーもう、あーもう!!堪らないよ君ってやつは。
そんな可愛い君を慰め諭す役は私のものだって、好い加減自惚れじゃないと思ってもいいのかな?レンブ?

「大丈夫だよレンブ、私の計画性は君が思うよりは破綻していない」
「……また口から出任せを」
「人生は長く暗く先が見えない、それは独りで進むからだ。なら二人なら?手を携え、歩調を合わせ話をしながらなら?」
答えは簡単だ、それは苦しく楽しくなんとも彩り鮮やかで豊かな時間だろう、やっとそう考えられるようになったさ。それは誰の所為でもお陰でもなく君が居たからだ。君といようと考え行動したからだ。
そんな大切な人を放り出す程、私は愚かでも冷血でもましてや阿呆でもないよ?

「君を置いていくなんて私の独占欲が許せる訳が無いだろ?」
ましてや君を独り歩かせるなんて、私がすると思うのかい?無理無理、未だ四六時中張りついてたいって思う程なのに出来る筈がないじゃないか。

ねえレンブ、私は出来っこない事を口にしない主義なんだよ?

「一緒に進もうね」
大丈夫、道は長いんだ。寄り道だってするし回り道も近道も出来る。さあ、まだまだ時間はある、私もちゃんとするさ、だから悲観めいた顔は考えは止めて?

「出来るだけ長く、ゆっくりと行こう」
そう言いながらレンブの額に唇を押し付けて心を擽る様に愛を呟くギーマに、レンブは深く息を吸うとやっと安堵したのか柔らかい息を吐いて一度、解る様に頷くと緩んでいた腕をギーマの背に回し直して何事か呟き返し始める。
この不器用な言祝ぎがただただ愛おしく、早速禁煙でも頑張ろうかと頭の中で諳んじながら年齢よりも幼く、外見よりもうんと感受性の高い恋人をギーマは今一度深く抱き締めなおした。

*

三枚目

ズミガン

「ズミ殿どうなされた?何時もの3倍増しに険しい顔付きであるぞ」
美しい面立ちが台無しではないか!と声高に叫ぶガンピを無視して、ズミはとんでもない事を言い放つ。

「神を怨んでいます」
「ズミ殿!?」


*


「いきなりなにを頓珍漢な事を申すか!」
本当に頓珍漢である、思考が極端なのは知っていたし理解していたつもりだが、まさかいきなり神を怨む等と恐ろしい事を口にするとは…一体全体如何したと言うのだ!

「どうして私をもう10年早くこの世に送り出さなかったのかと、猛烈に怨み辛みを募らせています…」
「誰彼ともなく怨んではならぬズミ殿、心が荒みますぞ!何があったのか我に話しては下さらぬか?」
そう問えば、力の無い動作で力の有り余る視線でと言う矛盾の塊で、ズミはガンピを睨みつけながら
「貴方の所為ですよガンピさん」
等と宣ったのだ。

「…は?」
「何故貴方はそのお年なのです?」
えー、なんかロミオとジュリエットの台詞より根源的な事を問われてるである。何故この年って
「生まれ月に生まれ、無事に年齢分生き続けた結果であるが」
「だから何故私よりも10年以上早く生まれてきたんですかと聞いているんです!」
えー、えー、えーーー!!!?全く以って理解不能ー理解の範疇外である〜何故何何でそんな考えになるのガンピ訳解らないー!と人格崩壊さながらの混乱を極めたガンピだったが、そんなガンピに構う事無くズミは続けた。

「若し貴方が80迄生きるとします」
「うむ、」
勝手に人生を例えでも80年と決められた、まあ些細な事である。とちょっとだけ引っ掛かったガンピだがそれは横に置いておいてズミ殿の話に耳を傾けよう。と気持ちを引き締めた。
「そうすると私は後40年程しか貴方と一緒に入れない事になります」
「ほう、随分と時間があるではないか。我は頑張って健康に生きてゆこう!」
と、一般的に言えば前向きで明るい返事は、どうやらズミとしては気に障るものだったようで。ズミのお決まりの台詞を、普段以上の迫力のある顔と声で叫んだ。

「この痴れ者が!」
「えー!我普通の答えを返しただけである!ごく一般的な模範解答である!!我悪い事言ってない」
と泣き言の様にガンピが叫ぶと、ズミは眉間に深い皺を刻んだ儘溜息混じりに
「短いです」
と言い放った。え?短い?何処が?と首を傾げればズミはまた口を開く。
「40年しかありません」
「40年もあるではないか、」
そうガンピが言ってもズミは納得せず首を左右に振りながら続ける。

「私には人生が短いのです、80年とちょっとじゃ足りないとすら考えているのに、貴方と過ごす時間が40年あるかないかだなんて……やはり神を怨みます」
何が神だ今畜生!神への侮辱を口にし始めたズミを、ガンピは大慌てで諌め、鎮めようとする。
「ズミ殿!ズミ殿が我を深く想うて下さっている事は大変嬉しいのだが、暫し落ち着かれよ!」
神よ何故私をもう一回り先の世界に生みださなんだ!このすっとこどっこい!どの時代に生れ落ちようがズミは料理をポケモンを極めんが為の人生を歩むんだよこの野郎!!
「ズミ殿、大事だから何度でも言いますぞ!落ち着かれよ、其方が我を海よりも深く、山の如く大きく大切にしてくださってるのはよっっっく解ったから!」
普段の原形を留めていない叫び声を上げているズミを何とか落ち着かせ、押し留め、椅子を勧める。残念ながら椅子は何処にも無かったがそういったやり取りをする内に、徐々にズミも落ち着きを取り戻し始めたのか語気の荒さも呼吸の荒さも、生物を射殺してしまいかねない視線もなんとか静まってきた。
「…ズミ殿、落ち着かれたか?」
「……取り乱しました、失礼しました」
本当である…と口に出しかけたガンピは何とかその言葉を飲み込んで、ズミ殿。とズミに話し掛ける。

「ズミ殿、仮に十年早く生まれておったらザクロ殿とマーシュ殿とご友人になれなかったのではないか?それは其方の人生に大変不利益な事であるぞ?」
「そ…そうでしょうか?」
「然様、今ある友人と面識のある人物と、其方のご両親に知り合う為今の世に生まれたのだ。神は悪戯に其方を世に送るのを留めたりはせぬ、この世が其方の生まれ育まれる時期を20余年前に求めたのだ。其方の人生がより良いものになるように」
「………確かに、ザクロやマーシュがいない人生は味気ないものでしょうね」
「そうであろう?だから、己の生まれた年月を悔やんではならぬ。それは其方のご友人やご両親をも否定してしまう事になるのだぞ?」
そう告げると流石のズミも考えが及んだのか、ぐ、と喉を詰まらせたような声と顔をした。ご両親とご友人を大切に思うておる、ズミ殿の心根は優しいのであるなと頭の中で思っていると、それならば如何すればいいのですかとズミ殿は問うてきた。
「どんなに足掻いても年月は追いつく事も超える事も叶いません。貴方との年月の差を埋める事の適わない私は…どうこの飢えと渇きを満たせばよいのでしょうか?」
そんなズミに、ガンピは諭す様に提案した。

「量より質である、其方が40年を短いと言うのなら、密度の濃い時間を過ごそうではないか」
量より質、と繰り返したズミに、ガンピは言い聞かせる様に重ねて
「そなたの料理と同じである、高い品質を望まれるそなたの料理に様に、丁寧で質の良い時間を過ごせば屹度満足できる40年になるのではないか?」
とズミに問うてみた。
「………質の良く」
密度の濃い時間、とガンピの言葉を再度繰り返したズミは自分の思考に深く入り込んだらしくガンピの「ズミ殿?ズミ殿〜」と言う呼びかけに全く反応しない。

それからどれだけの時間が経ったか、ズミはすっと顔を上げガンピの目を見ながら
「貴方の仰りたい事は理解できました」
とはっきりと告げて来た。う、相変わらず凄まじい眼力である、我逃げ腰になりそうな程であるが何もされておらぬのに逃げる訳にもいくまい。顔も声もなるだけ平静を装い、彼の話を聞く体勢を取る。
「そ、そうであるか」
「つまり過去を悔いているよりも悪戯な時間を重ねるのではなく、建設的且つ有意義な時間の使い方をするべきだと言う事ですね」
「おお、解っていただけたかズミ殿!」
なんだ、ちゃんと説明すれば理解してくれるのか。良かった、彼は唯融通の利かない男ではなかったのだ。ほっと胸を撫で下ろし安堵したガンピの耳に、
「そうなればまず、する事がありますね」
とズミが顎に指を添えながら何かを思案している声が聞こえた。だが、納得したのであればもう突飛な事は口にせぬであろう。
なんて安易に考えていたガンピを安堵に走らせないズミの発言が繰り出された。

「一緒に暮らしましょう」

…………………

「な、なに?」
「一分一秒が惜しい、密度の濃い時間をと言ってもその密度を生み出す為には先ずお互いの距離を縮めましょう。私が貴方の家に引っ越すも貴方がいらっしゃるのも、どちらでも構いません。早急に同じ屋根の下に住まいましょう」
「なんと!そ、そんないきなり、せ、せ、せい性急にも程があるのではないかズミ殿?」
「何故?」
「何故って、いきなり過ぎる!確かに我と其方はその―恋仲ではあるがそ、その様な降って湧いた様な事をいきなり申されても」
「petit logement douilletに二人で住まう事に何の戸惑いと躊躇いが必要なのです?」
「ず、ズミ殿!そんないきなり愛の巣等と顔面から火が出そうな程恥ずかしい台詞を、日頃の鉄面皮仏頂面で告げられてもムードも何も湧いてこないのである…」
「Mon cheri.Je veux etre avec toi pour toujours.」
「こ、このような時だけその様な事を言われても困る!」
しかも結構いい顔して言うし!なんで肝心なときはちゃんと表情出るのこの青年?訳が解らぬ、訳が解らぬ。ズミの代わりに顔から火が出そうな程顔を赤くしたガンピは、その顔を隠そうと腕を上げたがすかさず差し込まれたズミの言葉に中途半端なポーズを取ったまま戦慄く羽目になった。

「今言わずして何時言うのです、プロポーズにはタイミングがあるのでしょう?」
「プロポっ!?!?な、ななな、なんとそなた冗談にもほどが」
冗談なものですか、
僅かに苛立ちと怒りを声に混ぜたズミはその不快感を隠そうともせずガンピを力いっぱい引き寄せ、甲冑の所為で回りきらない腕を回らないなりに体に回すとそれはもう力の限り抱き締めながら、ガンピの耳元にこの痴れ者めと囁いた後
ズミとしては有り得ない程の熱を孕ませた目線でガンピを射抜きつつ、プロポーズを続けた。

「もう一度言います。私の愛しの人、私と一緒に暮らして下さいませんか?」

貴方の人生を私に下さい。






ミスミ様のリクエストでアーハチ、もしくはズミガン、ギマレンと頂いていて出来上がったら三本立てになってた…何時も無駄に長くなりすみません、お待たせいたしました!



14/9/23





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