宵街珍騒動(コモモコ様へ5000HITフリリク)


此処はエンジュシティの隅っこ、ちょっと奥まった場所にある、まぁ年季の入った古民家である。その一室で卓袱台に突っ伏して呪詛を垂れ流してるかの如くにぶつぶつと、懺悔の言葉を唯唯呟く男がいた。
彼の名はマツバ、エンジュジムのジムリーダーを勤めるポケモントレーナーでありこの家の家主でもある。
そんなマツバが懺悔と後悔を振り撒くにはとある理由があり…


*


マツバは後悔していた、垂れ流す呪詛は己への侮蔑であり当たり前の先を見る事の出来なかった怨嗟であり、いらぬ後悔を抱く結果を作り出した自分の未熟さを罵る言葉の連なりであった。

ミナキ君のスイクン至上主義は今に始まった事じゃないのに、何故さっきに限って流せなかったんだろう…
何でシャドーボールとか言いながら卒塔婆や墓石迄投げちゃったんだろう僕…嫌なテンションが上がり切っちゃったんだろうか、そしてあの墓石と卒塔婆は何処から出てきたんだろう…柄杓と桶くらいなら納得いったんだけれど、まぁシャドークロー!って言いながら桶と柄杓で殴ったんだけれどね。
そりゃテンションもマックスだろうよ、ホウオウとスイクンの話題でヒートアップしていたし寧ろそれでご飯食べられる程の話し込み具合だったしね!卓袱台に、だんだん!と二人で暴力を揮う様に興奮のあまり拳を叩きつけ卓袱台は悲鳴をあげ茶碗と茶托はがしゃがしゃと不協和音を奏でていた。
それ程の興奮から繰り出された言い争い、後暴力の末、勢いで家を飛び出した恋人に塩をぶちかますと言う何とも言えない馬鹿をやらかしたのにその時は苛立ちと興奮のあまり全く悪気も後悔も無くて。ただ、時間が経てば立つ程後悔も羞恥心も際立ち、まるで奥さんに逃げられた甲斐性の無い旦那の様に打ち拉がれるというまっこと情け無い状況。
ええ、もう恥ずかしい以外の何者でもない!

でも…酷くない?スイクンスイクンスイクン、僕が居るのにいっつもスイクンの事ばっかり!
確かにスイクンは君の運命だろうさ、君のご両親には悪いけれど僕の眼にも映ったくらいだからね、君がスイクンを研究するのは宿命で運命で正に天啓で…須らく神仏の思し召しと言わんばかりの人生だ。
でも、そのスイクンより僕が先に君に出会っているんだよ?其処解ってないの?なんで忘れちゃうの?寧ろもう覚えてないの?それとも僕はもう空気なの?そうか、空気か、空気なら仕方ない…ってそんな訳あるか!そんな訳の解らない理由で納得して堪るか、こちとら質量のある人間でぃ!ゴースト系のポケモンでも電波系ポケモンでもない、ちゃんと地面に足をつけて人生の泥濘に嵌って、穴に落ちてもがいて足掻いて無様に生きてる人間ですよ今畜生が!!

本当にさミナキ君、百回、否、千回に一回で良いからスイクンの話より先に僕とのなんでもない会話をしてくれたっていいとじゃないの思っていたのに、絶対もう千回超えた、もう我慢なんなかったよ。
君、僕の恋人じゃないの?余所に浮気ばっかりしやがって!そりゃスイクンは上位種だよね、君の人生において全ての事柄の優先順位のトップに君臨し続けてるんだもんね!

嗚呼そうですよ!僕の醜い嫉妬だよ、浅ましい独占欲ですよ!神様相手にそんな矮小な感情で腹立てて、こんなんだからホウオウに選ばれないんだよね?自分でも解ってる、精進なんか全く足らない!!
でもいいじゃない、人間だもの。人間だからまだまだ悟れないし自分にはなるだけ厳しくしてても君には甘い対応をしてしまう、不平等そのものだ。神仏の如し御慈悲を発揮するだなんて夢のまた夢だ。
それでも君だけだと叫んでもいいくらい、僕は君の事が……っ

等と今暫く呪詛をだらだらと呟き続けていたマツバはふと何を思ったのか立ち上がり、電気の消灯や手持ちのモンスターボールの有無の確認もそこそこに、しかし家の戸締りだけは無意識だろうしっかりと施し外へ飛び出していった―…
マツバが向かう先、エンジュの街は薄暗く、少ない街燈がぼんやりと街を照らしているだけだった。

*

場所は変わって此処はエンジュシティやけた塔の内部。その薄暗い内部にいても目立つ純白のマント、それを纏う男の名はミナキ。彼は学者の端くれであり今はジョウト地方を拠点とし主にスイクンを追い求める毎日を送っていた。
何故そんな彼がやけた塔にこんな夜遅くにいるのかと言うと、それはスイクンの研究の為ではなく―


ミナキは激しく後悔していた、

なんでホウオウを茶化した後だいばくはつとか言いながら爆竹投げつけてしまったんだ俺は…しかも何で爆竹をポケットに入れていたんだ私は、否、何かあった時の為にだろうが何故爆竹なんだろう。もっと役立つアイテムはあるだろうに何故私は昔からポケットに爆竹を入れているんだ…我が事ながら理解に苦しむが今苦しむべき事はそれじゃない!ミナキ落ち着け、現実から逃げてはいけない!
私が今対峙しなきゃいけない現実はポケットに爆竹が入っている事でも靴下で此処まで来てしまった事でもない、マツバをこれ以上も無い程に怒らせてしまったと言う現実が私が真正面から対峙しなければいけない問題なのだ、その他の事はこの際些事!後回しでもいいぜ!まぁ、靴がないのは…ちょっとだけ恥ずかしいぜ!と誰も居ないのに格好つけるように暗闇に宣言するミナキを、塔の中を棲み処にしているポケモン達は興味なさそうに眺めていた。

そもそもな何が原因でホウオウの事柄を茶化すような真似をしてしまったんだろうか?
マツバのホウオウへの情熱は最早信仰の域に達しているなんて、そんなの前々から解っていた事だったのに何故それを悪い方向へ煽るような発言を重ねてしまったんだろうか?
……解らんな!このミナキさんの明快な思考能力を持ってしても皆目見当も付かない―………

なんて、変にポーズつけて逃げている場合じゃないだろ私。解ってる、自分の事だ解ってるだろ?さっき逃げずに立ち向かうと決めたばかりなのに、最早思考が逃げてる。どうしよう…其処迄今回の事の顛末を私はなぞりたくないんだろうか?己の考えなのに、何でこう矛盾してるんだと何度も首を忙しくホーホーのように動かし悩むミナキだが生来、彼は悩むのは好きじゃない。物事は単純明快に、さっぱりとしたい方なのだ。
矛盾する己の考えを何とか纏めながらミナキはこの状況を生み出した元凶とも言うべき事態を思い出した。

今諳んじたとおり、マツバのホウオウに対する感情は信仰と言った方が近い程ある種神聖なものなのだ。それに対し野次やちゃちゃ、妙な勘繰りを入れると常日頃穏やかな、悪く言えばぼんやりしたマツバさんの逆鱗にガチで触る事になるのだ。寧ろ殴ったと言っても過言じゃ無い程の地雷なのだ、マツバにとってのホウオウは。
勿論腐れ縁、古馴染みと言ってもいいくらいの長さの付き合いのある私にはそれは当たり前の様に解っていた事だし過去に何度も実害を被ってたので、触らぬ神に何とやらで無闇矢鱈に触れる事は無かったし、刺激しようとしてくる周囲を諌めたり制止したりする事だってあった。
だって下手したらその逆鱗の矛先、若しくは余波が向かってくるのは私なんだぞ?小さい頃それに曝された私は冗談抜きに二〜三日生死の境を彷徨ったんだぞ?あの時は流石にマツバも慌てて布団の横で私が目を覚ますまでずっと泣きべそを掻いていたと言うが、その泣きべそ掻いてる本人にホニャされる所だったんだぞ??

そんな生き死にの掛かった事迄体験した私がマツバの信奉するホウオウを茶化す基い貶す基いスイクンの方凄いぜトークを、何故かましたのか………そんなの、簡単な事だ。

だって…狡いじゃないか、ホウオウホウオウ、俺が居るのにホウオウの話ばっかり!

確かにホウオウに先に出会ったのは運命だろうさ!俺だってスイクンに出会ったのは運命だもんな、でもタッチの差だとしても俺はホウオウの次に君に出会ってるんだぞ?
それなのになんでお前の目はいっつもホウオウしか映してないんだ!!狡いじゃないか、ずるいじゃないか!!
お前の特別な眼に映されるなんて大袈裟でも大層な願いなんか一回も抱かなかった…とは嘘になるから言えないけれど、殆んど考えた事も無かったのに、それでもその次に俺を映してくれたっていいじゃないか!
それなのになんだマツバ!何時まで経ってもお前の目にはホウオウしか映ってないじゃないか!お前の目は二個あるんだからどっちか片っぽだけでも私にくれたっていいだろ?いや、お前の目玉は要らない、お前の視界の片隅でもいいから私に少し別けてくれと言う意味だ、この際遠慮してほんの15度くらいでもいいからホウオウへ向けるパノラマフルハイビジョン級の視界180度、いや人間の視界だから160度くらいか?その内のちょっとだけでも私に割いてくれたっていいじゃないか………
否、やっぱりちょっとじゃ駄目だ駄目だ!フルハイビジョン全部をホウオウだけに向けてるなんて嫌だ!俺も映ってなきゃやだやだやだ!!!寧ろ俺をメインに映してくれなきゃ納得がいかない!

お前俺の彼氏だろ!彼氏のくせに恋人放り出しやがって!!それでも彼氏か!彼氏だよ俺の彼氏だよ、俺の自慢の俺だけの彼氏だよ馬鹿!俺の馬鹿マツバの馬鹿ホウオウのクソったれぇえ!!

ホウオウなんかなんぼのもんじゃい!!!!そりゃホウオウみたいに崇めたくなる様な後光も差さなきゃ徳も無いし、レア度も無いし極彩色のパーツも毛色もしてないし炎出せないしそこら辺照らす事も出来ないしの無い無い尽くしだけれど!そんな俺だけれど、ホウオウと違ってお前への溢れんばかり、寧ろ溢れ返る愛情は誰にも負けないんだぞ!?
あの浮気もん!もう辛抱ならん、説教してやる!俺がどれだけお前を好きか大事にしてるか大好きでどうしようもないか、思い知らせてやる!!

其処まで考えたミナキは三角座りの体勢から立ち上がると、猛然と走り始めやけた塔を後にした、勿論靴下で、だ。それを見送るポケモン達はやっと騒がしいのがいなくなったと言わんばかりに溜息を吐いた。今迄のを全部叫びっ通しのミナキの声は塔の中に響き、その反響した声はエンジュの街中に不気味な音として鳴り渡り、暫く街の怖ろしい心霊噂話として語り継がれたというのは別の話である。

*

片や、取るものも取らずサンダル履きでカカカカカカカ…と激しくサンダルを鳴らしながら街を疾走する青年。片や靴下で白いマントを翻しぺたぺた、ぺたぺたと軽い足音で街の敷石を踏みつけ疾走する青年。
その二人の青年は歌舞練場の前で漸く再開し、お互いの姿を認めると数刻前の険悪な雰囲気は何処へ行ったのやら、

「マツバ!」

「ミナキ君!」

等とまるで離れ離れにされ感動的な再開を果たした恋人の様な気分で走りより、どちらから共無くきつい抱擁を交わした。
やおら抱擁を済ませ体を離したマツバとミナキは薄暗がりの中、互い話すタイミングを計っているのか暫し無言の儘見つめ合っていたが、ミナキが息を吐く音と共に言葉を発した。

「マツバすまない、お前がホウオウをどれだけ大切に考えているか、俺が一番解ってる筈なのに…お前の心を踏み躙ってしまって…」
ミナキの謝罪に目を見開きながらも、緩く頭を振りながらマツバも謝罪の言葉を口にする。

「いや、僕も悪かったよミナキ君。君のスイクンへの想いを知りながら、僕の我が儘で君のスイクンを罵ったりして…何を言われても仕方ないって思ってるよ。ごめん」
「それはもういいんだ、俺が悪い。お前が何時も気を遣ってくれてるのに、スイクンの話ばかりしてしまって…お前と話をしにエンジュに帰ってきてるのに、お前を蔑ろにしてしまった…」
「……うん、そうだと思ってた。でも、君がちゃんとそれを自覚してくれてるんなら、僕はいいよ?君に一瞬でも意識してもらえるなら、僕はそれで…」
う、やばい気付かれてたか!そんなに態度に出てたのか俺は、うう、申し開きも出来ないぜ…でも、此処で押し黙ってたら何も解決しない。さっき決めたじゃないかミナキ、マツバに自分がどれだけマツバの事を想ってるのか伝えるんだと。
「で、でも、お前を嫌いな訳じゃ絶対無いんだぞ?俺は、あの…」
「ミナキ君?」
「ごめん、あの…さっきのはやきもちだったんだ。お前がホウオウの事ばっかり目に映してて、俺がちゃんと映ってないんじゃないかって。そんなのずるいって、俺がマツバの恋人なのにって思ったら悔しくて黙ってられなくなって…」
へ?と音に出して理解が出来ないと言わんばかりの驚きをマツバが示す。そうだよな、俺がこんな事言うのってないよな、で、でも今更後に引けるか!
「だって俺はお前がいるからエンジュに帰ってくるんだぞ?どんなに遠くたって天気が悪くたって道の状態が悪くたって、お前が居ると思うから頑張って此処に帰ってこれるんだ。そりゃ、俺はホウオウみたいに崇めたいとかキラキラしてるとか神々しいとか、辺りを照らせるとかポケモンを甦らせてやるとか、そういった神懸った事なんか何一つ出来ない凡人で他の人より若干、お前の目に止まっただけかもしれないけど」
「っそんな事ないよミナキく」
ミナキの発言に堪えられなくなったマツバが、話しを遮ろうと咄嗟に出した言葉をミナキは更に大きな声と勢いで遮って自分の気持ちを言い切った。

「それでもだぞ!」
「それでも、お前を大事にしようとかお前と一緒にいたいとかお前を…好き、だと想うし考える気持ちは……誰にも、ホウオウにだって負けないんだぞ!!わ、解ったかマツバ、だからそのだなもう少し俺の事を視界にいれてもいいんじゃ、ないか?」
「………」
言った!全部言ったぞ!?如何だマツバ解ったか?俺の方がホウオウよりもお前の事大事にしてるんだぞ?…って、私は唯盛大にマツバが大好きでお前が構ってくれないから寂しい!と拗ねただけだったんじゃ…うわ!恥ずかしいにも程があるな!!でももう無しに出来ないし、マツバは驚いているのか黙ってるし…と徐々に熱を帯びてくる顔を隠したい欲求に狩られたミナキは俯こうかな〜なんて僅かずつ頭を傾けていってたが、マツバの沈黙の後の発言に反射的に顔を上げ直してしまう。

「…ミナキ君そんな事を考えてたの?!」
「そ…そんな事ってお前!どれだけ私が悩んだかと」
もういっそ喧嘩腰になってやろうか!とマツバの返事に苛立ちを隠さないミナキの頬を、マツバの両手が包み込み囁く。
「よく見て?」
遠くで灯る弱い街路灯の光がマツバの目に入り込み、きら、と紫の光が瞬いたかと思ったその後、その両目に映るものがミナキにも見えた。否、ミナキにしか見えなかった。
マツバの両の目に映るのは、ミナキ唯一人だった。

「君以外の誰を、僕が映してる?」
そう紡ぐ声は、何時もより熱を帯びているのかとても感情的だった。まるで何かに嫉妬しているかのように一言一言がミナキの耳と胸の奥を焼いていく。
「何時も君だけだ、ミナキ君」
君以外見えない、見てない、他の人なんか要らない、君だけでいい
「君以外なんか…眼中に無いのに、君は何時も、スイクンばかりだね」
「…すまん、やっぱりお前を責める資格は俺にないな」
自分のあれ程と言うくらいに吐き出した言葉よりも、マツバの僅かな言葉がミナキに深く刺さっていく。それは屹度、マツバが抱えてきた年数の重みだろう。

「君が僕を、ホウオウの事ばかりだと思っていたと同じ様に」
ミナキ君、
「僕もそう考えていたんだって事をどうか、知って欲しい」
僕には君しかいないよ、そう言いながらこつり、と額を押し当ててくるマツバの想いにミナキの胸がざわめく。俺も同じだ俺も俺もと、また懲りずに自己主張だけをする気持ちを抑えながら、マツバの気持ちを汲み取り同じ部分を重ね合わせて伝える。
「……俺も、お前だけなんだぞ。もう、仲直りしよう」
「……うん、お互いもう少し、お互いを見ていこうね」
どんなに言葉を尽くしても、大事なもの譲れないものは存在しているしその順列を入れ替えるのは一朝一夕では出来ない。
だから意識しよう、そうマツバは言ってくれる。
自分達が人生を懸ける存在を間違えない様にしようと、マツバは俺を見つめて緩く柔らかく微笑んだ。ああ、やっとお前の笑った顔が見れた。知らず零れていた笑みがマツバの両目に映っている、吐息の掛かる距離で密やかに笑い合うと額を離し両手を外し、マツバは帰ろうか、とミナキの手を取って少し先を歩きだした。マツバの足に履かさっている突っ掛けを見てちょっと笑ってしまうが思えば自分は靴も履いてない、人の事なんか全く言えないな〜なんてなんでもない事を考えながら、マツバの家を飛び出した時とは全く正反対の気分で帰れる事をミナキは嬉しく思った。



しかし、矢張りミナキは空気の読めない男だった「マツバ、でもやっぱりスイクンの方が神々しいと思うぜ!」
「はは、相変わらずだねミナキ君。でもその言葉、そっくり其の儘お返ししてあげるよ!ホウオウ至極至上!!でもミナキ君、如何足掻いても君が大好きだよこのスイクン馬鹿が!」
そう微笑んだマツバが一瞬、鬼神のような顔をした後に「シャドーダイブ!」と叫びながら、ミナキにバックドロップをかけ見事なブリッジを決めたのを知っているのは主人達の帰りを玄関で待っていた互いの手持ちポケモン達だけだったとか





コモモコ様のマツミナで大喧嘩から仲直り、切→甘。お待たせいたしました、何だか切ないのか甘いのかとんでもなくギャグなのか、些か迷走してしまった気がしますが…何かございましたらご遠慮なくどうぞ!

14/6/28





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