fall dawn「落ちてくればいいのに」 ぽつり、と ソファーに寝転がり天井を見上げる男はなんの脈絡も無く言葉を空に放つ。空を切る様にも仰ぐ様にも見える腕の動きはひらひらと、蝶の翅の様にひらめいている。 「何の話だ」 「あれ、聞いてくれるの?珍しい」 「どう控えめに聞いても自意識過剰じゃなくても、俺に言ったんだろ」 この部屋には俺とお前しかいない、つまり独り言でなければ俺に対しての対話の糸口である。何時も一人勝手に一方的に話し続ける男だが、其れを放っておき続けられる精神は持っていないので相槌は返しているし必要なら返事もしていた。昨日もそう、唯只管喋っていたギーマに俺は短い相槌を気紛れに打っていた。そして今日もそうだった、 「まぁね」と肩を竦めるジェスチャーをしながら「何時も通り一人で話すつもりだったんだけど」ともギーマは付け加えた。一人で話してる自覚があるらしい、哀れだから次からはもう少し相槌を増やしてやろう。 「なかなか落ちてくれないんだ、手は尽くしてるんだけど反応が悪い、寧ろ無いにも等しいくらいでね」 また女の話か、最近女の影と言うか以前迄の取っ替え引っ替えはなりを潜めたと思っていたのに。呆れて遠回しな皮肉を言ったつもりだったが口から出た言葉はあまりにも事実で、皮肉には聞こえなかった。 「お前の悪評が耳に入ったんじゃないのか?」 「それはバレてる、呆れてた」 「知り合いか?」 「長い付き合いじゃないんだけどね、」 珍しい事もある、こいつが知り合いに懸想するなんて。面倒を嫌うのか単に目新しさを好むのか、縁もゆかりも無い行きずりの女をギーマは好んで口説く。しかもその行き釣りのレベルは半端に高いのだ、駆け引きが楽しいだのなんだの吹いていたかもしれないが如何せん聞き流していた、耳に殆んど残っていない。あ、でも違う事は思い出した、 「この前一緒に居た女性はどうした、一人居ただろ」 ギーマは隠れて恋愛をしない男らしく、口説いた女性を堂々とリーグに呼び出して夜の街に消えていく。なので、ギーマに新しい恋人が出来ればシキミやカトレアにだって直ぐバレるのが常で今口にしたこの前の女性と言うのは美しいブロンドの、目元に黒子がある品の良さそうなギーマと同年代といったくらいの美女の事だ。互い腕を組み移動しているだけだったが美男美女が並ぶ為とても目立っていた。見せつけかよ!と見知らぬ男が絶叫していた気がしたがその絶叫も何時もの事で。二人はまるで映画のワンシーンのように仲睦まじく歩いていたと思っていたのに。もしかして、 「ああ、あの泣き黒子の彼女?彼女とは直ぐに切れた、振られてしまったよ」 もしかしてが的中!早い、一人の女性と長く付き合っている姿は見た事無いがそれでも速過ぎるぞ今回。 「お前が振られるなんて笑えん冗談だ」 お前が捨てる(物騒な物言いだが表現的には適切だ)のはよくある事だが逆は聞いた事無い。此方の顔を見ずに、なんて事無いと言った風な口でギーマは続ける。 「彼女、私の表面しか見てないみたいだった。そもそも二股だったみたいで次の日から別の男と歩いてたし」 「移り気な、」 お前も、あの女性も。言外に無責任に責める様な口調になったが、少しは軽率な行動を慎んでもらわなければ。四天王の、ポケモントレーナーの品位に関わる行いなのだから。と日頃から何かと口にしてるのに全く聞き入れない男だ、これくらいの言葉の棘は許されるだろう。 「それでもう懲りたから今は一人だけ、」 「一般的には複数に声をかけ歩くものではないと思うが」 「まぁまぁ、兎に角今はその人にしかアピールしてないよ」 「それは…随分な熱の入れようだな」 「うん、自分でも驚いたよ。タイプじゃないと思っていたのに、もうその人しか目に入らないんだ」 そーかそーか、その勢いでその想い人といく所までいって欲しいものだ。もう、毎度毎度同じ様な話に同じ様に首振り人形の如く相槌を打つのも面倒だから、いっそ結婚してくれ。新婚の惚気なら青筋立ててでも頑張って聞くから。そんな事を俺が考えてるとは露知らず、ギーマはつらつら話し続ける。 「本当、範疇外だったというか年齢的には守備範囲内だけど顔は好みではないし性格も趣味も合わないかもしれないし、ポケモンの相性は最悪だし。バトルすれば何時もこてんぱんに伸されるし」 「トレーナーなのか?」 「うん、かなり強い。今迄付き合った人達はポケモンバトルに対して其処迄熱心じゃなかったから、新鮮かと言われれば凄く新鮮。自分の目標に直向で一生懸命で、努力を怠らないんだ。その姿は見ていて飽きないよ、寧ろ呆れを通り越したと言うべきか」 どうやら相当入れ込んでるらしい。これは話に乗って良い方向へ持っていくのが上策、と何時もより相槌や肯定の言葉を多く選んで会話を続けていく内、相手の素性に関する話題が出始めた。「年下」で「仕事熱心」で「ほぼ毎日会う人」なのだとギーマは熱く語った。「そんなに頻繁に会える場所に勤めているのか」かと問えば「君もよく会う人だよ」と返され俺は首を傾げる。 俺もよく会う?俺の交友・知人関係なんて高が知れてる。その中で今ギーマがあげた特徴が当て嵌まる女性の知人で頻繁に交流すると言われたら…… 「…まさかと思うが、」 「っ?…まさかって君、その」 ギーマに期待と焦りの混じった声と顔を向けられ(これもギーマにしてはなかなか無い行動で)逆に此方が緊張してしまい、余計に首を突っ込んだかと一瞬後悔したがもう一言二言で会話は終わるだろうと高を括り自分なりの考えをその儘口に出した。 「シキミ、…か?」 若しくはカトレアかもしれない、ギーマのストライクゾーンは広いらしいからな。でも説明と食い違う気がするし、矢張りシキミだろう。二人が恋人同士になるなら、それは良い事だと思う。歳も遠い訳じゃないし四天王としても一番付き合いが長く、気心が知れてる。何だかんだ言って仲も良いし…と推測していた俺の耳に反射的速度で届いた言葉は想像通りの「実はそうなんだよ」「君にしては鋭いじゃないか」等…では、なかった。 「え」 「…え?」 なんで「え」なんだ、「え」の発音が驚愕と否定を帯びてるし場の空気が重たい。なんだ、この間違えてはいけなかったと言う空気。違うのか?シキミじゃないのか?そしてギーマその顔はどうした。 「…何だその顔は」 「………」 じっとり、と俺を苛む様な「うわ、こいつ有り得ない」みたいな顔してギーマが俺を睨んできた。だが、睨まれる様な事をした覚えは無いし言った覚えも無い。 「シキミじゃなかったのか?」 「…限りなく違う、」 なんでシキミかな…心外だ、と本気で言ってる様なギーマは渋面を崩さずに再確認してきた。 「……解らないかい?本当に?」 「解らん」 他にどんな女性トレーナーがいる、カミツレか?なんか性格設定が違う気がするしアイリスか?……流石に犯罪、だろ。歳は一回り以上離れてるしお互いの了承があれば良いのかもしれないがそれでも流石に…決して長くない思考の隙間に間髪いれず、余白と余韻をたっぷり挟んだ返事はたった2文字。でも俺が全く予想していなかった言葉がギーマから告げられた。 「君」 ………… 「っはあ?」 君だよ君、と無駄に念押しされるが全く意味も意図も判断出来ないし頭が上手く働かず、開いた口も塞がらない。君……って俺の事?俺の事なのか? 「あんなにアピールしてたのにちっとも反応が無いだなんて、君鈍いの?態となの?」 全くそんな素振りだと認識していなかったが…そうか、無駄にベタベタ四六時中くっついて回ってきていたのは好意のアピールだったのか。今から心に刻もう、そして、神速で逃げよう。…実際逃げようと思ったのに足が動かない。影踏みか、ソーナンスか。それともくろいまなざしか。 「…ま、今の態度見てると鈍いんだよね君って奴は」 もう、空振り三振が可愛いくらいだ。意味の解らない例え話だが取り敢えず、ギーマが俺にただならぬ感情を抱いていると言う事は理解し………たくないがした。屹度理解出来てる、先程から混乱してる所為か、妙な事ばかり連想している…そうか、混乱してる所為で足が思うように動かないのか。納得しておこう、レンブ、落ち着け。まず状況を整理するんだ、今日は木曜日、天気は曇り、今日の挑戦者ゼロ……… レンブが混乱を自力で解こうとフリーズしてる中、ギーマは溜息を吐きながら全身に圧し掛かってくる疲弊感を追い払おうと頭を左右に緩く振る。日頃短い相槌と聞いてるか聞いていないか解らない曖昧な態度しか此方に寄越さないレンブにしては珍しく交わしてきたコミュニケートに迂闊にも少し調子に乗って、ボロボロとヒントを出しまくってしまった。墓穴だ、出した言葉を引っ込める事は出来ない、拙いと焦ったけど、それでもレンブが動じないものだから。脈があるか、理解はしてなくても勘付いてるんじゃないかと、少し浮かれた訳で。「まさか…」なんてこれまた珍しく恋愛関係で閃いたと思ってその答えに期待したけどその分落胆も大きかった…なんて鈍いんだこの男。最近の少女だって此処迄鈍くない、さっきの会話の勢いは俺とレンブの中で想像していた謎の女性を上手く行かせる為の盛り上げ会話だったのだろう、こんな事だけ気を遣われても困る。此方は君と上手く行きたいんだよ今後公私共々と。そういう意味で毎日毎日君の部屋に入り浸っていたと言うのに…… 「本当に気付かなかった?真面目に口説いていたんだけれど?」 念を押すように伺って来たギーマの顔を見ている様で見ていない俺は、未だギーマの告白のショックで正常な動きをしない頭から必死に返事を捻り出した。其れは単に常識を繰り出したに過ぎないかもしれないが口から出た言葉はあまりにも真っ当な理由で。 「………そもそも、男に好かれているとは思わん」 「何故?私は女性を好きになったなんて一言も言ってないけど?」 「普通は同性を好きに…否すまん、失言だ。」 「恋愛の自由の侵害だよレンブ」 この国では同性との恋愛は合法だし、其れが可笑しいと言った風潮も基本的には無いのだがそれでも同性愛はマイノリティーだ。大手を振って付き合っていますと喧伝している人間は数居ないし見た事ないし。 「これでも大分はっきり言ってたつもりだったんだけどなぁ…君の思い込み、激しかったんじゃないのかい?」 思い込みが激しいと言われると否定出来ないが其れを差し引いても、男の自分がお前に好意を寄せられてると誰が想像する。俺は何を話しているんだろう、人間は無意識でもちゃんと会話が出来るんだな、人間って凄いな。 「全く伝わってなかったのか。なら、仕切りなおしとしよう」 仕切りなおす?何を?この失敗としか言い様の無い告白劇によく似た会話をか?忘れろ、とギーマが言ってくれるのならどれだけ楽だったろうか、否、今から言うんだろう、「御免、冗談だったんだ。忘れてよ」そう思っていたのに、見下ろす先のギーマはそんな算段をつけている顔ではなかった。 宙を掻いていたギーマの腕は何時の間にか頭の上で組まれていて、その細長い腕をやわりと解きながらするり、と俺に伸ばしてくる。其れは明確な意図を示している、そう、俺に何かを要求している動きだ。ああ、喋るな、駄目だ。俺の混乱を更に煽るのは止してくれ、兎に角俺は冷静になる為の時間が欲しいんだ。 「今のは忘れるから、お前も忘れた方がいい」 だからこの話はまた今度、と流れを打ち切ろうとする会話を切り出したつもりだったが、見上げてくるギーマは意に介さない。 「忘れる?今さっきの告白を?いや、忘れなくていいよ、そりゃ少し落ち込む流れだけれどやり直しの効かない程じゃないし」 「やり直しも何もあ「黙って聞いて?」んな…」 遮りたかった言葉を逆に遮られ、勢いを失う言葉をそれでも立て直そうとしたレンブの口が言葉を吐くのを待たずに、ギーマは一番初めに呟いた言葉を意図的にレンブに放った。 「落ちておいで、レンブ」 未だソファーから起き上がらないギーマに日頃はだらしない、と苛立ちが沸き起こる筈だが今日は安堵していた。寝そべっているなら咄嗟に、機敏な動きは出来ない。どうか起きるな、見上げてくるその顔を直視出来ず漫然と見ながらレンブは祈りにも似た切迫感から言葉を紡ぐ。 「…物理的な例え話をお前が謳っているのならそれはお前にしては考え無しだ。その細腕で俺を受け止められるか」 対格差と重量差で自滅だ、話の辻褄は合わないし不興を買うのは目に見えていたが無理矢理路線を変えようと、普段の俺が話すような場の空気を読まない見当違いの言葉を告げると、ギーマは瀬戸際の勝負を楽しんでいる時の様な、獰猛な笑みを浮かべて至極楽しそうに呟く。まるで、 「なら益々好都合、」 扇ぐように 仰ぐように 「この腕に抱える全てと君と共に」 細長く白い指が俺を招くように 宙を掻く 「その儘、その儘いこう」 言葉が 未だ混乱の裡にいる俺の心を掻く 「 」 『何処に』とは聞けなかった、それを聞いてしまうとギーマの思う壺の様な気がして、唇は閉じた儘動かない。唯、ギーマの一挙一動を凝視している。 「何処までも何処までも」 至極真面目に 真剣に そして酷く甘えた声で 「一緒に落ちよう」 と、うたうかの如く諳んじているのを。 「二人で、いこう」 日頃の人を食った様な表情ではない、不真面目を装う掴み所の無い態度でもない、ギーマは本気の問いかけを結果を受け取る手を俺に出している。比喩なのか、想定なのか、現実問題なのかどれかは判断出来ない。だが、ギーマは本気で俺を「何処か」へ連れて行こうと否…共に「おちて」行こうとしている。その音色と響きは嗚呼、女ならどう頑張って抗ってもその手中に落ちてしまいそうに怪しく艶めき、しかし危うくもあり何故か脆い強制で。 「…………どう?」 どうって、何を言えばいいんだ。お前のその真剣な言葉に俺はどう返事を―…俺こそどうしたんだ、この雰囲気に流されそうになってるだけだ、落ち着け。落ち着け落ち着け、本気な訳が無い。ギーマの演技が俳優顔負けなのは解ってる筈だ。何時も通りにあしらうんだ。嗜め咎め、拒絶の様に言葉を叩き落すんだっ 「………お前にしては笑えない冗談だな」 「やっぱりつれない。予想通りだ、」 やっぱり、と予想通りだと告げた声は普段の人を食ったギーマのもので。やはり冗談だったかと微かに回復した理性と意識を掻き集め、混乱が戻らぬ内に退路を確保しようと言葉を打つ。 「俺をからかうのも大概にしろ」 「伝わってもいない、君も大概酷い男だ。でも、そのいけずな態度嫌いじゃないよ」 「今ので諦めろ、お前を友人以上に見る事は出来ない」 「何故?まだ・今・始まったばかりだ、めげたり諦めたりする必要が何処にある?」 「勝負にもならない、結末は決まりきってる」 「まぁ、今日の返事がノーだと言う結末は出たみたいだけれど。明日が決まった訳じゃない、」 「明日も明後日も、お前が諦めない限りずっとノーだ、」 「それすらも引っ繰り返るのが人生の面白い所だよレンブ。そして、私は引っ繰り返すよ、」 覆る事が無い、と言われた事実すら明日に燦然と輝いていられる保障なぞこの世には無いのだ。面白くも狂おしいくらいに憎たらしい、儘ならぬ世界、 「詭弁だ、そんな博打誰が打つ。そんな無謀な大博打に誰が手を出すと言うんだ」 それでも、眼前に映るこの男と落ちていく未来に手を伸ばす事が出来ない程貧弱なカードの切り方はしない。 「君、知らない?」 『俺は』 「どんな勝負も自分から降りたりしない男だぜ?」 一人称を「俺」に改めたギーマの眼差しが本物だと言う事に俺は敢えて目を背け、「諦めろ」と投げ捨てるように繰り返し、気持ち大股で部屋を抜け出した。この混乱した頭でまともな事が考えられるとは思えないし、彼奴の顔を見て返答する事は到底出来なかった。 所謂、告白の話。ギーマとレンブで告白すると思い込みの激しそう(思い詰めて一つの事を考えると他に考えがいかなくなる)で他人の機微に鈍そうなタイプのレンブはてこでも落ちないだろうし、本気で告白してるんだけど日ごろの行いの所為で信じてもらえず攻略の難易度をがんがんあげてしまうギーマ。のつもりで書き始めたら違う方向に転がった… |