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1が4個くっついた日に(デンジ→オーバ)






「足りない」
「は?なにが」
「今日を締めくくる為の肝心要が足りない」
「何かあったか?今日」
「今日が解らないのかオーバ、今日が解らないなんて一年の三分の一を無為に過ごしてると同じだぞお前。例えるなら雷属性の消えたピカチューだ」
「唯可愛い鼠じゃねーか」

唐突な台詞にぶつ切りの台詞で返事をしながらも俺は内心頭を抱えた。デンジの思考とか頭ん中の回路の配線が一般人とはやや異なったものだと言う事は長い付き合いで理解していたつもりだったが、腐れ縁でも完璧ではないんだなと改めて思った。しかし、今日は何かあっただろうか…晩飯の献立に何か不都合でもあっただろうか。

「お前、ナポリタン嫌いだったっけ」
「んにゃ、お前のは食える」
「だよな」
現に手元の皿に盛ったオーバ特製ナポリタンは殆んどがデンジの胃袋に収まりフォークに軽く一巻き分と僅かにしか残っていない。よく食べました、お前山盛り食えんじゃん。
デンジは一つの事に集中すると寝食を忘れる、と言うより投げ出してしまう癖がある。その癖がほぼ日常的に発動してしまう所為か、デンジは拒食のきらいすら持ち合わせてしまった。元々食べ物の好き嫌いは持っていたがデンジは更に「食べられるけど食べられない」と言う数ある癖の中でも特に扱いにくい癖を作り出した。例えば、同じ食パンでも受け付ける味と受け付けない味がある、と言った感じで全ての食品に当て嵌まると言うものではなかったがデンジの口にするものは大概この癖が適応されてしまう。このナポリタンも、俺やマスターが作れば食べ進める事が出来るが他所で同じものを出されても口にする事すら出来ない。臭いだけでデンジは全身で拒絶するのだ、なんて贅沢な悪癖だ!
ジムリーダーになった前後からこの癖は悪化の一途を辿り今に至る。治る治さないの問題の前に、まず片付けなきゃなんないのはデンジに一般的な生活習慣を身に付けさせる事だ。癖を直すのはその後だ、寧ろもう病気だよ病気。何て思いながらも時折様子を見に来ては甲斐甲斐しく、と言うより好き勝手にゲリラ家政夫ごっこを決行する俺、オーバさんである訳で。
「野菜嫌いとか言わねーよな」
「食ってる」
生野菜では量が取れないので手間だとは思えど温野菜―ま、蒸し器で蒸しただけだけどにマスタードとマヨネーズを添えて出したらデンジはもりもり口に突っ込んでる。そもそも野菜は嫌いじゃねー筈だし
「味噌汁は普通に食うしなー」
「そもそもなんでパスタに味噌汁なんだよお前、献立が破綻してんぞ」
「何言ってんだ、これにスープつけたら油分の摂取量ばっか増えんだろ、大豆製品を摂取しろ、発酵食品を食え」
豆腐と蕪と葉物と摺り胡麻の味噌汁の何が悪い、人参も入れて欲しかったか?サラダに入ってるだろお前。
「コーヒーとビールは好き嫌いに入ってない筈だし」
「その神器が無いと俺死ぬかもしんねぇ」
「俺も瀕死だわ、」
コーヒーとビールの無い世界だなんて考えらんねえ。
「コーヒーとビール作った人マジ神だよな」
「モンスターボールばりの発明だぜ。」
「ってモンスターボールの偉大さの話じゃねーよ、」
「まず残り食えよ、冷めるだろうが。」
お前の話を解読するのに時間が掛かるし何より俺の食ってる分が冷めそうだ。デンジの話を一方的に打ち切ってパスタをフォークに巻き取る。なんやかんや、ぶつぶつとデンジは言っているようだったが無視だ無視。話に付き合う時と無視する時、メリハリ付けとかないとデンジとは長く付き合えねぇ。デンジの嫁になる人にはしっかり伝えておこう、デンジが俺に紹介したなら。

*

「あれだ、あれだよ」
洗い物をしてる俺の背後にわざわざ何かを言いに来たデンジが立っている。突っ立ってるだけなら拭け、と布巾を投げつけると渋々食器を拭き、食器棚にしまい始める。デンジの社会復帰への足がかりは順調に進んでいる、良い事だなー。なんて思いながらシンクを磨いていると布巾を軽く畳んでテーブルに置いたデンジは先程の意味不明な単語を繰り返した。
「で、あれだよ、」
「あれって何だ?さっきの話の続きか?」
「なんであれで解んねーんだよ赤アフロ。解るのが俺とお前の間柄だろうが、長年連れ添った夫婦のように理解しろ」
あれとかこれとかで会話が通じるなんて何時代の夫婦だ、そもそも俺とお前は夫婦じゃねえ。腐れ縁の幼馴染の世話を焼く側と焼かれる側、寄生する側される側、そんな感じだろうが生活破綻者め。
「解って欲しかったら言葉を尽くせ電波っ!オーバ様だって全能じゃねーんだぞ!」
「そうか、俺の口から言って欲しいか…待つ間のドキドキ感を堪能したいと」
「いや訳わかんねーよお前」
少なくともこう言った発言をされると一切の期待も希望も持てないし、元々デンジの発案にはそういった類の感情は極力持ち込まない様努力しているし、寧ろ人類最後の善良なる感情、「希望」はデンジの世話を焼くと決めたとうの昔に捨ててる。
等と俺が考えてるとも露知らず、にやにやといやらしい顔でデンジは後ろ手に隠した物を目の前に出してきた。
「これだ、これが足んねーんだよアフロ」
「は?」
理解不能な自信に満ちたデンジが白いビニール袋から取り出したのは赤いジャケットが眩しい某有名菓子――…まぁ、うん、ポッキー。
「……今度から食後にデザートつけてやるよ」
「ばっか、違う、ちげーよアフロ。甘味の問題じゃねー、今日限りのイベントの話をしてんだよ俺は」
「だから何の話だって」
「今日はポッキーとプリッツの日、つまり、ポッキーゲームの日だ!」
「はああ?」
デンジの自信満々の宣誓に、俺はげんなりした。ポッキーゲームの日だなんて誰も制定していない、唯のポッキー&プリッツの日だ。
「さぁ、オーバ。レッツトゥゲザー」
発音最悪お前〜〜〜、頭が良くてもメカが作れても英語が流暢って訳じゃないんだよなー、才能って面白い。でも、才能が溢れる程性格は破綻していくんだよな…長い年月で身に沁みてるぜ。
「デンジ君、そういう冗談は可愛い女の子に言ってあげてください。こう、ドナルドとかハッピーセットとか24時間営業なんて言われる男に言う事じゃなーと思うんだよ俺ぁ」
「女の子に言ったら七めんどくさい事なんだろが」
「成る程、俺だから冗談が通じて言いやすいって話か。」
「ちげーよ、俺とお前の愛を確かめ合うイベントに何で他所の女を巻き込まなきゃなんねーんだよって話だ。」
「よーし、グ●コさんに謝ろうかデンジ」
政治とか経済とかそういったのに疎い俺でも想像はつく。企業の方は決してそう言う意味でポッキーの日とかプリッツの日だなんて騒ぐ訳じゃない。逞しい商魂と商戦と茶目っ気で販促活動をなさっているのだ、デンジ、お前みたいな勘違い人間の為じゃねーんだよ?もうこの遣り取りも不毛だぜ、止めたい。
「俺の愛を疑うのかオーバ!」
「そもそも愛とかって何だよお前?!俺とお前って何?幼馴染!腐れ縁!!」
「そして互いを意識しあうライバル!」
「そうそう、解ってんじゃねーかデン「その意識は何時しかライバルや幼馴染と言った関係を超え、ついに!お互いの人生を左右しあう愛のある関係に!」…」
人の台詞を潰してこの台詞か馬鹿電波!まだビール2本だろう?電波も程ほどにしやがれ!!
「……」
「………すいません、調子に乗りました」
炎の男、オーバが放った絶対零度は「恐れなんか知らねーな、」と普段鼻持ちならない態度をよく取るデンジすら竦ませた、本気で怖いんだぜ、ガチで怒った俺の幼馴染は。
「今日は随分とアルコールが回ってるんだなデンジ君、」
「いや、まだ酔ってねぇ  です…素面でポッキーゲームを推奨してんだ…ですよ。はい、だからまず怒りを治めてくれオーバ」
ちらちらと目をそらしながら見遣るオーバの背後に燃える冷気を伴う青い炎は諦めの溜息を一つ、二つと吐く事に小さくなっていくようだ、そういった幻覚の中普段よりも小さな声でオーバは妥協案を示してきたので、俺は喉元過ぎたとばかりに直ぐ様調子に乗った発言をかまし場を濁す。
「……バトルならしてもいいけどそんな遊びはしねえ!」
「何?デンジ君とバトルしてデンジ君が勝ったら大人のポッキーゲームをすると?」
「何時そんな事言った?ねえデンジ君、俺そんな事言ってないよね??何時耳改造したのお前!あれかポリゴンZかお前!!」
「お前の言ってる事訳わかんねーよ赤モジャンボ、」
「いやお前の言ってる事が解んねーよサンダースヘアーの電波男」
「うだうだしてても決まんねー、ポケモンバトルで決めるしかねーようだなオーバ」
何故自宅に居ても腰のベルトやホルスターにモンスターボールが仕込まれているのかはさておき、俺はレントラーの入ったボールを構えオーバを挑発した。ポケモントレーナー、ましてや四天王なんて職種の人間がバトルを断れる訳が無い、正々堂々バトルで負かしてポッキー毎オーバを頂いてしまえばいいのだ。
「おう!臨むところだデンジ!しかし今は夜、この時間からのポケモンバトルはご近所に迷惑だ」
「確かに…」
日頃ナギサシティ全体を停電、なんてデカいご迷惑を街中に振りまきながらも平然としているデンジもこれは納得した。夜くらい平穏に暮らしたいのが心情と言う奴だろう、俺だってそうだ。と、自分がされて嫌な事はちゃんと納得出来るデンジである。
「だからポケモンバトルは明日の朝からでいいだろ?」
「よし、泣きべそ掻くなよオーバ」
「お前こそ吠え面掻かせてやんぜデンジ!じゃあ明日な、風呂入って温かくして寝ろよ!風邪引くなよ!」
「お前は俺の母ちゃんか!お前こそ腹出して寝んなよオーバ」
いつものノリとやり取りの流れの中。バタン、と控えめなドアの閉まる音の数瞬後、日頃は寝かせっぱなしのデンジの瞬間的思考は閃き、瞬く。しかしやはり遅かった、全て後の祭りである。
「オーバ!明日じゃポッキーとプリッツの日じゃなくなるじゃねーか手前えええええ!!」
「夜風を感じたいな〜よし、ギャロップ走ろうか!」等とわざとらしく言いながらギャロップに跨り蹄の音高らかにオーバはデンジのアパートの前から高速移動で立ち去っていく。それを追うデンジの絶叫は虚しく夜の街に響いては闇に溶け消えていく―

今日のナギサシティは平和であった。







色気も何も無く、勿体無いお題遣いだと、書いてから気がついた…