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火事場で解る本質(イッシュ四天王)






今日は何か騒がしいな、とギーマはリーグに出勤して早々慌しい空気をあからさまに嫌がって見せた。その鋭い眼光にリーグの案内役が目線を反らしたがその案内役を吹き飛ばす勢いで階段から駆け下りてくる人物がギーマの名を叫んだ。
「ギーマさん遅いですよぉ!」
ばたばたと足音を立てて目の前に躍り出たのは同僚のシキミだ、あのでかい襟が激しく揺れているのでどれだけ慌てているのやら。
「シキミか、君朝から騒がしいぞ」
「そんな眉間に皺寄せてえ!また二日酔いですか?仕事がギャンブラーだからって飲みすぎは体に悪いですよって言ってるじゃないですかあ!ってギーマさんも手伝ってください」
「何を」
「カトレアちゃんが熱出しちゃったんです!」
「…は?」
何でも出勤時から様子が可笑しく、心配になったシキミが様子を見に行った時はベッドに辿り着けずに床で倒れていたそうだ。線の細い子供だとは思っていたがまさか四天王になって一月もせずに倒れるなんて
「自分の体調管理ぐらい出来ないのかあのレディは…」
「具合悪いって言い出せなかったらしいですよ、」
あのレディ、カトレアはなかなかにガードが堅そうだとは思ったが単に緊張していただけかもしれないな。可愛らしい子供だ
「で、君が面倒を見てやってるという訳か?カトレアは大変だな」
シキミは自他共に認めてもいい程ずぼらな面がある、そんなシキミに病人の看病なんて、ハードルが高い仕事だ。
「ギーマさん!本当の事だけど本人の前で言わないで下さいよお!」
やっぱり自分で解ってるんだ、君。

くくく、と含み笑いを溢せば「私じゃないです!」と怒りながらもシキミは病中のカトレアの世話役を否定したのに笑いは治まった。冗談だろ?じゃあだれがあの子の世話をしてやってると言うんだ?ベッドにも辿り着けない人間が自力で自分の世話なんか出来っこない。
「君以外誰が面倒を見―」
「シキミ!何してるんだ。早く薬を探してきてくれ!」
問いを遮る大声に、ああ、朝から忙しい奴が来た。と、また肩を竦めた。顔なんて見なくても解る、彼奴だよ彼奴。でっかい図体、何か暑苦しい堅苦しい仕事仲間、格闘ポケモン使いのレンブ。多分カトレアの面倒はシキミと二人で看てたんだろう。まぁ、シキミ一人よりはましだろうな…
「ああ、ごめんなさい!はいはい!」
等と考えるギーマが大声でシキミを急かす割りにすたすたと静かな足取りの声の主の姿を認め(認めたい訳無いがシキミを追いかけた視線の先にもう居たんだ。仕方ない、視界に入っちゃったからな)た時、ギーマは其の儘硬直してしまった。何て似合わない姿なんだ、レンブ。何がって?ああほら、

レンブが鍋を持って立っている。厳つい男がしかも二つ取っ手の鍋の、取っ手部分をちゃんと両手で持ってる。何で片取っ手の鍋じゃないんだ…いや、話が脱線したな、うん。取っ手の話はどうでもいい。これでエプロンなんかされてたら益々似合わなくて朝から貧血起こすところだった。エプロン、無くてよかった。また脱線したな、エプロンも鍋も本題じゃない、問題は…

するする、と似合わない佇まいのレンブの前に出るとギーマはおそるおそる鍋の蓋を開けた。鍋の中には……柔らかそうに炊けたお粥が入っている。うん、美味そうだ。よかった、シキミ作じゃない。
「これは?」
「お粥だが?」
「いや、そうではなく誰が用意したんだい?」
「俺だが?」
何故そんな事を聞くんだ?と小さな疑問に眉間を顰ませるレンブに、相変わらず細かい事に考えが回らない男だとギーマがこめかみが少しだけ痛んだ。君に似合わないからだよ、と、直球で口にする事を避け遠回しな質問の様な返答を繋げた。
「…何で君がそのポジションの担当なんだ?」
「…シキミが料理が苦手と言うから」
確かにシキミの料理は結構いやかなり壊滅的だ、初めて口にした俺は三日間胃薬の世話になった。それでいて菓子は何となく作れるのが可笑しい部分だ。シキミに作らせるよりダメージは低いのかもしれない、このお粥が外見を裏切らない物体であるなら、と言う話だが。鍋の蓋を戻したところで「薬、ありましたよ〜」と掌に収まる箱をカタカタ鳴らしながらシキミが合流した。
「あ、お粥出来たんですか?レンブさん」
「シキミ、君レンブに調理なんて任せたのかい?」
「私、凄く焦っちゃって、何して良いか解らなくて兎に角レンブさんを呼んだんですよ。」
「シキミ、何喋ってるか一瞬判断出来なかったからな」
屹度思いついた単語をその儘口に出して片言の外人よろしい会話をしたんだろう。目蓋の裏に、その様子がありありと浮かんで、直ぐに消えた。
「で、最初は私が何か食べ物を用意しようと思ったんですよ。インスタントでもいいかなーって思ったら、何と!カトレアちゃんが受け付けなくて」
なんでもカトレアはインスタント食品を口にした事が無いらしく、インスタント粥すら戻したとレンブが溜息を吐きながらシキミの言葉を引き継いだ。どんだけお嬢様なんだ?カトレア
「ちょっと賞味期限は怪しかったけどやっぱり駄目だったみたいですねー」
「…シキミ、君そのがさつさを他人に迄強要する癖は直したまえ」
そしてシキミもシキミだ、病人を看る気があるのか無いのか…悪意が無いから性質が悪い。
「他の事も諸々その…シキミは苦手らしくて着替え以外俺に回ってきたんだ。」
師匠は相変わらず音信不通だと言いながら「お粥が冷める」とレンブは小走りでカトレアの部屋に鍋を置くと取って返し俺の前に戻ってきて一言。
「ギーマ、お前も手伝え。これに氷水を入れてカトレアの部屋に持ってきてくれ」
と、ずいっと洗面器を差し出しながら指示してきた。踵を返すレンブの勢いからそれを受け取ってしまい、断る理由も無いし仕方ないと給湯室へ足を運ぶ。シキミの面倒迄見なきゃ行けないレンブは見てて楽しいだろうがちょっとだけ可哀想だと思ったし。しかし、足を運んだカトレアの部屋が想像以上の修羅場だった事は想像だにしていなかったが…ああもう、回想は止めよう。頭が痛くなる、俺が風邪引きそうだ。

*

「あ〜、やっと落ち着いたぁ〜」
ばたばたと三人がかりでカトレアの世話を済ませ腰を落ち着けたのはもう昼にもなろうかと言う時間だった。
「君は一人で慌ててただけだろ」
現にタオルを換えるのは俺、他の世話はレンブ、シキミは着替え以外担当が無い。敢えて言えば挑戦者への事情説明と応対を集中させておいたが大した事じゃないだろ?俺やレンブも世話の合間にした事だし
「カトレア、次からは遠慮しないで言うんだぞ」
「うぅ………はい」
毛布の縁を掴み、申し訳なさそうに真っ赤な顔で謝罪するカトレアは、超能力が不安定なのだろう。さっきからポルターガイストを人為的に発動させ漏れなく俺達は其れの餌食になった…是非、次回があるなら早目に対処していきたい。ポルターガイストで荒れた部屋を片付けるのに大半の時間を費やしていたようなものだからな、最後は諦めたし。レンブすら「後にしよう」と片づけを放棄したくらいいたちごっこだったのだ。ぐったりだ、ポケモンバトルよりよっぽど疲れた。
「お腹空きませんか〜、何かデリでも」
「そこのテーブルに置いてあるもんでも食え」
レンブが指差したテーブルにはきっちりと潔い迄にすっきりと三角に切られたサンドウィッチが乾燥しないようラップがけされておいてあった。しかも何か入ってるらしい保温ポット迄置かれている。
「わー、美味しそう〜!?美味しい!お茶も美味しいー!」
確かにお世辞じゃなく美味い、パンと具は喧嘩をせず手にした時にバラけもせず咀嚼した時初めて泣き別れるのだ、シキミのグロテスクなサンドウィッチとはかけ離れた物体だ、普通に美味い。ポットの中は紅茶だったが薄くもなく渋くもない。調度良い、
「…買って来たのかこれ、何時の間に」
「いや、俺が作った」
「え?」
「…このお茶は、買って来たんですよね?」
「俺が淹れた」
「「…え?」」
このごつい、男臭い汗くっさい(実際臭くないけれど)男があのでかく分厚い手でこんな可憐なサンドウィッチを作ったのか?調度良い紅茶をいれたのか?そもそもこのでかい男があの狭い給湯室で鍋を睨みながらお粥を作っていたんだよなと思うとそれも案外シュールな絵柄じゃないか。しかし家事が得意って…レンブはそう公言した訳じゃないが動きから見てそうに違いない。この男、家事をちゃんとこなす人種だ。男なのに!?
「うー」
「お前には元気になったら作ってやるからこっち食ってろ」
サンドウィッチの乗っかるテーブルに本能的にか腕を伸ばしつつテレキネシスを発動させようとするカトレアの口に一匙一さじお粥を入れてやる手付きは手馴れている、なんだお前空手王とか作業員な見た目の介護士か
「レンブさん、なんでこんな料理も介抱も上手なんですか!」
「なんで家事諸々出来るんだ君、一人暮らしの男で!」
「…何でお前等出来ないんだ?高が家事だぞ、日日口にする食事だぞ?」
「「ぐっ?!」」
反論出来ないな…シキミ、
はい…そうですねギーマさん
「……べんきょう、します………」
「先ずお前は風邪を治せ」
どうやら四天王一むきむきでごつくて図体も声もでかいレンブさんは見た目よりもうんと真っ当な人間なんだと、三人は知る羽目になった。








イッシュ四天王のおかん、レンブ