小説 | ナノ





週末一喜一憂






「君が女だったらいいのに」
「はあ?!」
ギーマはもし、とか〜だったらと言う仮定、つまり「たられば」と夢が嫌いだ。現実と言う物質が其処にあり目に見え耳に聞こえ鼻に匂い手に触れ肌に感じる、形のあるそれらが全て、至上だと。夢だの未来だの唱える割にその為に動こうとしない叶えもしない、つもりも無いの夢を唄うなんて滑稽だ、そんな人間見てるだけで苛々する。夢なんて子供が見るもんだ俺には必要ねーよ今畜生!なんて酔った際絶叫するくらいに激しいやっかみ…否現実への愛を挙げ連ねる程で。そんなポリシーを掲げるギーマが口にした仮定話に内容もさる事ながら度肝を抜かれた。
「…なんだ唐突だぞ」
「付き合うのに楽だろ?君が、俺と」
箇条書きの様に思いつきの儘口に出される言葉に胸の中がむずむずと居住まい悪く痒くなる。あくまで俺を主観に持ってくるなよ、気を遣われてるのが解って恥ずかしい。とか思いつつ自分でも考えてしまった。もし自分が女だったら…うーん、ぞっとしない。
「…女だったらお前と付き合ってないかもしれないぞ」
「え?」
「他の女に混じってお前に声かける勇気は無いし、そもそも四天王になってるかすら怪しい」
空手は…してただろう、道場を継ぐ為に修行の旅に行って、そして師匠に出会い……あれ?想像していくとあまり変わらない人生を送ってるぞ女の俺。
「女でも四天王にはなってる」
「そりゃ君の性格だもの、実家を継ぐ為に修行の旅に出てアデクさんに出会って弟子入りして迄オートだろうよ」
その話は誰にもしていないのに何故解った、と、顔に出たらしくだって、と言い訳の様に
「格闘家になる人間の十中八九のパターンじゃないか、大概実家や近所の道場に通って頭角を現せば更なる高みを目指して修行したり旅に出たり。その道中でアデクさんに出会って弟子入りして四天王…って所だろ?」
って人生なぞられた。ギーマの頭の回転が時々恐い。
「…お前すごいな」
「君が真っ直ぐな人で助かったよ」
「どっちみち同僚になったぞギーマ」
「そう、だから絶対オトす!俺は君が女だったとしても必ずオトすね!」
「何なんだその自信と決意は」
「今時なかなか居ない身持ちの堅い女だろう、女らしい柔らかな肉より筋肉の方が多い腹筋割レテルヨ彼女みたいなので人生=彼氏いない歴みたいな喪女ででも、恋愛も結婚もそんなのより強さとポケモンへの愛の方が大事だって言ってそっちに比重置く様な女になってる筈だよ。で、何故か胸がデカいんだ!」
「そこで胸か!妄想が過ぎるんじゃないかギーマ?!」
黙って聞いていればギーマの仮定、否空想、基い妄想は加速後暴走。二次元に居そうな女性キャラクターと俺の女性化が融合。これはもう、突っ込まずにはいられない。が、ギーマは俄然ヒートアップしていく。
「胸は男として重要だろ!それに妄想じゃない、逞しい想定の果ての結論だ、君が女ならシキミばりの胸で悔しい事に背だってでかい!」
俺と同じか軽く目線が上になるか、どちらにしろ小さいレンブは想像がつかない。
「お前なぁ、そんな規格外?と言うか寧ろ非現実性の高い女性と付き合ってどうする」
突っ込みは最早呆れを伴っていたがそれでも律儀に話に付き合おうとするレンブの性根が眩しくて愛おしいなと、ギーマは何度目か解らない尊敬と敬愛の入り混じった感情を胸の内で抱きながら突っ込み返しをする。
「何を言ってるんだ、外見がそうだとしても君が女だったら内面は立派なお嬢さんだろ?」
「何でそうなるなんで…」
お前の思考に着いていけた試しは無かったが、寧ろシキミやカトレアの思考にも度々着いていけなくなるが今のギーマの思考には全く着いていけそうに無い。お前の脳内でどんなカスタムが為されているんだ俺…考えたくないのでストップしておこう。
「ある程度の家事は呼吸の様にこなせて初で照れ屋で恥ずかしがり屋な、ポケモンバトルも強い。なんて嬉しいオマケのついた、花嫁修業終了済みの文句無い可愛い娘さんだ」
「お前はまた恥ずかしい事と冗談を平然と言う…」
ほら照れた。柔らかくて、付き合う前の冗談を真に受けて怒ったり不機嫌になったりしたつんつんの警戒心露な顔ではない、身内に見せる表情。其れは決してそこいらの連中では見る事の出来ないもので、其れが俺に向けられているというのは嬉しい、嬉しいけれど…
「…その癖に、身内の前では妙に警戒心の薄い無防備な君を野放しに出来る程俺の心の間取りは広くないんだよ」
「は?」
そう、俺の胸の内が猫の額宜しく狭小住宅顔負けの土地面積だと言うのを何故か君はまだ解っていない様で。
「今だって俺は…我慢ばかり」
「ギーマ?」
身内と認めたらもう、疑わないんだよね君は。自分に向けられる感情が自分が相手に向けてるものと同等だと思ってる、そんな訳無い、君が思うより他人は汚い、俺と同じ狢だっている。もう少し警戒心を『身内』に払ってくれないかな、それには俺を含んでくれたって構わないから。そして、俺がやれ浮気性だのナンパだの好色だの言われてても、君に対してはかなり紳士的且つ辛抱強いと言う事も好い加減気付いて欲しい。
「我慢してるんだよ、君は色々不慣れだしなんだしかんだしででも俺は男で、無防備にされると色んな意味で限界がある訳で」
「……俺も男だけ」
「ムラムラしてるんだよ君ぃい!!」
否、辛抱強かった…と過去形でもいいから気付いて欲しい。レンブに飛び掛りながら俺はしつこく考えていた。言葉無くして気付いて欲しいなんて、恋人に対して俺は意外とロマンチストだったらしいな…なんて自己推察をしながら。

*

突如として飛びかかってきたギーマに、俺は喋っていた言葉もそこそこに変な悲鳴を上げた。大凡萎えそうな悲鳴であった筈なのに、ギーマは斜め上にかっ飛んだ感想を漏らしてきやがった。矢張り、ギーマの思考には付いていけないらしい。
「どぎょわーーー!」
「奇声上げても駄目、無駄。そんなんでも可愛く見えるもの俺」
お前の目は節穴だっ!ぐだぐだと下らない話をしているくらい今日は挑戦者が現れず暇で、今度の休み買い物でも、何て私的な予定の為に互いの持ち場を行き来するくらいまったりしてたものだからつい油断していたが相変わらず何を仕出かすか解らない男だ…で、俺が此方側なのか?なのか??普通、と言うか外見的に逆だろ!あれか、襲い受け、とか言うやつか。シキミが何か言ってたな、シキミの話も半分以上訳が解らない事があるからうろ覚えだけれど。
「だっ、く、なんでこんな時だけこんな…っ力が強いんだっ」
ぐぐぐぐぐ………と、ソファーに俺を押し倒し、押し返そうとした俺の手に自分の手指を絡ませ、普段なら有り得ない程の力で俺の腕をソファーに縫いとめようとしてくる。寧ろ縫いとめられかけてる?!格闘家の俺がギャンブラーのギーマに、筋肉男がひょっろい痩せ型男に!
「そりゃ必死だからだよ、レンブ!なぁ、もう好い加減いいだろ?いいよな??俺が本気だって言うのはもう十分君に伝わったよな?だから君も応えてくれるよね?ね?!」
「こ、応えるって…ぐ、ぉ」
「く…、さ  せろってこと だ、よっ」
そして俺此方側確定!!お前こんなごつい男をほにゃほにゃする気かーーー!途端この馬乗りの体勢に恐怖感が湧き出してきた、ヤバイ、色々ヤバいんじゃないのかこれは。普段のじゃれ付きとは全く違うんだよな、な?!
「お、男と女は勝手が違うって言うじゃないか、いき、いきなりお前とその、セッ…いや、するのは難しいんじゃないのか?」
「大丈夫!男との経験は無いけれど女性との経験はかなり積んでるし調べたし聞いたし!無理はしない、無茶は通すけど!!」
何時、何処で、誰に目をつけられるか解ったもんじゃない。唾付けとくだけじゃ不安で堪らない、さっさと手を出して安心したい。そう願って願って、願うなんてらしくない事して待って待って待って…俺は今限界デス、よく我慢しました、辛抱しました、だからもういいと思うんだ。頂戴しても
「そんな言い方されたら益々不安だわーーー!痛痛痛、いででででで!お前の指手の甲に食い込んで痛い!?」
グローブ越しでこの痛みって無い、細長い指はこんなに食い込むのか、知らなかった。って!考察してる場合じゃない?!
「ちょ、たんまたんま!ここは職場だー!」
お前の持ち場です、はい、今ソファーに押し倒されて大変な目に遭いそうです!!恋愛経験皆無の俺でも解る、これは危険だ、デンジャーだ、貞操?の危機だ。此の儘では戴かれてしまうかもしれないし最中をカトレアやシキミに見られてしまうかもしれない!混乱はしてるが残りの冷静さと理性で考える、それだけは絶対嫌だ!!
「待ったらして良いのならある程度待つけどたんまで何ヵ月お預け食らってると思ってるんだ君は!好い加減君が欲しいんだよ畜生!!」
確かに何時も心の準備が…と夜の誘いを断っていたがこんなだと益々準備が出来ない!そしてギーマが、あの全てにおいて余裕の塊であるギーマが投げやりだ!そんでもって只ならぬ馬鹿力を発揮している。
「お前にしては今日、随…分、乱 暴だ、なっ!」
「ほぼ毎日逢ってるのにキスどころかお触りも碌にさせてくれない、生殺しもいいところだ!ヤケクソにもなるよ君!」
「お前の恨み節を初めて聞いたぞ…」
「女だったら即お持ち帰り、とっくに既成事実作って入籍だよ!俺達は男同士で君は恋愛関係殊更苦手でしかもちゃんと付き合うのは俺が初めてだって言うから!?俺を知る奴等からしたらもう有り得ないくらい待ってんだぞ!!!」
レパルダスが鬱陶しがるくらい家で凹んでるんだよ俺!どうしてくれるんだ!色々な物事どうしたらいいんだよ!!毎日毎日、期待と落胆の繰り返しっ!当の君は抱き寄せるのもキスも手を繋ぐのすらも全力拒否!緊張と恥ずかしさで照れてると思えばソレも我慢できたけれど限度っつーもんがあるんだぞ!!
…滅多無い絶叫はギーマの鬱憤の溜まり具合を表してるらしい、こんなギーマ初めて見ました。そしてその分、俺には対処法が解らない。兎に角、落ち着かせなければ
「解った、解ったから今は落ち着いてくれ!わーわー!襟の中に顔突っ込むなー!落ち着いてくれギーマーー!!!!」
「落ち着いてるから。その手は喰わないよ。どうせ暇だよ暇だ暇暇に決まってる、挑戦者ソレ何語?小一時間関係者含み立ち入り禁止にしたって何の問題も無いよ」
「問題大有りだ馬鹿ーっその熱の籠った湿った吐息を首に掛けるなぁ、止めろ本気で止めてくれ…」
首筋に当たる息は深く、熱い。女性なら色気があると喜んで身を任せてしまうのかもしれないが今、勢いで身を任せてなるものか、こんなところで初体験かましてなるものか。第一その吐息をかけられて背筋を走るのは愉悦ではなく怖気と脂汗だ、全くいい雰囲気じゃない。
「い、今は兎に角引いてくれギーマっこんなところでするのはちょっとい、嫌だ」
「その反応は可愛くて美味しいけれど君も往生際が悪いな、男なんだから腹括れよ。」
腹を括るも何もこんな展開予想していない…って道着のジッパー下ろすな、帯を解こうとするな!隙間から懐に手を這わせるなーー!!
「ぎゃー!ギーマ、ギーマァーーー!!!!本当に待った、待って!此処は嫌だ、本気で職場は勘弁してくれっ!!お前が本気なのは十分伝わったし焦れてるのも解ったからぁあ!」
「何が解ったんだってば君は」
「あっ、明日は休みだっ」
「だから何だって…」
「お前と一緒に帰るっ」
「……」
「…お前の家に……いくから」
「………」
つまりと確認するほど子供でも無いし、意地悪のつもりはあるが今は焦らす余裕なんか無かった。さっさと約束をこじつけて逃げ道を塞いでやる。レンブは約束を守る男だ、しかも自分からした約束、破るのは人格と沽券とプライドに関わるだろう。ああ、今から告げる追い打ちの様な言葉のなんて打算と下心に満ちた事か。でも格好悪かろうが無様だろうが卑怯だろうが勝ちは勝ち、勝ちを得に行くのに何の躊躇いがあろうか。
「逃がさないぞ?」
「に、逃げんっ」
「絶対朝迄帰さないぞ」
「…わかった」
「朝どころか一日中放さないぞ」
「そこは…お手柔らかに頼む だから今は……よしてくれ」
咄嗟に口を吐いたとは言え何つー約束をしてるんだ俺は。お持ち帰りを許し、更にその先を許可してる。何て酷いんだ、何て恥ずかしいんだ。知らず顔に熱が集まり嗚呼、今屹度俺の顔は赤い。益々恥ずかしくなって熱は更に高まり目元を滲ませていくが片手は未だギーマの手に絡め取られ、もう一方は乱された上着を掻き集めギーマの手の侵入を阻止している為顔を隠す事も儘ならない。唯一の抵抗は顔を襟に埋めると言うささやかなものだけだが、ギーマの強い視線を無視出来るものではなくて。
ちら、と横目で微かに見上げたギーマは熱と怒りと何かしらの感情を込めた目でまじまじと俺を見下ろしながらやがて、「ふう」と溜息を吐き絡めていた手の力を弱め肩の力を抜いた。
「ま、今迄待ったんだ。後半日程度待つくらいどうって事無い…か」
天井を仰ぐ様に視線をレンブから外し、心なしか解れた髪を撫で付けながらギーマは妥協を示す様に圧し掛かった身を離していく。漸く初体験を職場で致すと言うのを諦めたようだ。うん、諦めてくれて本当助かった、毟られる程度で済んでよかった。懐に這わされた掌の熱さから考えてもよく自重してくれたと無い胸を撫で下ろし、滲む目尻を襟に擦りつけこっそり拭う。あの儘続けられたら俺は全身全霊の力で以って逃げ出す可能性がある。ギーマの事が嫌いな訳無い、確かに焦らすと言うか待たせすぎた俺が悪いんだろうが、ここ迄捲くし立てる様に迫られ続けると俺は追い詰められて今密かに練習してるきあいだまが撃ててしまうかもしれない。万が一成功したら大変だ、こうかはばつぐんだ!でギーマが瀕死になってしまう。
等と真面目に考えているレンブを見下ろしながら、ギーマは独り言の様に
「でも、この美味しいシチュエーションをただ手放すのは癪だし間抜けだから」
と零し、解きかけていた指を緩く絡めなおし思考の逃げがちなレンブの額に覆い被さって…そっと耳打ちしてきた
「お手付きくらい、いいだろ?」
ちゅ、耳打つ音と額に何かが触れすぐさま離れる感触。え?と背けていた顔をつい正面に振り返すと鼻先が触れ合う程の場所にギーマの顔があって、直ぐさま視界の殆んどが薄暗くなった。流れるように音も無く重なった其れは音も無く離れ、すかさず俺の唇を二度三度と啄んだらしい。僅かな息詰まりに吐いた息は湿り気を帯びていたのか耳に届く前に何処かへ落ちて消えた。
「……っ」
一拍の後、唇に触れた其れがされた行為が何かに気付いた俺の顔は湧き上がった湯を掛けられた様に赤面し、折角拭った目尻の滴はまた滲みあがってくる。見上げた先にあるギーマの顔はシャンデリアの逆光に遮られ瞬時に見る事が適わなかったが目を凝らした先で何時もの余裕綽々の、何処か意地悪めいた喰えない顔をしていた。こいつ態とやりやがったな!?猛烈に抗議してやりたい気分だが、今無防備に口を開けたら最後、何をされるか解ったもんじゃない。結果口からは虫の鳴き声の様な音しか出なかった。
「ギっ〜〜〜〜〜〜〜〜/////」
「はは、思った通り、可愛いな君。今はその顔で我慢するよ、」
大の大人の男に言う台詞か!俺の反応に満足したのかそれとも約束の内容に喜びを隠せないのか、
「よし、挑戦者何時でも来ーい。さくさく捌いてやる」
と明らかにご機嫌な様子で拘束を解き俺を優しく抱き起こす。それからギーマはどかっと隣に腰を下ろし直し珍しく仕事への意欲を露にした。そんな事を口に出すような奴ではない、あからさまな態度が益々俺を羞恥地獄の底へ誘っていく。
「終業時間ばんっ!で帰ってやる、君もばんっで上がってくれよ」
「…努力する」
「努力じゃ駄目、実行して」
「……わかった」
「よし、良い子だレンブ」
「………戻るぞ」
此の儘羞恥地獄に曝されたら死んでしまうかもしれない、俺はこれ以上の言葉の追従を避ける為、出来るだけさり気なくギーマの持ち場を後にしようとしたが、この考えすらギーマの想定内だようで。
「あー今晩が楽しみだ、ねえ?」
やっと治まったと思ったのに!そんな言葉を掛けられまた赤々と染まる顔で、熱の籠る頭で、一体どうやって持ち場に戻れと言うんだお前は。睨みつけてやろうかと思ったけれど今の顔だと屹度逆効果だ。もう、逃げ出すしかない、情けない!悔しい!!でも嫌いじゃないんだ、益々悔しいわ!!!
何悪い事をした訳じゃないのに、レンブはシキミやカトレアに見つからないよう持ち場に逃げる様に俺は駆け込んだ。






ぐだぐだした話。どうして我が家のギーマさんはこんなに必死なんだ