小説 | ナノ





小話






・感情の起伏が殆んど無いレンブ

「レンブ、今付き合ってる人は居るかい?」
「いない」

「それじゃあ、好きな人は…いるかな?」
「いない」

「ねぇ、私の事如何思う?」
「…どう、とは?」
「嫌だとか好きじゃないとか、好みとか」
「……そう言うのはよく解らないな」
「もしかして、今迄恋愛感情とかあんまり持たなかったタイプ?」
「…今迄一度も無いな」
オーゥ、いたよ天然記念物。恋愛に興味の無いタイプ来たよ、それでめげる訳じゃないけれどなかなかどうして難易度を上げてくれるじゃないかレン…
「…同性に迫られる事が多かったのは確かだがそれでも何とも思えなかったし」
いやいやいや!ヤバイ、これはヤバイ。屹度過去の所為で捻じ曲げられてるよレンブの心が!私の恋路に暗雲が!!
「うわ、あ、御免。引いたとかそう言うんじゃなくて、じゃあ今私が言ってるの若しかしなくても不快だったりした?それだったら申し訳無いと言うか…」
「いや、そんな事は考えてないし同性に迫られたは確かだが何か酷い事をされた訳じゃない」
「あ、そうなんだ…良かった。じゃあ脈全くなしと言うか見込みなしな訳じゃないんだよね?」
「?」
「鈍いのか…なかなか手強い、否恋愛に不慣れなら仕方ないが」
とぶつぶつ言ってたらレンブは私が考えても居なかった事を暴露し初めた。

「人に何か特別な情を抱くと言う事が、実はよく解らない」
「…え?」
「俺は…感情と言うか喜怒哀楽とかそう言うのが殆んど解らない」
聞き様によっては手の込んだ冗談がブラックジョークかと言いたかったが、それは有り得ない相手だったので私の脳内は正直今、荒れている。
それって大変なん事じゃない?色々な意味で凄く大変な事なんじゃないの君!?

「でもアデクさんは君の師匠なんだろ?尊敬したり敬愛してるからそう言う間柄になってるんじゃないの?」
「それもよく解らない…昔から俺の親とあの人の付き合いがあったから、今の関係があるだけだ。尊敬とか敬愛とか他の感情をあの人へ向けているのかと言われたら、イエスと言う事は多分出来ない」
ええー、それで師弟関係成り立つのかよ。世の中とんでもねーぜ!なんて言うほど下品でもないので言葉を飲み込んでレンブの出方を窺っているとレンブは、ぽつりぽつりと自分の過去を教えてくれた。
*

「…物心ついた時からこうだったと思う、特に困った事は無かった。ポケモンがいたし、郊外に住んでいたから同世代の子供もいなかった。唯、親が道場を開いていたから其処で他人を見て育ってた」

「最初は興味が無かったが徐々に他人の表情がくるくる変わったり声や言葉に色々な何かが乗って、聞こえてくる時微妙に違うのは面白かったし楽しそうだった。でも、自分で同じ事が出来るとは考えた事も無かったししようとも思わなかった」

「そもそも思うと言う事もなかった、自分は他人とは全く違うんだなと言う事実だけを知って、ポケモン達の気持ちもなかなか理解出来なくて、毎日人とポケモンを観察するのが日課だった」

「暫くしてから、観察してる人達や親や師匠の真似を何となくしてみた。上手く出来なかったけれど親は凄く喜んでくれて…何故か解らないがフリだって真似だって言えなかった」

「それからずるずると今迄きたが…如何せん未だに何も感じない」

「男に迫られた時だって嫌悪感も無いし差別感も無かった。でも差別も嫌悪も無いからと言って、相手の好意を受け取るのは失礼だと考えたから全て断った。この考えだって本やテレビからの知識だったり観察した他人の物真似なのかもしれない」

此処迄話した後、レンブは浅く溜息を吐いて
「俺は欠陥品なんだと思う」
と僅かに肩を落とした。コレもふり、なんだろうか?否、猿真似でも無いし振りでもない。私がそう思いたいだけかもしれないが、屹度これは彼の気付いていない彼の中の情動の欠片なんじゃないかと思った。

「何故…そう思うんだい?」
「他の人はちゃんと感情を感じるんだろ?それが無いのは可笑しいんじゃないのか?」
「それを一概に可笑しいと言える人は中々いないし、感情のふり幅には個人差があるもんだ。君のだってふり幅が極端に狭いだけかもしれないし、まだ出て来てないのかもしれないじゃない?これから解るようになるんじゃないの?」
嗚呼、何て無責任な言葉!流石口から生まれた疑惑の男だ私は!!好いた人にもなんて無責任を振り撒いたんだ、悪気は無かったがこの重苦しい空気に耐えられずついうっかり口に出してしまった―…何て白々しい嘘を頭の中で思い描きつつ、レンブの様子を窺う。この言葉に対する彼の返事で屹度彼の本心が解る、そんな気がしたからの猿芝居。さて、彼は乗ってくれるのか…

ややあって、レンブは俯いた儘少しだけ目線をこちらに向けると、感情の無い声で尋ねてきた。これが素の彼なんだろう、でも可笑しいのか面白いのか、私には全く気持ち悪くも不気味にも感じられない。その無感情な瞳の奥に、何処か…縋る様な必死さを感じてしまったからだかもしれない。

「それはどうしたら解るようになるんだ?」

「何処にある?この胸の奥なのか?何の情動も湧き起こそうとしないこの胸の中なのか?それともそれ等を俺にインプットしなかったこの頭の何処かにあるんだろうか?」
「どうすれば見つかる?この胸を裂いて取り出す事が出来るのか?頭蓋を割れば手に取れるのか?それとも形として目に見えないものなのか?」
大きく無骨な手が逞しい胸元をゆっくりと、でも強く掻き毟る様に滑り落ちていく。言葉は無知その物の荒唐無稽な問いかけだけれど、その仕種は無感情な人間が他人の観察を得て習得した知識によるものにしてはあまりにも感情的すぎて。
ああ、彼は本当に解らない儘、それでも知りたいと願って生きてきたんだと、その計り知れない苦しみに胸が引き絞られる。しかしこの胸の引き攣りと苦しみは、彼への同情心では決して無い。

「……そんな君にこんな事を言うのは狡いし酷いと思う。でも今言いたい、私は君が好きなんだ」
「…そうだったのか、全く気がつかなかった。すまない」
「君が自分の事を伝えてくれて嬉しいよ、君のその状態に、私の好意を刷り込みみたいに教え込む様でいけないと思うんだけれど、君の話を聞いても私の気持ちは揺るがないんだ。だから…」
普通なら此処で何か一言相手が言ったり場や空気を呼んだ発言を期待するけれど、先程のレンブの言葉が真実ならこの先も紡がなければ屹度伝わらない。解られない程度に深く息を吸い、万感を込めて望みを告げた。
「若しよければ…君にも私を特別に想ってもらいたい」
この思いが伝わったのかはたまた場の空気の異変に気付けたのかそれとも自分の中に何かがあったのか、顔を少し持ち上げたレンブは
「……出来るのだろうか?」
と尋ねてきた。意外と展開は速いかもしれない、なんて調子に乗った事を考えながら追い打ちをかけていく。

「本当に解りたいと思う?」
「…イマイチ判断出来ない、解りたいと願っているフリをしているのかもしれない。でも…若しこれが本当に俺から湧き出る感情と言うものなのだとしたら」
それを自分のものだと知覚する事が出来るのなら
「もし解れるのなら知りたいし、感じてみたいと思う」

ああ、感情と言うものそのものには興味があるんだ、良かった。興味が無いんなら私の手に負えないと思った。つまり、手に負える代物なら何とか出来ないかなと言う打算が有る訳で。此処までを考えて行動してしまう自分の汚い大人加減に我ながらうんざりするが、この際だ。カードを選り好みしてみすみす勝利を逃す愚考を犯すつもりは無い。
まぁ手に余る存在だとしても彼への恋情が冷める気配は無いから、最悪医者に行って少し診て貰って別の方向から…と飛躍した考えで頭をいっぱいにしかけた私の耳に全くの予想外の言葉が響く。

「なぁギーマ、」

「俺は自分のじゃなく人の気持ちを解りたい」
俺は

「お前の気持ちを解ってみたい」

こんな欠落だらけの俺を少しでも好いてくれたと言うお前の気持ちを、俺の欠陥を知りながらも好きだと言ってくれたお前の情動を、その心を汲んで飲み込んで知りたい、と顔を上げたレンブがあまりにも真っ直ぐで澄んだ目で言うもんだから、此方は途轍もなく堪らない気持ちになって。でも屹度それはまだ伝わらないだろうから取り敢えず力の限り抱き締めながら、少しだけ慌てた様な素振りをするレンブに心の中で何度も叫ぶ。

なんて可愛いんだい?

なんて愛らしいんだい??

私は君を口説き殺したいよ、嗚呼!




無感情なレンブさんをそれでも好きなギーマさんというネタとしてはテンプレなネタ。そして小話の割に長くなった。



14/6/10