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脱・プラトニック宣言(ズミガン)






※ガンピさんやもめ設定、息子がいる捏造ですがそれでも宜しい、平気だぜ!と言う方はどうぞ、キス表現あり












そう言えば自分からキスもハグもした事が無いなと、なんとなしに思い立った。

キス―、カロスで言うとビズと言う頬擦りからキスの真似音を立てる行為だが―親しい人間とはよくやる。寧ろ挨拶だ、当たり前にやるのだが自分からしかけた事が今迄一度も無い。カロスの人間としては触れ合いが苦手な方で、人付き合いも程ほどにしている所為か、仕事上の付き合いが多い所為なのか握手する方が多いし、されるとしても周りからしてもらっている事が殆んどなのでやはり自分からはしないのだ。
それは恋人が出来てからも変わらなかった。向こうが此方を発見すると率先してしてくれる為私は受け取り、返すだけだ。自分からしてみよう、と思わなかった訳ではないが気恥ずかしさとタイミングの具合が上手く行かず結局した事が無いに帰結してしまう。声は頻繁に掛け、なるだけスキンシップをとるよう意識しているが如何せん、私の頭の中は常に料理の事が幅を聞かせており、他の事には反応が鈍く、頭も体も相手への対応に追いついていかない。寧ろ受け止めるだけで精一杯なのだ。

それに恋人になってからそれなりになるが、未だに性交渉をした事が無い。
あちらも何も言わないし此方はそういう欲求が薄く、とんと頭に湧いてこない。抱いてみたい、と考えた事も無いのだ。お互い身体的に不都合は無い筈だし彼はスキンシップを好んでいるがキスと抱擁以上に何かした事もないし、そのキスだって触れ合う程度の軽いもの。性的な、劣情を煽る行為や雰囲気なんか出した事も醸した事も無い。本当にある種健全な関係を私達は築いている。

何故こうも考えているかと言うとこの前恋人が居ると言う事がパキラさんにバレたのだ。ドラセナさんのお陰で踏ん切りがついたので彼女には無事に告白出来て恋仲になったと報告していたのだがそこからバレたらしい。
人の口に戸は立てられない。しかし、誰と言う特定には至っていないので特に問題は無い。彼女にとっては世間話の一つの程度で出した話題だろうと考え、話をしていたが話題が性交渉の事になった時馬鹿正直に答えてしまったのがまずかった。

彼女にそれは可笑しいと言い切られてしまったのだ。半年以上も付き合ってセックスレスなんて有り得ない、貴方は彼女の気持ちを蔑ろにしていると呆れ半分糾弾半分で言われたのだ。
相手も何も言わないと反論すれば、はっきり言えない女性が大半だと逆に反論された。そして何も無い期間は相手に不信感と不安感を植え付けるのだとも…

「貴方が本当に相手を愛しているのなら、話し合うべきだと思うし其れが恋人のマナーなんじゃないかしら?」
こう言い捨て彼女は自分の仕事へ向かっていった。其れを見送りながら、確かに正論ではあると思った。

本当の事を言えば相手は女性ではなく男性で、しかも一回りも年上でオマケに騎士だ。結構はっきり物を言うし、思慮深いあの人は物事の本質をある程度見抜き、数歩先読みする事だってある。何かあれば喋ってきそうだとは考えられないだろうか?
だが性格の上から考えれば世話焼きのお節介好きの、天然で恥ずかしがり屋の晩熟。とくれば確かに、女性の様に性交渉に関して何か物申す事を恥じている可能性はある。あまりそう言う事に明るいという訳では無い様だし、私の告白もその天然ボケと言う性質から暫く己へ向けられた告白だと気付いていなかった程だ。存外に性交と言うコミュニケーションを忘れているのかもしれない、しかしこの考えは私の頭の中で考えたものであり彼に直接聞いた答えではない。

今後聞いておくべきだろうか?今の関係で満足しているのか、本当はどう思っているのか。私は満足していると考えているが貴方はどうなのか?貴方は本当はもっと違う関係を望んでいるのではないか…

等、云々かんぬん、訥々と考えていると耳に馴染み深くなった音が聞こえてくる。そしてその音はだんだんと此方に近付いてくるではないか―そう、その音とは金属音けたたましい足音、ガシャガシャと間断なく床に叩きつけられる鍋やフライパン宜しくその人の気分迄如実に表す愉快な足音、且つリーグ内では稀なる大騒音の原因の一つでもあった。
本人も其れを弁えているから滅多に走る事は無い。だが、その滅多が発揮されるのは己が関わる時、即ち―

「ズミ殿〜」

彼が恋人である私を発見し、嬉しさのあまりに駆け寄る為だ。若しくはとても緊急の事態のみ彼は走る。余談だが彼はあのいでたちながら足がとても速い、あの重装備でフルスピードで走り寄られた日には流石に命の危機を覚悟した事もあった。ブレーキの掛け位置がまた絶妙な近距離なのだ、もう危ないったらありゃしない。

「ズミ殿、戻られたか!」
そう言いながら腕を広げ何時もの絶妙な位置でブレーキをかけつつ抱擁を求めてくる彼に、きたる殺しきれなかった勢いを受け止める心の準備をしつつ彼を抱き止めた。最初は全く注意を払ってなかった為私は彼に轢かれ吹っ飛ばされた。その後暫くは近寄る事すらしてこなかったがほとぼりが冷めた頃にまた走り寄ってきた。一度経験した為撥ねられはしなかったが踏ん張りが利かず体が浮き彼に抱きかかえられた、流石に恥ずかしかったのでその後からは意地でも堪えてやろうと踏ん張る事にしている。
今もそうだ、抱き止めた彼の急ブレーキの勢いが其の儘伝わり、吹き飛びそうになる体を意地と気合と根性で踏ん張り、何とか仰け反るだけに留めた。良かった、意地と根性と気合のある料理人で本当に良かった。

その後馴れた動きでその求めに応じ右頬に一つ、左に一つ、そして額にも一つ。音真似じゃない触れるだけのささやかなキスとオマケのキス。恋人になってから、挨拶にキスが混じるようになった。それでも手馴れた動きとされ馴れた延長の心地に特に違和感も嫌悪感も無い儘受け取っている。私は両頬に真似だけして彼の体を緩く抱き締めた後に離れる。その刹那微かに…胸に引っ掛かるものがある様にも感じられるが……これはなんだろうか?悪い感じではないが普段感じる感覚ではないので、悪くも無いが居心地も良くない。
そんな私の気持ちの揺らぎ等露知らず、一頻り私を抱擁した後にガンピさんは私の都合を問うてきた。
「もう仕事は終えられたのか?」
「ええ、今日は以前お世話になった人の昼食会の手伝いだけでしたので」
「然様か…明日はリーグが休みであるな。其方、何か予定はあおりか?」
「いえ特に…もし、宜しかったら私の家に来ませんか?」
「よいのか?!」
「ええ、是非とも」
その言葉ににこにこと、子供の様に微笑み続けている彼に
「どうしたんですか?そんなに嬉しそうになさって」
と素直に疑問に思い問うといやなに、と笑いやまずに照れも隠さずに彼は続ける。
「本当は、先に我が其方を誘おうと思うておったのだが、逆に其方から誘って貰えた。それに」
「それに?」
この言葉に、益々彼は笑い続けながらこう答えたのだ。

「久し振りに其方と過ごせると思うと、年甲斐も無いが嬉しくて堪らぬのだ!」
笑み零れる、と言うのはこの事だろう。年上なのにまるで同年代や年下の若者が嬉しさを抑えきれず全身からソレを放出し、且つ回りに振り撒いている。そんな顔をして笑っているのだ、彼は。
私と過ごせるのが嬉しくて堪らないと、全身でアピールしてくるその姿がその表情が仕種があんまりにも可愛らしくて、愛しくて。

私はつい無意識に彼の唇を奪っていた―…



その感触は想像よりも柔らかく、湿っていて、何より気持ちが良かった。其の儘、衝動に任せ彼の背に腕を回す。甲冑の冷たい感触しか伝わってこないがそれも気にならない程、気持ちは高揚していた。久し振りに味わう他人の体温と感触に頭の芯がじわじわと熱と持ち始め、滅多に無い感覚に抗いもせず幾度も啄ばみ、食みを繰り返す。もどかしい身長の差を埋め様と僅かに揺らぐ爪先に力を籠め、ふと瞬きをした時に視界いっぱいに飛び込んできた表情に意識を囚われた。嗚呼!ガンピさん、貴方、なんて、

何て真っ赤だろう!

まるで初恋の相手に恋心がバレてしまった少女の様だ、初めてキスをした初々しい恋人の様だ、いや…これは…苺だ!苺のジャムだ!ジャムを乗せた白いパンだ!!

苺や赤いベリーのジャムを乗せた柔らかいパンの様な柔らかな質感、赤々しい林檎を切った時の瑞々しい断面の様な赤と白のコントラストが美しい。今度林檎のスイーツでも何か考えよう。等と一般的な感覚から考えれば多大な脱線だが、通常運行の脱線をしつつ別の考えが頭を擡げてくる。そう、可愛いのだ、愛らしいのだ、一回りも年上の中年の、鎧甲冑を全身に纏った大男が私には可愛くみえてしようがないのだ。何故なら恋人だからだ、スキンシップが少ないとか態度があっさりしてるとか他人にどう言われ様が私は彼に首っ丈なのだ。今時首っ丈と言う言葉は使わないだろうがまず其処に間違いは無い。私はガンピさんに骨抜きなのだ。
だからこそ、解せぬ。

「……何故、そうまで赤くなるのです?」
キスなんて日常茶飯事、挨拶の延長で行われるソレなんかの時には終わるとはにかんだ様に微笑んだり、照れた様に顔を綻ばせる事はあってもこんな表情はした事が無かったじゃないか。別にディープキスをした訳でもないし…どうした事だろう。なにか変な場所にでもしてしまっただろうか、でも唇だけにしかしていないし…初めてそう言うキスをした訳でもない。何故だ?何があった?
そう考えていると上擦った声で彼は、波にさらわれ打ち震えた小動物の様に震えながら戦慄いた。
「だ、だ…だって………不意打ち、である」
「は?」
その次に聞こえた言葉に、私はパキラさんに言われた通りもっと早くにお互い相談しあうべきだったと、今迄のなぁなぁな付き合い方を後悔した。

「ズミ殿が……キスして、抱き締めてくるなんて…………有り得ぬ」

「………はい?」


*


今、何か…途轍もない感覚の相違を突き付けられた気がする。聞き流してはならない、とズミは直感を信じて問いかけた。
「…どういう事、でしょうか?」
ごにょごにょと、何時もは明瞭にはきはきと物を言う彼にしては大変珍しい喋り方で顔を真っ赤にした儘続ける。
「い、何時ものズミ殿は…我に対する態度がもっと、こう ドライと言うかあっさりと言うか」
「まぁ、否定はしませんが」
「突慳貪と言うか…むん、我の基準でスキンシップを取ろうとすると、嫌がって逃げてしまいそうと言うか…」
我基準…凄く気になる、アレはかなりセーブされたスキンシップだった様だ、随分遠慮してくれていたのか?
「まるで、そう、自分は大人の仲間入りをしたんだから子ども扱いしてくれるな。と言った時の息子の様で」

………

今更だが彼には息子がおり、奥さんとは死別している。所謂やもめ男だ、
隠し事はしたくないので彼と付き合う事にした時、機を見計らい会う場を設けてもらったが其処からが大変であった。長くなるので割愛するし、状況から察してもなかなか愉快この上ないやり取りの連続であった事は想像に難くないだろう。
けれど其れは仕方ない話だ、父親が恋人として連れてきたのが異性ではなく同性で、しかも自分とほぼ同年代の若い部類の人間だと言うのだ、揉めない方が可笑しい。最後には認めてくれたが大分ごたついたのだ、未だに会えば嫌味の一つや二つは飛ばして来るし。
そんな彼にとっては愛しい息子さんを、私と会う度思い出していた。

―…つまり、
「私とご子息を重ねていたんですか!?」
「そうではない!ズミ殿はあまりスキンシップを好んでおらんと考えておったから!してくる訳がないと思っておったのだ…それでも我は構わぬと考えておったし、不満も無いのだ。我は歳だし、男だし…おっさんであるし……そう言うのを求められるとは、全く考えていなくて…驚いてしまったのだ」
「っっっっ!!何で決め付けてるんですか!私だって人間です、普段触れ合いを求めていなくても貴方に対してそう言う要求をしないと何故貴方がいえるんですか!?」
自分で言ってはっとした。見透かされていたのにも腹が立つし、そう考えていた節のある自分にも今更腹が立った。だってそうだ、キスや抱擁すら求めない男だと、恋人だと思われていたのだろう。当たってるけれど!

もじもじと指先を指先同士でいじくりながら、いじけた子供の様に肩を竦める彼は
「決め付けておったのは謝る…でも、我がキスして抱き締める時、ズミ殿は緩く抱き締め返してくれるから…その小さな反応で、我は満足であったのも事実なのだ。もっと色々なにか…等と言う我が儘なぞ言える筈も無いし」
と謝罪してくるが、謝る謝られるで済む話ではない。
「何と欲求の無い!何といじましい事か!と言うか言いたい事があったんだったら言って下さい!私にだってそれに応える度量と心構えくらいはあります!」
多分、気付いた今なら…だけれど

「好いた相手に無理強いや我が儘を言うのは我の主義に反する、それに其方は日頃から忙しく疲れておるのではと考えたら…」
「だから!1人で考える前に何故私に聞かないのです?!貴方の頭の中の私は今目の前にいる私とは別人ですよ!因みに今の仕事量は修行時代やホテルの料理長時代に比べれば何て事の無い量ですので別に疲弊はしません!」
「そ、そうかもしれぬがでも」
「そうなのです!現実の私を無視して、妄想の私に色々聞くのはお止めなさい!私が虚しいし悔しいです!!」
何故、頭の中に出来た私像へは問うのに、現実の私には何も喋らないのだ?矢継ぎ早に責め立てていけばそんなに責めるな!と言わんばかりに半泣きで叫んだ。

「だ、だって!はっきり言えばズミ殿、そういう欲求が無いタイプだと思っておったんだもの!!」
「はぁあ?」
欲求が無いタイプ…つまり、性欲が薄いと思われていたのか?確かに当っているが…それとも精神的繋がりで満足すると思われていたのか?これも確かに間違いではない…と言うか先程の推論が結論に達してしまったし、はっきり言われてしまった。お前そう言う欲求無いんだろ?と
「先程も言った通り我は男だしおっさんだし、それに結構ガタイが良いと言うか、まぁ筋肉質だし。相手が誰でも、そういう事をしたいと思える体では無い…と思う」
…それはまさか、
「貴方に手を出す男だとは一切頭に無かった、と言う事でしょうか?」
「…う、うむ、」
これも確かに手を出す気が有ったか無いかと問われれば無いの方に傾く。しかし、彼の裸を見た事は無い。日頃リーグで会う時は甲冑フル装備だし、休日に会うにしても結構ゆったりした服装を好んでいるらしく、はっきりとした体のラインを拝んだ事は無い。そんなにいただけない体つきなんだろうか?…気になってきた、海老の殻の様に甲冑やら服を毟ったら泣くだろうか?

「何故、そう考えていたんですか?」
最初の方に話は戻るがこう言う話はお互いの間で一切していないのだ、意思の疎通無しに何故彼が私をこの様に捉えていたのだろうか?これでも可能な限りスキンシップは取っていたし予定をあわせ一緒に居る時間も多く取っていた。彼の前で其処迄、生業である料理を前面に押し出した気はしないのだが…

「ズミ殿は…料理に人生を捧げておると、思ったからである」
「……」
「其方の世界は料理が中心で、他はその…端的に言えば二の次である。当然その二の次には我も入っていて然るべきで、でもそれが嫌だとは考えた事が無いのだ。其方のその生き方は其方が選んだ道で、それを成す為には沢山の時間と選択と犠牲とが必要であろう。我とて唯で騎士としての人生を歩めた訳ではない、何かしらを置いて来なければならないし選ばなかった事柄も選択も勿論ある。しかしその様な生き方にも時折は息抜きが必要であろう?その息抜きが我であればよいと、考えておった故」
「………つまり?」
「その息抜きは別に肉体関係が無くても良いと思っておったのだ。其方の隣にいて、時折言祝ぎ、小鳥の様に睦み合う。その様な穏やかで健やかで、ささやかな関係で十分だと―考えておったのだ。其方は、我と居ても料理の事で頭がいっぱいである様だったし…」
「…………」
「……ズミ殿?」
「……………そんなに、料理の事でいっぱいだった、で、しょう か?」
「それは勿論!買い物に行けば其方の頭の中が宇宙の様に閃くのか、突如業者の如く食材の交渉をし始めその後我は何故か大量の段ボール箱を担いで家へ帰り、其方はその食材をあっと言う間に料理や保存食に変えてしまいながら更にレシピの試作に打ち込むのは日常茶飯事であるし」
「………………」
「一緒にテレビを見ていればドラマや映画のワンシーンを見ていただけだったのに、何故か其方はレシピのメモを取り始める。訳を聞けば”画面の端に映っていた料理が気になったので、後で作ってみようと思いまして”と何処にどれだけの時間映ってたのか解らぬ料理を頭の中で作り始めるのも、通常運行である」
「…………………」
「更には寝る間際や寝ている間、寝起きにすら呪文を唱えておる。よくよく聞けば食材名を連呼しておってな、一度メモをして其方に渡したら其方”ああ、昨日カフェで食べたお菓子の材料ですね”とそのメモを我に返してきたではないか。其方がまさか食べながら料理の食材を当てられるのは、流石の我も驚いたであるぞ!」
全く、其方は頭の先から爪先迄髪の毛一本迄も料理の事で満ち満ちておるではないか。それ程なのだ、人生を捧げていると判断しても間違いはないであろう?
「…………………………」

意思の疎通なんてもんじゃない、この人の推察力や思考能力高さたるや…否、逃げるのは止そう。私が馬鹿だ、私は自負しているよりもかなりの料理狂いで、自重しているつもりで全く出来ていなかっただけだった。
全くだ、彼の言うとおり全て当たっている。そしてこの人の考えに便乗してしまえばいい、この人だって考えてるじゃないか。私が性行為抜きの関係を望んでいると、それでも構わないと言ってくれてるし私の性格も性質も受け止めてくれている、若干呆れられたかもしれないが屹度慣れてくれるだろう。だが…何だか無性に、この流れに

腹が立つ!!!!!


そうだ、そうだよ、抱きたいなんて考え付かなかった。キスだって抱擁だって、碌にしたいと思わなかったし思いついた事も無かった!でもそれは別に自分が「枯れている」と言う訳じゃないし愛情が薄いと言う訳でもないし彼に何も求めていない訳じゃあない、私は彼が傍にいれば満足だったのだ。
一緒に過ごし、自分の作った料理を食し、職場で共に働き、時折互いの家を行き来し稀にお互いの家で泊まり、共に朝を迎える。それだけで満足していたのだ。だが…気付いた。

これは、私の自己満足の小さな世界の話だ!この世界に彼の、ガンピさんの意思も意見も、何一つ反映されちゃないのだ。
彼は屹度遠慮している、それは今の態度と言葉で理解した、しかもそれを当然だとも考えていた。自分が年上だから、私が我が子とほぼ同年代だから、その私の意志を尊重するのに馴れていたから。

ならばこれは恋人同士じゃない!

唯の擬似的な親子関係だ!!

………なんて酷い…今迄家族ごっこをして過ごしていたなんて……何て事実だ………凄まじく…………

イライラするぅうっっっっ!!!!!!

そう結論付けた瞬間、私は猛る思いの儘に彼を睨みつけていた―



*



「ぬ、ぬぅおお、何故我を睨んでおるのかズミ殿!」
「そりゃ睨みもします、何もかもお見通しで、子供の我が儘を聞く様に相手をされていたと知らされれば大抵の彼氏は怒り心頭ですよ!頭の血管の一つや三つや五つ切れますとも!!」
「二も四も抜いて五に飛ぶとは…其処まで頭に来てしまったのかズミ殿!其方の猛烈な怒りをひしひしと感じるぞ!!」
なんだかよく解らないところに着地し納得している彼だが今、その事はどうだっていい、兎に角頭の中が沸騰しそうだ、意識が半ば引き千切れ、血管は腹の中は腸は火傷しそうだ。もうどうにもならない程苛立ちが渦巻いている。

とてもイライラして、オマケにムラムラしてきた。ムラムラは凄く久し振りの感覚だ。この人を喰らい尽くしてやりたいとたった今、初めて自覚したのだ。自覚すればもう、目の前の男が欲しくて堪らない。頭の先から爪先迄みんなみんな、己の物にしたい、今直ぐにでも、今直ぐにでも!
だが、その前に彼へ謝罪しなければ。人としての筋は通さなければなるまい。

「…ガンピさん、貴方に謝らなければなりません。私は貴方を愛していると言いながら貴方の事を何も解ってはいなかったし解ろうともしていなかった、貴方の好意に甘え胡坐を掻いていた。どうか許していただけないでしょうか?」
「謝っている顔付きでは無いがそんな、ズミ殿が謝る事ではない、我とて其方に遠慮し伝えずにおったのだ。我にも責任がある、己のみを責めてはならぬ」
「その心遣いと気配り、大変有り難く痛み入りますが何故逃げているのですか!」
さっき迄隣に立っていた筈のガンピは今、部屋の端まで移動し柱の影から此方を窺っている始末。何故逃げる、恋人同士なのにっ
「だってズミ殿怒ってるもの!我、恐いのである!」
この痴れ者が!の決め台詞時よりも大変御怒りの相貌でこちらを睨まれれば、慣れている己でも流石に恐い。ズミの目つきは鋭い方で、其れに睨まれれば大の男でもマフィアでも赤いスーツの集団でも、うっ、と思い怯み、下手すれば逃げ出す。それが究極に怒って睨んでいるのだ、でも口では謝罪している、まるでちぐはぐな動きに此方もパニックを起こしそうだ。
「確かに怒っていますがフルコースのクライマックス、厨房がわやになる状態程ではないのでご安心下さい!なので戻ってきてください、」
ほら、と言いつつつかつかと足早に歩み寄り、腕を引き無理矢理彼を連れ戻すとヤケクソみたいにガンピさんが吠える。

「ほら怒ってるー、矢張り我が悪いのだろう?それか何か他に不満や不平があるのであろう?我でよかったら聞くから、存分に吐き出されよ」
私は違うものを貴方に吐き出したいのですが?!そもそも半分は怒りや苛立ちではなく、日頃滅多に沸きあがる事の無い性欲なのだ。しかし残念と言うか幸いと言うか、そう言うのが全く顔に出ない性質なのだ、出し方が解らないと言う方が正しいのだがあまり表情も豊かな方ではないし…なので私は矢張り言葉を重ねるしか方法が無いのだ。寧ろ最初からそうやって言葉を尽くせばよかったのだ、そうすればこの様なややこしい事態を招かずに済んだ………かもしれないのに
「半分は怒りの感情ではありません、これを表すのに適当な表情と表現が解らないので、苛立ちに混ぜています」
「ズミ殿、具材やソースじゃないのだから!別々の感情を一つの表情で表そうと言う逆に器用な事はしない方が宜しいのでは?!」
「しかしどうしたら良いのか解りません、しかも日の高い内に言葉に出すのは憚られる事ですので」
「ど、どんな物騒な事を我に申そうと言うのだズミ殿!」
驚くと言うより半分怯えた様に問うてくるガンピさんはまた柱の影に隠れようとしたが、流石に逃がしてやるつもりは無いので両手首を捕まえて顔を見て、逃げないで下さい、と言ったらどんな物騒な事を我に告白するつもりか!?と同じ事を繰り返された。

確かにある種物騒だ、恋人同士だが今迄指一本手を出そうとしなかった男がいきなり「抱かせてくれまいか」等と言ったら驚くだろうし混乱するだろう。
此処は遠回しに伝えるかもう少し様子を見るべきか…少し考えながら問うていく事にした。

「まず、私からのキスや抱擁は迷惑でしょうか?」
「め、迷惑だなんてとんでもない!我は嬉しい、嬉しいが驚いてしまったのだ、本当に面目無い」
「謝らないで下さい…では、その様なスキンシップをとっても構わないと言う事で宜しいでしょうか?」
「よ、宜しいもなにも…当たり前ではないか!我と其方の仲であるぞ?何を遠慮しておるのだ」
「っガンピさん」

「さぁ、我を其方のお父上と思い、飛び込んでまいれ!」

あ、駄目だ。やっぱりしよう伝えよう、そうしなければ何時まで経っても自分と彼は擬似家族の儘だ。いくら欲求の薄い自分でも其れは嫌だ、彼の息子のポジションは彼の本当の息子1人で十分だ、私が欲しいのは息子の位置ではない、名実共に恋人の座が欲しいのだ。

「いや…貴方の胸に飛び込むのは吝かでは無いし嫌な訳では無いのですが、もっと違うスキンシップを貴方と取りたいとですね…」
「もっと違う?……ならばほれ、握手」
「戻りましたよね、親密度初期値に戻りましたよソレ!?抱き締めあう手前に迄戻しますか普通!」
「え?な何ズミ殿!こ、恋人繋ぎは…き、きら嫌いであったか?」
「嫌いじゃないですがこっ恥ずかしいです!それは別の日にお願いします、寧ろそういう事をするよりも私はその…貴方とあれです、は、はだ裸の付き合いと言うものの延長をと言うかそういう行為を…」
「裸?!其方、我と一緒にふ、風呂に入りたいと申すかズミ殿!我が家の風呂は確かに広い!大の男二人並んで入っても余裕である、ならば帰ったら湯を張らねば」
「ソコジャナイ!ガンピさん其処じゃないです!!」
何で其処に着地するんです、着眼点其処なの?何故其処目掛けちゃうんですか貴方は!!

「裸の付き合いといえば風呂に相場が決まっておるのでは?」
「確かに比喩表現としてはもっともポピュラーです、だがしかし状況と立場から察していただきたいのです!私と貴方は確かに男同士です。ですがその前の大前提においての裸の付き合いの延長をしたいと言っているのです!」
「大前提……っは!そうか、そうであったか。我、失念しておった。申し訳ないズミ殿」
「ガンピさん、解って頂けましたか」
「得心致した、我と其方は」
「はい、」
「ポケモンリーグの四天王同士であった!」
「黙らっしゃい!この天然小悪魔め!!」
言葉のジャブの応酬、後の決め手のアッパーは流石の私にも効果抜群だった…咄嗟に出た言葉は正に私の心境そのもので、彼の的の外れた言葉に切り返す事も出来ずマジ切れしてしまう。
「我は悪タイプではなく鋼の男である!」
「お黙りなさい!!ええい焦らしプレイなんて姑息な、そんなので喜ぶ私だと思ったら大間違いですよ!この鋼馬鹿!」
「ば、馬鹿は無いであろうズミ殿!一寸気にしてるのにっ」
そもそも焦らされるより焦らしたい、だが元来せっかちな性分だ。そんなの直ぐ頭にキてしまって瓦解する。寧ろもう崩れている、我慢も焦らしも何も出来ない、唯言うべき事が口から飛んで出て行く。
「ガンピさん!」
「う、うむ?」
どうやらまともに恋人同士でいなければ、この人は本当の意味で自覚してくれないだろう。私の気持ちも何もかも、屹度つるーんと彼の意識と理解の上を滑走して明後日の方向に飛んで行ってるに違いない。まともな恋人にならなければならない、今から、近日中にでも。それには言葉よりも行動と態度が確実だ、もう慎ましい表現もややこしいのも無しだ、シンプルイズザベスト、料理と同じだ。大胆且つ飾り気の無い素朴な味わい、基本に立ち返れればいいのだ。
だから、遠回しの比喩は相変わらず役に立たないという事を改めて思い直し、私は直球で要求を彼に投げつけた。



「私とセックスして下さい!」





……………





この言葉で、漸くズミの言わんとしている事が理解出来たガンピは理解した瞬間、瞬く間に耳や首までも赤くして、その大きな手で顔を覆いたかったのだろうがズミが捕まえているのでそれも儘ならず、逆に頭を倒しお辞儀をするような形で腕に顔を押し付けながら蚊の鳴く様な声で、


ズミ殿…直球過ぎる、その様な大声で堂々と…ムードもロマンも何も無いではないか………と宣った



取り敢えず、嫌ではないと言う事だけは理解したズミだった。





プラトニックな関係で満足していたけれど、それってもしかして擬似家族の擬似息子で自己満足?と気付いてしまったが故の喜劇。何故だ、プラトニックで穏やかな話を書こうとしてたらなんでこんな露骨な発言かます破廉恥なズミさんになってしまうんだ!?


14/4/19