小説 | ナノ





土曜の朝






うー、ねむい…でも朝か、きょうは……仕事じゃないか。

最悪だ、時計…と寝惚け眼と浮上しきらない意識の儘ギーマは手探りでベッドサイドの棚をまさぐろうとする。時間を確認しなくては、昨日も速くは無い帰宅だった筈だ。しかも大分飲んだ、頭が怠い…
時計に辿り着く前に顔に毛布?にしては硬いが非常に心地良いものが触れてきた。うん ぬくい…よく肌に馴染んでもっと、と頭を押し付けると…その毛布が逃げた。そこでもしやポケモンを出しっぱなしにしたか、と怠い頭を動かし、髪を掻き回しながら目をこじ開けると…目の前に広がるのは白い布。感触からして…Tシャツか
ほんの僅かに頭を離し、視界を広げると其処にあるのは広い背中とぬくぬくと温かい体温、目線を更に上に上げれば見慣れた褐色の肌にツートーンカラーの髪…いわずとも知れたレンブだ、同僚だ、恋人だ。そうかレンブと一緒………って、

何故一緒に寝ている!

何をした俺、ナニかしたんなら覚えていないなんて勿体無い、必死に思い出せ俺!頭痛いなっ…はは、馬鹿だ。1人で懊悩し、1人で納得する、此れが本当の1人漫才か…成る程、虚しい事この上ないな。

なんて事無い、レンブが酔い潰れた俺を連れ帰っただけだ、この野郎、パンツ一丁だから何かあったかと期待したのに畜生!
悔しさに意識は鮮明になり、は、と部屋を見回す。そして今更に気付く、此処が自分の家では部屋ではない事に。

物が無い、質素と言うか簡素と言うか…そうか、ここはレンブの家か。おお、初侵入、初お邪魔!次からは正面切って誘っておくれ俺の愛しい人?等と妄想しながらもまたはたり、とギーマは気付いた。

そうだ…本当にレンブの家に初めて来た。正確にはポケモンリーグの職員宿舎から引越しした後のレンブの家。
宿舎に住んでいた時は何度か足を運んだし、自分の家に呼んだ事も家に連れ帰ってもらった事も多々あったがレンブの家を訪れる事は何故か無かったし誘われる事も無かった。単に距離の問題か照れているかのどちらかだと良い。今度聞いてみよう、

更に言えば、ある程度の期間付き合っているのに自分達は未だ清い関係だったりする。キス以上させてくれないんだよなレンブ。ガードが固い、実に崩し甲斐がある。

等と妄想に耽っていたギーマの目の前の湯たんぽ代わりの背中が、もぞもぞと動きはじめ、ああ起きてしまうのか。と当たり前の事をギーマは少し残念がった、もう少しお互い微睡んでいてもいいじゃないか。一足以上飛んでしまったし、寧ろ本命行為が空っぽで悔しいし残念だけれどスキンシップを恥ずかしがって取ってくれない君だ、こんな時くらいいいじゃあないか。等と何か言ってきたら捲くし立ててやろうと考えていたギーマは、レンブの動きの鈍さにはて?と首を傾げた。

ぬそ、と。上半身を起こしたレンブは其の儘うとうとと目蓋をとろりと下ろしては上げ下ろしては上げを繰り返している…これは、もしや
ギーマは囁く様にベッドの中からレンブに挨拶をした。
「レンブ…お早う?」
「………んむ」
あら、寝惚けている。朝には強そうなイメージのレンブがふわふわ、言葉にならない何かをもにもに呟きながらゆっくりとベッド、基いギーマに倒れこんだ!
そしてマットにある程度の重量物がぶつかる音と同時に、何かの鈍い悲鳴がした。

ボスッ

「んぶっ?!」
不細工な悲鳴を上げつつ顔に圧し掛かってくるデカイ筋肉の塊を何とかずらし、呼吸を確保する。だが、重量感と圧迫感がなくなった訳じゃない。これはどうにかして寝返りでも打ってもらわねば目の前真っ暗、なんて可愛いもんじゃない事になってしまう。押し退けようともがき、寝惚け声を出しているレンブの肩や肩甲骨を掴んで悲鳴を再開する。その悲鳴も決して美しくは無い、なんとも情けないものだ。
「んー…」
「ぐえっちょ、レン ブ…おも、おもぃ、よけて」
本気で重たい、死ぬかもしれない。あれ?…ああ、うん。
でも幸せか、レンブに触れてる、寧ろ抱き締めてるんじゃないかこれ?鉄壁標準装備のレンブが俺の腕に素直に収まってる!いや、腕回りきってないけど今はそんなのどうでも良い。そんな事よりシチュエーションが大事だ。

今・恋人が・腕の中に・居る!

このシチュエーションを逃す程俺は鈍間でも間抜けでもない。肩で息を吐きながらどうにか体勢を90度起こし、お互いの体を横向きにしたギーマはふやふや、と未だ半分夢の中の状態であるレンブを蕩かさんばかりの勢いでギーマはレンブの耳元に囁く。
「レンブは朝に弱いの?意外だね」
「…きの、おそかったから……」
ああ、俺を回収する為に真夜中迄起きていたからか…んな阿呆な!26時で寝不足だと?なんたる健康優良児、夜の運動させられないじゃないか!下品な話だが本当にどうなんだ君?明るい内から保健体育の保健に勤しんだ方がいいのかな?これは素面の時に聞こう。今は恋人を甘やかすのが先だ
「頑張って私の為に起きててくれたのかい?」
「…ん、ギーマかえれないと こまるだ、ろ?」
ああ、もう。普段からそういう可愛い事言ってくれればいいのに。そんなの言われたらその日の内にスキップで帰るよ?勿論君の家にだけれど?妄想は加速し、脳内ではレンブと二人同居状態でただいまハニー、お帰りダーリン。何て今更ホームドラマでもやりそうに無いコントを繰り広げている、実に幸福な妄想だ。その妄想がじわり、と現実に滲み出しギーマはレンブにベタベタと頬擦りをし始める。
「そう、嬉しいな。そんなに俺の事を考えてくれてただなんて」
「んー」
くすぐったい様に肩を竦めるレンブにニヤニヤしているギーマだったがヅキンッ!とこめかみを走る頭痛が現実を思い出させる。その痛みに顔を顰めながら部屋をぐるぐると見回し目的のものを確認して浅く溜息を零す。残念だ、本当に残念だがもう時間が無い。起きて支度をしなければリーグへ間に合わない。この可愛い恋人に少し無体を強いて起こさなければならないなんて…だが、遅刻する方がこの恋人の心を傷つける行為だろうと言う事はある程度の付き合いで解っている。
「レンブ、仕事だ。起きなきゃ」
上体を起こし、レンブの肩に掌を付き力を込めて揺さぶる。何たって体格の差がある為、己の軽く基準ではあまり恋人に衝撃が加えられないのだ。ギシギシとベッドのスプリングが軋み、いかがわしい妄想が頭を掠めるが努めて無視をして、起きて起きてと声掛けを繰り返す。だけれど、

「ねむぃ…」
そんな俺の献身なんか何処吹く風、ぐりぐりと額を鎖骨に押し付けながら毛布の中に潜り込んでくるレンブに、理性と責任感はぐらつきまくりだ。高い鼻梁が擽ってくる鎖骨や胸元がむずむずと痒み以外のナニモノかを連れてき始めている。さっき無視した妄想も甦り、僅かばかり声に力を入れて問いただす。
「レンブ?」
「も…ちょっと いっしょに……ねぅ」
最早心はサボタージュする事に傾きかけている。頭の中でどんな上手い良い訳をして二人で休むかなんて事をひねり出しはじめる始末。だが、そんな事をして怒られるのは目に見えている。理不尽にも程があるが、恋人は真面目で融通が利かないのだ。仕事が一番なのだ、だからぐらつく心を叱咤し先程よりも大きな声で問いかける。
「レンブ…君の大事で大好きなリーグが待ってるよ?起きなきゃ?ね?」
その問いに、やや間を置いてとろん、と、さっきよりもまだ舌足らずな風にレンブが止めを刺しにかかり
「ぎーまは…ぃっしょ …ぃや? ……か?」
ギーマの腹は決まった。

『仕事、休もう!』

そう、二人で休もう。もう幾ばくかで屹度目を覚ましてしまうだろう君を口八丁でやりこめて、今日はゆっくり過ごそうじゃないか。それこそ、このじれったくも愛おしい関係を、ほんの少しだけ進める切欠にでもしようじゃないか。

なんたって君が、俺を家に誘ってくれたんだ。嫌とは言わせない。


今日は土曜日、幸福な一日の予感がする珍しい週末だ。




どうした、何があったと言わんばかりの糖度に私が耐えられず半分程の長さになった…


14/3/11