小説 | ナノ





恋と勝敗の行方






唇がキスを〜とB-52の続きです。





豪奢な作りのシャンデリアが、揺れている。金色に輝く鎖はちゃり、ちゃりん。と擦れ、鳴り、揺らぐ炎が燐を撒き散らし垂れ滴る蝋が真珠の様な真白の珠となり真下へ落ちていく。室内に風が吹き込んでいるのではないし地震等の天災でもない。シャンデリアの下で行われるソレが、外見よりも大きく重量があるシャンデリアを揺らしテラス階下の影をゆらゆらと蜃気楼の様に惑わせた。

ここはチャンピオンリーグ、イッシュ地方ポケモントレーナーの最高峰チャンピオンを頂き、其れを支える四天王が四方を支配する。そして此処は北東の間。そこで行われていたのは此処迄勝ち上がり生き残ったトレーナーと四天王の熱きポケモンバトル!ではなく…

「ズルズキン、かみくだけ!」
「コジョンド避けろ!距離を置け!」
ズルズキンが大きな口を開けコジョンドの肩口に鉈の様に幅の広い牙を突きたてようとしたが、コジョンドは寸での所でひらりと舞い上がり、2〜3m程の間隔を開けて着地する。
「ズルズキン、どくづき!」
「かわせ!」
その着地の瞬間を見逃さないズルズキンの鋭い突きが追い打ちを掛けるが、其れを読んでいたレンブの指示によりコジョンドはあっさりとその突きをかわしてしまう。

そう、なかなか挑戦者が現れないので時間と力を持て余した四天王が暇潰しのバトルをしていただけだった。が、其処は矢張り腐っても四天王。やってる事のレベルはどう控え目に見てもポケモンバトル最終決戦、縦しんば挑戦者が現れたとしてもご遠慮いたします、辞退させて下さい。の緊迫した真剣勝負の真っ最中であった。

「決めろコジョンド、とびひざげり!」
「ズルズキン、もろはのずつき!」
空気を切り裂かん勢いでコジョンドの膝がズルズキンの額を狙い、跳びかかる。狙いは正確だった。が、同時に繰り出した頭突きの勢いが勝りコジョンドの膝蹴りは弾かれ体勢を崩し、がら空きになった腹部へ弾丸の如し速度で迫ったズルズキンの頭がめり込み、北東の間の端までバウンドしながら吹っ飛ばされた。二度、三度と痙攣したコジョンドは其の儘、きゅう、と鼻を鳴らすような鳴き声を上げ気を失った。対して、ギーマのズルズキンも辛うじて立ってはいるが最早戦う力は残っていないだろう。
「コジョンド…よくやった、ありがとう。ダゲキ、来い!」「お疲れ様ズルズキン。今ので5体目…次はレンブのとっておきがご登場だ、さあ、行こう。ワルビアル、でておいで!」
お互いポケモンを戻し、レンブは6匹目、ギーマは5匹目の手持ちを呼び出し、対峙させた。

「ワルビアル、ドラゴンクロー!」
「ダゲキ、其の儘突っ込め!」
おいおい、そんな指示ありかよ。とツッコミたい所だがそんな茶々を入れる前にワルビアルの爪を掻い潜り、レンブのダゲキが本当に突っ込んできた。咄嗟に「かわせ!」と指示を出すもダゲキの素早さと勢いに対応出来ず無防備な胴体へ強烈な体当たりをかまされてしまう。
堪えろ!と一応叫ぶが無理だとも一瞬で判断がついた。生き物がぶつかる音では無い様な強烈な音と共にワルビアルは浮き上がり床に叩きつけられた。その衝撃は凄まじく、敷き詰めた大理石が何枚か割れてしまった程だ。相変わらず、レンブの切り札のダゲキの火力は半端じゃない様だ。
「っやはりカードは不利か…ワルビアル戻る!キリキザン、おいで」
ワルビアルをボールに戻し懐へ。そして最後の大舞台へ、自身の切り札を送り出した。
「最後の一体を出したか、ギーマ」
「出し惜しみする仲じゃないだろ?キリキザン、つるぎのまい」
ギーマの指示と共にキリキザンが舞う、それを最後までさせてなるかとレンブはダゲキに指示を出す。
「ダゲキ、かたきうちだ!」
「かわせ!つるぎのまい!」
ダゲキの突撃をくるりと身を翻しながらかわすキリキザンは、剣の舞を止めない。だが、何度かの突撃をかわす内、ダゲキの拳が頬を腕を掠め、血が滲む。それでもキリキザンは主の指示をまっとうしようと動きを止めない。
「掠った!もう少しだ、かたきうち!」
「かわせ!堪えてくれキリキザン、隙を作れ!つるぎのまい!」
顎をかち上げんばかりの素早いモーションで拳が振るわれ、流石にキリキザンも回避行動に移りつつ隙を作る為に足払いをかけダゲキを転ばせる。上手くいった足払いの間に間合いを取り牽制をしながらも剣舞を続け、その度にキリキザンの覇気と気配は大きくなっていき、対峙するダゲキだけではなくトレーナーであるレンブに迄それは伝わっていく。
此の儘ではギーマの思う壺だ、此処で仕留めなくては!焦燥感にも似た緊迫感に後押しされ、レンブは決め技を叫ぶ。

「ダゲキ決めろ、インファイト!」

その指示を受けた瞬間、ダゲキは激しく床を蹴りつけキリキザンとの距離を詰めつつかまえを取る。その挙動に、ギーマの背筋には悪寒が走った。
「逃げろ、かわせキリキザン!」
構えた姿から高速で放たれる拳を、キリキザンは何とか一度はガードしたもののその後隙の出来た胴の刃の隙間に抉りこむ様な拳を打たれ、その衝撃から足が床から浮き一瞬無防備になってしまう。キリキザンの口から、何とも言えない音の吐息が漏れ、えづく様にしゃくりあげ本能的に胴体をカバーしようと姿勢を崩し、背中が丸まる。
そこからはその体勢の崩れた肩、腕と攻撃を受け続けキリキザンは体勢を整えるのも儘為らない。トドメ、と言わんばかりの大振りのダゲキの拳が振い上げられた時、ギーマは祈りの様な願いを叫んだ。

「それだけでも避けてくれっ!!」

この主の絶叫に答えるよう、キリキザンは倒れかけた体を無理矢理踏ん張った。床に蜘蛛の巣の様にヒビが走りキリキザンの爪先がめりこみ、視点の定まらなかった瞳は瞬時にダゲキに焦点を合わせ攻撃を避けるよう首を頭の重さ任せに、まるで小首を傾げるように傾けた。ダゲキの拳はキリキザンの頬を掠め、兜を軽く削り中空を切っていく。有り得ない動きにとうのダゲキも、トレーナーであるレンブは驚愕し事態を把握しようとした。
「っ避けた…だと?」
あの状態でかわせるのか?いや、かわした!そして今、ダゲキは大技を出した後の疲労と外した攻撃の後で隙がある…っ!まずい!!
「離れろダゲキ!」
レンブの叫びに反応しようとしているダゲキの懐に、僅かの間で詰め寄ったキリキザンがいる。その鋭い刃がダゲキの肩に食い込み、ダゲキの喰い締める歯の隙間から、ひゅっ、と鋭い吐息が吐き出される。その刹那!

「キリキザン、つばめがえし!」

袈裟切りに刃を落とし、返す手で腰から腹部を切り上げたその勢いでダゲキは部屋の奥の瓦礫の中へ吹き飛ばされめり込む。
歓喜も悲痛も何も無い、唯、無音が流れた。此れで終わったのかどうか、互いに定かじゃない。キリキザンの深い呼吸音のみが、部屋の中で時の流れを表している。

勝負の余韻もそこそこに、ギーマとレンブは己のポケモンの傍に歩み寄る。片や満身創痍だがギリギリの状態で立ち続け、傍に寄る主を見上げ、片や瓦礫の山の中で既に意識を失い、主にそっと抱え上げられた。勝敗は、決したのだ。
最後の大勝負に決着がつき、二人はそれぞれ静かに己の切り札に声をかけモンスターボールをかざした。
「ご苦労様、キリキザン」
「…ダゲキ、よくやった」
ボールに光と共に吸い込まれていくダゲキを労うレンブを見下ろしながら、ギーマは朗々と現実を告げた。

「残念だが私の勝ちの様だ、レンブ。未来は覆ったよ」
「……そうだな、久しぶりにお前に負けたぞ」
若干悔しそうに、しかし重苦しさは一切無くあーあ、と息を一つ零しながら、レンブは床に飛び散る瓦礫の小片を寄せつつ腰を下ろしギーマを見上げてきた。声の通り、表情は晴れている。納得の勝敗と言うつもりなんだろう。
「私は久しぶりに君に勝った。嗚呼、疲れた」
自分のボールを懐にしまいつつ、ギーマは白熱したバトルで解れた髪を撫で付ける。暇潰しのポケモンバトルとは言え、本気の勝負。しかも1つ賭けをした。その分気合が入ってしまい肩に力が入ったのか、随分筋が張った感じがする。運動不足か、トレーニングジムにでも行こうかな。なんて取り留めの無い事を考えてるギーマの耳にレンブの質問が入ってきた。
「しかし、つるぎのまいなんて何時覚えさせたんだ?何時もは覚えてないだろ?」確かに、私のキリキザンは何時もは覚えていない。良く覚えていたな、
「まぁね、今日の為だけに覚えさせた。次はもう忘れてるさ」
「?何故だ、勿体無い」
「元々柄じゃない戦い方さ、勝つ為に手段を選らばなかっただけ」
「お前が手段を選ばなかった?また珍しい事を言う」
ギーマは独特の美学と持論で以ってバトルを行う。出会った当初は意味も解らなかったが誇り高い思想の上で成り立つソレは、此方も考えさせられる物がある。だが、今回のバトルはソレを放棄したと言う。唯唯、疑問だけが膨らんでいく。

「君に勝つ為だけの戦法さ。好きなカードの使い方じゃないよ」
私のキリキザンの火力は其処迄高くない、それを補う為につるぎのまいを重ねるのはセオリーだが、セオリー通りにやらなきゃいけないなんてルールはこの世に無いし自分は博打な打ち方の方が性に合っている。しかし、それを放り出してまで今日は勝ちが欲しかった。
「?何故そんな」
「何故って?レンブ、今日は随分判りやすい顔をするね。戀と戦争において、あらゆる戦術が許されるんだよ?」
「は?」
「大昔の劇作家の格言、正にその通りだよね。手段なんか選んでられない、選べない」
選ぶ理性なんかそこは存在しないのだから、よく言ったもんだ。戦争も恋も、勝つ事が至上。唯盲目に邁進する、目先の勝利へ恋へ、結果が勝利へ恋へ愛へ為っていく。唯それだけの為に謀略もあざとさも、運も経験も直感も―何もかも全てを総動員する。
私には予兆があった。近い内に屹度、いや、必ずレンブとポケモンバトルをすると言う予兆が。己の直感には素直に従っていたが此処迄来ると心寒い。

「こ、恋って…お前」
はっと、目を見開きレンブは何かを言いたそうな顔を向けてくる。この会話の発端になったあの日を思い出したんだろう、今日は比較的察しが良くて実に助かる。
「今更な事を聞いてくる、態と?それとも煽ってるのかい?」
煽り合戦、大歓迎だ、そう言う勝負は大好きだ。勝利の余韻がチリチリと首の後ろを炙り、背筋は愉悦の怖気に震える。もう勝負は仕掛けた、君が此の儘絡まる迄私はどれだけでも糸を伸ばし時間を稼ぐつもりさ。
そんな私の心持ち等知らない、解らないレンブは戸惑い混じりに尋ねてくる。

「冗談だろ?」
「まさか、君の発言が冗談だろ?」
確かに初めて言った時は、冗談交じりだったかもしれない。でも、半分以上は本気だった気もする。だって、あの時も今も、この瞬間すら、君の唇の動きと覗く歯に、この目は釘付けだ。

白い白い、象牙や真珠と見紛うばかりのその歯は綺麗に咥内に収まっており、舌や上顎の鮮やかな赤さを時折垣間見せながらちらりちらりと私の視界に顔を出す。その色気すら漂わせる歯を隠している唇は思いの外厚みがありそうで、日頃は真一文字に引き結ばれている。それを蹂躙したいと頭の隅で本能が囁いている。あの要塞を堅城を崩してやりたいと、心が疼くのだ。
「何時かも言っただろ?その口をこじ開けたくて仕方が無い、なのに塞いでしまいたくて堪らない。これは屹度恋だよねって、私は確かに言ったよ」
「………」
何と答えれば最良且つ最善か…レンブの考えてるのはそんな所だろう、だが、そんな下らない考えを纏めさせる時間は与えない。

「さて、賭けは私の勝ちだよな?レンブ、」
この言葉にギクっ、と微かに肩が震えた。そのあからさまな、子供の様な態度に微かに肩を竦め、口端が引き上がり弧を描く。全くの快感、興奮すら齎す勝利の確信。嗚呼!きた!君が嵌った!君が仕掛けに絡まった!!最早君は、私の掌に乗ったも同然だ。
「勝った者は全てを手に入れる…私の持論だ。ねぇレンブ?私には願う権利がある、そして君にはそれを叶える義務がある」

そう言いながらギーマは此方に歩いてくる。カツカツ、と踵の音も高らかに鳴る床は鏡の様に磨かれていて、咄嗟に胡坐をかいていた自分を恨んだ。胡坐は立っている状態より動きに隙が生じるしなによりヤバイ、あの顔はヤバイ顔だ、マジだ、本気だ。屹度俺の度肝を抜くような要求を突きつけてくる、何を言う気だ?嗚呼、さっきから嫌な予感しかしない。
「私の願いは一つ、レンブ…」
何を言うんだギーマ!また「お金貸して?」とか「カジノについてきて?」とか「一緒に金貸しから逃げて?」ならいいんだが、否此れもよくない。だが今から起こるだろう事よりも屹度何倍だってましな想像だろう。嗚呼、いやだ。想像もしたくないし、此処から先も本当は聞きたくない。何を無茶振りされるか解ったもんじゃない。

「ねぇ」
うわ、やめてくれ。兎に角聞きたくない、土下座ですむなら土下座かまして逃げたい。言うな、言わないでくれ。明日、明日聞くから。ギーマ!
「ギーマ、ストッ」
君と

「キスさせてよ」

この発言の後、暫くの無音が永遠のように長く感じたのは俺だけだったかもしれない…


*


「………は?」
身構えビビっていた俺は色んな意味で目の前が真っ暗になってしまいそうだ。何と言う冗談をかますのかこの男は。
「…それは挨拶のアレと言う意味の……そもそも、何とキスしたいん」
「そんな確認しないよ?もう解ってるんだ、私のコレは出来上がってる感情だ。名のある想いだ、」
逃げ道を塞ぐ様にレンブの下手糞な冗談を切り捨てて、未だ床に座り込むレンブの前にしゃがむ。そして、すいっと持ち上げた腕はレンブの顔へ向きするりと指でレンブの唇をなぞると、うひぃっなんて色気も素っ気も無い悲鳴が上がった。だが、そんな悲鳴にも興奮は否応無く増す。
「怯えないでよ、興奮して乱暴にしてしまったら雰囲気も台無しじゃない」
「最早雰囲気なんて何処にも無いわ!」
「可愛げの無い事を言わないでくれよ、折角なら雰囲気がある方がお互い楽しいじゃないか」
「ギーマ!冗談にも嘘にも程が」
がなるレンブを黙らせるつもりでもなかったが、タイミングよく真摯な声が持ち場に通っては落ち、消えた。
「冗談でも嘘でもないよ、」
事の発端の、あのCMの件だってただただ口実だった、お手つきしたかったんだ、コレは私のものだと、誰に宣言するでもなくマーキングしたかった。レンブが少しでもこちらへ意識を向ける様、特別な印象付けをしたかったんだ。
「本気さ、本気で言ってる」
笑えるじゃあないか、伊達男だと自負し恋は愛は最高の駆け引きだとゲームだと称していた私が足下を掬われたのは、身近にいた君のような男だと。一体誰が信じるだろう

「恋だよ、レンブ。これは君への恋慕だ、恋情だ、」
鮮やかに大輪の花を、この胸の中に咲き誇らせ、芳香を撒き散らすこの感情の生々しい質感と言ったら無い。だが其れを誤魔化す程に青臭い子供ではないし、恋愛に鈍感な人間でも駆け引きを楽しめない大人でもない。初恋なんて記憶の彼方、霞の向こう、なのになのに、胸の裡を抉る鈍く甘美な痛みは、記憶にも無い淡く秘めた想いを彷彿させる。何度も反芻した想いはもう原形を留めちゃいないかもしれない、でも一番大切な部分は残っている。

「勘違いだし、思い違いだ。ギーマよく考えろ」
そしてこの想いを勘違いで片付けてしまおうとする君を逃がしてやる程、私はお人好しでも善人でもない。
「何度も言わせないで?もう私は解ってる。だから、前と同じく試しにさせろなんて言わない、疑問と確認のキスなんかする必要はもう無いんだ」
今思えば、あれだって唯の言い訳だ、試しになんて自分をも誤魔化していた、まさか自分が?と言う訳の解らないプライドが真実を隠していたんだ、

「私は、」
酒を飲まないかと誘い、酔い潰れた君に持ちかけたアレは臆病にも程がある行いだった。酔いに運に任せなければ二度目の勇気なんか出なかった、でもその運と勢いを掴んだにも拘らず行為は未遂に終わったわけだけれど収穫が無かった訳じゃない、あの日から君への関心は否応なしに増した。君をもっと知りたいと思った、そこで気がついた、初めて他人の事を深く知りたいと感じていると。つまり―

「恋した相手へ、普通の衝動を持って」
己が、君に真面目に恋心を抱いているのだと。気がついてしまえばもう、抑えは利かない。まるで溢れる水を堰き止める蓋が無い様に、想いはどんどん湧き、流れ落ち、私の隅々を満たしそれでも足らず今、溢れ出している。

「真摯に希おう」
そんな中今日迄なんとか押さえ込んできたこの止め処ない胸の内を、それ迄の時間で消化・飼い慣らすという事はどうしても出来なかった、否したくなかった。私は狡い大人だ、素直さなんてとっくの昔に捨ててしまっている。そんな私でも偶には素直になりたいと思える相手がいるのだ。それが君だよ?
だから、思うし 言うよ。

「君とキスがしたい」

*

こいつは何を言ってるんだ、理解が追いつかん。取り敢えず距離を取ろう、勿論物理的な意味の距離だ。しかし目の前のギーマは後ろに下がると言う機能を放棄しているのか半歩も下がろうともしない、俺の背後は何も無い数センチ下がれば下のエスカレーターの上に落ちてしまう。物理的な距離を取る事は…不可能だった、もう言葉しかない。言葉で粘るしか俺には術が無い!
「待ってくれギーマ、全く事態が読み込めないし見当もつかん」
「勝負に負けたら言う事聞くってお互い賭けただろ?レンブ」
「う…だが、何でもとは言っていない」
お前を侮っていた訳じゃあないが、今日も勝てると思ったんだ。まさか、お前があんな泥仕合の様な戦法を立ててくるなんて想像していなかった。そして、こんな最早お互い「無かった事」にしていた筈の行為を「願い」として持ち出してくるなんて誰が考え付いたと言うんだ!少なくとも俺の頭の中には一切無かったぞ、
「そう、何でも、なんて君は言わなかった。でも、こうも言った。自分の出来る範囲なら、と」
「た、確かに言ったがでも」
「キスなんか簡単で単純な行為じゃないか。君にも私にも、子供にだって出来る、何も難しく考える事は無い。唯、タイミングを合わせて目蓋を下ろしておくれ。初めての相手は見えない方が緊張しないだろうし肩の力も抜いて楽にしてた方が気分は良いと思う」
ギーマの青白い手が俺の両頬に触れ挟み込んでくる。キスする流れに持っていかれてる!やばい、何だか解らないが兎に角ヤバイ!!

「そ、そもそも何でお前と俺でキスをするんだ!」
「だから、好きな人とキスしたくなるのは人間として当然だろ?」
「何で当然なんだ何で!」
「おや、君は原始反射に対して異論があるのかい?」
「げ…原始反射?」
「それとも君は「尊信説」派かい?「哺育説」は私達男だから関係無い気がするし「遺伝説」も納得しないでもないんだけど私別に人肉に興味ないし、」
「尊信?哺育??遺伝で人肉食???」
「「所有説」は兎も角「性欲説」と「嫉妬説」は何だかこじ付けの様であんまり支持出来ないなぁ、しかもあれ嫉妬じゃなくてワインの盗み飲みの検査が本来の目的だったって説があるし、そこから嫉妬説に繋げるのって果てしなく無理があるよ」
「所有性欲嫉妬?は?え?」
「あれ、ごめん追いつかないかい?説明するから別の日にお茶でもしない?」
俺の全く解らない次元でこの男は話を進めている…駄目だ、こいつの知識と口には勝てない。オマケに何か誘ってきてるし
「まぁ学説は気にしないで。心配もしないで、多分私キス巧いから、否、控え目に言っても決して下手糞では無い筈だ!」
「そんな心配は微塵もしとらん!」
「心配が無い!いい事だ、憂いが無いのは人生に於いて最も素晴らしい事の一つだ、この事態にも心配が無い、レンブ素敵な事じゃないか!!未来は明るいかもしれない、可能性が拓ける、実に素晴らしい!」
「お前のキスの技巧の心配をしてると言う意味じゃない!男とキスしなきゃならんと言う現実を心配してるんだ!か、顔が近いぞギーマ!」
息がかかるのは当たり前ほどの位置でギーマは得意のご高説を垂れてくるが、ときめきの高鳴りにはほど遠い身の危険に高鳴る心臓が体に悪く響くばかり。距離を置こうにも未だ此方は胡坐で、俺の太腿をギーマの細く筋の張っている腕と手が体重をかけて押さえているものだから一挙動に動く事は出来ない。でも近すぎるのは嫌だからむずかる何とか赤ん坊の様に上半身だけ逃がして騒いでいる始末。後ろに何も無いのが心許無いが、頑張れ俺の腹筋。

「キスなんて余程嫌な相手以外とならあまり大差ないじゃない?顔が近い?近づけてるんだよ、近づけなきゃキス出来ないじゃないか!」
「其れはお前の考えだろ!少なくとも俺は同性とキスするのは挨拶以外では御免だ。それに俺はお前とキスする事をまだ許可していない!!」
「それじゃあ賭けが成り立たないし私の気が済まない。私の勝利への対価を君は何で支払おうと言うんだい?」
私はキスが欲しい、君とのキスが欲しくて頑張って勝ったんだぞ。その気にさせといてそりゃ無いじゃないか、

芝居がかった動きで大袈裟な主張をして、レンブの気を更に漫ろにさせてやろうとするとレンブが唸りながらも
「お前の気って…他の事で妥協出来んのか?」
等と言ってきた。妥協案で流れを変える…小癪な真似だねレンブ。だがこれも焦らしと煽りの一環として受けよう。全身全霊、私の頭脳と勝負師の魂に賭けて!
「じゃあデートでもする?もっとお互いを知ろう、誕生日とか趣味とか血液型とか生まれとか色々」
「ハードル上がってる!デートの内容が想像すら恐ろしいので却下!!」
「レンブ、何想像してるの?スケベだねぇ、まぁ私が何もしないと思ったら大間違いだけれど!初めてのデートで外道な事する程下衆じゃないさ!!」
勿論帰り迄にキスはするけれどね!と宣言すれば結局キスされるんかい俺は!!とレンブが絶叫する。デートなんて持ち帰るかお手つきするか次の一手への仕込みをする以外の何をするの?そう問えばレンブは疲れを滲ませ顰めた眉間を摘みながらゆるゆると頭を振り、深い溜息を吐いた。

「はあ……お前が伊達男なのかスケベ男なのか、俺にはもう理解出来ん…」
レンブ、何を言ってるんだい?男はみんなスケベだし私が伊達男なのは事実だよ?そう告げると益々頭を抱え俯いてしまう。そんなに悩む事かなぁ?仕方ない、屹度同性とキスするのは初めてなんだろう、緊張してるんだ。だからあれこれ悩んで尻込みしてしまうんだろう?レンブ、誰にだって初めての体験と言うものはある、心配しなくていい。そういう気持ちを込めて、私は打開策を打ち出した。

「…解った、譲歩しよう。私が普通じゃないと言うんならホモでもゲイでもガチムキ嗜好の君限定の口内への異常性癖者でも足フェチでも構わない。その普通じゃない男に少し強引にキスされるだけだ、変な心配も後の気まずさも何も要らない。唯、心配すると言うんなら私に惚れてしまうかもしれないという君の心理変化の方を心配した方が良い!」
「全然譲歩じゃないぞ!お前の嗜好が恐ろしいわ!足フェチって何それ怖い!特に後半の酷い妄想!!」
実に愉快に口からでまかせを言ったけど、ちらっと眺めたレンブの全身、この悶着の間で乱れた着衣からちらりと覗いているレンブの足…と言うか踝やら脛に少なからずドキドキしている私は足フェチの気があるのかもしれない。よし、付き合ったら足をいじらせてもらおう!
「凄い譲歩じゃないか!後妄想じゃない、予言だよ予言」
「悪タイプの癖にエスパータイプの技を使うな!」
「私の勘はよく当たるんだ、君は屹度私に惚れるね、それでハッピーエンドだ。うん、実に良い未来だ、夢じゃないのが実に良い」
「自己完結するな!俺はお前に惚れる予定もお前のものになる予定も一切無い!!夢だ、妄想だ、幻だーー!!!」
「あー!じれったい!即行現実にしてやる、さっさとキスさせろよ馬鹿!!」
「ばっ馬鹿っておまっだ!?」
とうとうギーマは普段の丁寧な言葉遣いの欠片も無い命令口調で俺の襟を掴んで、横に薙ぎ倒すよう俺を床に押し付けた。ゴヅン、と大きく響いた音の後にワーっと広がってくる痛み。クソ、痛いぞ。石頭じゃないんだぞ俺は。思わずカッとなりギーマを怒鳴りつけた。

「いってえ!ギーマ!」
「『俺』がどれだけ我慢と辛抱したと思ってるんだ君は!!」
「知らんわ!」

叫んだがもう遅かった。狂気に染まる目はもう息の掛かる所か繋がる位置程から俺を凝視していた。あまりの視線の強さに目も逸らせずに、

「………っ」
ごくん、と、
露骨に喉を鳴らし、息を呑む。それに煽られたのか、色めかしい艶っぽい色香、劣情から走る愉悦がギーマの視線に混じり無意識だろう口許を弧に引き上げその唇を毒々しい迄に赤い舌で舐め上げる。が、その表情も直ぐに消え真剣な眼差しへ切り替わり、微かに開いていた口唇から思いの丈が零れ落ちた。


「君が好きだ、」


もう焦がれて死んじまう、と熱っぽく荒く告げてきたこいつの唇の何と熱い事か!青い炎の様に輝き、動きと共に燐を放つ軌道を見せたその瞳とスローモーションに閉じていく目蓋に釘付けになって結局目を閉じるのを忘れてしまった。

恋に落ちるとか、惚れるとか、こいつの物になるとか言うのは全く理解できなかったが、この美しい色の瞳は好きだとか、伏せた目蓋を彩る睫毛は細長いな、とか場違いに思いながら頭の中でリフレインした。






ピクシブにあがっているのとは少し違うver.
単に前にバトルシーンがついているだけなんですが、そこが無用!と言う方は是非スクロールかピクシブの方のを読んで頂くことをオススメします。
キスするだけで此処迄手間がかかるなんて…兎に角ギーマさん良かったね。


14/3/12