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星を掬い取りたい(ズミ→ガンピ)






例えば相手がこの人以外だったなら、その心を得るのにどれだけ楽だったのだろうか

己の得手不得手も把握しているし弁えている。何より己の現在の肩書きと培われてきた技能と、関心も興味も無い容姿の良さと言うものが決め手なのだろう。
私の持てる全ては、他人を惹きつけるのだと言う。地位も名誉も、己の信念も其れを通す為の才もあるしまぁ…財もある。無いものは愛想と妥協くらいだと料理人や身内から言われるくらいであまり欠点も無いそうだ、自分では興味が無いので解らない。

その全てを以ってすれば望みなんて直ぐに叶う、そうも言われた。確かに恋愛に関してはあまり困った事は無かったかもしれない、それすらも其処まで関心を払っていたとは言えなかったけれど。

どうしていたんだっけ?どう女性に声をかけて恋仲になっていたんだろうか。寧ろ声をかけられていたほうが多かったんだろうか?ああ、そうだ、決め台詞があったな。まだこの道を究めたいと考えていなかった頃だけれど。

「あなたの為だけに料理の腕を揮いたい」
そう、これだこれ。今言えばどうなるんだろうか

こ大概の女性なら二つ返事で首を縦に振ってくれるだろう、色づく花の蕾の様に、其れが綻ぶような満面の笑みを見せ私の差し出した手を喜んで取ってくれるだろう。

だのに、この人はその限りではない。

この人は愚直な人で頭脳明晰ではないし、機知に富んでいる訳でもない。しかしこの人は聡明であった、

理知的でもあり生きた齢に勝る程分別のしっかりした立派は人物で、なによりも誇り高く、優しく純粋な人だった。
「其方の腕を我の為だけにと言うのはとても光栄で、嬉しい申し出であるがそれは真勿体無い事であるし、其方の為にもならぬ。其方の腕はもっと大勢の皆の為に揮われよ」
そう私に声を掛け微笑みかけたこの人が途轍もなく眩く見え、其れと同時に思った

嗚呼、何故この人だったのだろうか

初めて駆け足の人生の速度を落として、本気で差し伸べた手を取って欲しいと思うようになった人が、何故貴方だったんだろう。
性別や年齢、主義主張も人生も何処も彼処も違いすぎる貴方にどうして恋慕してしまったんだろうか。

まるで貴方は、空の上の星の様な人だ。見えるのに、手を伸ばすのに届かない。掠りもせず無力に落ちるこの両の腕…なんともどかしい、無謀と解りながらも貴方に手を伸ばすだけしか出来ない。何て無様で惨めな事か!

貴方を見上げるしか出来ず掛けられた言葉にも上手く返せない私は、唯ゆっくりと俯いた



だが、こんな些細な事で気を落とす時間は無い。感傷は好かん

手を取って貰えないなら、そうなる様にするまで。やるべき事するべき事はある筈だ

そう、貴方を掬い取る迄進めばいい





切り替えの早いズミさん、言われた文面をそのまま受け取りそのまま厚意を返してしまうガンピさん。


14/1/16