小説 | ナノ





名産品(マツバ+ミナキ)






ただいま!
おかえり。

まるで我が家に戻ったかの如し挨拶を交わすが、ミナキ君の家ではない。此処はエンジュシティのジムリーダー事僕、マツバの自宅である。
「どうだった?スイクン見つかったかい?」
「最近撮られた映像って言うのを見せてもらえたんだけど、何処に出没するかは特定できなかった」
「そう、でも良かったね。姿が見れて」
立ち話もなんだし、そもそもただいま!なんて、元気よく帰ってきた友人を無碍にする程冷血漢でもないので家に上げてやる。勝手知ったる我が家の如くさっと上がりながらも息をする様に靴を揃えるミナキ君の行儀の良さに何となく関心していると、さっさと茶の間に行ってしまう。おいおい、君の家じゃないんだよ?
「うん!相変わらずのスイクン具合だったよ!」
どんなだよそれ、ミナキ君。
「まぁ、何も無いよりずっと良いさ。そうだ!マツバ、お土産買ってきたぜ!」
卓袱台の上にとん、と何やら紙袋を置くミナキ君にお礼と共に思った事を口にする。
「気を遣わなくってもいいのに、」
「近場のものなんだけどなほら、」
此処は君の家ではないが慣れ親しんだ僕の家で、今更君にお土産を強請る気も無い。そもそも無事に帰ってきただけ善しとしてるんだし…と此れも口に出して説教してやろうかと思ったのに、ミナキ君が紙袋から取り出した其れの衝撃で全て飛んで言ってしまった。

「…ホウオウ焼き」

エンジュシティの隠れもしない名産品「ホウオウ焼き」
所謂人形焼の一種だ、ホウオウの形を模した生地に漉し餡が入っていて、しっとりしたカステラ生地となめらかな舌触りですぅっと溶けていく甘さの餡が評判のエンジュの老舗の銘菓である。主に観光客や他方のトレーナー向けのお土産だが味の良さから地元民にも長く愛されている。
マツバも生粋のエンジュシティっ子であるゆえそれこそ当たり前のように知ってるし、食べた事もある。だが…
目の前に差し出された紙袋にマツバの顔色は冴えず言葉も何処か重く湿度を纏っている。
「…買って来たの?」
「出来立てだって店のおじさんが言ってたぜ?」
うん、出来立ての焼き饅頭美味いよね。紅葉饅頭とか人形焼とか、他のシティに言ってもとりあえずなにかしらあるよね?今日に限ってそれをチョイスしたのミナキ君?頭の中に疑問は湧けど体は座布団を用意し、ミナキ君やポケモン達に卓袱台を拭かせたり人形焼を皿に並べさせたりとお茶の準備をしている。
「冷めない内に食べようぜ」
「ミナキ君食べなよ、僕はいいから」
「1人で食べるのは悪い気がするだろ?遠慮しないでお前も食え」
ミナキの言葉に押され一つ手に取って眺めているマツバだったが、目蓋を伏せ、緩く頭を振ると皿に饅頭を戻した。
「……僕、昔からこれ苦手なんだ」
「甘いもの好きだろ?」
うん、好き。と愛の告白の様に真摯に告げられる程、僕は甘いものが好きだ。だが、これは別問題。
「漉し餡嫌いだったか?それともカステラか?」
「あんこはどれでも大好きだし、カステラなんか出された日には一棹丸ごといける自信がある」
「君は可笑しい奴だな、よっぽどの甘党なのに、何でこの饅頭だけ拒否するんだい?」
ミナキ君、事は単純且つ重大なんだよ?気付いてとは言わないが思ってる。でも、ミナキ君はエスパーじゃないから思うだけじゃ通じないだろうね。なら、君にも尋ねるよ?
「ミナキ君、もし、スイクン焼きって焼き饅頭が売られたら君、食べられるかい?」
「っ!」
「どう?」
そう、僕の中のホウオウ・ミナキ君の中のスイクンは同じ重さの存在。この例えなら鈍いミナキ君にだって通じるよね?

「………無理だ、私にはスイクンに齧りつく勇気も心無さも…無い!」
「僕も、ホウオウに噛み付く気合いや饅頭なんだからって言う割り切りは、何処からも未だに湧かないんだよ」
ホウオウへの愛が深すぎる、と人からからかわれる事は多々ある。これは行き過ぎだと窘められる事もある、でも、どうしても口に入れられないのだ。まるで小さな子供が「貝が魚が可哀想」と言って貝の汁物や魚の鍋を食べたがらないのの進化系の動機なのだ。

ホウオウが大好きだ。敬愛している、崇高の念を抱き信仰と言っても問題無いくらいの想いを抱いているがそれでも、「食べてしまいたい」と思った事は一度たりとてないしこれから思う事も無いだろう。
「………次から、ホウオウ焼きはやめよう」
「そうしてくれると、助かるよ……」
お前達食べなよ、と二人で自分たちのポケモンにホウオウ焼きを与え「どら焼きでも買って来よう」と僕は席を立った。





屹度作ってるに違いないと言う私の妄想が生んだ捏造、ホウオウ焼き。
この二人の二匹への愛は崇拝であって食べてでもずっと一緒にいたいとか言う重たいのではない気がします。重たいのに変わりはなさそうだが…


13/11/10