小説 | ナノ





チョコの日(デンジ→オーバ)






今日は世間で言うバレンタイン・デーだが、それは世間一般の人間が祝ったり呪ったりする日であって引き篭もりナギサのスター、デンジには一切関係の無い事だったりする。

基本的に外出を由としないデンジは、特に冬になると益々と言っていい程室内へ、ジムの奥底へと閉じこもっていく。寒いのが嫌いだと、とってつけた理由を盾に寝食を忘れ、図面を引き、ごく一部の人間しか理解出来ない機械を作り、そのパーツを自作する毎日はデンジにとっては幸福そのものだが、周囲にとっては唯ならぬ厄介の種だ。シティが停電させられようがジムリーダー半ば放棄とか色々人間として踏み込んではいけないところに足を踏み入れてるデンジだが、それでもナギサの住人はデンジ本人には好意的である。だがその奇行には誰も納得出来なかった。寧ろして堪るか

そんなデンジだが顔は残念な程整っている所為でバレンタインはチョコを渡そうとする女性が多い。しかし、当のデンジはジムの奥底におり毎年それ等を処理する羽目になるジム関係者が「本人に手渡し出来る方のみお越し下さい」と去年通達した為か今年のナギサジムはとても静かで良い。ジムの仕掛けを乗り越えてやってくる女性なんて、数える程しかいないのだから。
ジム側の涙ぐましい努力など知る由も無いデンジは今日も今日とてヒーターの熱気なんて一切届かないジムの奥で配線の組み換えをしていた。どれだけの時間が経ったのか朝なのか昼なのか夜なのか、全く解らない。でも構うつもりが毛頭ないデンジの背後から耳馴染んだ呆れを伴う声がデンジの意識を浮上させた。
「またこんな寒ぃ所で引き篭もってんのかよ馬鹿デンジ」
声の方へちらり、と視線を回すとそこには目にも馴染んでいる赤い…アフロが声の割りに全く呆れていない顔で其処に立っていた。呆れなんてそんなのオーバは通り越してしまったのだ。オーバにとってデンジの奇行はもう日常という歯車に組み込まれた事であり、驚かされる事はあれどそれに呆れるなんて今更過ぎた。デンジにとってもそうだ、何かあればいの一番にデンジの元に現れるのは目の前の赤いアフロの男と既に決まっているのだ。
「…何だ、オーバか」
オーバは毎年この時期になると何かしら菓子を持ってデンジの前に現れた。手作りである事は稀だが大概チョコ関係のものでそれを口にする度「ああ、バレンタインだっけか」とデンジは今更季節が時間が過ぎている事を自覚するのだ。
「ほれ、お土産」
「……」
手渡された細長い箱の中身はドーナツだった、オールドファッション、フレンチ、種種様々なドーナツはどれもこれもチョコ味だったりチョコが掛かってたりする。俺がそんなチョコが好きじゃない事を知ってるのに、あれ?そう言えば今は何月の何日なんだろう。オーバが毎年チョコを持って俺の前に現れる日があった気がする。
「…ん」
ちらと一瞥したのみでオーバに返すとオーバは箱に入っていたペーパーナプキンを床に引きながら俺がドーナツを食う事前提で話し掛けてくる。食わねえよと強がる必要は無い、どれだけの間食事をしてないのかはこのやかましい腹の音が如実に語っているのだ。
「お前どれ食う?」
「…チョコフレンチ生地で生クリーム挟まったやつ」
「おう」
本当にあった、長年の付き合いがあるとこう言うのが楽でいいな。ワックスペーパーで持ちやすいように包まれたドーナツを手渡され魔法瓶から注がれる珈琲は温かな湯気を放っている。コップを受け取る時に触れたオーバの指は温かく、生きた気配だ、と当たり前の事を特別な様に確認しながらデンジはドーナツを口に運ぶ。しゃくり、と口の中に広がるほろ苦い…つもりの甘みと油の味、冷たい生クリームが徐々に溶けていく感触。ああ、チョコだ。そうか今年もバレンタインか、もう二月なのか

そう言えば、よく考えなくても今迄のも今のも、これはオーバからのバレンタインチョコだったのではないのか?そういう直接的な名称のつく関係のつもりはないが、オーバは俺にとっては特別な人間ではあるしオーバも屹度、他の人間よりは俺を特別視してる筈だと偉そうな勘違いが出来る関係のつもりではあった。……なんか、無性に勿体無い年数を過ごした気がしてきた。でもそう考えるのは屹度今だけだ。
「……お返しなんてしねーぞ」
「は?いらねーよんなもん」
チョコとオレンジのドーナツを頬張りながら、去年と違う会話をしたなとオーバは頭の中で溢した。漸っとこれがバレンタインに因んだチョコ責めだと気付いたのだこの男は。何年掛かったんだろう、相変わらず季節感皆無め。しかし、男女的な意味合いのチョコの贈答では断じてない、これはデンジへの季節感を喚起させる為のちょっとしたカンフル剤だ。
「来年もお前とチョコ食えたらいいよ」
正月にも同じ事を聞いた気がする「来年もお前とお節が食えればいい」、そして五月には屹度柏餅を持ってオーバは俺の前に現れて、七月にはスイカと短冊を持って俺の前に…月に二、三度となく自宅を訪ねはしてくるけど季節の節目事にオーバは俺の前に現れる。俺に生きろと、俺の生存本能を揺さぶりにやってくる。無意識に無自覚に、俺を生かそうとする。オーバは馬鹿なのに、口には出さねど押し付けがましく俺に生きろというんだ。俺の人生に口を挟むな、と言おうか何時も悩むが、オーバに言われるのは仕方ない事だと、変な納得をしてる自分がいる。

そしてまた俺も、お節をチョコを柏餅をスイカを食べながら思うんだ。来年くらい迄なら生きてやっててもいいか。そうやって何年過ぎたか知れないけれど、また一年伸びてしまったけれど、隣で馬鹿な、何の他愛も無い話を嬉しそうにするオーバが来年も隣にいるなら良い事にしよう。と一月前に考えた事をまた今日再自覚しながら、デンジはチョコミントのオールドファッションに手を伸ばすのだ。








おかん、駄目息子への無償の愛
デンジは正月や年末に納得しないで中途半端な二月に色々な自覚を催す…ずれずれの人。
我が家のデンオはデンジから斜め上かっ飛び→オーバ。のようです。