小説 | ナノ





イッシュリーグとハロウィン (イッシュ四天王+アイリス)






秋も深まり、自然の色の変化の美しさよりも風の冷たさが身を刺すか刺さないか、に変わりそうな頃合いの10月末日。イッシュポケモンリーグ内部は、何時もより賑わしい様相を為していた。何故か…普段とは全く違う意味で

「ボスゴドラ、もーちょっとこっちだってば!ああ、そっち行っちゃだめぇ〜!もうっ!オノノクスそこ持ってね。そうそう、サザンドラその調子で吊るしてってね。」
ドシドシ、のすのす、バサバサと広場を蠢く重量級のポケモンを従え、華奢な少女が石造りの広場を踊る様に跳び回っていた。その華奢な少女はこの場で一番のポケモントレーナー、つまりチャンピオンなのだが

「…アイリスちゃん、何してるんですか?」
「メイちゃん、いらっしゃい!今日も挑戦しに来てくれたの?もうシキミちゃん達倒しちゃった?」
メイの声に気付いたアイリスはニコニコと眩しい笑顔を向けながらメイを見下ろし、挑戦者の来訪を喜んだ。
「ま、まだですけどって!?きゃー!アイリスちゃん脚、脚閉じて!!危ない、見えちゃう!」
ボスゴドラの肩に大股開いて乗っかったアイリスはスカートが太腿の付け根際際までめくれ褐色の肌の付いた細い脚が丸出しだった。スカートの合わせ目が危ないと会う度に思っていたけど今はそれどころじゃない危なさだ。
「大丈夫!スパッツ履いてるから!」
そう言う事じゃないのに…
「飾りつけ終わったら待機するから、誰かとバトルしててね!待ってるから!」
確かに、四天王の皆さんに勝たないとチャンピオンには挑戦出来ませんが、そのチャンピオン様何をなさってるんですか?何故ポケモンリーグの広場を賑やかに飾り付けしてるんですか?聞いても「ひーみーつー。後で教えてあげる!」と可愛い返事しかない。
なら先ず、この事態に対して冷静に対応・返答してくれる人のところに行こうと、南東の部屋を選んで駆け足した。

南東の間には、格闘タイプの四天王、屹度四人の中で一番の常識人のレンブさんがいる。レンブさんは私の顔を見て少し驚いた顔をしていたけれど、直ぐに考えを切り替えたのか口を開いた。
「……君か、またこうして拳を交えられる事心より感謝する―」
「あ、あの!下で何してるんですか、何か、アイリスちゃんが飾りつけしてるんですけど!も、もしかして誰かの誕生日とかのサプライズですか?」
台詞を潰した私の間の悪さを問わず表情も変えず、レンブさんはああ、そうではない。と説明してくれた。
「今日はハロウィンだからな」
「え?」
訳が解らないと首を傾げた私に、優しいレンブさんはもう一度同じ事を言ってくれた。
「今晩、ハロウィンパーティをやる」
確かに今日はハロウィン本番で、道すがら通った街はそう言った飾り付けで彩られ私も何処と無くうきうき・そわそわしてたけど、と言うかなんか気合入れて来たリーグ自体にその街で感じた浮かれた空気が漂っていた。まさかポケモンバトルの最高峰、強さを求めるトレーナーが集うポケモンリーグでハロウィンパーティを開くなんて…誰も思わない。けれど、今やるって言った。今は夕方、街だともうお菓子を貰う為に子供達が練り歩く時間だ。……あ!
「な、なんか布!布かなにか…あ、ズルズキン、その皮貸して?」
メイはバッグの中を大急ぎで漁るがハンカチとハンドタオルしか無い、布面積が小さすぎて被れない。それならと手持ちのズルズキンの脱皮部分を指差し、掌を差し出すが流石主人の命令とは言え頷かない。やだやだ、と頭を左右に振って首の後ろに溜まった皮を握り締めながら後退りし始めた。しかし、それくらい被らなきゃお菓子がもらえない。
お菓子目当ての気持ちは半分・残り半分はイベントに参加しようと言う好奇心と浮かれ気分だ。「ちょっとだけ」と今一度メイはにじり寄るがその分ズルズキンは下がっていく。そのやり取りを見て呆れたのか言葉を掛けるタイミングを見ていたのか、レンブが静かに一人と一匹の争い収めた。
「勝っても負けても、仮装して無くても菓子はやる」
「くれるんですか!?やった!良かったねズルズキン、皮いらないよ」
主人のその言葉を疑りながらもズルズキンは漸く後退をやめる。主人の悪乗りについていけない性格だった…

「でも、ポケモンリーグでそう言うイベントしてたんですね。私知りませんでした」
メイの質問にレンブが生真面目に頭を左右に振った。いいや、と言う否定だ。
「今年からだ」

元々、自分が四天王になる前は知らないがポケモンリーグはそういった行事にはノータッチだった。
なんたって此処はポケモンバトルの最高峰、強さを求める猛者達が更なる高みを求め集う場所なのだ。言い方はあれだがそういう世俗的な行事とは隔離された場所でもあった。クリスマスもイースターもヴァレンタインも関係無い。年中無休とは言わないが働く時はそこら大企業の会社員よりは働く。暇な時は凄く暇だけれど、
しかし二年前、前チャンピオンのアデクから現チャンピオンのアイリスに代替わりした際、ふと、アイリスが一言零した。

「今年はライモンシティのハロウィンパーティ、いけないな〜。お仕事だもん」
いくら現チャンピオンでイッシュ最難関のジムと言われていたソウリュウジムのジムリーダーも勤めた事があると言われるアイリスは、それでもまだ遊びたい盛りの、そういう催しが大好きな子供だったのだ。
屹度シャガも仕事の傍ら行事には参加させていたのだろう、アイリスは事細かに年中行事を指折り読み上げながら「全部おしごとだ、ざんねん」とカレンダーをめくる指を離した。

仕事だから、と口では割り切っても残念な気持ちが強いだろう、元気さを闊達さを表す瞳と眉は、しゅん、、と僅かに下がった形でカレンダーを見上げるアイリスの様子を4人で窺ったのはアイリスがチャンピオンに就任して直ぐの事だった。

だから、去年のハロウィンの夜、仕事の終わりにささやかなお茶会の様なものを開いたら、アイリスは喜んだ。それこそ、飛び上がって跳ね回る程に全身で嬉しさを表現した。

そして今年は、職場を放棄する事は出来ないから此処でよければとリーグでハロウィンパーティを開く事にしたのだ。
集まるのは主にジムリーダー周辺だが、それでもアイリスは嬉しそうだった。「子供じゃないんだからいいのに!」なんて照れ隠しに怒っていたけれど顔は全然怒っていないから全く迫力が無かったなと、数ヶ月前の顛末をレンブは脳裏に描いた。
「訳は解りましたけど、何でアイリスちゃんが率先して準備してるんですか?」
「チャンピオンが一番暇だからだ。そして君は挑戦しに来たのか遊びに来たのか、どっちだ」
遊びなら他を当たりなさい、と言外に含められ、メイはズルズキンをしまうと改めてモンスターボールを構え挑戦の意思を示しす。
「挑戦です!いくよランクルス!」
メイの挑戦者としての眼差しにレンブは何故か少しだけ目元を緩め、ボールを構えバトル開始を宣言した。
「なら始めよう、いざ、参る!」

*

「君、それはレンブが正しいよ。アイリスは此処の職員で一番暇だ」
レンブさんに勝った後、ギーマさんの部屋に行ってバトルしながら先程の話を零すと、ギーマさんはさも当然と言うようにレンブさんと同じ意見だと言った。
「でも、チャンピオンが一番暇だからって一番小さいアイリスちゃんに一人で飾りつけ任せるのってどうなんですか?」
「だって、毎回毎回俺達が負けて挑戦者を素通りさせてる訳じゃないから、一番暇なのはアイリスだし飾り付けやりたいって言ったし。それに彼女一人じゃないさ、シキミとカトレアも手伝ってるから問題ない」
「そうなんですかっあ、わ、わ!よけて、エンブオー!当たっちゃ駄目っ」
キリキザンの攻撃を寸でのところでかわしたエンブオーだが、その隙を見逃してくれるギーマではない。
「キリキザン、アクロバット!」
と、畳み掛けのアクロバットにエンブオーは苦しげな鳴き声を上げ、目を回してひっくり返ってしまった。完全に戦闘不能、メイの手持ちはゼロだ。
「わーん!エンブオーー!!」
ごめんね、ありがとう、ごめんねと言いながらエンブオーをよしよししながら、モンスターボールにポケモンを戻したメイにギーマは自分のポケモンもボールに戻しながら淡々と声を掛ける。
「はいお終い、また今度挑戦するといいよ」
「ギーマさん…手加減して下さいよぅ」
「此処に自分の意思で来て手加減とかって、有り得ないよね。第一、相性の悪さを衝いて来てるんだから君勝つ気だったんでしょ」
図星を突かれ、「言葉もございません…」とか色々ぶつぶつ言いながらメイはお財布から逃げ出していくお金をじっとり見つめた、レンブさんに勝った分出ていった気がする。

「ああう、勝った分と負けた分、プラマイゼロの気分」
「何言ってるんだい、その手元の包みは失ってないだろ?君は負けつつもプラスの利益を得ている訳だからしょ気る必要は無い」
「え?あ!そうだ、これ」
そう言いながらギーマが指さしたメイのバッグからはみ出している紫色のシャンデラ柄の手提げ袋は、今朝、シキミとアイリスが尋ねてくるかもしれない挑戦者に、とお菓子を詰めた袋だ。四天王の間それぞれに2〜3袋ずつ置いたもので、挑戦者に勝ち負け関係無く配る事にしていた。今日は珍しく挑戦者が何人か現れた日だったので、私のノルマはもう無い。

因みに余ったら持って帰って良いと言われていたが…内容が内容だけに若干未練がある。何故私の持ち場よ、今日に限って大盛況!

「そうだった、レンブさんがくれたんですよー、可愛いクッキーとマフィン!何処で買ったんだろ?ギーマさん知ってますか?」
シャンデラーのかぼちゃクッキーとフワライドのココアクッキー、ユニランの描かれたマフィン。彼女は気付かないだろう、これがレンブとシキミ・カトレアの合作だと言う事を。
嗚呼、レンブの作った食べ物って美味しいんだよな、畜生。寄せとく前にノルマ達成とかって嬉しくない売り上げだよ。
そんな訳の解らない事を頭の中で喋ってるとは、想像していないだろう目の前の少女はしれっと、
「ギーマさんは何かくれないんですか?」
なんて告げてきた。おやまぁ、

「おや、今ポケモン四体分の経験値をあげたばっかりだろ?」
「わたし、形のある物の方が好きだな〜、今日は特にお菓子とかお菓子とかがいいな〜」
今時の子供は「ほしがる」を良く使うようだ、アイリスもカトレアもやる。この子供の様に直球の強請り方はしないけどね。
はい、何か下さいな!と両手を揃えてギーマの前に出すメイにギーマは笑いながらジャケットの中に手を差し入れた。
「じゃあ、私はこれをあげようかな」
すいっ、と、懐から差し出されたのは三通の封筒。それぞれ黒・紫・オレンジ色の封筒の表には招待状の文字が書かれている。そしてそれはメイが突き出した掌に音も無く置かれた。
「君、この後の予定は何かあるかな?」
「え?特に無いですけど…」
「もし暇だったらパーティに参加してやってくれないかな?人数が多い方がアイリスも楽しいだろうし」
「いいんですか!?」
「そもそも、チャンピオンロードを越えられる人間しか来れないから。タチワキジムのホミカ君はチェレン君が連れてきてくれるからまだ来られるけど、同年代の子供が来るのはなかなか難しいだろ?」
来るのはジムリーダー達やチャンピオンロードに籠もってる強者トレーナーばかり、そのメンバーは全員アイリスが見上げなければならない大人ばかり。同世代の子供より大人との付き合いの方が多いアイリスでも、やはり同世代の子供とはしゃいだ方が楽しいに決まっている。
「勿論参加します!ヒュウとキョウヘイ君も連れてきて良いですか?」
「ああ、構わないよ。ベル君もカミツレもフウロ君も来ると言ってたし、話も弾むだろう。男連中もほぼ参加するし…ああ、サブウェイの双子もくるそうだ。君の幼馴染君も暇はしないだろう?」手練れのトレーナー達が集まれば、自然と会話もポケモン関連のモノが増える。ポケモントレーナーとしてはまだ日の浅くとも高みを駆け上がっているこの少女もその幼なじみ達も、それに喜々として混じるだろう。
「え!サブウェイマスターの二人も来るんですか?」
「カミツレが捕まえたらしいよ、流石イッシュのスーパー女優だよね」
「やった!今度こそノボリさんとクダリさんに勝ぁつ!」

…うわぁ、屹度暴れるんだろうなぁ。幼馴染みと一緒に、ポケモンとも一緒に。顔には出さないがちょっとだけげんなりした。だがそこは勝負師の意地、にっこりと彼女を送り出す。

「お菓子は持ち込みだよ、悪戯されたかったら手ぶらでおいで」
「今買ってきます!その前にポケセンいかなきゃ!!じゃあギーマさん後でまた!ハッピーハロウィン!!」
嵐の様に駆け抜けていくメイを見送りながらギーマはさてと、とひとりごちつつソファーに腰を下ろした。少しでも休んでおかなければ、この後の騒動で手持ち共々無様にぐったりする羽目になる気がする。

*

そしてその頃のリーグ広場はと言うと、アイリスの手伝いに合流したシキミがある程度完成した会場に歓声を上げているところだった。

「わぁ!素敵な飾りつけ!!」
オレンジのキラキラ光るファーに黒と紫で色づけられたシャンデラやランプラー、ヒトモシのガーランド、天井からはコロモリやココロモリ、ズバットの飾りがぶら下がり床にはかぼちゃのランタン、フワンテとフワライドのバルーンに柱の間を覆う蜘蛛の巣柄のカーテン。そのカーテンにはデンチュラとバチュル、イトマルにアリアドスのステッカーが貼り付けられていた。その他様々なオーナメントに広場は飾られ雰囲気はたっぷり、何時でもパーティを始められそうだ。
「へへ、この前街で見かけて買ったの」
「後はランプをおいて、ランタンに蝋燭を入れて火を灯せば、会場のセッティングはばっちりですね」
まだ始まらないパーティに二人は胸の中の想像を膨らませる。その想像がどうやってかリンクしたのか、手を取り合いキャーキャー言いながら跳んだりはねたり、興奮していた二人の前にカトレアも手伝いに合流したらしく、ピョンピョンしている二人に一瞬固まったが小さくあくびを零しながら冷静に感想を述べた。

「あら、とてもキュートな会場ね。アタクシの地元の雪祭りよりもエレガントかも…そうそう、サンヨウシティの殿方達がお見えになってよ」
「え、…で、デントおにいちゃん来たの?」
カトレアのついでの一言にアイリスが動きを止めた、ドリンクやフードのセッティングに一足早く訪れると連絡を受けていたがアイリスは忘れていたのだろう、ポケモンの背に跨り勇ましい格好で会場の準備をしていた彼女はデントの来訪を聞くや否や勢いよく降り立つと忙しなくスカートの裾を戻し、払い髪の毛を弄り髪飾りを弄り、そして自分の頬をぺたぺたと触りながら
「あ、あたしへ、変なところ無い?」
と、小さな声でシキミとカトレアに尋ねた。その顔は上目遣いで、心なしか不安と緊張に彩られている。そのアイリスの挙動の正体に気づいている二人は示し合わせる事もなく、にっこりと笑ってアイリスを褒めそやした。

「はい!可愛いですよ、アイリスちゃん。」
「っ////か、可愛い!?」
「ええ、可愛いわよアイリス」
可愛い、と言う耳慣れない単語を連発されアイリスは頬を赤くしながらスカートの裾を握り、もじもじと爪先を寄り合わせる。
「あぅ…サンダルが新しいの、気付いてくれるかな?」
「デント君なら絶対気付きます!」
「気付かなかったらアタクシのランクルスちゃんのぴよぴよパンチでのしてさしあげますわ」
と二人それぞれの応援を背に一層頬を染めながらも「あ、あ…挨拶してくる!」とアイリスは飛び出していく。その姿を微笑ましく見つめながら二人は会場のセッティングを急いだ。

*

サンヨウの三つ子が会場入りし、諸々の準備を整え招待客を招き始めた頃、ギーマは西側の四天王の間の終業確認を終え、反対側の確認をするレンブに合流していた。メイの去った後のリーグは何時も通りの閑古鳥だったが、それでも待機しなければならないのが四天王の辛いところ。しかも此処最近パーティの準備で仕事の後も忙しくて妙に疲れが溜まっているのか、取り留めの無い事をギーマはうつらうつらと考えていた。
「レンブ、西側の確認終わったよ、」
「ああ、有り難う。こっちも今終わった」
最後に自分の部屋の確認を済ませ、照明や電気機器類の電源を落としたレンブは階段の踊り場でギーマを待っていた。

「行くか、」
「レンブちょっと」
ふ、と閃いた様にレンブを呼び止めたギーマは「はい、」とレンブの前に細長い指を揃えた形で差し出す。所謂手を出した状態。
「なんだ?この手は」
ぬっ、と言った風に目の前に出された手を視線だけで指し示しながら等レンブだがその問いには答えずまた手も下げず、小首を傾げながらギーマは奇妙に嬉しそうな笑みを浮かべの賜った。
それは全く不似合いの一言でレンブは数瞬、硬直した。

「Trick or Treat?」

「お前…子供か?」
流暢で美しい発音は拙い子供の発音で紡がれる可愛らしさや其れに伴う庇護欲を一切感じさせない、ギーマの性格もあってかあざとさを感じるのはレンブの気の所為ではない気がする…
「ジョークだよ、何だか今日疲れたし、珍しく挑戦者が多かったから」
「確かに何時もよりは多かったな、だが疲れたのは皆同じでは―」
「で?どうする?お菓子?悪戯?」
「…………」
ジョークじゃなかったのかよ…何を考えているのか、まあ俺をからかっているんだろうが兎に角、悪戯に付き合ってる時間もないので残っていた菓子を渡して…と思ったが、目的のお菓子は足下に置いた網籠から消えていた。
「一つ余っていた筈なんだが…」
「あ、無いんだ。じゃあ悪戯させてもらおうかな〜」
と言葉が速いか動きが速いか、ギーマはレンブの懐に入るとにやにやと悪い笑みを浮かべ始めた。これは、何かするなと経験則的に思った時、かさりと擦れる音にレンブは眉間の皺を更に深くした。また、おちょくられたのだ、お菓子の意味とか全く無い。

「…おい、ポケモンにどろぼう使わせるのは止めろ」
「おや、バレたかい?」
残念、とレパルダスが咥えた袋を預かりながらギーマは悪びれもせずレンブに其れを返した。折角さっき覚えさせたのに、とレパルダスの頭を撫でながら悪戯の失敗を悔やんだ。
「俺の動体視力と聴力を舐めてもらっちゃ困る。袋の音も聞こえたぞ」
「何、今のレパルダスの動き見えてたの?君、そろそろ人間止めたら?」
寧ろ何時か本当に止めちゃうんじゃないかこの同僚。最強を求めて修行してる内に人間相手じゃ勝負にならなくなりそうだし。とギーマが思ってるとは知らず、レンブは受け取った袋をギーマに再び返す。悪戯は執行されたが、やると言ったからにはこの菓子をギーマに与えるのはレンブの中で決定事項だ。
「ほら、」
「また残念。本命はそっちじゃないよ、」
「は?」
「もっと甘くて良い物、あるだろ?」

また近い、今度は顔が無駄に近いぞお前、変な雰囲気出すな、シキミがキャーキャー言いながらカメラ持ってペンと紙も持って走ってくるだろ。思いつきでアーティにでも絡んでろと以前言ったらシキミにも言われた事があったらしく、からかうつもりでアーティに問うたら「僕は虫ポケモンとしかイチャイチャしないよ?」と笑顔で断られたらしいが、…顔に吐息が掛かりそうで、なんか嫌だったから首だけ離しつつ真意を問う。
「何が 狙いだ?」
他に何か持っていたか?いや、今日はこれ以外菓子の類は持っていないし、普段から甘いものを持ち歩く癖はないし…どれの話だ。解らない、と頭を捻るレンブに、ギーマは無駄に囁く様に、もったいぶって告げる。

「君がシキミとカトレアとアイリスにせがまれて作った、見本のアレ」
確かに昨晩、シキミとカトレアにせがまれて給湯室で菓子を作った。何故俺かという以前、バレンタインのチョコ作りの手伝いをして欲しいと頼まれて実際に見本作成した時からちょくちょく作る羽目になっているからだ。初めて頼まれたのは二年前だ、何故覚えているかと言えばあまりにも衝撃的―ショッキングな現場だった。ランクルスとシャンデラが極まった異臭で瀕死状態だった。あれから、少しは進歩があったようで、試食させられたエルレイドとデスカーンが立った儘気絶する程度に収まった。異臭もそこまでは酷くなかったし。
だが、それでも人間の口に入れるには憚られる物質だった、その所為だろう。今年も俺が見本で何品か手伝わされた、自称する程料理が得意と言う訳ではないが本を見れば大概は可能だ。因みに今朝も昼休みの時間も二人の手伝いをして何品か作った。其れの事をギーマは言ってるのだろう
「お前、良く知ってるたな」
あの時ギーマは先に帰宅していた筈だし、朝も昼もトレーナーの相手をしていて顔を合わせていない筈なんだが
「散々三人に自慢されたから知らない訳ないだろ?そりゃもう、順番に自慢しにきたからな」
やれ、アップルタルトが尋常じゃなく美味しいだの、パンプキンパイが神掛かってる味だの、パンプキンプリンの蕩ける食感とクッキーのサクサク感がどの味のも素晴らしいだのなんだの余った生地で作ったパルミエとプチレモンタルトがまた絶品だっただのマフィンがデコレーションがイマイチなのに別腹で食べてしまっただのだの…
「腹が減ってる時に止めてほしいもんだよ」
出勤して直ぐに招待状書いたり昼飯の時間も惜しんで返信の仕分けしたり当日のリーグのスケジュールを調整したりしたの誰だ、俺だっつの!そして俺は仕事帰りで眠たかったんだ、朝帰りだったからな…別に負けた訳じゃないぜ?ひん剥かれた訳じゃ、ない。

その心の中の独り言は実際声に出ていた様で…うん、私は実に疲れている様だ。レンブの表情がだんだんと複雑な、若干憐れみと情け深さの入り混じったものになっていく。別に同情されたい訳じゃないが、まぁ、もう言葉は返ってこないので流れの儘にやる事にしよう。
「……冷蔵庫に俺の分が残ってるから、やる」
「あ、後コーヒーもついでに」
「其れは自分で淹れに来い」
「はいはい、着いて行きますよ。君も飲むかい?」
「ああ」
漸くギーマの急接近を振り切ったレンブがさっさと歩いていくその後ろを、悪戯が成功した子供の様な顔をしながらギーマは着いて行った。よし、屹度コーヒーも自分の分と序でに淹れてくれるだろう、この男は親切だからな。
等と後ろを歩く男が調子に乗っているとはつゆ知らず、レンブはギーマは本当に疲れているんだなぁ、今度からもう少し構ってやろうかな、と、本当に親切心で考えていた。

*

結果から言うと目論見は半分外れた。結局コーヒーは自分で淹れる羽目になった、シキミとカトレアが後片付けをしていなかったらしく給水所のシンクの中が山積みでレンブはソレを片付け始めたのだ。後片付け迄がお菓子作りだって親に習わなかったのかよ二人共…なんだかんだで私も手伝ったがそ、男二人狭いシンクの前に立つとなんだかむさ苦しかった。それに気付いて、率先してコーヒーを淹れに逃げてしまったのだ。うーん、失敗だ。
そして三人の舌はある程度優秀らしい、アップルタルトの甘みと酸味の調度良さ、パンプキンパイの円やかさ、プリンの滑らかさにオマケとは言い難い残り物の美味さにギーマは舌鼓を打った。そこ等の店なんかよりよっぽど美味い。レンブ、君本当にごつい男?

「相変わらず美味しいね、君の作るお菓子は」
「普通だろ、一般的な味だ」
「シキミの手料理の実験台に長い事なってると、その普通すら恋しいもんだよ」
溜息と共にシキミの手料理、基い殺人兵器を思い出すと眉間に鈍痛が走り、ギーマは其れを誤魔化す為にタルトを一切れ口に放りこんだ。ああ、安心出来る味、素敵じゃないか。シキミはいっその事毒タイプのトレーナーに転進した方が良いと思う、ホミカ君と被るとか関係ないよ。

「全く、お前は回りくどい。欲しいなら欲しいと直接言えば良いだろ」
「だって大人だもの、素直な時期は卒業したのさ」
「また減らず口を、」
「でももっと過激なイタズラされずに済んだだろ?レンブ」
脳裏に以前された何かにを思い出したのだろう、くわっと語気を荒げながらレンブは言い返す。
「お前は何時だって俺をからかうだろうが。そもそも菓子の前に悪戯されたわ!Trick or Trickだった!」
「まぁまぁ、今はゆっくり休もうよ。どうせこの後忙しくなる」
「何がまぁまぁだ、半分以上はお前の為に疲れたんだぞ」
ぶつぶつ言いながらも席についてギーマの話し相手になってやるレンブは何だかんだ言っても常識人で親切心溢れる青年だ。
「まぁ、お前の言う事も一理ある。想像してた以上の人数だしな」
「まさかイッシュ中のジムリーダー呼べるなんてね、今日は穴日だ。カミツレが釣れたし、鉄道双子も釣れた。半端無いね、上手く行き過ぎて恐い」
「それよりも、だ」
コーヒーカップをテーブルに置きながら、レンブがはあ、と溜息混じりに零す。あれか、仮装が嫌なのか?そう言うお茶ら毛苦手だしね。なんて思ってたギーマの考えを飛び越えた所にレンブは着地する。

「こんなに上位のトレーナーが集ったらハロウィンパーティじゃなく、バトルトーナメントになる気がしてならん」
「それは気の所為じゃなく近い未来予知だよ」
人が集まりはじめた会場は何故かポケモンの鳴き声も多く響いている。これは一戦始まるのも時間の問題だ。
「やれやれ、会場でバトルされても困るぞ」
「ま、大人のハロウィンでいいじゃない。大人と言うよりトレーナーのハロウィンかな?」
「それはトレーナーが集まった時の反射だろ。ハロウィンは関係無い」

トレーナーが二人揃えば挨拶代わりにまずバトル。が、空気の様に出来てしまうのがポケモントレーナーの性である。そしてそれは、我慢というものが出来ない本能並みに厄介な代物だ。
「クリスマスもイースターもヴァレンタインも屹度こうなるさ、賑わしくて良いじゃないか」
「…今あげたイベント、全部何かするつもりか?」
「アイリスが望むならしてやらない訳にもいかないだろ?我等がチャンピオンはまだまだ成長途中、何でも経験させてあげなきゃ素敵な大人になれないよ?」
「…また、シキミとカトレアの手伝いか」
「是非手伝ってくれよ、これ以上の犠牲を出さない為に」
特に私とアデクさんの消化器官と言う名の犠牲をね。
「ああ、もう。俺の変なパラメーターばかり上昇する」
「ご馳走様。美味しかったよ、さて、着替えていこうかレンブ。もうバトルしてるみたいだし、態々呼びにこられるのもなんかだし」
「…ああ、そうするか」
仮装衣装に身を包んだ二人は複数のポケモンバトルが開始されているポケモンリーグの広場へ足を進めた。ハッピーハロウィン?もう殆んど関係ないけどな。









ほんのりギマ→レン、微かなデント←アイリス。そして季節ネタに間に合うと言う奇跡

13/10/31