小説 | ナノ





B-52






唇がキスを〜の続きです。





計画とは、念入りに練れば大概良好な成果を挙げられるものだと思っていたのに。ギーマの胸中を埋め尽くすのは、その言葉を信じた割りに成果の無い現状を憂う…つまり、凄いがっかり感にギーマは苛まれていた。それと同時に酷い酩酊感と胸部と胃への圧迫感と喉元にせり上がる窒息にも似た、焦燥感のようなものにもギーマは苦しんでいた。
こちらもつまり、アルコールの多量摂取とそれによる胸焼けと胃酸過多による嘔吐感―…単なる悪酔いだ。

けいかく【計画】
ある事をするとき、どのような手順・方法ですればよいかあらかじめ考える事。
また、そのような考え。くわだて。プラン。

とまぁ、辞典其の儘引用したけれど。今、そんな基礎情報は何の慰めにもならない。唯唯、敗北感だけがギーマの胸を占拠していた。うん、惨めだ。実に悪い負け方である。


何故こんな事になったのか、この状態を説明する為に、先ず発端から話さなければならないだろう。


*


「レンブ、帰り食事にでも行かないか?」
「断る、用がある」
「あれ、残念」
にべ無く素っ気無く、言葉のキャッチボールすら一刀両断するレンブに顔には出さないがギーマは腹の奥底で深く嘆息した。もう、何度断られた事か。数えるのも億劫だ、でも数える。負けから学ばなければ、勝ちは無い。最近俺の脳内辞典に新しく登録された言葉だ、勝った者が全てを手に入れ負けた者には何も残らない、が信条であるが同じ相手に勝負を挑むのならそれだけでは駄目だ。負けの原因を突き止め次の勝利へ生かす。この研鑽が重要だ。そう思いあの手この手、手を変え品を変え今38回目の敗北を喫した。…少し、小休止を入れようか。偶には状況を静観する事も大切さ。うん、めげた訳じゃない、一寸疲れただけさ。どんな勝負も自分から降りたりしないぜ。


基本的に、四天王は暇だ。

まず、一般論としてポケモントレーナーはジムバッジを8つ揃えなければチャンピオンロードには入れない、そこ迄に大多数のトレーナーは篩いに掛けられ除外される。そしてバッジを手に入れてもチャンピオンロードで修行を続けるトレーナー達が行く手を阻み潰しをかけてくる。其れすら乗り越えた一握りのトレーナーが辿り着くのが此処、イッシュ地方のポケモンバトルの最高峰、ポケモンリーグである。その一握りは確かに心震わせる勝負の出来るトレーナーもいるが、全部が全部ではない。一握りに中の一欠片が其れに当たるのであって他は大概最初の一人で潰される。寧ろ潰す。四人全員とバトルする骨のあるトレーナーには最近お目に掛かった事が無い。
なので、本業・副業がある者はそちらに勤しんだ方がいい、挑戦者が来たら呼ぶよと言われるくらい、シティに密着したジムリーダーとは比べ物にならないくらい暇なのだ。退屈、と同意義になりかねない程、お茶を引く事も多々ある給料泥棒に片足突っ込んでるんじゃないか、と言われかねないポケモントレーナーの最高峰四人組の壮絶暇人が我等四天王です。と言っても良いくらい暇を持て余す日々(実際はポケモンの育成やら本業との二足の草鞋で其処迄油は売っていないけど)を送る我々、イッシュ四天王は今日も暇人だ(暇人発言二回目だが他の職業の方から見れば本当に暇人だろう)。

しかし他所の地方はどうか解らないが、イッシュの四天王は事情があり、絶対挑戦者に負ける訳にはいかなかった。四人全てが負け、最後に待ち構える筈のチャンピオン、アデクが不在・行き先は不明、つまり行方不明なのだ。そんな状態のリーグを守る為に日々日々、ポケモンバトルの腕だけは磨く毎日。新しく入った四天王カトレアも漸く仕事に馴染んだ、相変わらずシキミは小説を書く事に夢中、私ギーマは本業に精を出しすぎて少し風邪を引いてしまい、レンブは飽きもせず己のトレーニングと言う名の肉体改造を行う、まぁこれが今現在此処の日常だ。
そしてチャンピオン不在と言う現状の儘、今迄通りの付かず離れず、良い意味で適切な距離感・悪い意味で少し壁のあった関係では居られないと誰彼とも無く考えるようになったのか、まずシキミが出来るだけ四人で昼食を取ろうと言い出した。別に異論も其処まで毛嫌いする理由も無いので昼の休憩時間に声を掛け合うようになった。最初はぎこちなく、気まずい雰囲気のランチタイムだったが今は雑談や談笑、午後の予定や今後の合宿について話し合うようになった。次にカトレアがティータイムにしないかと言い始めちょくちょく四人で午後に小休憩を入れるようになり(これも色々あった、大抵カトレアのハイクラスな味覚によるものだが)、今迄の無用な緊張感無しに午後のひと時を過ごすようになった。まぁ私はカードゲームやチェスでも、とゲームに誘うのが常だったが意外とこれが打ち解けるもので。酒と賭けさえ入らなければ和やかに夜は過ぎていくものなのだと逆に此方が気付かされる始末で。
レンブに至っては唐突に、「四人でダブルバトルするぞ」とか「トレーニングだ!」とか合宿の発案だの現実的な触れ合いを提案してくるがまぁ、レンブらしくていいんじゃないかな?とシキミとカトレアとも話したし、実際合宿を何度か行った事で四人の距離がぐっと縮まった感じはあるし。と、手探りで靭帯を深めようとする私達ではあるが、唯、

唯それでも。この男、レンブは全てにおいて隙の無い男だった。
あまり口数の多い男ではないが話しかければ相槌や返事はするし、悪い性格の人間では決して無い。四天王になった頃に比べれば融通は利く様になり、真面目な性質が災いした全く逆の性質の俺との喧嘩とも大分少なくなった。大分打ち解けたとは思う、それでもレンブは何処か張り詰めた雰囲気を醸し出し続けている。
俺だけにそうなのかと思ったらシキミや他の職員、挑戦者の前でも態度や気配、挙動を緩めない所から限られた人間以外に気を許さない人間なのではと考える事にした。流石に師匠と呼ぶアデクさんの前でならもう少し気配を穏やかにするだろうと思ったが「チャンピオンならフラフラせず、リーグに腰を据えていただきたい!」と真面目腐った顔で進言するのを見たことがあるからこれは多分自分の親家族以外には隙を見せない人間だろうと、考えを改めた。
しかもその隙の無さがこの前の出来事によって更に付け入る隙間も見出させない程のものに進化してしまった。それこそ背後を取らせない野性ポケモンさながらの動きを披露してくれる、ボールにいれたろか。と思う程あからさまな挙動だったがそれに関しては全くの自分の軽率さ、というかヘマを呪うしかない。其れも漸く落ち着いて来た、ヘマ以前に戻った訳じゃないけれど…それは今後挽回していくとして。

個人的な考えとしては実のところ、隙を見せろと言うつもりは無い。防御が堅い壁が厚い、実に結構だ。でもその隙の無さが対人関係を悪化させコミュニケーションを取る際の「壁」になっていると言う事を理解してもらわなければ、「まだ私達気を許してもらえてないんでしょうか?」としょ気たシキミや「アタクシの我が儘の所為かしら」と珍しく殊勝なカトレアが少し気の毒だ。悪気は無いが、間接的要因は俺にあるし動けるのは俺しかいないので、俺が行動に移す事にする。
さて、先程から言ってる通りレンブは実に難攻不落である、師と仰ぐアデクを挟めばもう少し楽に動く事が出来るだろうがそのアデクが居ない為に精神的な壁の取り払いを行っているのだ。居ない人間に頼る事は出来ない。
しかし、どんな人間にも気の緩まない瞬間なんて存在しない。それは食事中だったり入浴だったり、睡眠中だったりと様々だが、大抵はそれを他人に見せたがらないのが生物の本能でその本能全開がレンブであって…なら、その隙の出来る瞬間を作り出せばいい。隙が出来るのを窺う、だけではなく隙を作り出す事が出来るのが人間でしかも相手が成人し、ある程度の年数を経た人間ならほぼ8割の確率で効く方法がこの世にはある。

ほぼ万人共通の緩みの瞬間。それは、酒である。

*

「レンブ、この前の特訓の話なんだけれど」
「ああ、礼がまだだったな。どうすればいい?」
急遽、と言ったタイミングでレンブから特訓に付き合って欲しいと申し込まれた。特に予定は無かったが後々何か都合の良い事に使えそうだと思い渋々と言ったふりをして引き受けた。そして其れに対しレンブは礼をすると言ったのだ。何て真面目でマメな男なんだレンブ。
「君、今晩予定は?」
「…は?」
「これ、付き合ってよ」
くい、とグラスを傾ける仕種で得心したのか、ああ、と溜息の様な相槌をレンブは打ちながら彼らしい言葉を返してくる。
「あまり高い店は困る」
「いや、色々貰ったんだよ、俺の家で飲まないか?」
「……解った」
数瞬の間、何を考えてるのか、恐らく俺の言葉に裏が有るか無いかを思索したんだろう、レンブは無愛想な表情を益々険しくしながらも頷き「では仕事が終わったら」と自分の持ち場へと戻っていく。まず第一段階はクリアした、此処にこぎ着けるのに53回程の言葉のキャッチボールをはたき落とされたがまず一段落だ。よくめげなかった俺、偉いぞギーマ。
等と俺が自分を鼓舞してるとは知らないレンブは終業後、無愛想な顔の儘リーグの裏口に立って俺を待っていた。うん、逃げられていないだけ進歩だぞギーマ。この前迄は半径5m以内に入っただけでバックステップして逃げたからね、レンブまじポケモン。
「お待たせ、」
「いや、待ってない」
素っ気無い返答にもギーマの足下は軽い、長らく暖めた計画の実行が真直に迫っている緊張感よりも、レンブのパーソルスペースの縮小加減が素直に嬉しい。半径1m以内に俺が居ても怯まないびびらない、逃げない。いいじゃないか、普通の同僚並みの距離感。ついこの前まで赤の他人より距離開いてたんだぜ?
「俺の家少し掛かるから徒歩と電車なんだけどいいかな。」
「構わんがお前明日仕事じゃないのか、本業の方」
「俺の本業の良い所は自由出勤だって言う所だよ」
働きたい日に働いて稼ぐのがライフスタイルだ、聞こえは良いけれど実際綱渡りな職業ギャンブラー、安定した生活ではないからねぇ。
「まるで自営業だな」と的を得ない返答をしているレンブを促しながらドンカラスとヤミカラスの鳴き声を背に職場を後にした。

「到着ー、あがってよ」
駅迄歩いて、近所のマーケットでつまみや軽く食べるものを買って数十分電車に揺られ、そこからまた数十分歩いて。と、若干の時間を掛けて我が家に帰る。
「…広いな」
「そうでもないさ、」
玄関でレンブが視線を巡らせるが其処までじゃない、手ごろな中古一軒家の我が家は今日も静かに主の帰りを迎えた、ポケモンはポケセンに預けたから本当は一人っきりで戻って来る筈だった我が家。其処に迎えた初めての人間の客。事実だけど字面が酷い、けど気にせずリビングに進んで酒盛りの準備をし始める。所在無く突っ立っているレンブを座らせておき、手早くセッティング。レンブと対面する形でソファーに腰を下ろしてグラスを揺らした。
「はい、じゃあ家に来てくれた記念で乾杯」
「…なんだその記念」
「だって自分以外の人間を呼んだの初めてだから。」
「……本気か」
「本気本気、はい、飲んでよ。多分これ良いやつだからさ」
あれ?若しかして今俺自分で淋しい奴みたいな発言をしてしまったか?ま、いいか。まずレンブ潰そう、良質の酒精が心地好く喉を灼いていくのを感じながら勝負を仕掛けた。

だが…どうやら俺はこうかはいまひとつ、の技を使ったらしい。



淡い…記憶?が?意識が?何だ か、兎に角加速度的に襲ってくる酩酊感はまるで美女の吐息みたいに俺の耳や目蓋の上に掛かってくる。もんやり、と言った感じのこれは久しぶりの感覚、つまり悪酔いに変わる一歩手前の状態だ。気持ちの良い浮遊感が不快な圧迫感に取って代わるのも時間の問題だろう。
「ギーマ、大丈夫か?顔色が悪いぞ」
気遣わしげな声をかけてくるレンブの顔色は平素のまま、全く変化が無い。対する俺の顔は―屹度赤を越して、青い。
「―……何、心配には及ばないよ。久しぶりに飲んだからじゃないかな?」
「酒は無理をするものじゃないだろ、今日はこれで止めないか?」
「…そうだね、じゃあまた明日。気を付けて帰って」
飲み開始から二時間後、微妙な流れの儘初家飲みは終了した。俺の敗北と言う極めて出足の悪い状態で計画と作戦はスタートしたのだ。なんて幸先の悪い。

この計画、作戦で大抵の男女は落ちるのに。いや、落ちてくれなくていい。唯、酔いつぶれてくれれば良いのだ。なのに…可笑しいな、

〜作戦内容〜
レンブにある程度のスピードで飲ませる→先に潰す→それを介抱してちょっと親密度(恥の見せ合い・慰め合いで打ち解けあう)アップの作戦だったんだけど、
〜現実〜
レンブにある程度のスピードで飲ませた→何か予定に無い動き→気付けば俺がキャパオーバー→気を遣われるのは俺だけと言う不甲斐無い結果が出た、何故だ。

だが、あらゆる勝負でも自分から降りた事は無いぜ。高が1、2回飲み負けたくらい、どうって事ないさ。そう自分を鼓舞しながら俺はめげずにレンブを飲みに誘う算段を練る。次は「この前迷惑をかけたからお詫びにおごるよ」作戦だ。
でも、この考えはとても甘いものだったと俺は直ぐ気付かされる事になる。

「レンブー、この前のお詫びがしたいからどうだい?」

「…ギーマ、ピッチを上げすぎたんじゃないか?」
「……そうかも」


「レンブ、今度の会議の話なんだけれど、長くなりそうだから俺の家で話さないかい?」

「……ギーマ、何か嫌な事でもあったのか?」
「………まぁ、色々あるさ」


「レンブー、この前ギャンブル仲間から巻き上げたワイン飲まない?独りで飲むには勇気がいる物でさー」

「………ギーマ、水、飲むか?」
「…………うん、ちょうだい。」

たかが1、2回の負け、と高を括っていた。だが俺が先に酔い潰れると言う失態は3、4、5…と数を増しついには10を数え、越えてしまった。昨晩もそう、飲むペースは落としていた筈なのに途中から「コイントスの表裏を当てて、外した方が一気飲み」なんて余興をやって5連続で負けた所為だ。そもそもレンブのポケモン並みの動体視力でコインの動きが全部見えていた可能性がある、馬鹿な勝負を仕掛けたもんだ、俺の馬鹿馬鹿っ

そして、冒頭の状態で現在に至る、説明に随分時間がかかった気がするが時間の長短はどうでもいい、最後迄酷い矛盾も齟齬も無く説明出来た俺凄いなぁ

そんなこんなで俺はベッドから起き上がる気になれない。頭痛と胸焼けで考えが纏まらないが兎に角、レンブにまともに飲ませては駄目なのだと思い知らされた。勝ち目が無い、タイプ相性が此処に迄表れるなんて…面白い通り越して苦行だ、少し作戦を変えるべきか?良い負け方、悪い勝ち方があるが此処迄来て唯己の矜持を貫き素晴らしい負けを選ぶ等、今の俺には考えられなくて。
よく考えるんだギーマ。まだこんな状況でも勝てるやり方ある筈だぜ、二日酔いの頭痛と吐き気で苦しむ俺を労う様にひんやりした手を額に乗せてくるキリキザンと冷蔵庫から水を取り出し持ってくるズルズキン。うちの子良い子だよもう、この子達の為にも負けられない。そうだ、人生は与えられたカードでの真剣勝負、文句を言うよりどう使いこなすかが大事なんだ。

しかし、この有る程度回転してくれる筈の脳味噌をフル回転させたにも関わらず、状況は膠着。相変わらず俺が劣勢と言う手の悪さ。で、また俺は先に酔い潰れてしまいそうな局面を迎えている。
…何だ、何て強いんだい君。かれこれ7敗目だ、顔色も変わらない、呂律も回さなければ飲むペースが落ちる訳でもない、ちょっとイカサマして度数の強いの飲ませてるのに、なに、肝臓迄鉄壁か君は。俺だって弱いつもりは無かったがこいつは異常だ。頑張れ、俺のアセドアルデヒド脱水素酵素とその他の肝臓の酵素達。レンブの前でみっとも無くぶっ倒れると言う失態だけは無いように、俺の脳味噌も頑張れ。
「お前よく飲むな、ギーマ」
お前が言うかその言葉!笊だろ、笊がそこいらの奴よりは強い程度の人間にそれを言うのかい?!とか何とか叫びたいが堪えて建前を吐いておく。
「君に言われるとその言葉に疑いを抱きたくなるよ、君こそ酒強いんだね…人種?」
人種でアルコールの許容量が変わると言うのは定説だ、レンブは肌の色から見ても南東、ラテンとかそっち系。
「いや、肌の色は母親に似ているが母は全く飲めない。多分父親に似たんじゃないのか?」
「へえ…強いんだ、君の父親」
「滅多に飲まない人だったが飲む時は浴びる様に飲む人で、顔色も変わらないんだ。」
「…そりゃ凄い、うわばみだ」
「ウワバミ?」
「……シンオウとかカントーの方で底無しに飲む奴を指す言葉だよ」
「底無しのつもりは無いが、そんなに好きでもないし」
「………え?あれ?嫌いだった?ごめんね何度も付き合わせてしまって」
「いや飲む相手が居ないから、別に嫌々付き合ってるつもりは無いんだ」
「ふーん…」
まぁ、顔見知りは多いけど飲食を共にするような社交性は持ち合わせていないタイプなんだろう。
「お前こそ私に付き合ってるんじゃないのか?」
ああ、付き合ってるとも!こんな底無しだと思いもしなかったさ!!俺君と飲むようになってから酒に妙に強くなって仕事場界隈でも「ギーマが益々潰れなくなった」とか言われて無理矢理飲まされる事もなくなったさ!!此処はいい所かこの野郎!!!でも口から出るのは建前、大人って凄いよな。
「いや、今迄一人っきりで飲むのが習慣だったんだけど、君と飲むようになってから何だか一人で飲むとつまらなくてね。一緒に飲んでくれるとなんか量が増えてしまうみたいだ」
「………そうか」
取り留めの無い会話で酔いを誤魔化すが思考は淡く、浅い。何度もグラスを交わす内に、何となくお互いの事が解った気にはなってきたしレンブの雰囲気も何となく柔らかくなった気もするが、知りたいのは其れじゃない、掴みたいのは其処じゃないんだ、まだ此れは決定打ではない。今日もかなり酔いの回った状態でレンブを見送り、レンブの足音が遠退いた瞬間玄関に引っ繰り返ってその儘、明け方迄気を失っていた。何て無様な!毛布が掛けられていたのはズルズキンやヘルガー達の優しさだろうがどうせならソファーに運んでくれればよかった…お陰で少し風邪気味だ。玄関でぼやくがそんなのポケモン達はお構い無しに腹が減ったと食事の催促をしてくるだけ、主人の威厳なんか何処にも無い。

ああ、今の私は無様な敗北者…レンブ、今の君、凄く輝いてるよ…目蓋の裏にいるレンブに話し掛ける、二日酔いの気持ち悪さをやり過ごす為の逃げた思考にすぎないけれど。

もう、止めようかなこの作戦。懐の具合より俺の体が危険だ。急性アルコール中毒で病院に搬送、が洒落じゃなくなる。本当、レンブ強いんだよ、別の方法でヘマさせたり心のドア開けさせた方が速い気がしてきた。学んだ事は多い、もう良いじゃないか。俺はよくやった、初めて一緒に飲んだあの日よりレンブだって気さくな感じはするし、進展が無かった訳じゃない。どんどん自分を慰めようと思考が逃げているが仕方ない、今の俺は二日酔いで風邪気味の仕事を休もうかどうか本気で悩んでいる最中の、肉体的精神的にも参ってしまっている哀れな男だ。誰か慰めてくれないかな…誰かに連絡したら一人くらい捕まりそうだけど、どうしようかな。考えてる内に時間は迫り、結局レンブが気にかけると後々面倒だから俺は酔い覚ましと風邪薬を飲んで出勤する方を選んだ。偉いな俺、流石大人だ。
だが敗北者だけでなくアル中にもなったら目も当てられない、そう思うのも事実だ。

これで最後にしよう。そう考え誘った今日、変化は起こった。

何時も通り、つまみを口に入れながらちびちびと酒を舐めつつどうにかレンブを潰そうと、画策していた。が、殆んど策は出尽くしている。だらだらと時間と会話を食い潰すだけの不毛な飲み、取るに足らない会話がひょいひょい飛び出す。流石俺だ、口から生まれた疑惑をかけられているだけある。
「それにしても君よくあんな狭い所に住んでるよね、ポケモンだって自由に出せないじゃないか」
「それは…一理ある、だが俺の身の丈にあった住居だと思っているが」
「身の丈が質量的な比喩だとしたら全くつり合っていないよ、あれは手狭って言うんだと思うよ。現に君、ドアの上の部分に頭ぶつけてた事あっただろ」
「何時見たそれっ更衣室か、休憩所か!」
「んー、全部かな〜。ぐおっ、とか君が言っておでこ擦ってるとこ何回も見たよ」
「あー…見られていたなんて!」
「だから引越しなよ、最近安く出てる家あるから紹介するよ?」
「そう言うお前こそもう少し交通の便の良い場所に住んだ方がいいんじゃないか」
なんたって出勤するのに時間がかかる、ライモンやヒウンに出勤するサラリーマン達で遠方に住んでる人達がやるような、一本電車を逃せば遅刻してしまう。と言う出勤方法をギーマはとっている。四天王と言うある程度の高所得者なのに、何故こんな奥まった所に住んでいるのか。俺みたいに修行の為という訳ではないだろうに。
「朝の通勤ラッシュを尻目にがらっがらの反対車線に乗る、新鮮な気持ちでいいよ?で、好い加減空いた電車にのってリーグに出勤。調度良いサイクルだ」
「開店時間が昼近くのマーケットのパート店員かお前は」
解りにくいけど的確な例えだよね君、しかし一理はある。
「まぁ、もう少し近い方が行き来しやすいだろうねぇ」
「お前も宿舎に住めば良いのに……そしたら、もっと 気軽に行き来出来る…のに」
「だってあそこ狭いし仕事から帰る時間が時間だし、周りに迷惑掛かるからなぁ」
……あれ?なんか今凄い事聞き流した気がするぞ?でも聞き直す流れじゃないし、レンブが俺の言葉に反応して何か言おうとしてるし…何かをしくじった気がする。
「…迷惑?」
「俺、偶に借金取りに追っかけられるから」
「は?」
「この家に落ち着いたのそんなに昔の話じゃないんだ、結構引越ししてて…と言うか夜逃げだね。あ、今はそんな強引な所から借りてないから大丈夫」
「お前金に困ってるのか」
「今は全然、俺とポケモンが暮らすには不都合は無いよ。駆け出しの頃已むに已まれぬ理由と言う非現実的な状況下で、貸しつけられた金の取立て?だったかな?」
「…お前、それは うん、否…大変だったな」
「今となっちゃ笑い話だよって俺の話は置いといて、君だってそんなに遠い場所じゃなかったら実家から通えば良いんじゃないのかい?あんな狭いしプライバシー守れなそうな場所じゃなくてさ。あ、もしかして実家とか郷里に居れない理由とかあったりするのかい?まさか、そんなの」
「…ああ、」
「へ?」
「…………………………」
沈黙が痛い、何か痛い。湿っぽい空気が嫌で話題逸らしたのに、聞かれたくない事だったか?レンブなら有り得無そうな話題のつもりだったのに。でも普段ならそう言う問いは避けるだろ君。何で今日に限ってその儘俺に喋らせたんだ?ん?なんかレンブ可笑しくないか?目元赤いしなんか目蓋も重たそうだし、目蓋……

…もしかして

「……酔ってる?レンブ」
ある程度の間を持って訊ねた問いにたっぷりの間の後にでた答えに、俺は胸の中でガッツポーズをとって狂乱した。
「…………大分な」
俺は良い勝負師ってのは〜の件を頭の中で再生する、今の俺は決して良い勝負師ではないけれどもういい!今は自慢したい、浮かれたい!ホウエンの酒、アワモリの威力半端なし!!とか言いたい!
長かった、家飲み13回目にして漸く、漸く光が差した!作戦変更無し!無し無し無し!此の儘押し切る!!
『それにしてもアワモリとバーボンとラムとビールのちゃんぽんで漸くか…アデクさんより強いんじゃないのか』
因みに言うが、普通このちゃんぽんはお奨めしない。ビールの前に潰れてしまうか、目が覚めたら病院のベッド。の可能性が高いちゃんぽんである。
「……、…、…」
無口に変わりは無いが普段の無駄も隙も無い表情とは打って変わって、今のレンブは全くの隙だらけだ。目蓋がゆっくりくっつきそうになって、くっついた瞬間にはっと空いてはまた閉じそうになる。眠気を堪える子供みたいな動きに意地悪な質問をする。
「眠たい?」
「………ねむたいし…まぶた、あつ い」
拙い返答に胸の底から愉快な気持ちが湧き上がって来た、本当に酔ってる、酔ってるのだ。目の前の男が、鉄壁、リフレクター、光の壁、しんぴのまもり、ワイドガード、ファストガード…等々フル装備、完全防御・金城鉄壁のレンブが。
「それは困ったな、自分で帰れるのかい君?」
「…むり かも しれらい………れも、かえう」
「かえうっ?!む……くくっ」
呂律回ってな!可愛くな!キモっ!?駄目だ、声出るな、肩震えるな、笑い、収まれ!肩で咽び笑いを繰り返していると程よく回っていたアルコールは抜け始め目蓋の上に覆い被さっていた熱と眠気がいずこかへ去っていくのが解る。
「う〜〜〜」
「え?具合悪い?大丈夫かい君」
突然唸り始めたレンブは腹を抱えソファーの上で小さくなってしまった。飲ませすぎたか?それはある、ちゃんぽんしまくって妙な変化でも起こしたか?有り得そうで怖い、ギーマがある程度の心配をしている中レンブはまた幼い片言で返事をしてくる。
「ぐあい……だいじょ  ぶ、おなか…あついだけ」
「おなかっ!ぐは!あは、ははは!!」
お腹?君キャラ置いてきてるだろ何処かに!?頭到我慢ならずゲラゲラと腹を抱えて笑って、笑って笑った。一頻り笑い続けてふと、冷静になった。この時点で俺の理性はほぼ復活、日中の減らず口を覚束無いなりに繰り出せる程度の思考は戻っていた。その頭が、俺の心へ問う、

これはもしかしなくても、チャンスではないか?

「んぐぅ… めいわく ……もう、かえ  う」
愉快になりすぎて真の目的を忘れかけていたが目の前に無防備な口がある。あの、キスしたくて堪らない、一回させてくれと強請って騒動を起こし、ヘマと称した厄介ごとを引き起こしたレンブの白い歯が覗いている。ゆっくりと語を紡ぐものだからそれは益々ちらりちらりと、間を空けながらも何時もよりも長くその存在を俺の目に焼きつける。
此処最近なりを潜めていた欲求だが(最早酔い潰す事が目的になりかけていたし先にしなければならない事が山積していたので)脳裏に浮かび上がったそれは加速度的に思考を埋め尽くし、脳内を支配しようとする。隙だらけのレンブは今しか居ないかもしれない、否、本来の目的はレンブとの仲間意識を育む事だ、レンブの唇を奪う事ではない。しかし、己の思惑として言えばこちらが本来の目的である、なんだかんだ色々言ってるが兎に角、俺はレンブとキスしたい訳で。一回すれば何かつかめる、なんて何の根拠も自信もないそれに拘る自分がやや信じられないがこういったものは直感だ。やろうと思った時にやるのが正しいんだ、俺の勝負師としての勘がそう言ってる。
うんうん言いながら体を前後に揺らしているレンブの隣に逸る気を抑えながらなるだけ静かに腰を下ろし、またなるべくゆっくりと囁く様に問いかける。
「…レンブ」
「………ん?」
ゆっくり、警戒されない様に普段どおりの俺である様に且つ茶化すでもなく真剣に、真摯にそっと、そっと…付き合い始めの恋人に頼む様に優しく囁いた。
「キスして、いい?」
ギーマの誠心誠意を込めたお願いに対し、レンブの反応は想像を遥か斜め上に超えたものだった。酔っているとはいえ相手はあのレンブ、普段の無愛想・鉄壁ぶりと先程の反応から幼く「だめ」だの「いや」だのと拒絶されると思っていたのだが実際の反応はこれ、

「………ん」

無防備に目を閉じ顔を向けてくるレンブに頭の何処かがぶつっ、と切れた。復活したと嘯いた理性が一瞬で隠れ別の何かがギーマを突き動かす。レンブのゆらゆら揺れてる体を支える様に背中に腕を回した、腕に触れた体は服越しにもはっきり解るほどに熱くてまるで子供みたいだと無意味な連想をする。ぐっと上半身をレンブの正面側に突き出だし、腰から上を捻る形でレンブの顔を捉える。微かに揺れ動き安定の悪い頭を固定する為に頬から耳、首筋へと手を這わせ後頭部と首の付け根辺りを押さえる。完璧にキスをする体勢だ、なんかこっぱずかしいな。俺ファーストキスもこんな気持ちならなかった気がするんだけれど?ま、いい。兎に角キスだ、キスキス。ふとした瞬間に理性が復活されても面倒だ、言い包める自信は大いに有るがややこしい事は避けるに限る。日頃の険しい表情が一切無い、思ったよりも幼い顔立ちに若しかしたら年下なのかもなぁと、レンブに関して何も知らないと言う事を今更しんみりと考えつつ唇を寄せていく。レンブの顔に近づく程腹の底から湧き上がってくる鼓動の速さと異様な熱は飲んだ酒と妙な雰囲気の所為だ、屹度そうだ。してしまえばそれもなくなる、
ギーマが頭の片隅で考えながら後数ミリで唇が触れ合う、と言う所でするり、と的と言う名のレンブの顔がずれ、その儘レンブの頭がギーマの肩に寄り掛かった。やっぱり順番が違ったかな?ハグが先か、それともO.K出しながらも恥ずかしくなったか。良い雰囲気はまだ壊れていない、今の内にやんわりと修正して結論にこじつけなければ。
「れ、レンブ君って結構甘えっわ、重っ?!」
ギーマの台詞を遮るほど、急激に重みを増した体が益々ずっしりとギーマに寄りかかっていく。そして、

すーーー…
返事にしては何の意味も為さないない「すーー」と言う音に、にギーマは自分の耳を疑い、一人疑問を投げかける。
「………え?」
だが、それに対しての返事も…無い。
くーー…
規則的な胸丘の動きと、歯と唇の隙間から漏れる独特の音。これは…アレだ。ドラマとかコメディでよくあるオチだよね。
すーー、すーー
「………」
こんな時だが、レンブの隠れ特性を発見した。多分俺しか知らない、でも別段知らなくてもいい特性。レンブは滅多に酔わない、しかし、底無しではなかった。

レンブは、酔うと突然寝るタイプだったのだ!!格闘・睡眠タイプか…レアにも程がある!!

「…寝るな、寝るなよレンブ!今凄い大事な所なんだぞおい!」
これからなんだぞ君!何がこれからって………あれだ、よ、うん。よく解らないけれど、兎に角良いところだったじゃないか!何だか俺、凄く色々中途半端だよ、感情とか思考とか、胸の中のもやっとしたのとか、じゃあ此の儘頂けとか言うんだろうけど寝込みを襲う主義は無いんだ!そこは勝負師としての矜持云々より自分の美学とモラルだ、伊達男として通ってる俺が送り狼、寝取りなんかしちゃいけない、そういう所は正々堂々としてるんだよ俺。君が屹度想像してるよりずっと真面目な男なんだよ俺…随分混乱してるけどこれだけははっきり言える。


ここでそのわざってええええ!!!!!!!


ホレボレする事も無く、唯唯ギーマが絶叫している中、突如失われた枕もといギーマの肩からソファーに勢いよく自重によって叩きつけられたレンブは一瞬息を詰めたがそれでも寝息は止まず、一人静かに夢の縁を彷徨っていた。その顔の穏やかさに、ギーマが「またその技!相変わらずホレボレ出来ん!!!!!!」と意味不明な事を咆哮したがそれでもレンブは次の日の朝方まで一度も起きる事はなかったそうだ。






なんだかんだ理由をつけてますが、結局レンブにちゅーしたいんです。我が家のギーマさんは。