小説 | ナノ





ミナキ宅配便(マツバ→ミナキ・ミナキ→マツバ)






「マツバ、お前さんに荷物が届いちょるとフレンドリィショップの人が言うちょったぞ」
イタコのウメコさんがジムに入るなり僕にそう告げてきたので「解りました、後で行ってみます」と素直に答えた。僕に荷物なんて珍しい、悪い予感はしないけれど思い当たる送り主が居ないので首を傾げながらジムを後にした。
フレンドリィショップに入ると常駐しない筈の配達員がいたので本当に特別な荷物があるんだと理解した。声をかけると、配達員は笑顔でマツバさん今日和、と挨拶をしてきた。
「マツバさんに荷物をお預かりしています」
「誰からですか?」
本当に、僕に荷物を送ろう何て奇特な人は思いつかないし、遠縁の親戚が他方に住んでいるという話も聞いた事がない。縦しんばマツバに荷物を送ろうとする人間が居たとしてもそれは曰く付きの代物を鑑定して欲しい、と言う仕事の依頼なので事前に連絡がある。それも全く無い荷物…危険物?かなんか?じゃなかろうか。と頭の中だけで勘繰るマツバの耳に届いた名前はそんな考えを一蹴してしまえるものだった。
「ミナキ様、と言うお客様からです」
「ミナキ君から?一体何を」
自分の知ってるミナキだと言うのなら僕に何か荷物を送っても不思議では無い。古くからの知人で、友人でもある彼からの荷物を受け取り、ジムに戻ってそのごわごわとした配達用の紙袋を眺め透かしつつ、本人の筆跡に間違いないだろうとマツバは若干の胡散臭さを感じながら袋を開けた。中から出てきたのは緑色の包み紙が目に鮮やかな、なんと!

いかりまんじゅう

マツバはいかりまんじゅうを手に入れた!
「………」
チョウジタウンの銘菓だよね、いかりまんじゅうって。チョウジタウンって目と鼻の先だよね?ミナキ君、なんでわざわざ発送してるの。直に持っておいでよ君!ちょっと!マツバは友人のずぼらさと鈍感さがいよいよ極致に達したのではないかと不安になった。しかも手紙やメモすら付いていない、何がしたかったんだ。本当にこの饅頭は僕の家に届いて良いものだったのか?
「おや、いかりまんじゅうじゃないかい」
「美味しそうだねぇ」
「あたしの大好物じゃよ」
「贅沢だねぇ、」
マツバのぐるぐると渦巻き始めた思考の間にジムのトレーナー達が集まってきていた。口々に好き勝手な感想を述べてくるがマツバはこの率直な、言い方を俗にすればずけずけとした物言いの老婆達が嫌いではなかった。遠回しに何かを告げられるよりずっと良いと思っているから彼女等の言葉に腹を立てたりする事も無かった。
「おやつの時間に皆で食べましょう、」
「それは良い、」
「楽しみだねぇ」
「じゃあ後一踏ん張りするかねぇ」
「お客さんがくりゃだけどね」
彼女達の雑談を背に休憩室へ向かう。彼の意図は解らないが、いかりまんじゅうの賞味期限は短い。送り返したり連絡を待っていては折角の饅頭が無駄になるので有り難くいただく事にした。流石名物と言われるだけあるいかりまんじゅうは、美味かった。

家に帰ってからマツバはミナキに連絡を取ろうとしたが、彼はポケギアを持っていなかったんだと思い出しポケギアをテーブルの上に戻した。今頃何処をほっつき歩いているのやら…己の能力を使えば彼を追う事は容易いだろうが、使うほどの事ではないとマツバはこの考えを直ぐに忘れた。唯、この寒い時期に野宿でもして風邪を引いてなければいい、と祈っていた。

*

一週間もしただろうか、何となく立ち寄ったフレンドリィショップに前回マツバに荷物を届けた配達員が立っていた。そしてマツバの姿を認めるとまた、今日和マツバさん、と笑顔で挨拶してきた。
「マツバさん、お荷物をお預かりしてます」
「え?荷物?」
この前饅頭が届いたばかりだ、まさか…また?妙な直感が働いて、でも名前を聞く前に配達員からあっさりと想像通りの内容を告げられた。
「ミナキ様からのお荷物です」
「…やっぱり」
思ったとおりの送り主からの荷物を受け取り、自宅に帰って紙袋を眺める。前より軽い感触とがさがさと立つ音に、今度は何かスイクンやホウオウに関する資料かと思い封を切ったマツバの前に現れたのは透明なビニールの袋を金色のビニールタイでくるくると捩じって留めてある、

フエンせんべい

マツバはフエンせんべいを手に入れた!しかも大袋!!
「……」
今度はホウエン迄行ったか、しかしミナキ君、手紙くらいつけてくれなきゃどんな意図で僕に荷物を送ってきてくれてるのか解らないよ、連絡しようにも彼はもうフエンタウンを出ているだろうから捕まえる事は出来ない、またしても不明な荷物を送りつけられた。
これは賞味期限までまだ間があるので家の棚の上の段に仕舞った。ゲンガーが物欲しそうな顔をして棚を見上げていたけれど「今度あげるからね」と今は我慢させた。
「食べてる暇が無いから寄せておいてくれ」と言う意味かもしれないし…自分で考えた事だが、無いな。とも考える。ミナキ君は食べたい物は先に食べるタイプだから、しかも煎餅嫌いじゃないし。何を考えてるんだ…ホウエンはジョウトより寒くないから風邪は引かないだろうけれど、波に攫われたりはしないでくれ。迂闊で、一つの事に集中すると周りが見えなくなる友人の安否をマツバはまた祈った。

*

煎餅から二週間程たった頃、歌舞練場に用があったので赴いた際、踊りの練習を一段落させた舞妓さんの一人が、そう言えば、と言った感じで
「マツバはん、なんやお荷物が届いてはるって、フレンドリィショップの人が言うてはったわぁ」
伝えましたえ?と念を押され忘れかけていた嫌な予感が頭を過ぎる。
用事を済ませ歌舞練場を出た頃には辺りは夕闇色のとろり、とした橙色とべっとり貼りつく黒で覆われていた。フレンドリィショップに気が乗らないながらも足を向け、自動ドアを抜けると、そこには見覚えのある配達員がこの前より人懐っこく、今晩和マツバさんと挨拶をしてきた。もう、直感なんか働かない。二度有る事は三度有ると言う諺がこの国にはある。
「…ミナキ君から?」
「はい、仰るとおりミナキ様からのお荷物です」
今度は小さなダンボール箱を手渡され、密度のある重みが腕に掛かった。今度は何だ、石か?家に着くなりダンボールを開けると中には綺麗な包み紙に包まれた四角いもの。がさがさと紙を開けば贈答用だろう、綺麗な化粧箱が一つ包まれていた。それを開けると中から現れたのはポケモンの化石や頼んでいたアイテム。では無く、飾り気の無い包装に包まれ、表に商品その物のラベルが貼られた

もりのヨウカン

マツバはもりのヨウカン×2を手に入れた!
これは…ハクタイシティの銘菓、何回か貰い物で食べた事があるが確かに隠れた銘菓と言うだけある、これは美味しい。だがミナキ君、君シンオウ迄行っちゃったの?絶対そこにスイクンはいないと思う。何故言い切れるかって?僕の勘は当たるからさ。
そしてこれもまだまだ日付があるので冷蔵庫へしまう。ゲンガーやヤミラミ、ヨノワールが欲しそうに見つめているがフエンせんべいで誤魔化した。フエンせんべいも美味しいよね、この甘辛い醤油と自己主張すれど激しいほどではない風味の豊かな海苔の相性が堪らない。大袋で助かった、小袋だったら瞬殺だったよ。そしてシンオウか、遭難しなければいいけれど…連絡無精の友人の真意を測りかねながらもマツバは何度目か解らない祈りを脳内で抱いた。矢張り、自分の能力を使って探るべきだろうか…しかし、これはあくまで最終手段。彼の命の危機でもない限り使うつもりは無いと、マツバは自分自身に制約を科していたのでまた踏みとどまっただけだった。

*

そして、次の日からマツバは空いた時間が有るとまずフレンドリィショップへ向かう事にした。どうせミナキ君から何かが届く、屹度届く。ミナキ君がこのエンジュに現れる迄それは続く。なら、人伝に伝言されるより自分で確認しに行った方が手間が省ける。それを実行してから三日後の午後、いらっしゃいませー、と何時もの声で出迎えられたマツバは左目の端に映ったその人につい脱力してしまいそうになった。自分で仮定していたくせに、その仮定が現実になって現れると何だか気が抜けてしまう。あちらは此方の態度を訝しむ事無く、何時もの挨拶を繰り返す。
「今日和マツバさん」
「…今日和、あの……今日ももしかして」
「…はい、今日ももしかしてのお荷物です」
配達員も最早呆れ始めていたその荷物の頻度に、マツバは無意識に肩を竦めた。彼だって他所の配達もあるだろうに、何時も何時も同じ街の同じ人間に、同じ送り主からの荷物を手渡すのだ。仕事でなければ飽きて辞めたくなるだろう。マツバは初めて、配達員にご苦労様です、と労い荷物を受け取った。今度の荷物は小さな箱に入っていた。割れ物注意、壊れ物在中、天地無用…様々なシールを貼り付けられ開け口すら塞がれたその小さな箱を苦心して開けると、中から出てきたのは壷に入った綺麗な

あさせのしお

マツバはあさせのしおを手に入れた!
何処の塩だろう…さらさらと細かい結晶は天日作りだろうか、しっとりと指先に吸い付き、微かに潮と藻の臭いがする。うん、この塩旨そう、調度塩少なくなってきてたし、良い物を貰った。調味料棚にしまわれた高そうな塩は少しだけ特別にマツバの目に映った。そして、刷り込みの様に友人を気遣い、祈る。
マツバは長くエンジュから離れる事が出来ない、それはジムリーダーと言う職務の関係もあったがもっと複雑な事情、柵がマツバにあるからだ。それ等がマツバを拘束する、祈る、なんて神頼みしか出来ない状況に彼を追い込む。その祈りは痛切だった、心の裡に溜まる割り切れない感情は愛しいポケモン達でも癒しがたい暗闇を生む。だからマツバは自由に旅をするポケモントレーナー達を好いていたし、殊更足腰の軽い友人を特別に想うてもいた。友人が連れてくる外の世界の情景を目蓋に描き話に聞くだけで、彼が無事に帰ってきてくれるだけで心の暗闇は風に流される雨雲の様に去っていく気がした。だから今のマツバは微妙なバランスの上にいた。日頃と違い妙に気分が塞いでしまっているのは、普段連絡も寄越さないで何ヶ月もあちこちをフラフラしている友人が贈り物ばかりしてくる所為だ。真意の解らないお土産攻撃はマツバの神経を薄く薄く削いでいく、一言「美味しかったから」とか添えてくれるなりしてくれればこうはならなかったのに。

そんなマツバの危うい心と憂いなぞお構い無しに、ミナキの理由不明な荷物は続いていった。

*

何処ぞの有名な大福

開店から僅か一〜二時間で売切れてしまう絶品の団子

流行のお菓子

何故か明太子

並ばないと買えないチョコレート

もう誰から届くなんて野暮は言わない、ミナキの荷物、いやこれは贈り物だ。その贈り物はどんどん増えていく。配達員は常駐してるショップ店員みたいにフレンドリィショップに居て、互いの顔なんかもう覚えてしまい雑談をかわす程に仲良くなった。賞味期限の関係で届いたらすぐに消費してしまうものもあったが、日持ちのするものはどんどんマツバの家に溜まっていった。一人暮らしのマツバにじゃんじゃん届けられる食品を届く勢いで消費する事など出来ず、冷蔵庫に、戸棚に、時には箪笥、寒さの厳しい日はもう玄関先で良いやと半ばしまうのを放棄して、家中がミナキの送ってきた何かにに満ちてしまった。それでもマツバの塞いだ心は持ち直さない、逆に会えないと解っていれば割り切れていたそれを、意識しないで済んだ心寒い己の負の感情を贈り物の群れは刺激して掻き乱す。いっそ捨ててやろうかと思ったマツバだが残念、勿体無いと思う心がそれを許さずポケモン達の心配する仕種に自棄を起こすのも憚られた。もう、板挟みも好い所だ、ミナキ君。好い加減帰ってくるか電話してくるかもう帰ってこないと宣言するか、どれかにしてよ。マツバはもう泣き言を垂れたくて仕方がなかった。

そんな鬱々とした思いを腹の底に溜め続ける毎日の変わらない朝、鼻先が冷えるほどの寒さに肩を竦めながら、偶には散歩でもしようかとゲンガーを伴いスズネのこみちへ向かうマツバを耳に馴染んだ声が呼び止めた。振り返って確認するまでも無い、何時もの配達員の彼だ。早朝にも関わらず彼は仕事着に身を包み、マフラーと手袋をしっかりと身に着け朝日に負けない程爽やかな笑顔と挨拶を放ってくる。実に良い人だ、この前一緒に飲みに行ったけど本当に良い人だった。ミナキ君に見習わせたいくらいだよ、あー、彼に呼び止められたと言う事は半分は雑談で半分は仕事。これでまた荷物手渡されたら今度こそ倒れてやる、ミナキ君の悪口と愚痴を垂れ流しながらこの善良な配達員と可愛いポケモンにうんと心配してもらおう。考えが病んで来ている所為で今の僕の頭の中は妙な事を量産している。
「お早うございますマツバさん!お届け物ですよ!」
そんな僕の頭の中を読めない、初めて会った時より随分気さくになった配達員から手渡されたのは箱でも紙袋でも…無く一枚の葉書。さしずめマツバは手紙を手に入れた!だろう。飾り気の無いそれの裏面、そこにはたった一言、真ん中に程ほどの大きさで走り書きされていた。

今帰るぜ!

…これは果たしてどの様に受け取っていいんだろうか、タマムシシティにある実家に帰ると言う宣言だろうか。いや、いくら彼がスイクン馬鹿のどっかずれてる鈍感君で冷静さの反面猪突猛進で、周りが殆んど見えていない遮眼帯かけた馬状態であっても自分の家の住所と僕の家の住所を取り違える事はないし、そもそも連絡無精の彼が葉書を認めるなんてマツバは俄かに信じられなかった。でもこれは間違いなくミナキの文字だった。子供の頃何度も一緒に書初めをしたし、字も習った。見慣れた文字なのだ、それが何を言わんとしているのか鬱屈して考えが他方向にいかないマツバは無駄に混乱する。だが、その混乱を掃ったのはミナキでも愛しいポケモンでもなく、最近知人になった配達人だった。

「良かったですねマツバさん、便りが届いて」
良かった、その声に何かがすとん、と腹の底に落ちていった。痛みも不快感も不具合も無い、実に滑らかな具合にその言葉はマツバの目を覚まさせた。
「心配だったんでしょう?その人が無事なのか、ちゃんとやっているのか」
そう、普通の人なら大した連想もいらずに辿り着く答えに僕は今の今迄しっかりと理解が追いついていなかった。僕はミナキ君が心配だった、心配している人間が欲するのは物質ではない、安否確認と言う情報なのだ。ミナキ君が何を思って贈り物をしてきたのか、未だに僕には理解出来ないけれど今なら言える。

土産より電話しろやスイクン馬鹿!こちとら目を離すと今にもスイクン追いかけて滝壺に突っ込んで溺れてしまいそうな君に頼まれてもいない心配と不安を抱えて生きてるんだ!僕が自由な人間ならそんな心配抱かないで生きていけるけど僕はそうじゃない、だから心配ばかりして神頼みばかり毎日してして…何だか僕は馬鹿だ。何でこんな事で悩んでいたんだろう、

「……はい、凄く心配しています。なのにこいつ、全く解ってないみたいだ」
「先程お渡しする際にチラッと見えてしまったのですが豪快な人ですね、もうこれは…好き勝手に解釈しても怒られないと思いますよ。では、私は他の街に行きますので」

また機会がありましたら、と去っていく配達員を見送りながら言葉を反芻する、そうだ、こんな文面とも言えない単語、解釈がありすぎる。
だから都合の良い様に取っていいのならミナキ君、君が帰ってくるのは僕のこのエンジュの家で更に今日が何の日か君は屹度解っていないだろうけど今迄の荷物の中で一番嬉しいものが世間的にはどうやって考えても意味を成してしまう日に届いてしまう訳で。もしかして今日の為に色々君は贈り物をしていたんだろうか?それも、君が帰ってくれば解る事だろう。

葉書の消印と彼の動きを想像してもやはりミナキ君がエンジュに到着するのは今日中には間違いない、よし、僕はチョコなんて用意しない、唯君が来るのを待ち構える心の準備だけをしておく。

帰ってきたらなんて言おうか、まずおかえり、と出迎えてあげよう。そして、どやそう。贈り物の理由を吐かせて更にポケギアを持たせて、贈り物の処分を手伝わせよう。粗方消費出来る迄旅に戻してやるものか、今までの無駄な心配の分それくらいの我が儘押し通させてもらわなきゃ割に合わない。

決意、なんて大袈裟なものじゃないがマツバは先程までとは打って変わって晴れやかな心持でスズネのこみちを目指す。ゲンガーと散歩して、ジムの仕事をしながらミナキの事を考える。今日の流れは彼が帰ってくるまでこれで決まりだ。

寒い雪景色は朝日に照らされ、とても美しかった。






ミナキは単なるうっかりでお土産の手紙を付け忘れてる。
もっとさっくり読みやすい話にするつもりだったのに何かを拗らせたマツバが出来上がってしまった。マツバとミナキにしてもいいくらいだけど所々漂わせている感じなので矢印で、どちらとも取れそうなのでマツミナ・ミナマツ。
塩以外の物品は実際バレンタインで見かけた(貰った)品目です。甘味より塩気。カオスですなぁ