奥村と雪男が双子なんて嘘だよな


雪男が知らない奴と、知らない顔で笑いながら喋ってる。
「ほら、この前も上級生殴って病院送りしたろ?なんかヤバそうじゃん、奥村」
「なにそれ家で殴られたりしてねえの?」
何かあったらすぐに言えよ、何かお前、怪我多いみたいだしさ
軽い口調の割には真剣な目をした同級生が雪男の肩を叩いた。
雪男は何も、言わなかった。



こんなことなら届けるんじゃなかったと、自分と色違いの青い弁当箱に目を落として溜息をついた。そこらへんにいた女子に渡してもらおうと近づけば怯えられたので舌打ちしてそのまま屋上に足を向ける。

立ち入り禁止の屋上は、鍵が壊れたままになってることが知られていないせいで燐ひとりしかいない。扉を開けてすぐ、360度抜けるような青い空が広がる。いつもはその贅沢な独り占めを心ゆくまで楽しむのだが、楽しげに聞こえる昼休みのざわめきがいっそう遠く感じて、燐は乱暴に青と黄色、2つの弁当箱を乱暴にコンクリートの地に置いた。


何が悪いというわけでもない。


実際に、燐はつい数日前に上級生を三人、病院送りにした。路上に置かれた鉢植えを壊して遊ぶ奴らに注意しようとした結果なのだが、どう好意的にみたってやり過ぎの一言しか浮かばない。ついかっとなって手を出す衝動は抑えきれず、そして力任せのままに振るわれる拳は暴力以外の何物でもないだろう。

・・・そんな己と違い、弟は誰が見ても、優しく穏やかで、暴力とは無縁の理性的な人間だ。友人は多く、いつも人に囲まれている。


双子である方がおかしい程、似ていない。
小さい頃は、そんなことは些細なことだった。


小学生の頃は、例え燐が理解できないような小難しい本を読んでいようがひとりで何処かに出掛けようが必ず雪男は燐の隣に帰って来た。
むしろ、燐がどこかにひとりで出掛けることを泣いて嫌がってたくらいなのだ。

それが中学生になって最近、急に距離を置き始めた。

それまで一緒のベッドで寝起きしていたが、中学に入ったことをきっかけに部屋が別れた。風呂に入るかと誘っても頑なに嫌がり、遊びに誘っても勉強するからといつも断るようになった。相変わらず雪男がいない間のことは事細かに聞かれるが、それは中学に入って喧嘩をするようになったからだろう。医者を目指す心優しい雪男は、ただ怪我をした兄がほっとけないだけに過ぎない。それを裏付けるかのように、雪男は一度だって喧嘩の理由を尋ねたことはなかった。


医者を目指す、それが何時の間にか雪男の夢だった。

理由を聞いてもいつもはぐらかされるばかりで、答えはくれない。

最近では何やら隠れて獅郎と何処かに行くことにも気づいている。



おいていくのか



何気ない呟きは、真実を表しているようだった。




「兄さん」

涼しそうな顔をして、雪男が扉の入り口に立っていた。雪男、と不安そうな顔をした数人の友人が、背後で恐る恐る猛獣を見るかのように覗き込んでいる。

「兄さん、お弁当持って来てくれたんだろ?」
「うるせー食っちまったよ」

それは嘘だ。だけどもささくれ立った感情を制御出来ずに、燐はごろりと横になった。

「何ふてくされてんのさ」

お前には一生わかんねーよと、蓄積される理不尽な怒りが、体を強張らせる。

「兄さん、時間がないんだ。ふざけてないでほらお弁当渡して」
「うるせーって言ってんだろ!」

まずいと思う間もなく、苛立ちに任せて、燐は近づいて来た雪男の腕を振り払った。


ごきん


何だろう、今の音
どこかで聞いた覚えのある音が、ざわめきばかりがこだまする屋上に、響いた。


どさり、と倒れる雪男に燐は首を傾げた。
病弱と言えども兄弟のど付き合いなど日常茶飯事だろうに、何倒れてんだこいつ。


青い顔をした雪男の同級生が大声で走り寄って来て、燐から庇うように睨みつけるに至って、やっと何が起こったのか、気がついた。




「この、悪魔!」





結果、気絶した雪男の腕は骨折していた。

どんなに悪魔と罵られても、雪男だけは守りのだと、決めていたのに、燐は雪男ですら傷つけた。


大丈夫だよ、兄さん
兄さんのせいじゃないんだ


ああ、近頃何倍も大人びた弟。優しい弟。
悪魔と呼ばれる兄なんぞ、ただ迷惑なだけだろうに。






雪男の好意に甘えても、せめて、少しでも迷惑だけはかけないようにとしたのに。



どうやら己は、本物の悪魔だったらしい。





「いいんですか、奥村くん」
「・・・いいんだよ。これ以上雪男に迷惑かけられるか」

人でない身が人であろうとするならば、嫌でも雪男に迷惑がかかるだろう。もうこれ以上、誰かの足枷になることは嫌だった。

「人間はそもそも虚無界に行きませんし、私だって実家に帰省予定はこの先百年はないんですけどね」
「何が言いたいんだよ」
「わかりやすくいうと、孤立無援ってことです」
「・・・上等」

仇討ちに雪男を巻き込むなんて、どう考えてもできるはずがなかった。

「ちゃんと雪男に医者になれって伝えろよ、メフィスト」
「まあ、伝えますけどね、一応」

糞ジジイを殺したヤツは、虚無界にいるらしい。
大丈夫、ちゃんとひとりでやってやる。

「じゃあな、」

ひとりで、やる。
手助けは、いらない。

奥村燐が物質界から消えた日はある晴れた日のことだった。












「まあ、あのブラコンがそれ聞いてどうするかは、知りませんよ」

弟の成長のためなら銃弾の1つや2つ、我慢しますかとメフィストは愛おしそうに虚無界へと繋がる門を、撫でた。
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