最近、気がつけば、あまり頭痛に悩まされなくなっていた。
良質な睡眠と、同年代でありながら将来が楽しみと思わせる生徒に囲まれて充実した生活を送っているせいか、やたらと体の調子も軽い。
その癖、頭のどこかに靄がかかったような違和感が常にあるが、それも特に不快感を示すものではなかった。

僕が、あるいは僕たちと言ってもいいのか、とにかく僕を中心とした人や悪魔に、その症状が現れるようになったのは何時の事だったか、それはわからない。
ただ、何か大事なこと、いや、人を忘れてしまった消失感が何時の間にか胸に棲んでいたが、寂しさや虚無感を引き起こす事はなく、ただ”忘れてしまった”という純然たる事実だけが、ここにある。
はじめは、人を食ったような上司や、僕たちの敵であるサタン、それらに与する悪魔たちが何かしかけたのではないかと訝しんでいた。しかし上司がからかうわけでもなく、楽しむわけでもなく、ひたすら可愛げもなく首を傾げて私もなんですときょとんとした姿を見せるあたり、上司のいたずらにしては手が混みすぎている。その上司が聞き込みをしたところ、一部の悪魔たちにも同じようなことが起こっていることが分かって、はじめて”何か”が起こっていると、鳥肌がたった。
だが塾生たちや悪魔も巻き込んだこの現象が、一向に何を意味しているのか分かるわけもなく、忘れてしまったことで妙な体の軽さを手に入れた後ろめたさだけが、どこか居心地が悪い。


そんなことを考えながらぼんやりしてしまったのか、課外授業の帰り、疲れきって階段を踏み外しかけて、ああまずい、と世界が反転しかけた。
しかし、力強い腕に肩を抱かれ、浮遊しかけた体の半身が大きくぶれただけにとどまった。

「す、すみません、ぼうとしていて」
「気をつけろよな」

僕と同じくらいの、黒髪に、これまた珍しくも僕の同じような透き通るような青い瞳の少年が苦笑いをして、僕の手に手摺を掴ませた。部活帰りなのか、剣道の竹刀を入れる袋を背に負っている。夜も11時を過ぎ、私服姿なのだからどこか道場に通っているのかもしれないが。

「ありがとうございます」
「どういたしまして。んじゃ、あんましぼけぼけしてんじゃねえぞ、首席サマ」

にやりと意地悪そうに笑う彼が大きく手を振って、あまり街頭のない暗闇に消えて行く。やはり同学年か、少なくともこの学園の生徒かと、僕はため息をついた。まだまだ詰めが甘いままの自分弱さを笑われた気がして、僕は彼に目を背ける様に今では帰る家となった寮へ、足を踏み出す。
多分、そんなに彼とは会うことはないだろう。気にすることなど、ないのだ。





「あいつ迷わずコンビニ入りやがって、くそったれ」
泣きそうな顔でどこかの少年が呟いた言葉は、当然、誰の耳にも届かなかった。
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -