原罪とか隣人愛とか、よくは知らない。育ったところは教会だったが、俺たちを育てた糞じじいは特に何も教えることはなかった。ただ面倒なだけだろ、とたいして考えてなかったが、なるほど、悪魔に説法を説いたらうっかり消滅してしまう危険性もあったのかもしれない。そのせいか、あるいは職業柄か、俺は賛美歌のひとつも知らないが、弟の雪男は聖書を丸々暗記していた。

しかしそんな俺たちに、糞じじいは一度だけ、聖書、の話をしたことがある。まだ俺も雪男小さくて、小学校にあがったばかりの頃だった。
その日、大事な話がある、とやけに怖い顔をした神父が話したことを、俺は一生忘れない。



主はまた言われた、「ソドムとゴモラの叫びは大きく、またその罪は非常に重いので、わたしはいま下って、わたしに届いた叫びのとおりに、すべて彼らがおこなっているかどうかを見て、それを知ろう」



糞じじいはバカな俺でもわかるように、長い時間をかけてソドムとゴモラの罪を教えた。本当にわかったのか、と、ぽかんと間抜けに口を開けた俺に、糞じじいは最後苦笑していたが、俺は馬鹿にするなと、怒ることができなかった。

知らないままであれば、きっと俺はそれを罪とは気付かなかった。

俺は確かにその時、間違いなく神父を愛してた。幼いながらも、欲を伴った意味で。そんな俺の浅ましい気持ちに気付いたのだろう、まがりなりにも神の道に歩む者として、あいつは俺に、やんわりと俺の罪を指摘したのだ。
その後、黙り込んでしまった俺の様子に、糞じじいが俺を苛めたのかと勘違いしたのか雪男が反抗期を迎えてしまったのだが、それくらいの迷惑くらいはかけてもいいだろうか。うん。いいに違いない。何せ俺はこれから一生、報われることはないのだから。



女の子は好きだ。
ふわふわで柔らかくて優しい。俺を真綿で包むように受け入れてくれる。
「大丈夫」
しえみは優しい。
俺が泣きたい時はいつも頭を撫でてくれる。しえみの体に抱きついて、首元に顔を埋めた。ああ、でも、マシュマロみたいな甘い体だったら俺も愛されるのではないかと考える俺は最低だ。
「今日はどうしたの?」
しえみは俺が同性である男が好きだと、知ってる。それでも何も変わらずに、いてくれた。俺は誰にも、それこそ雪男にすら言うつもりは微塵もなく、一生誰にも告げないままで生きて行こうと、そう、思っていたのに。

「燐は、勝呂くんが好きなのね」

思わず俺の、心臓が飛び出るかと、胸を抑えた。ぽやぽやとした、僅かとは言い過ぎの、だいぶ天然の入ったしえみに気づかれるのだから、俺はよほどわかりやすい態度を取っていたのか。
糞ジジイへの淡い想いは諦め悪くしつこく燻っていたが、それもあの青い夜に最低な形で捨てた。そもそも俺が抱いて良い感情ではなかったのだ。しかしそれでも、性懲りもなく捨てたはずの感情が育っていくことを、俺は止めることもできず、また、しようとも思わなかった。

・・・殺すことが逃避であり、救いだと、俺は神父に教わった。

しえみは、息を止めた俺の手を握り、内緒にしてあげる、と微笑んだ。

俺たちはその日から、付き合ってる。


「あいつ、が、睨んで、」
「私と話してた時?」
首を傾げるしえみに、俺は頷いた。
俺たちが付き合いはじめたと、塾のみんなに宣言したとき、くだらない、と吐き捨てたのは勝呂だった。誰よりも真面目で、潔癖なあいつのことだからレンアイにうつつを抜かすなどちゃらいことなのかもしれない。いや、それよりも本当は俺が勝呂のことが好きだとばれてて、しえみの好意に縋っている俺に嫌悪したのかもしれない。いずれにせよ、勝呂はその日以来、俺がサタンの仔だと知ったときかそれ以上に俺を避けていた。
・・・それぐらいならば、それでもきっと耐えられていた。
俺の名を呼ばず、俺の視界に映らなければいつかきっと神父のように勝呂のことも思い出に、罪のひとつとして数えることができるはずだった。

しかし、ものも言わず、ただ憎しみの篭った目でじっと、見つめられたらどうすればいいのか。
泣いて縋って俺の胸の内を吐き出し、許しを請えばいいのか。

「燐、燐、泣かないで、大丈夫よ、」
「しえみ・・・、なあ、おれ、どうしよう」

微温湯、母性を纏ったしえみが、俺を優しく抱き締めた。
想いが罪というのならば、どうか早く罰を与えてくれ。
いつか硫黄の槍が、俺に降り注ぐことを、願っている。


願うだけで叶えてくれるのならば、それは罰ではないと誰かが言った。

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